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第6章 ユフ大陸の創世7神 編

第 325 話 奥へ……

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「スレイ!」

 正面に立つスヒリトの叫び声に反応し、スレヤーは即座に身を左にかわす。ほぼ同時にスヒリトの右腕から放たれた法撃が、自分が今まで立っていた空間を貫いて行くのをスレヤーは横目で確認する。

「あと2体!」

 スヒリトの背後からエシャーが顔を出し、法力光を帯びたクリングを投げて来た。スレヤーは右手でしっかり剣を握り、クリングをかわしながら右回りに振り返る。

 スヒリトの法撃を頭部に受けたサーガが後方に吹き飛んでいく姿と、クリングの標的となっている豚顔の獣人型サーガ、その横に顔半分が焼けただれている族性不明の獣人型サーガをスレヤーは視認した。

「オウ……リャー!」

 スレヤーの剣が、族性不明の獣人型サーガの胸に突き立てられる。豚顔のサーガは、エシャーのクリングによって頭部と胴体部に切断された。

「ふぅ……ったく……いったい、何体潜んでやがんだよ!」

 絶命しているサーガの肩に左足を載せ、それを押し倒しながらスレヤーは突き刺した剣を抜き取った。

 戻って来たクリングを左腕にはめ直すエシャーの横で、スヒリトは右腕を前に突き出した法撃体勢のまま大きく肩で息をついている。

「ヒリーちゃんよぉ……この『ダンジョン』は地下、何階まで続いてんだぁ?」

 スレヤーは周囲の気配を探るように視線を動かしながら尋ねた。
 オズマーン商会の倉庫に入ったスレヤーたちは、地下へ続くスロープを発見し、現在、3層下まで降りて来たところだ。ゼファーとキリトは地上階で待機している。

 地上倉庫内の面積から比べれば、かなり狭い石造りの地階だが、トロル型のサーガが通れるだけの高さと幅は充分にある。

 運搬用の古い木箱や放置されたままのガラクタがあちらこちらに転がる中、ここまで3人は8体のサーガを倒して進んだ。

「地下は……立入禁止だと言われてたから……あと何層あるのかは分からん……」

 息を整えたスヒリトが、切れ切れに応える。

「でも、ヒリーが居れば扉が開いてくれるから、下まで何層あっても大丈夫だね!」

 横に立つスヒリトに笑顔を向け、エシャーが声をかけた。

「まあ、でもよ……」

 スレヤーは2人に歩み寄り、エシャーの右手に視線を向ける。上腕の傷から流れるエシャーの血が、下ろした指先から床に滴り落ちた。

「どんだけ奥まで進めば良いか……先が見え無ぇまま、怪我した状態でこれ以上進むのはさすがに限界だな。1回、上に戻って対策を練り直すのが……」

「大丈夫!」

 スレヤーの提案に、エシャーは即座に口を挟んだ。

「大きな怪我じゃないよ! 自己治癒魔法も効いてるから平気!」

「スレイの提案は妥当だよ、お嬢ちゃん」

 スヒリトはエシャーの右肩に自分の右手を当てた。

「痛ッ……」

「悪いが私も治癒魔法は基本だけしか扱えない。お嬢ちゃんはエルフ系だから回復も早いだろうけど、治癒速度以上に動いてれば治るものも治らない。一旦、態勢を整え直すのが……」

「待って!」

 突然、エシャーがスヒリトの手を払い除け、スレヤーの横をすり抜けるように歩み出した。

「わっ……とぉ……、なんだい? 人の話は最後まで……」

「スレイ! ヒリー! コイツの傷……」

 助言を振り払われたスヒリトの抗議の声は、エシャーの呼び声にかき消される。

「どしたよ、エシャーちゃん」

 スレヤーはエシャーが何を見つけたのか興味深げに近づいた。エシャーが指さしているのは、スレヤーが突き倒した族性不明の獣人型サーガの顔だ。

「これは……法撃痕だな……」

 スレヤーの背後から顔を出し、スヒリトが応える。エシャーは屈みこみ、焼けただれたような法撃痕に左手をかざし何かを確かめている。

「……あの子のだ」

「ん?」

 エシャーの呟きを拾い、スレヤーが訊き返す。エシャーは嬉しそうな笑みを浮かべ振り返った。

「あの子だよ! ピュートの法力波だよ!……すごく薄いけど……でも、絶対にあの子のだ!」

「は? 誰だよ……」

 前に出て確認しようと口を開きかけたスヒリトは、スレヤーの肘打ちに割って入られ後ろに飛ばされる。

「何だって! マジかよ!……俺にゃ、分かんねぇぞ?」

「すごく薄いもん! 普通に攻撃した感じじゃ無いけど……でも、間違い無いよ! 絶対にピュートのだよ!」

「……ってこたぁ……」

 黒霧化が始まったサーガの死体から離れるように、スレヤーはエシャーに手を貸し立たせる。

「あのボウヤ、向こうで法術が使えてるってことか?」

「うん……多分……。でも、何だろう……すごく弱いから……もしかしたら怪我をしてるのかも? それか、手を抜いた法撃なのかも……よく分かんないけど、でも、このサーガに傷を負わせたのは、あの子だよ!」

 エシャーの感覚的な説明を聞きながら、スレヤーは拳を口に当て今後の動きを思案する。心配と期待に満ちた大きな瞳で、エシャーはジッとスレヤーを見つめた。

「……よし。せっかくここまで来たんだ……あと1つ下……4層目までを確かめて、そんで、まだ下に続くようなら、一旦打ち切って上に戻る……ってので、どうよ?」

 スレヤーが一方の口の端を上げ提案すると、エシャーの顔がパッと明るくなる。

「うん! あと1階だけ! とにかく、もう少しだけ2人に近付きたい!」

「俺は、もうここまでだ!」

 2人の会話に、スヒリトが鼻を押さえながら吠えた。

「サーガの出どころはハッキリした! そうだよ! なんでか知らないが、ウチの倉庫の地下から湧いてやがったんだ! この倉庫を潰して埋めれば、片は付く! これ以上進む必要なんか無ぇだろ!」

 最後は泣き出しそうな声色に変わって、スレヤーとエシャーを睨みつけるスヒリトを、2人は唖然とした顔で見つめる。

「……なんか間違ってるかよ? うろついてるサーガは残党じゃ無く、この地下から出て来てたって……だからここを潰して、もう出て来なくなったって、上にはそう報告すりゃ済む話じゃ無ぇのかよ……」

 スヒリトは完全に涙目で訴える。エシャーはスレヤーの腕をそっとつかんだ。視線を合わせたスレヤーに、エシャーがうなずく。

「悪ぃ……ヒリー。もうちっとだけ付き合ってくれや。頼む!」

 スレヤーが深々と頭を下げる姿にスヒリトは驚き、目を見開く。その拍子に、たまっていた涙が一粒こぼれ落ちた。

「え? あ……は? な……」

「あのね……」

 エシャーは視線を真っ直ぐスヒリトに向け、これまでの経緯を語り始めた。篤樹とピュートの失踪、ルエルフ村との接点を探していること、出現したサーガに付着していた法力残波から、この地下に村との接点が在る可能性……

 ピュートが持つガザル細胞の秘密以外について正直に、そして、切実に語るエシャーを見つめるスヒリトの表情が、分かりやすく二転三転と変化する。スレヤーは笑いをこらえ、それをジッと見守った。

「……だから……お願い、ヒリー。もう少し……私たちに付き合って。アッキーたちに……また会いたいの!」

 話の結びに、エシャーは左手を差し出し、改めて協力を願い出た。

「そ……そういう……そういう大事なことは!……最初にキチンと、説明してもらいたかったなぁ? お嬢ちゃん!」

「ゴメン……」

 うなだれ、差し出した手を戻そうとしたエシャーだったが、スヒリトは両手でその手を包み込む。

「スレイの馬鹿野郎がキチンと説明しないのが悪いんだよ! お嬢ちゃんの責任じゃ無ぇさ! なぁ、おい! 分かってんのか、この赤犬野郎!」

 スヒリトは大袈裟にスレヤーを罵倒し、可能な限り最大限の「優しい笑顔」のつもりで、ひきつった顔をエシャーに向けた。

「若者はこの国を照らす未来の光だ! こんな所で埋めちまうなんて出来無ぇよ! 大丈夫! 俺がついて行って、最後の扉まで開いてやるさ!」


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「着いたぞ……カガワ……」

 サーガの体液が滴る盾をピュートは左手で頭上に掲げ、右腕で篤樹を抱きかかえ立ち止まる。目の前には5メートルほどの高さのある洞窟がポッカリと口を開き、中からは幅2メートルほどの浅い小川が静かに流れ出ていた。

 呼びかけに反応が無い篤樹をピュートは抱え直し、洞窟に向かいゆっくり歩を進め始める。篤樹の左脇から染み出す大量の血が、ピュート自身も負っているいくつもの傷から流れる血液と混ざり、互いの半身をズボンの裾まで濡らしていた。

 洞窟入口まで入ると、ピュートはゆっくり篤樹を地面に下ろす。

「……カガワ……目を……開けろ……」

 篤樹の隣に腰を下ろしたピュートは、切れ切れとなっている呼吸を整え始める。数十秒ほど落ち着くと、膝立ちで倒れ込むように、洞窟の奥からの水流に右手を浸した。

……法力が……混ざってる?

 手で水をすくい、ピュートは自分の口に近付け、舌先で水質を確認する。

……飲めるな。それに……この水に含まれている法力は……

 ピュートは改めて水をすくい、口に運んだ。そのまま、しばらく自分の右手を見つめていると、腕全体にボンヤリとした法力光が現れた。エルフの守りの小楯も帯びている法力光が増し、付着していたサーガの体液がみるみる消えて行く。

 とりあえず……「フタ」をしておくか……

 洞窟の入り口側に向け、ピュートは盾を掲げた。盾の縁にピュートが右手を添えると、盾から網目のような光の膜が広がり、洞窟の入口全体に張りつく。光は数秒で消えるが、ピュートは簡易な防御壁魔法が発現出来ている事を確認しひと息を吐く。

「カガワ……水だ……」

 ピュートは右手の平に水をすくい、地面に横になっている篤樹の口へ注ぎ入れる。しかし、口中に入ったわずかな水は篤樹の喉を通る事無く、口端からこぼれ落ちた。

 空になった右手の平で、篤樹の「命」を確認するように首筋の脈をとる。ピュートは少しだけ安堵したように息を吐き、再び篤樹を抱えて立ち上がると、視線を洞窟の奥に向けた。

「湖神は……まだ奥か……」

 右脇に篤樹をかかえ抱いたピュートは、洞窟の奥に向かいゆっくりと進み始めた。
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