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第5章 王都騒乱 編

第 247 話 同志か異志か

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「じゃあね、エシャー! ゆっくり楽しんでおいでー!」

 貨車の窓を開け、エシャーは顔を外に出しサレマラの見送りの声を受けた。馬車は軽快な速度で石畳の路を進み、あっという間に公営学舎の敷地を遠ざかる。
 乗降扉の窓を閉めると、エシャーは笑顔を消し、御者台側の仕切り窓の板を開いた。

「ねえ! どういうことなの!」

 すぐ目の前には御者の背が見える。エシャーの呼びかけが聞こえたのか、馬車の速度が少し緩まる。

「お迎えに伺うと話しておいたはずでございますが? 何か?」

「作戦は夜だって言ってたでしょ? 来るの早くない? それに……」

 確かにオスリムからは「明日、学舎に迎えを寄こす」と言われてはいた。しかし、それしか言われていなかったのも事実だ。思っていたよりかなり早い時間の「お迎え」に、エシャーとしては気持ちの準備が整わない。

「軍部内の同志とも合流し、作戦の確認を行わなければなりません。そこで、あなたの『眼』が早速必要なのでございますよ」

 御者がチラリと振り返った。手綱を握るのはバスリムではなく、ミッツバン邸で会った「執事」のコートラスだ。エシャーの不満はそこにも有る。ミゾベ改めバスリムが相手なら、もう少し自分の感情をぶつけられたかも知れない。だが、素性は分かっているとはいえ、コートラスとはほぼ「初対面」に等しい。

 仕方なく仕切り窓を閉じると、エシャーは貨車内の豪華な席に腰を落ち着け、目的地への到着を待つ他無い。

 ミッツバンの孫であるロジュシュが怪我をしたため、しばらく学舎を休むとの話をサレマラから聞いたのは、昨日の昼の事だった。だが、それは表向きの休学理由で、計画主導者のオスリムの前説明では、万が一に備え母親と共にしばらく王都を離れさせる、という話だった。

 今日の午後になり、コートラスが御する馬車が学舎に入って来た時、エシャーは何事かと いぶかしんだ。

『数日間、ロジュシュの家庭教師兼遊び相手としてエシャーを送り出して欲しい』

 ミッツバンから託された親書を受け取ったミリンダは、さすがに怪訝な表情を浮かべエシャーの意思を確認することになる。世話になっている援助者からの申し出であっても、エシャーが拒むならミリンダは丁重に辞退を伝える気持ちだった。
 しかし、エシャーが「計画通りに」喜んでその申し出を受け入れる姿勢を示したことで、ミリンダも外泊の許可を出す事にしたのだった。

 でも、迎えに来るのはバスリムのはずだったのに……

 自分の「予定」とは違う計画のスタートに、エシャーは不安よりも不満を覚え、仏頂面で窓の外の景色を眺める。

 馬車は一旦、壁内街区の繁華街を抜け、一般居住区を通り、南門から王城へ続く大通りに合流した。しばらく大通りを直進し左折すると周囲の景色は一変し、建物の無いひらけた区画が右手に現れる。馬車は減速し、やがて木々に囲まれた道路脇の未舗装路に入り停車した。

 すぐに御者台側の仕切り窓板が軽く叩かれる。エシャーは仕切り板を開いた。

「真偽鑑定は窓越しでも出来ますよね?」

「え?……うん……たぶん……」

 コートラスからの問いかけにエシャーは一瞬戸惑ったが、やってみないと分からないことなので、とりあえず肯定の返事をする。

「3人来ます。虚偽を秘めた者が在れば、すぐ私に合図を下さい……」

 会話が終わる間際、コートラスは周囲の気配を察知し仕切り窓から顔を離した。

「お疲れ様です」

 外から聞こえた声に反応し、エシャーは乗降扉の窓に顔を近付けて確認する。雑木林の中から、軍部兵士の外套を着た3人の男が姿を現した。 顎髭あごひげのある少し年配の男が先頭に立ち、その後ろにフードを浅く被った若い男と、緑がかった黒色で短髪の男……3人とも微笑を浮かべコートラスに視線を向けている。

「準備は?」

「ウチの隊は整ってる」

 コートラスの問い掛けに、年配の男が答えた。

「馬車は3台しか無理ですね。サーガ警戒のため、予定していた連中が壁外に駆り出されてしまったので……」

 短髪の男も残念そうな声で答える。

「法術兵3人が新たに加わりました。合計18人で参加します」

 フードを被った男も答えた。

「そうか……。乗れ。詳細を確認しよう」

 コートラスの言葉が聞こえると、3人が貨車に向かって歩み寄って来る。エシャーは昇降扉のロックを外し、扉を開いた。

「おっと……」

 先頭にいた年配の男が予想外の先客に驚きの声を上げると、背後について来ていた2人もエシャーの姿に目を丸くする。

「紹介しよう。今夜の作戦に参加してくれる『エルフの眼』の少女、エシャーさんだ」

 コートラスは御者台を降り、固定綱を近くの木の幹に括りながら3人に声をかけた。エルフともルエルフとも言わず「エルフの眼」という点を強調する紹介を聞き、エシャーはコートラスから「確認」を促されたのだと理解する。

「そ……りゃ……どうも、初めまして。いや……まさかエルフの同志までいるとは……心強いな」

 まず、年配の男が笑顔を作り直し、手を差し伸べて来た。

「初めまして……」

 エシャーはその手を握り返し、軽く首を傾げて挨拶をする。年配の男が貨車に乗り込むと、背後の2人は少し顔を見合わせどちらが先に乗り込むかを確認した。

「どうぞ、よろしくお願いします」

 浅くフードを被った男が先に乗り込み、続いて短髪の男が乗り込んで来た。コートラスは乗降扉の前に立ったまま、貨車内を見上げるように語り始める。

「で? 情報を漏らしたのは誰だ?」

 突然の問い掛けに、車内席に腰かけたばかりの3人は声を失う。エシャーはそんな3人の様子をひとつも見落とさないように注視した。

「先頃、軍部の調査兵が数名ミラーノの店に現れた。店内だけでなく周辺の人間を片っ端から拘束し尋問していたそうだ。ミラーノの店は君らにしか伝えていない集結地点だ。……意味は分かるな?」

「まさか?!」

 短髪の男が先ず声を上げた。

「ウチの隊に裏切る兵などいない!」

「参加法術兵は全て俺自身が調べをつけてます!」

 年配の男とフードの男も即座に応える。コートラスは、自分に向けられている3人の視線を確認し、エシャーに視線を向けた。エシャーは少し困った様子でコートラスを見つめる。

「……エシャーさん?」

 コートラスの名指しの声に、車内の3人の視線が一斉にエシャーへ向けられた。

 ど……どうしよう……

 エシャーはこの「困った状況」に、自分がどう対応すべきかを必死に考える。

「どうです?」

 コートラスが再び静かに尋ねて来た。エシャーは目を閉じてうつむき、一度呼吸を整えると、笑顔で顔を上げた。

「大丈夫! 3人とも嘘を言ってないよ」

 コートラスにエシャーが答えると、車内に張りつめていた緊張の空気が一気に薄れる。

「本当に?」

 怪訝そうな視線を向けるコートラスに、エシャーは満面の笑みで元気に応じた。

「うん!」

 エシャーは座席を立つと、対面に座っている3人に笑顔を向けたまま車外へ降り立つ。

「ああ、緊張した。でも良かった! この3人は大丈夫だよ」

「……そうか」

 コートラスは腑に落ちない表情を見せるが、エシャーの持つ「エルフの真偽鑑定眼」は確実だとオスリムからも聞いているため信じる他ない。

「馬車の中、キツイからさ……外で続きを話そうよ! ね?」

 エシャーが元気な声でコートラスに提案し、車内の3人にも顔を向けた。

「そうだね……」

 顎髭の男が同意を呟き、車外へ出て来る。次いでフードの男も降り立ち、短髪の男もその後に続こうと席を立つ。が……

「この2人ッ!」

 エシャーはそう叫ぶと同時に、攻撃魔法の姿勢で右手を真っ直ぐフードの男に向けた。即座にコートラスも顎髭の男に向け右腕を伸ばす。

「動くな!」

 攻撃態勢を取ると同時に、コートラスの怒声が響いた。顎髭の男は左腰に下げた剣柄に手を伸ばそうとしたままの姿勢で静止したが、フードの男は勢いを止めずに右手をコートラスへ突き出し、指先が発光しかかっている。

 ピュイーン!

 すでに攻撃態勢を終え構えていたエシャーの指先から、細い緑色の光が放たれた。法撃は狙い通り、フード男の右上腕部を貫く。

「うわっチ……」

 フード男から攻撃魔法は放たれることなく、苦痛の声を上げ、弾かれた右腕を左手で押さえる。

「ちょ……コートラスさん! 何ですかこれは!」

 顎髭の男が声を上げた。

「動くな、中佐!……エシャーさん……?」

 コートラスも本能で咄嗟に動いただけなので、状況判断が追いついていない。確認するようにエシャーの名を呼ぶ。

「この人達がウソをついてる!」

 エシャーは興奮した声で答えた。コートラスはその言葉で合点がいったのか、小さくうなずく。

「……なるほど……残念だ。まさか2人も裏切り者が居たとはね。中佐、少尉……話してもらおうか?」

 顎髭の中佐と、フードの少尉が視線を交わす。しかしその視線から、エシャーは2人の関係を感じ取った。

「……この2人も……仲間同士じゃ……無い?」

「な……コートラスさん!」

 エシャーの言葉にハッとした「中佐」が、再び弁明の声を上げる。

「こんな小娘の言う事を……『エルフの眼』だかなんだか知りませんが、誤解です!」

「そ、そうですよ!」

 少尉と呼ばれた法術兵も弁明に乗っかる。

「こんな大事な日に、一体何を考えてんですか! こんな 余所者よそものの思い込みで大事な作戦が台無しに……」

「黙れ!」

 コートラスの厳しいひと声で、中佐と少尉は口を閉ざした。事ここに至ってはもう「エルフの眼」も不要なほど、2人の視線や表情からは偽装が発覚した者特有の焦りの色が滲み出している。

「ベイラー大尉! こいつらを縛れ!」

 車内で尻もちをついた姿勢のまま、呆気にとられ傍観していたもう1人の兵士にコートラスが指示を出す。

「後部座席の下にロープが入ってる。早く!」

「は……? はい!」

 ベイラーは慌てて膝立ちになり座席の座面を持ち上げると、中からロープを持ち出して来た。

「コートラス……くそっ! 後悔しても知らんぞ!」

 コートラスから剣を取り上げられた顎髭中佐は悪態をつきながらも、ベイラーによる束縛に抵抗することなく縛り上げられて行く。エシャーとコートラスは攻撃態勢に隙が生じないよう細心の注意を払いつつ、その様子を見届ける。

「……驚きました。まさかあのような『嘘』をおつきになるとは……」

 コートラスが落ち着いた「執事声」でエシャーに語りかける。

「あのさ……あなた、馬鹿じゃないの!!」

 エシャーからの返答は、コートラスが予想していなかった強い語気での罵声だった。

「ば、馬鹿?!」

「あんな狭い馬車の中でこの人達が嘘つきの裏切り者だなんて……どうやって伝えられるのよ! この人、法力溜めてたんだよ? こっちの人はすぐに剣を抜ける体勢で目の前に座ってるんだよ? 本当の仲間も座ってるのに……もっと考えてよ!」

 エシャーからの思わぬ抗議に、コートラスは目を丸くする。

「あ、あのね、君! 私は貨車に法力防御を施していたんだよ? 気づかなかったのかい? たとえ少尉が攻撃魔法を使っても……」

「聞いてないモン! そんなの! 剣を抜かれてたらどうするのよ! 誰が裏切り者かも……1人だと思ってたんだから! 2人なら2人って最初に教えてよ!」

「いや、だから……それを君に調べて……」

「うわッ!」

 エシャーとコートラスの口論中に生じた隙をつき、法術兵士の少尉がベイラーを盾にとった。

「仲間割れしてる場合じゃないだろ? これだから素人は……」

 少尉は左腕でベイラーの首を締め上げるように背後から抱き寄せ、まだ血が滴る右腕を真っ直ぐエシャー達に向けている。

「ヒラー! やれ!」

 先に縛り上げられていた中佐が、この機を逃さないようにと指示を出した。しかし、ヒラーと呼ばれた少尉は、その声の主に向けて右腕を移動すると同時に、警告も無く攻撃魔法を放つ。

「ウグッ……」

 青みがかった光が、中佐の顔面中心に真っ直ぐに刺さり、後頭部へ突き抜けていく。中佐はひと声を洩らしただけで、そのまま前のめりに倒れ絶命した。
 ヒラーはゆっくり右腕をエシャーへ向け直す。

「2人とも……腕を下ろせ。攻撃態勢を解除しろ」
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