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第6章 ユフ大陸の創世7神 編

第 333 話 ミルベの途上

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 エルグレドを隊長とする「ガザル追撃先遣隊」約50名は、7台の馬車に分乗し王都を出発した。

 前後3台の馬車に挟まれた車列中央の馬車には、篤樹たち「元探索隊の5人」とピュート、そして、ウラージとミスラが同乗し、手綱はスレヤーが握っている。顔ぶれが顔ぶれなだけに、車内には何とも言えない緊張感が漂っていた。

「ミルベの港には、明後日の昼頃に到着予定です」

 大陸東岸へ続くユーラ川沿いの街道に入ると、エルグレドの明るい声が車内の沈黙を破った。それを聞き、ウラージが隣に座っているミスラに顔を向け語りかける。

「めねしさは、むえふねせたけに」

 車内の面々は驚いた表情でウラージを見た。

「凄い……ですね。リスニングだけでなく、こんな短期間でスピーキングまで……」

 エルグレドはウラージの語学習得力に、驚嘆の笑みを浮かべる。

「ふん! ユフの下等な人間種の言葉など、数日もあればイヤでも操れる」

 言葉とは裏腹に、ウラージは少し得意気な表情で応えた。

「ねぇ……アッキーも今の分かった?」

 篤樹の右袖を引っ張り、エシャーが尋ねる。

「え? うん……そりゃ……」

 小宮直子に施された言語適用魔法のおかげで、篤樹は「この世界」のあらゆる言語を無意識に理解し、伝えられる。今のウラージの言葉も、篤樹には普通に理解出来る「日本語」として聞こえていた。

「エルグレドさんが言った到着予定を、ミスラさんに教えて上げたみたい……」

「チガセの耳にもちゃんと聞こえたようだな?」

 ウラージが満足そうな笑みを浮かべ尋ねると、ミスラも笑みを浮かべて篤樹を見る。

『いやぁ、このじいさん、マジでスゲェや! たった数日で、村の幼子くらいには会話が出来るようになりやがった。エルフの干物とは言え、やっぱ一族の おさをやってるだけのことはあるな!』

 笑顔のミスラの横では、ウラージがまるで怒っているような表情でジッと会話に集中していた。篤樹はウラージが怒鳴り出すのではないかと、内心、ミスラの言葉に緊張を覚える。

「むやは? たをみひふ?」

 だがウラージはミスラが発するユフの民の言葉を、ただ一生懸命に聞き覚えようとしているだけの様子だ。とは言え、「むやは」が「干物」とは分かっていないらしい。篤樹は慌てて通訳を入れる。

「あっ! ミスラさんは、ウラージさんがユフ語を覚えるのがとても早くって、すごく驚いたって……さすがエルフの族長だなって……」

 ミスラも隣のウラージに笑顔を向け右手の親指を上げた。ウラージは満更でも無いと言わんばかりの薄笑いを浮かべる。

「まあ、当然のスキルだな。このくらいは……。あと、一つ言っておくが、俺はもう族長では無い。昨夜、カミーラに全権を譲ったからな」

 満足そうに告げるウラージの言葉に、車内は再び沈黙に包まれる。

 昨夜、エルフの盾探索隊の解散式と合わせ今後の計画が協議された。その席には新王政の中心メンバーも集まっており、当然、エルフ族協議会会長のウラージも加わっていた。

 オスリムを代表とする「王国改革委員会」の下位組織に各省庁は置かれ、ユーゴ魔法院評議会も改革委員会の指揮下に置かれることが正式に決まった。ここに至っても尚、権力の座に執着するヴェディスが「権限保有の継続」を試みたが、ウラージからの恫喝によって身を縮ませ怯え、評議会の全権放棄を承認した姿を篤樹は思い出す。

 その席上で、エルフ族協議会と王国との「協力関係」を固く結ぶことをウラージは宣言し、直後、その責任と権限の全てを息子カミーラに譲り渡したのだった。

「これまでも『外交』は、長年アイツが担って来た務めだ。俺よりも人間種の『政治』に目を光らせられるだろう。もう、魔法院の連中の好きにはさせん!」

 ウラージは満足そうにひとりうなずく。

「では私たちも『長老大使』ではなく、お名前でお呼びしても?」

 エルグレドが悪戯っぽい笑みを浮かべウラージに尋ねる。

「ふん! 好きに呼べば良い」

 ウラージの返答に、ひとり困り顔を浮かべたのはレイラだった。その表情に気付いたエシャーが口を開く。

「ねぇ? レイラは……何て呼ぶの?」

「えっ……それは……」

 突然の質問に、レイラは目を泳がせる。ウラージはムスッとした表情でレイラの返答を待つ。

「お…… おさ……」

「長の座は譲った!」

 レイラの声に、ウラージが即座に被せる。

「ウ……ラージ……様?」

「身内であるお前が、俺を名で呼ぶのは変だろうが!」

 さらに被せられたウラージの怒声にレイラは眉根を下げ、困惑の表情を浮かべた。その顔を、ウラージは睨みつけたまま続ける。

「一応、血もつながっている関係だ! 血筋の関係者に対する呼び方は他にも有るだろうが! そのくらいも分からんのか!」

 エルグレドが右手拳を口に当て、必死に笑いを堪えている。その姿に気付いた篤樹は、改めて見たウラージの「怒り顔」にいつもより「可愛らしい雰囲気」を感じた。レイラは困惑した表情のまま、探るように口を開く。

「お……おじい……さま……とお呼びしても?」

「ふん! 好きに呼べ!」

 即座にウラージは返答を被せた。そのあまりの食い付きぶりに、エルグレドは堪えきれず声を出して笑う。

「何が可笑しい!」

 ウラージがエルグレドを怒鳴りつける。エルグレドは、しばらく笑いを抑えるのに必死で、手を上げてウラージに応えつつも身を震わせていた。

「ク……す……すみません……」

 ようやく会話が出来る状態に落ち着いたエルグレドは、目からこぼれる笑い涙を右手の指で拭いながらウラージに応える。

「ま……まさか……あなたが……レイラさんに……ぷッ!」

 顔を上げ、ウラージに視線を戻し語り始めたエルグレドだったが、再び、抑えきれない笑いに顔を下げた。

「もう! エルぅ!」

 代わりにエシャーが声を上げる。

「別に笑うことないでしょ! レイラのおじいちゃんだって、『おじいちゃん』って呼ばれたいんだよねぇ?」

 そのままウラージに向かい、エシャーは笑顔を向けた。

「ば……貴様! ロ・エルフの分際で、誰に向かって口を聞いておる!」

 ウラージは目を見開きエシャーを怒鳴りつける。しかしエシャーはキョトンとしたままウラージに答えた。

「え? 誰って……レイラのおじいちゃんに……」

「『エルフのじいさん』……でも良いか? 『レイラのおじいちゃん』ってのは呼びにくい……」

 そのやり取りにピュートが口を挟む。ウラージは顔を紅潮させ両手を突き出し、攻撃魔法態勢で怒鳴った。

「貴様らは名前で呼べ! 身内の呼び方はレイラだけに許す! 貴様らにその呼び方は許さん! 分かったか、ガキ共が!」

 ウラージのあまりの剣幕に、エシャーとピュートの2人は視線を合わせると、不思議そうに首をかしげた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「お帰りなさい」

 たき火に照らされるレイラが発した声に一同も反応し、彼女の視線の先に顔を向けた。宵闇に包まれた野営地を歩いて来るエルグレドとスレヤーの姿が見える。

「『悪邪の子』はここでも大忙しか?」

 木の枝に刺した川魚を火であぶりながら、ウラージが声をかけた。

「それほどでも有りませんよ……」

 歩みを止めずにエルグレドが応じ、すぐにスレヤーが口を開く。

「サーガが数匹うろついてたってんで、周囲索敵班の報告を待ってたんでさぁ」

「何体だ?」

 ピュートが関心を示し尋ねる。たき火のそばまで寄ったスレヤーは、腰を下ろしながら応じた。

「発見・駆除したのが4体、他に2体が東の森ん中に逃げてったんだってよ。集団行動は見られなかったってだから、ま、ガザルの影響はなさそうだな。通常の警戒レベルでゆっくり休んでられるってこった」

 話の後半でパンを差し出した篤樹に顔を向けニヤリと微笑み、スレヤーはそれを受け取る。

「周囲1キロ四方に法術兵が探知魔法を張りました。夜警も立ちますから、御安心下さい」

 エルグレドも、ウラージから刺し枝ごと焼き魚を受け取ると腰を下ろした。レイラが足し木を火に挿し込み話をつなぐ。

「昨夜の野営地でも3体……普段より遭遇率が高いとは言え、かなりバラけてはいるようね……。スレイの言う通り、ガザルはまだ群れを統率出来るような状態では無いってことね」

「はい……少なくとも、『こちら』までは……」

 レイラの言葉に応え、エルグレドは視線をミスラに向ける。

「ガザルが放つ『群れの統率力』が、どの範囲まで及ぶのかは分かりません。自分の居る大陸の中だけなのか、それとも他の大陸……世界中の全てのサーガにまで影響を与えるのか……」

『範囲は限定的……なんじゃないか?』

 エルグレドの言葉を篤樹が訳すと、ミスラは自信無さげに首をかしげながら応じた。

『数ヶ月前に突然、サーガどもが群れ化を始めたけど、しばらくするとまたバラバラな行動になった……ちょうどガザルがユフからエグラシスに渡った頃さ。ヤツの影響力は一つの大陸とか、そのくらいなんじゃないかな?』

「……ってことは……」

 ミスラの説明にスレヤーが口を開く。

「もしかするとユフのほうじゃあ、大群行が再発してるかも知れ無ぇってことですか?」

 スレヤーからの視線を受け、エルグレドはしばし考え応じる。

「いや……ガザルの『破壊願望』はエグラシスに向いているはずです。大群行を率いられるくらい回復してるのなら、すぐにでもこちらへ戻って来るでしょう。もちろん、彼の力は日に日に回復してるはずですから、ユフでは小規模な群れ化くらい起こってるかも知れませんが、大群行レベルの統率力までは回復していない……と思います」

「それじゃ、予定通りの動きでよろしくて?」

 レイラからの確認に、エルグレドは笑みを浮かべ応じた。

「はい。レイラさんとスレイは、予定通りグラディーへ向かって下さい」
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