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第6章 ユフ大陸の創世7神 編

第 323 話 指名

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 スラム街の狭い路地裏で、トロル型サーガは灰色の巨体を周囲の壁に打ちつけながら、左腕1本で次々に男たちを殴り飛ばしている。スレヤーは抜き身の剣柄を右手で握ると、ゆっくり戦闘の輪に近づく。

「お前ぇら、危ねぇから、後ろに下がれや!」

 距離を詰めると、スレヤーは先に戦っている男たちに声をかけた。声の主がスレヤーだと気付いた男たちが、少しずつサーガとの距離をとる。

「スレイ……帰ってたのか?」

 後方に移動してきた男が、驚いた表情をスレヤーに向けながら退いて行く。

「ちょいとした『お かみのお仕事』だよ……」

 サーガの動きを見極めつつ、スレヤーはさらに距離を詰める。最後まで戦っていた男が、スレヤーの姿を確認すると一気に後退して来た。

「悪いな、スレイ……トロル型はさすがに……」

「おうよ! 任せとけ!」

 今の今まで自分の行動を押さえていた煩い人間たちが急に周囲からいなくなり、トロル型サーガは辺りをキョロキョロ見回している。

「ご指名はこっちだよ、頭ん中まで腐ったサーガ野郎!」

 スレヤーの声に反応し、サーガが顔を向けた。その灰色の身体には、街の男たちから放たれた矢や剣が数本刺さっている。しかし、その動きを止めるだけの深手は、ひとつも負っていないようだ。

「お?」

 スレヤーは、正面に向き合ったトロル型サーガより、その後ろの路地から飛び出して来たエシャーの姿に視線を向ける。一瞬、ハッとした表情を見せたエシャーだったが、スレヤーとのアイコンタクトで状況を瞬時に判断した。

 なんであのトロルから、アッキーの法力波が流れて来るの?

 エシャーは目の前に背中を向けている灰色の巨体をジッと見つめ、全体を確認する。その視線が、肘から下で切断されているサーガの右腕に固定された。

 あの腕の傷……普通の剣じゃ無い……法力強化剣の傷? アッキーの「 成者しげるものつるぎ」で斬られたんだ!

「グガァー!」

 トロル型サーガは目の前に立つ真っ赤な服を着た男を「敵」と認識すると、雄叫びを上げ突進して来る。スレヤーは左手の指で鼻頭をかくと、そのまま右手一本で持つ剣を真上に上げた。

「うるせぇよ、でくの坊が……」

 左手の拳でスレヤーを殴ろうと頭から突っ込み、今まさに身体をひねったサーガの真正面に向け、スレヤーは一気に3歩踏み込み距離を詰める。と、そのまま、右腕で持ち上げていた剣をサーガの頭部に叩きつけた。剣はサーガの頭部にめり込み、アゴ下にまで食い込む。

 突進して来たサーガの身体を左手でスレヤーが押さえ止めると、灰色の巨体はそのまま前のめりに倒れ込んだ。

「スレイ!」

 エシャーが駆け寄る。スレヤーは剣についたサーガの体液を振り落とし、鞘に収めながら応じた。

「エシャーちゃん、コイツ……」

「うん! 多分、その右腕!」

 2人共、それぞれに感じ取っている「アツキの匂い」につられるように、切断されているサーガの右腕のそばに屈みこむ。

「かなりスッパリいってやがる……アッキーの匂いだな」

「だよね! 法力強化の剣だよ! アッキーが剣で斬ったんだよ!」

 黒霧化が始まったサーガの横に立ち、スレヤーとエシャーは互いの目をしっかり見つめ、やがて、満面の笑みを浮かべ合う。

「どうなってやがんだ、あの野郎は!」

「アッキーの匂いだ! アッキーがいるところから、このサーガは来たんだよッ!」

 興奮した2人は両手を繋ぎ、その場で跳びはねるように喜びを表した。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……残りの2体も、排除完了したんだってよ」

 かなり遅れてエシャーとスレヤーに合流したスヒリトが声をかける。周囲では負傷した数名の男たちが手当てを受けていた。

「こっちはトロル型だったんだってな? 相変わらずの狂犬ぶりだぜ……」

 黒霧化で、すでにサーガ本体の姿は消えているが、その破壊の傷跡に目をやりスヒリトが呆れ声を出す。

「スレイ!……と……スヒリト」

 負傷者たちの様子を診ていたゼファーが声をかける。

「あの野郎……俺は『ついで』かよ」

 スヒリトは忌々しそうにゼファーに目を向けた。

「俺はスレイのオマケじゃ無ぇってんだよ……。ほら、2人とも! 呼ばれてるぜ!」

 黒霧化して消えたサーガの跡に屈みこみ、笑顔で話をしているスレヤーとエシャーに向けスヒリトが声をかける。

「おう!……よし、んじゃ、エシャーちゃん、行こっかよ」

 2人が立ち上がったのを確認すると、スヒリトはゼファーに向かい歩き出した。

「何を話してたんだ? スレイ」

 背後にスレヤーとエシャーの気配を感じ取り、スヒリトが尋ねる。

「あ? お前ぇには関係の無ぇ『良い話』だよ」

「チッ!」

 まともな返事が期待出来ないとすぐに理解し、スヒリトは舌打ちで不快感を伝えた。

「ありがとな、スレイ! 被害が大きくならずに済んだ」

 3人がそばまで近づくと、ゼファーが笑顔をスレヤーに向ける。

「なぁに、気にすんな。1本腕のトロル型なんざ、大したこと無いさね。こっちも思わぬ収穫が有ったしよ!」

「そうか?」

 ゼファーが向きを変えて歩き出したので、3人もそのまま従って進み続けた。

「で、何を話してたんだ?」

 スレヤーとエシャーが喜びながら何かを話している様子に、ゼファーも気がついていた。

「お前ぇには関係の無ぇ『良い話』なんだってよ!」

 間髪を入れず、スヒリトが代わりに応える。ゼファーは怪訝そうに振り返った。

「ん? まあ……ちょっと内々の話でな……2人で確認してたんだ」

 スレヤーからの正式な回答も続くと、ゼファーは「まあいい……」とだけ呟き路地を進み続ける。5分ほど歩くと、少し開けた「広場」に出た。「広場」と呼ばれているが、何本かの路地とつながっている10メートル四方程度の「交差点」に過ぎない。

 広場に面した建物の前に、白髪頭の高齢男性が椅子に腰かけている。目口を隠すほどの長い眉毛と口髭も、頭髪と同じく真っ白だった。両脇には中年男性が1人ずつ立ち、腕を組んで立っている。そのさらに左横に、先ほど出会ったキリトの姿もあった。

「ノコノコと何しに戻って来た! スレイ!」

 見た目からは想像もつかない力強い怒鳴り声が高齢男性から発せられる。周囲の建物に反響しその声量も倍増しているため、エシャーは思わず身をすくめて足を止めた。

「何だよジイさん、くたばる寸前って聞いてたワリにゃあ、元気そうじゃ無ぇかよ!」

 しかしスレイは、いつもの調子で顔を緩めて言葉を返す。そのやり取りに、エシャーはますます目を見開いた。

「生意気さとガタイだけは、無駄にデカくなったもんだなぁ!」

 尚も歩み寄って行くスレヤーに、高齢男性は腰かけたまま大声を投げかける。スレヤーは意にも介さずに男性の前にまで進み立つと、見下ろしながら応えた。

「……無理はすんなよ、ジイさん。寝ぐせついてるぜ?」

「なっ……」

 スレヤーの言葉に高齢男性は慌てて両手を頭に移動したが、すぐにスレヤーの虚言だと理解し拳を固め振り上げる。

「こ、この……」

「ただいま、ジイさん」

 振り上げられた拳の前にスレヤーは片膝をつき屈みこみ、高齢男性に笑みを向けた。

「馬鹿野郎が……」

 下げられたスレヤーの頭を、高齢男性は右拳で軽く叩く。

「あ……あれって……」

 まだ立ち尽くしていたエシャーはそのやり取りを呆然と見つめながら、誰にともなくポツリと声に出し尋ねた。

「あれが 街頭まちがしらだよ。スレヤーの拾い親さ……」

 脇を抜けて進み出したスヒリトが応える。

「え? スレイの……親?」

 街頭に近寄って行くスヒリトの背中に、エシャーが尋ね直す。返事も無く進むスヒリトに代わり、エシャーの隣で立ち止まっているゼファーが説明を加える。

「スレイは赤ん坊の時に裏の河原で保護されたんだ……街頭の娘さんにな。で、結局は街頭が拾い親になって育ててやったんだよ。ま、この街じゃ珍しくも無ぇ話さ」

「え……だけど、スレイは浮浪児仲間と一緒に暮らしてたって……」

 スレヤーから以前聞いた身の上を思い出し、エシャーはゼファーを見て尋ねた。

「街頭んとこにゃ、親無しが何人も居るからなぁ……」

「御無沙汰してます、ガロンさん」

 街頭の前に進み出て挨拶をしたスヒリトの声に反応し、エシャーはゼファーから視線を移す。

「ん? おお……オズマーンのとこのボウヤか。スヒリト……だったな?」

「はい、スヒリトです」

 緊張感が辺りに漂う。

「親父さんは今、どこだ?『王都民』は壁の中か?」

「いえ……家は西の壁外街区に在ります。商売で壁の中との行き来は頻繁ですが……」

 どうやら、この街の中でのスヒリトの立場は微妙なようだとエシャーは感じ取る。

「ねえ……ヒリーはみんなに嫌われてるの?」

 小声で尋ねると、ゼファーは苦笑いを浮かべエシャーの耳元に顔を近付けた。

「アイツん家の商売がな……王政府から街に入るはずだった金を盗んで始まったって話があるんだ。アイツのジイさんの時にな。で、その商売を受け継いだアイツの親父も成功してな……街の人間にしてみりゃ、疑惑とやっかみの的さ。でも、その商売での利益も、実際に街に流れて来るから……ムカつくけど一応『街の人間』と認めてるってとこだ」

 さっきスレイが言ってた話……やっぱり本当のことなんだ……

 エシャーは街頭の前に屈むスレヤーとスヒリトの背中を見ながら、2人の生まれ育った街の複雑な背景を、頭の中で整理する。

「……とにかく、街の中の問題は街の中で片を付ける。これまで通り、これからもな」

 スレヤーとスヒリトを前に、街頭は静かに、そして確固たる意志を込めて告げた。

「ま、そう言うだろうなってなぁ、織り込み済みだがよ……」

「『外』に出してしまったのが、王都民にとっては不安材料になっているんです」

 街頭のガロンに向かい、スレヤーとスヒリトはそれぞれの言葉で説明を加える。

「大群行が収束し、今から復興開始という段になって尚もサーガがうろついていると……しかも、この『 スラム』から出入しているとの疑いがかけられてます。下手すると、軍部や内調が強制的に介入するかも……」

「そうなりゃ全面戦争だ!」

 スヒリトの話の途中で、ガロンが怒鳴りつけた。

「まあまあ、ジイさん……」

 ガロンのひと声に硬直して声を失ったスヒリトに代わり、スレヤーが続ける。

「ヒリーは臆病だからよ、そんなにビビらせなさんなって!」

 スレヤーは立ち上がり、スヒリトの肩に手を置いた。スヒリトは泣き出しそうな目でスレヤーを見上げる。

「んでも……」

 スヒリトの肩をポンポンと叩き、スレヤーはガロンに話を続けた。

「新しい王さんは、今までと違ってしっかりした王さんだ。魔法院や軍部の言いなりになって、すぐに粛清云々なんて言い出す事ぁ無ぇ。とはいえ、ヒリーが言う事もまんざら嘘じゃ無ぇ。サーガがちょくちょく『向こう』で暴れりゃ、位置的にこの街が疑われるのは当たり前ぇだ。んだからよ、強引な調査が入る前に、チィと俺らに調べさせてくれや?」

 ガロンは腰かけたまま、ギロリとスレヤーを睨み上げる。スレヤーはその視線を、ニンマリとした笑みで受け止めた。

「ふん……すっかりヤツラの手下になっちまったな、スレイ」

「あ? 目ん玉が腐っちまったかい? ジイさん」

 ややしばらく睨み合いを続け、先にガロンが視線を外す。

「……まあ、ちょうど良いか……」

 ポツリと呟くと、ガロンは視線をスヒリトに向けた。

「オズマーンとこのボウヤも一緒ってんなら……」

「ふぇ?」

 ガロンから視線をそらそうとしていたスヒリトは、不意に投げかけられた「指名」に驚きの声を漏らし、キョトンと首をかしげた。
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