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第5章 王都騒乱 編

第 269 話 戦える者

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「相変わらずの狂犬ぶりだなスレイ!」

 ジンの声がフロアに響く。スレヤーは、支柱の陰で息を整えながらその声を聞いた。石床には、ジンと共に最下層フロアへ突入して来た剣士隊や警衛隊兵士ら7名が倒れてうめいている。その介助にあたる法術士らが4名、棒弓銃や剣を構えている兵士らが5名……先にエシャーのクリング攻撃で倒した兵も含め、追手の数は20名ほどだとスレヤーは確認した。

 無傷のジンも含めてあと半分かよ……なかなかキビシイなぁ……

 フロア中央に立つ柱の陰で、スレヤーは自身と敵の「戦力」を冷静に測る。

「剣士だけでなく、法術士も含むこれだけの上級位兵相手に、よくもまあ、これだけの立ち回りが出来るものだな? お前には心底驚かされるよ!」

「お前ぇさんこそ、相変わらずの口達者ぶりだなぁジン! さすが将位に抜擢されるだけの器だねぇ!」

 左太ももと腹に刺さっている矢を抜きながら、スレイも応えた。

 やっぱ、多方向からの矢と法術を混ぜられると、キツぃなぁ……

「どうだ、スレイ! 今からでもお前なら、喜んで俺の隊に迎えてやるぞ? 賢くなる気は無いか?」

 スレヤーに語りかけながら、ジンは兵士らにハンドサインで指示を出す。長・中距離攻撃専門の兵士ら4人がスレイが潜む柱から距離を取り、2手に分かれ壁際を移動し始めた。

 手傷を負ってる狂犬をあぶり出し……引導を渡してやる!

 ジンは鞘から剣を抜き、いつでも飛びかかれる体勢を維持しタイミングを待つ。

「ぐあっ!」

「うっ……」

 スレヤーの右側面から攻撃を狙って移動していた法術兵と棒弓銃兵が、突然、立て続けに悲鳴を上げ倒れた。その声を合図とするようにスレヤーは柱の陰から飛び出し、左側面に回り込んで来ていた法術兵2人に斬りかかる。

「このっ!」

「くそっ……」

 慌てた2人が攻撃魔法体勢を整え攻撃魔法を発現させるが、3手先を行くスレヤーの斬撃速度に敵うはずも無かった。

「スレイっ!」

 放たれてくる矢や攻撃魔法をくぐり抜け、エシャーが柱の陰に転がり込む。倒した内の1人を盾に移動し、スレヤーも柱裏に戻った。

「なんで戻って来た! アッキーはっ!」

「スレイが嘘をついたから! アッキーはオスリム達のところに行ったよ!」

 矢と法撃がまだ続く中、スレヤーがエシャーを怒鳴りつける。だが、即答したエシャーの言葉に目を見開いた。

「嘘?」

「オスリム達は来ない! だから自分ひとりが おとりで時間稼ぎをして、私達を逃がそうとしてた!」

 怒りと悲しみに満ちた瞳で睨むエシャーの視線を受け止め、スレヤーは苦笑いを浮かべる。

「まいったねぇ……仲間にエシャーちゃんみてぇなヤツがいると、かっこつけることも出来ねぇ……」

 バシッ!

 スレヤーの左頬をエシャーが右手で平手で打つ。その目には涙か溢れていた。

「死んだら、かっこよくなんかない!」

 スレヤーは呆然と目を見開き、エシャーを見つめる。

「……コートラスは……多分……絶対に強かった! 持ってた法力で分かる。ここの敵を全部倒せるくらいに強かった!……なのに……何も出来ないままに殺された……。死んだら、絶対にカッコよくなんかないんだよ!」

「ヘッ!」

 ニヤリとスレヤーは笑みを浮かべた。

「違ぇねぇな。生きててナンボの人生だ……よしっ! んじゃ、一緒に生き抜くべ!」

「何か……作戦はあるの?」

 エシャーが問いかけると、スレヤーは下唇を噛み思案する。

 向こうにゃまだ中・長距離の攻撃手が何人か残ってる……でも、エシャーの攻撃魔法なら十分相手出来るレベルだ。あとはジンを含めて剣士3人……せめてジン1人に集中してぇなぁ……

「よ……し……」

 スレヤーはうなずいた。

「俺ぁ、真っ直ぐジンに向かって走り込むからよ……エシャーちゃんは俺の背後から付いて走りながら、棒弓銃兵と法術士を黙らせてくれるか? 床に転がってる連中にも、一応気をつけてな」

「……うん! 分かった!」

 エシャーは手首からクリングを外し、右手で輪を握る。

「足の怪我……大丈夫?」

 上半身にもかなり傷を負っているが「走り込む」という作戦上、エシャーはスレヤーの太ももに滲む血が気になった。

「なあに、法力も入って無ぇただの矢だ。何の支障も無ぇよ!」

 スレヤーはエシャーの頭をグリグリ撫でながら応える。

「よし……行くぞっ!」

 エシャーとの呼吸が合ったのを感じ取ると、スレヤーは勢いよく柱の陰から飛び出した。速やかに周囲を確認する。

 真正面奥にジン、手前に剣士1人……左に法術士2人と棒弓銃兵……右に……剣士が2人? いや……1人は法術剣士か?

 敵位置確認の間に、棒弓銃兵をエシャーのクリングが襲い吹き飛ばす。同時に、法術士2人には攻撃魔法が放ち込まれた。1人は防御魔法で防いだが、もう1人は間に合わず吹き飛ばされ、背後の壁に身体を打ちつけ床に崩れ落ちていく。

 やるねぇ! よしっ!

 眼前に迫る剣士隊兵が剣を抜いた。ジンも抜き身の剣を構えている。ほぼ同一線上に立つ2人……手前の剣士を打ちはらい、そのままジンの懐へ……スレヤーは思い描いた動きに移るため、走行姿勢を変えようとした。

 しかし次の瞬間、剣士とジンが大きく左右に分かれる。1方に向き合えば、他方に背後を取られる位置取りだ。これだと背後のエシャーがいずれかと対峙することは避けられない。

 先に剣士を狙うか、ジンに向かうか……

 一瞬の迷いの後、スレヤーは左手に展開したジンに向かった。結果、エシャーは右手に構える剣士から狙われてしまったが、紙一重に斬撃を跳びかわし、空中で前転し床に降り立つ。

「悪ぃエシャー! そっち頼むわ!」

 スレヤーは振り返ることなくジンとの剣げきを繰り返しながらエシャーに告げる。

「くっ……」

 着地姿勢から法撃に転じようとするエシャーだが、剣士の剣さばきは法力充填の間を与えないほどに鋭く早い。エシャーは体さばきで敵の斬撃をかわすのが精いっぱいだった。

 距離をとらなきゃ……

 エシャーは壁際を駆け、剣士との距離をとろうと移動する。しかし……

 ピュン!

 右肩に焼けつくような痛みを感じた。すぐに自分が攻撃魔法を受けたことに気付き、法撃者を確認する。先にクリングで倒した法術兵の内2人が立ち上がり、エシャーに狙いを定めているのが見えた。

 マズイ……

 駆け足を止め、即座に法術兵の的から外れようとするが、その背後から剣士の打突が襲う。

「キャッ……」

 反転しようとして身をよじったタイミングだったこともあり、背後から心中を狙った剣士の打突はエシャーの背中の皮膚と肉をわずかに切り裂く攻撃となった。バランスを崩したエシャーは、床に倒れ転がる。

 即座に剣士も足を止め、床上に横になったエシャーに剣を突き下ろして来る。転がりながらそれを避け、体勢を整えようと起き上がった時、左太ももに熱を感じ、直後の激痛に片膝をつく。先ほどの法術兵達からの法撃だった。剣士と距離をとれば法撃に狙われ、距離を詰めれば鋭く早い剣術が届く。

 勝てないかも……

 剣士の間合いで片膝をついた状態の自分に、すぐにでもおとずれようとしている結末を感じ、エシャーは覚悟を決め目を閉じた―――


~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


 スレヤーはジンとの剣げきの合間にもエシャーの様子が気になり、視界の端でその姿を追っていた。

「余裕だな! スレイ!」

 スレヤーの視線が自分との戦いに集中出来ていないことを読み取り、ジンは口角を上げながら連続で剣を打ち出す。

「んなこたぁ……無ぇよ……」

 先に負った手傷も、決して軽傷では無い。踏み込む足にも、剣を打ち出し打撃を受け止める腕にも、その度毎に激痛が走った。痛みに悶えるのは戦いの後だと身体に無茶を言い聞かせながらの戦闘には慣れている。しかし、気持ちで押さえられる限界を、スレヤーの身体はとっくに迎えていた。

「あの娘が気になるか? 気にするな! どっちもここで仲良く終わるんだからな!」

 ジンの言葉にどんな悪態を返してやろうかと口元を緩ませたスレヤーの視界に、エシャーが攻撃魔法を受け転倒する姿が映った。

「エシャーっ!」

 意識が完全にエシャーに向いてしまったその隙を、ジンは見逃さない。

「グッ……」

 ジンの剣げき軌道が変化し、受け止めようとしていたスレヤーの剣をかわして右上腕に直撃する。痺れる痛みと衝撃に耐えきれずスレヤーは剣を手放し、床に両膝をついてしまう。即座にジンはスレヤーの剣を蹴り飛ばした。

「俺をなめ過ぎじゃないのか? スレイ」

 背後から首筋にジンの剣を当てられ、スレイは動きを止める。

「友であった者への最後の情けだ。あの娘の死を見る前に、終わりにしてやるよ……」

 ジンの宣告が背後頭上から降りかかった。首筋に感じていたジンの剣が離れる。

 右肩口から真っ直ぐ心臓に剣を突き立てる……

 次に行われるジンの動作をスレヤーはイメージした。突き立てられるであろう剣筋をずらすように身をよじり、床に転がりながら両足でジンの足首と膝裏を挟み、さらに身体を回転させると、ジンは真後ろに転倒する。

「貴様ッ!」

 倒れた状態でもジンは剣を左右に振り、スレヤーを狙う。しかしスレヤーは蹴り飛ばされた剣に向かって床を這うように駆け出していた。

「往生際が悪いぞ! スレイ!」

 怒りの形相で立ち上がったジンが、剣を構えスレヤーに迫る。スレヤーは左腕を伸ばして自分の剣を握ると、背後に迫るジンに向け、振り返りながら剣を横一閃にはらった。

「あの娘の死を見届けてやりたいのか? それなら希望通りにしてやるよ! ほら!」

 ジンは苛立つ声を上げ、剣先をエシャーと剣士がいる方向へと向ける。しかし、立ち上がったスレヤーは、もはやその誘導に視線を向けることは無かった。

 へっ……やっぱり良い「匂い」だぜ……

「……余裕だな? ジン。俺と正面から向き合ってるクセによぉ……」

 左手で剣を握り、ダラリと下ろした右腕は指先から血が滴り落ちている。にもかかわらず、スレヤーは余裕の笑みを浮かべジンと視線を合わせていた。

「さあ……集中しようか? こっちの戦いによぉ」

 左腕1本で剣を横向きに持つスレヤーは、ジンを真正面から見据え機会を待つ。

「なんだと……ふざけんなよ! な……」

 スレヤーの視線を真っ直ぐ受け止めていたジンの瞳が、一瞬、驚きの色を帯びる。その視線は、スレヤーの遠く背後で繰り広げられているエシャーと剣士の戦いに向けられていた。その瞬間を、スレヤーは見逃さない。

 ジンの懐へ踏み込みつつ、横向きに構えていた剣を真っ直ぐに向け直す。スレヤーはその剣先をジンの胸当てと胴当ての隙間に滑り込ませ、全体重を剣柄に押し当てた。負傷している右腕を持ち上げ、ジンの左肩に載せると、肩当てを掴み自分のほうに引き寄せる。スレヤーの剣はそのままジンの心中を刺し貫いた。

「……よそ見してんじゃねぇよ……バァカ」

 ジンの耳元に囁くと、スレヤーはゆっくり剣を引き抜く。支えを失ったジンは、声も無くその場に両膝をつき、前のめりに倒れた。ジンの絶命を確認し、スレヤーは振り返る。

 10数メートル先……エシャーにとどめを刺そうと立っていた剣士は、すでに床に倒されている。その真横には、剣を構えて立つ篤樹の姿があった。
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