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第5章 王都騒乱 編

第 288 話 意味不明

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「アツキくん!」

  成者しげるものつるぎを拾うために移動を始めた篤樹のもとへ、ヨロめきながらルロエが近づいて来た。

「あ……ルロエさん……大丈夫ですか?」

「君こそ……その手……」

 ルロエはすぐに篤樹の両手に視線を向け尋ねる。

「かなり痛いです……」

 一瞬「大人」に泣きごとを言いたい気持ちが浮かんだが、篤樹はすぐにそれを飲み込む。

「でも……今はとにかくガザルを倒さないと……。ピュートから成者の剣を拾って戦えって言われました」

「そうか……すまない。こんな時に役に立てなくて……」

 ガザルに負わされた傷がまだ痛むのか、ルロエは苦痛に顔を歪めながら語る。

「君の剣…… 成者しげるものつるぎは法力増強素材で出来てるらしい。ピュートくんが教えてくれたよ。しかも、彼の法力まで充填されてるそうだ。アツキくんなら使いこなせると彼は見込んでるようだね。……いけるかい?」

 篤樹はルロエからの説明で、自分でも感じていた「法術剣士化」のカラクリに納得しうなずいた。

「自分の動きが……集中してイメージした通りに動けるなって思ってました。成者の剣と、ピュートの法力のおかげだったんですね……」

 やっぱり、成者の剣がカギだったんだ……。あれを握っていれば、ガザルの動きにも対応出来る!

 ピュートからの指示は、篤樹がガザルと対峙するための「最低限の状態」に復帰をうながすものだったと理解する。篤樹はルロエに苦笑いを浮かべ、再度うなずくと歩を進めた。

 ピュートとガザルは、相変わらず数メートル置きに時々姿を現す「法力移動戦」を繰り広げている。移動の軌跡が見えないため、思いがけなく近くに姿が現れる度、篤樹は身をすくめ立ち止まってしまう。

「なるほどな! その剣をまた握るつもりか?」

 地面に落ちている 成者しげるものつるぎまで2メートルくらいまで近づいた時、背後からガザルの声が投げかけられ篤樹は振り返った。

「早く拾え!」

 篤樹の壁になるようにピュートも姿を現し、すぐに声をかける。篤樹は慌てて、転がるように手を地面に伸ばした。その動きにガザルが即座に反応し、襲いかかる。

「クソッ……」

 ピュートが悪態をついた声を背後に感じながら、篤樹は飛び込み前転のように成者の剣をつかんだ。負傷している指の痛みがあるためしっかりとは握れないが、それでも残りの指で支えるように剣を持ち構え振り返る。

 えっ……

 背後でピュートとガザルが近接戦になっているだろうと想像し振り向いた篤樹の目に、予想していなかった光景が飛び込んで来た。

 ピュートの右腕が、ガザルの左胸に突き刺さっている。

 やったのか?!

 ガザルは「まさか」という表情でピュートに顔を向けていた。篤樹は折れていない指に力を入れ、かろうじて握る剣を構えたまま2人の様子をうかがう。内心、ピュートが決着をつけてくれるのかという期待も膨らみ始めた瞬間、ピュートの背中から突然弾けるように血飛沫が上がった。

「こぉ……のぉ……」

 ピュートの脱力を感じ取ったのか、ガザルはピュートを押し退け、同時に右足でピュートの左足へ蹴撃を加える。防御体勢が十分とれていなかったピュートの左足は膝関節がへし折られ「く」の字に曲がった。

「ぐ……」

 右手で左胸を押さえながら、ピュートはその場に座り込む。直後、後方に退き距離をとったガザルの左膝が、何の前触れも無く「く」の字に曲がるのを篤樹は見た。

「ん?……な……グアーッ!」

 突然襲いかかった激痛に、ガザルは悲鳴を上げ地に倒れる。

 な……一体……何が……

 目の前で起こった不可解な「戦い」に、篤樹は呆然と立ち尽くす。

「カガワ! 早くヤツをやれっ!」

 地面に座り込んでいるピュートが振り向き叫んだ。しかし、篤樹は状況が飲み込めず、ガザルとピュートに交互に視線を移しながら立ち尽くす。

「テメェ……何をしやがった!」

 ガザルが怒りと動揺の叫びを上げながら立ち上がる。ピュートはそれを確認すると、再び篤樹に顔を向けた。

「アイツと俺はやはり相性が悪い。お前が倒せ、カガワ」

「な……どうして……どうなってんだよ!」

 篤樹はなおも状況理解が追い付かず、パニックになる。

「ヤツへの俺の攻撃は、俺自身に返ってくる。逆に、ヤツが俺に加える攻撃はヤツの身体に返る。俺とガザルは戦い合う事が出来ない。だから、お前がやれ、カガワ」

 苦痛を押し殺し、尚も淡々と指示を出すピュートの言葉に、篤樹は気を静める意識が働いた。

「俺の……攻撃なら……お前には返って来ないんだな?」

 ピュートの説明を完全には理解出来ないが、とにかく、篤樹は要点を確認する。ピュートはうなずき答えた。

「お前は『他人』だからな……」

「くそぉー!」

 篤樹はガザルに向かって進み出す。

 なんだよ……意味が分かんないよ……「他人」って? どういう意味だよ……。何か、また変な魔法でも使ってるのか? ピュートとガザルが「他人」でなくなるような魔法? なんだよ、それ!

 ガザルが篤樹に向け真っ直ぐに右手を伸ばした。攻撃魔法体勢だ。篤樹はガザルの左側へ回り込むように移動しながら、とにかく今は目の前の強敵を倒す事にのみ意識を向けねばと集中力を高めていった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「おい! 軍の馬車を出せ!」

 軍部指令室の扉を荒々しく開き、ウラージが叫ぶ。

「ウラージ長老大使。やはり今、王政島へ向かうのは危険ではないかと……」

 背後から付いて来ていたビデルが、一応の心配を装いながら声をかける。

「フン……貴様らにとっては俺が死んだほうが都合良いのだろう? 見え透いた偽りの心配など、反吐が出る!」

「一体……どうなさったのですかな?」

 ヒーズイットは事情が呑み込めず、指令室に戻って来た3人を前に動揺を隠せない。

「長老大使自らがガザルを制しに行かれるそうだ」

 ヴェディスが早口に説明する。

「この女も連れて行くぞ! 馬車に乗せろ!」

 ウラージは床に転がされたままのユフの女性を見下ろし、指示を出した。

「え? あ……では護衛兵を……」

 ヒーズイットはウラージの指示に従い、部屋の外の兵を呼ぼうとした。しかし、ウラージはニヤリと笑みを浮かべそれを制する。

「大臣と魔法院のも一緒に来い! 貴様らの国なのだろ? 自らの目をもって『終わり』に立ち会え。俺がガザルを倒してこの騒乱を終わらせるか、それともヤツが俺の命もこの国も終わらせるのか、その目で見届けろ!」

「な……」

 ヴェディスが絶句し、唖然とした表情をウラージに向ける。その様子に気付いたビデルは苦笑いを浮かべ、ヴェディスの右肩に左手を載せ横に立つ。

「御一緒いたしましょう、長老大使。私は戦いの役には立たないでしょうが、魔法院評議会会長のヴェディス氏なら、援護にはなるでしょうから」

「な……ビデル!」

 思いがけないビデルの言葉にヴェディスはさらに目を見開いたが、抗議の言葉を続ける事は出来なかった。

「う……う……ん」

 3人の足元に転がされているユフの女性から声が洩れ出る。3人は顔を見合わせ、ビデルが屈みこむ。

「……意識が戻ったようですな」

 ビデルは2人に伝え、女性の頬にそっと手を添えた。その感触に反応したのか、女性はパッと目を開いた。

「ちいえひ! にをに、かいこみっ!」

 自分が拘束されている事にまだ気付いていない女性は、攻撃姿勢をとろうと身をよじりながら叫ぶ。

「おっと!」

 噛み付かれそうな勢いにビデルは慌てて手を引っ込め、ヨロめくように立ち上がった。

「ささみなさの! かいこにぬみひふやはに!」

「これが……ユフの民の言語……」

 激しく叫び身をよじる女性の声に、ビデルは呆れたように目を見開く。

「さっぱり分かりませんなぁ……」

 ヴェディスも首をかしげ女性を見下ろしている。

「きせつりみ……きせつりみなさに! やけめしねつにはし?!」

 鬼気迫る女性の声に、ビデルとヴェディスは肩をすくめウラージに顔を向けた。

「何か……重大な話をしておる雰囲気ですな?」

 ビデルは女性の表情と声から、ただならぬ叫びであると感じ取る。

「しかし……言葉が全く……」

 ヴェディスも困り顔で頭を掻く。

「ふん……だから貴様の部下が必要だと言っておるんだ」

 ウラージはビデルに視線を向ける。

「俺がガザルを倒したら、貴様はすぐにカガワアツキを見つけて連れて来い。この女が何を言っているのか、なぜユフの民がこちらへ渡り、あんな所で惨殺されたのか……こいつが知っている情報を全て聞き出せ!」
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