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第6章 ユフ大陸の創世7神 編

第 329 話 帰還

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 小人族は他種族との共生を好みません。同じ部族内でも、個々に生活することを好むほどです。彼ら小人族の習性とガザルたちの生き方は、ちょうど良い距離間の関係を築きました。互いに深く関与することは無いけれど、時に必要な手は貸し合う……そのような平穏な日々が、ガザルとエレナの心にも安定を与えていました。

『なんだかあなた、少し若返ったんじゃない?』

 ガザルとエレナの交わりは特殊な形でした。見世物小屋の男たちに蹂躙された記憶を呼び覚まさないように、彼らは通常の男女で交わす形とは違う「2人だけの愛の交わり」の姿を生み出したのです。それは治癒力の高い2人だからこそ可能な愛の形……互いの「血肉」を分け合うというものでした。

 エルフの血の影響か、ガザルは何年ものあいだ20歳前の外見のままでした。一方エレナは、サーガ化途上にあるガザルの血により、エルフ族には見られない病に冒されて行きました。しかし彼女はそれを自覚しても、ガザルとの「愛の交わり」をやめようとしませんでした。

 そのような日々の中、時折り、ガザルのサーガ化は急激に進行します。肉体と精神の変化に苦しむガザルを見かねたエレナは、シャンを頼りました。

『ふん……「サーガの実」なんぞ喰うからじゃ!』

 シャンは、平均寿命50年と言われる小人族の中で、100を数えるほどの長寿でした。しかし、自分の死期を間近に感じていたのでしょう……サーガ化が進むガザルを心配し、度々様子を見に来るようになりました。

 サーガ化の進行で自分を見失うガザルを、持ち得る限りの力で支え続けたシャンは……死期を前にしたある日、自分の右目を抜き取りました。そして、人間により失われていたガザルの眼孔に与えたのです。

『片目で見るからバランスが悪いんじゃ! これで両目を開いて見えるようになるじゃろ!……ガザル、強くなれ!』

 死に逝く者の言葉と思いと……眼をガザルに与え、シャンは木霊となりました。

 彼の思いが通じたのか、それからさらに数年のあいだガザルのサーガ化は完全に止まっていました。エレナと2人で生きる森の中での静かな日々……その平穏を侵したのは……またしても人間だったのです。


―――・―――・―――・―――


「今から300年と少し前……大群行の起きる直前の出来事よ」

 直子は口の端を結び、ピュートの様子をうかがうように見つめた。

「300年前……『大開拓時代』だな?」

「ええ……」

 ピュートの様子に、ガザル細胞による変化が起きていないことを確認し直子は話を続ける。

「王都周辺地区の開発に引き続き、大陸中央の森林地帯でも大きな工事が始まったの。魔法院評議会が主導して王国研究所を築くための工事よ。森の中に住んでいたサーガや獣たちだけでなく、小人族や獣人族も住む場を追われたわ。中には人間たちとの戦いに出た者もいたけど……軍隊として組織され、法術兵も多いエグデン軍と魔法院の前では、その力の差は歴然だった……」

「ガザルはどうなんだ? 戦いに加わったんじゃないのか?」

 ガザルの「力」をもってすれば、たとえ数万のエグデン軍であろうが、それこそ力の差は歴然では無いのか? ピュートは首をかしげ、直子に尋ねた。

「彼は……かなり『サーガ化』が進んでいた……エグデン兵……人間を数十人虐殺した後、エレナがガザルの異変に気付いたのよ。このまま人間を殺戮すれば、完全にサーガと化してしまう……彼女は『最後の助け』を頼ることにしたの」


―――・―――・―――・―――


 エレナは北のエルフ族の地へ急ぎました。その頃、北のブラデン山脈には、エルフ族の2つの大きな集落がありました。1つは、現在のエルフ族協議会会長であるウラージたちの集落、もう1つは彼の双子の兄ミラージが率いる集落……エレナはミラージの集落出身の娘でした。

 彼女が幼少期に川に流れついたのは、彼女がミラージたちの集落で「不浄な者」であったからです。エレナは、エルフであれば誰でも自然に身についているはずの法術を、全く発現出来ない子どもだったのです。理由は分かりませんが、稀にエルフの中にも「非法力者」が生まれるのです。

 ウラージの集落では、そのような者は一定年齢で「追放」となります。エルフとは認めない、1人で生きろ、と。

 一方、ミラージたちの集落では「不浄な者」は災厄の化身と見られました。「不浄な者は浄化を経た後に、木霊へ還すべし」……エレナは「浄化」のために滝へ投げ込まれたのです。一命をとりとめ、流れ着いた先でガザルと出会っていたのです。

 エレナはガザルのサーガ化を止める手立てを求め、生まれ種族の地に向かいました。彼女に残された唯一の手段だったのです。もはやエルフ族の有する知恵と力以外に頼る術は無い、との強い期待から発した行動でした。

 しかし……エレナを待ち受けていたのは、ミラージたちによる「浄化」の儀式だったのです。切実に助けを乞うエレナの声に、集落のエルフは誰一人耳を貸そうとしませんでした。

 誠実に真実を伝えれば、同族者である自分にわずかでも憐れみをもって応えてくれるのではないか……エレナの淡い期待は、いともたやすく打ち砕かれました。

『木霊に還っていなかったばかりか、人間共の慰み者として汚れに汚れ、エルフの尊厳をおとしめただと! しかもあろうことか、ロ・エルフのサーガ化を止める術を知らせよ等とは、エルフ史に残してはならぬ最大の不浄者だ! 完全に浄化せよ!』

 集落のエルフたちは男女を問わず、子どもも大人も関係無く、全員がこの「浄化」に加わりました。エレナの命を、様々な形で少しずつ削り取って行く浄化の儀は、数時間にも及びました。


―――・―――・―――・―――


「わかった……」

 直子の思念体が、大きくゆがみ始めた。ピュートは「終わり」が近づいたことを感じ、直子の話をやめさせる。

「その先はタグアの裁判所記録を読んだ中にも在った。……ガザルの凶行は、エレナに行われた『浄化の儀』に対する報復だったんだろう。人間種への憎しみだけでなく、エルフ族に対する憎悪が高まった理由も理解した。ヤツにとっては、この大陸を支配する2大種族全てが憎しみの対象となった……」

 ピュートの言葉に、直子は目を閉じ口を開いた。

「ええ……。加えるなら、彼は自分自身をも憎み、自分のルーツであるこの村の存在を呪うようになったのよ。私は村に戻って来たシャルロとルロエを通して『新しい情報』を更新したわ。そして、その情報……ガザルに対する恐れや憎しみを封じるために、村人たちの記憶の一部を『切り取った』の……」

「……ヤツに何が起きていたのか、何を起因として今のガザルが誕生したのか、よく分かった。そして……そんな情報を持つ細胞を利用して、俺が出来上がっているってこともな」

 ハッと目を開いた直子の焦り様に、ピュートは不思議そうに首をかしげる。

「言ったはずだ。俺は俺だと。ヤツの身の上は理解した。だが、ヤツを憐れむ気も放置する気も無い。ヤツの細胞の記憶だかが俺の中で暴れても、俺はヤツを抑えられる。心配するな。それに、どうせ俺もあんたもカガワも、もうすぐここで『終わり』を迎えるんだしな」

 ピュートは落ち着き払った言葉とは裏腹に、両腕で自分の身体の震えを抑えつけていた。直子は心配そうな視線を向けながらも、あえて静かに笑みを浮かべる。

「篤樹を……賀川くんをお願いね……ガザルくんのことも……」

「ん?……どうお願いされれば良いんだ? あんたが消えれば、ここも消えるんだろ? 俺たちも……」

 直子は、地に横向きに寝かされている篤樹に視線を向けた。ピュートは身体から震えが消えていることに気付き、腕を解いて急いで篤樹を見る。

 傷口が……

「どういうことだ?」

 篤樹の左脇腹の傷が塞がっている。顔色に血の気が戻り、絶え絶えだった呼吸も今は規則正しい息づかいに整っていた。

 ピュートからの問いに、直子は視線を泉の「水面」に向けた。まだ淡いが、先ほどよりもハッキリと「虹色の膜」が確認出来る。

「どうやら賀川君は、良いお友だちに出会えたみたいね……良かったわ」

「……説明しろよ、センセイ」

 思念体が消えかかりながらも、篤樹を見ながら満足そうに微笑む直子に向け、ピュートはイラついた声をかけた。

「あら?」

 直子は、今度は嬉しそうにピュートへ笑みを向ける。

「『あの子』がここに居た時みたいだわ……ありがとう、ピュートくん」

 ピュートは眉間にシワを寄せ直子をにらむ。

「はいはい……説明ね……。『外』の誰かが、賀川くんを想って『ここ』に法力を注ぎ込んでくれているわ……おそらく、エシャーでしょうね。エルフほどの力は無いけど、私が施している法術に作用するくらいの力は充分に届いてるわ。賀川くんの傷を癒し……『扉』を開けるくらいの力をね」

「エシャー?……ルエルフが……法力を?」

 ピュートの問いに、直子は嬉しそうな笑みを浮かべた。しかし、すぐにハッとして緊張の声を発した。

「急いで、賀川くんと泉へ入って!」

 直子の表情が急に厳しくなる。ピュートも洞窟の入口に異変が起きたことを感じ取った。

「エシャーの法力に、私の残り全ての力を合わせるわ! 早く!」

 何種類もの雄叫びが反響して聞こえた。入口に張っていた防御壁魔法を破り、サーガが何体も侵入して来たのをピュートも察知する。直子に指示された通り、ピュートは篤樹を抱え上げて泉に足を入れた。足は水中に潜らず、表面の虹色の膜の上に立つ形になる。

「中央に寄って! さあ!」

 ピュートが篤樹を抱え泉の中央水面上に立ったのを確認すると、直子は満面の笑みを向けた。

「ピュートくん……あなたも……あきらめちゃダメよ?」

 直子の最後の言葉に、ピュートは首をかしげる。同時に、直子は目を閉じ両手を合わせた。その瞬間、直子の思念体は弾け飛び、洞窟が急速に縮んでいく。その結末を確かめる間もなく、ピュートは足元の虹色の膜が砕け散ったのを感じた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「くっそぉ! 出て来いって言ってんだろう?!」

 スレヤーは目の前で行く手を阻む「見えない壁」を、何度も何度も殴りつけた。「壁」の向こうには、部屋の床中央で揺らめく「虹色の膜」とエシャーの姿が見える。地べたに座った前傾姿勢で身体を倒し、エシャーは右腕の傷から流れる血を水面に注ぎ続けていた。
 篤樹を思う気持ちと自身の内に在る法力を「命のしずく」に変え、自己治癒力を超える血量を水面に注ぐエシャーの顔は、すでに生命の色を失いかかっている。

「……大丈夫……だよ……スレイ……。大丈夫……だから……」

「全っ然、大丈夫じゃ無ぇじゃねぇか! お前、分かってんのか! とにかく1回、こっちに出て来いエシャー!」

 スレヤーの後ろには、ゼファーとキリト、そして、スヒリトが手配した治癒法術士が立ち、このやり取りを見守っている。

「スレイ……ホントにマズいぞ、彼女……」

 治癒法術士が声をかけて来た。

「分かってるよ!……けど……こっちからは入れねぇんだよ……クソッ!」

「おいっ!」

 見えない壁に両拳と額をつけ、悔しそうに目を閉じたスレヤーの耳に、キリトの声が飛び込む。目を開くと、水面に浮いていた虹色の膜の輝きが見る見る増していた。

「何だぁ……ありゃあ……」

 思わず呟いたスレヤーの言葉が終わる前に輝きは最大の光となり、全ての影さえ消すほどの真っ白な空間を創り出す。

 少しの間を置き、白光の静寂の部屋にエシャーの小さな声が響いた。

「お帰り……アッキー……」

 スレヤーはその声に反応し、背けていた目を前方に戻す。水面に浮かぶ篤樹を石枠まで引き寄せ抱きしめるエシャーの姿がスレヤーの目に映る。エシャーの傍ら立つピュートの左手には、「エルフの守りの小楯」がしっかりと握られていた。
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