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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 224 話 大嘘つき

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 ユーゴ魔法院評議会会長ヴェディスと内調のサレンキーにより、エルグレドに対する嫌疑告発が法廷内では続いていた。ルメロフ王は最高法院法廷裁判長席で退屈そうに座っている。

「……以上、エルグレド・レイ文化法歴省大臣補佐官につきまして、我々は国家反逆を目論む者であるとの嫌疑を抱き、この度の最高法院での裁きを願うものであります!」

 サレンキーが弁論の興奮に頬を赤らめ宣言した。ルメロフは困った顔でエルグレドを見つめる。裁定に悩んでいるというより、今、何が問題となっているのかを理解出来ていない、という表情だ。

「なるほど……」

 エルグレドは微笑を浮かべ口を開いた。

「突然の出頭命令と逮捕でしたので、一体、何事であるのかと思い巡らせていましたが……ただ今のお話を伺い、ようやく理解が出来ました」

 被告人台に立つエルグレドは法廷内をグルリと見回し言葉を続ける。

「まさか、30年以上も前に起こった『ガナブ』による犯行の嫌疑をかけられているとは、夢にも思いませんでしたが……。そもそも、王都の研究所とミシュバの研究所、それぞれにおいて『何』が盗まれたのか、もう少し詳しく教えていただきたいものですね……」

「評議会機密事項だ!」

 即座にヴェディスが答える。

 まあ……言えないですよね……。不老不死と再生魔法のための実験体が盗み出されたなんて……

 エルグレドは肩をすくめる。

「まあ、いいでしょう……。とにかく、私が生まれる以前の事件について、私は何ら関与出来るはずもありません。また、私の父が関与していたのかどうかさえ、私には知りようもありません。幼少時にロイス村のペチル御夫妻に預けられて以降、父とは一度も会っていないのですから」

 エルグレドは公証記録通りの「記憶」で証言を続ける。これが一番確実な対応だ。国家が保証している記録なのだから。

 問題は……あの「特別証人」がどなたなのか……ですね。

「王様!」

 ヴェディスがルメロフに声をかけた。

「我々は内調と協力し、この40年近く、本件に関して調査を進めてまいりました。そして、ついに容疑者ガナブにつながるであろう人物を見つけ出したのです! ところがこの容疑者は、よりにもよって国の要職に就いてしまっている……。どうぞ嫌疑有罪者として要職を退かせ、身柄を我々に御引き渡し下さい!」

 王宮機関の要職に就く者は一定の身分保障が付されている……それを剥奪することで制限無き「徹底的な拷問」までが可能となる……ということですか……

 エルグレドはヴェディス達が「何らかの仮説」を内に秘めていることを感じ取っていた。

 今回の法廷では明らかにしませんでしたが……調査の中で恐らく「私の身体」について関心を抱くに至ったのでしょう。話の流れからすれば「エグザル・レイ」なる人物を「ガナブ」と考え、「彼」が盗み出した実験体……ミッシェルさんの複製体であるガブレルさんや妖精王タフカの妹ハルミラル……それらを使って生み出された人造人間……それが「私」だ、という感じでしょうか? 当たらずとも遠からず、ってところですね……

「そうは言っても……ねぇ?」

 ルメロフはヴェディスからの要求に対し、どう判断すべきか困っている。

 私だって自分の身体がどんな構造に変わってしまったのか……知りたいとは思いますけど……彼らの手で切り刻まれる実験体にされるのは、さすがに遠慮したいですね……

 エルグレドは法廷内の人々の動きを観察する。

 評議会と内調の余裕は、恐らくあちらの特別証人に余程の自信があるからでしょう。それに……

 エルグレドの視線がピュートと真っ直ぐに合う。

 彼から発せられている波長も……かなり特殊ですね……。隣のボルガイルさんは内調には珍しい医療系魔法術士……。やはり私の「身体」に興味があるとみて間違いないですね。

 「いざという時」に備え、エルグレドは気付かれないように法力を高めていく。

「しかしながら国王陛下……」

 サレンキーが唐突に口を開いた。声のトーンから、最後の「策」が披露されるのだろうとエルグレドは感じ取る。

 さて……サレンキー。ヤモリの捕食のように上手くいきますか? お手並み拝見しましょう!

「我々がエルグレド・レイ補佐官にかけております嫌疑について、その疑いを証明する手立てが無い事も、残念ながら事実です」

「そ……そうだよね? 証拠が無いもんね?」

 ルメロフも思い出したように頷き、同意を示す。

「そうです。公証記録捏造の疑惑についても、ガナブとのつながりについても、状況的な疑いはありますが、それを証明するだけの証拠を集めることは叶いませんでした。しかし、だからと言って、このサーガ大群行という歴史的混乱直後の今、国家反逆の嫌疑ある者を放置するわけにはまいりません! そこで……我々は最高法院裁定基準に合致する特別証人を立てさせていただきました」

 ヴェディスが特別証人控え席の扉前に立つ。サレンキーは頷いて言葉を続けた。

「招致しました特別証人は……エルフ族協議会現会長であり北部のエルフ族長老であるドゥエテ・ド・ウラージ・シャルドレッド長老大使です!」

 サレンキーの紹介に合わせるように、ヴェディスが特別証人控え席の扉を開いた。仕切りの中からウラージがゆっくり進み出て来る。その視線は真っ直ぐエルグレドを睨みつけていた。

 お見事……

 エルグレドはウラージの姿を確認すると、笑顔を浮かべ目を見開き、心の中でサレンキーへの賞賛を送った。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「即決で無罪放免……ってワケにゃあ、いかなかったみたいですね……」

 ミラの居所で時計を見上げたスレヤーが、溜息をつくようにボソッと言った。声に反応して篤樹も時計を見上げたが、正方形の額縁のような時計には「読めない文字」が並んでいるだけで、時間の確認は出来ない。

「そうねぇ……」

 篤樹の様子を見てミラは立ち上がると、壁際のキャビネットに向かう。

「少し前までの情報なら、証拠不十分でルメロフ王の御希望通り、すぐに無罪判決になると思ってたけど……あちらさん、とんでもない特別証人を連れ出して来たから……」

 ミラは紙と炭筆を手に戻って来た。

「アツキ。あなたの世界の時計を描いてくれる?」

「え? あ……はい」

 突然の「お題」に驚きながら、篤樹は渡された紙に一般的な円形針時計を描き、1から12の数字を描き入れた。

「……大体これが普通の形の時計で……あと他にも……」

 横にデジタル時計の絵も描く。

「大きく2種類あるんです。針が動くタイプと、数字が映し出されるタイプ……形は色んな種類があるんですけど、針で動くタイプは基本的に円形ですね……」

「おお? 面白い形だなぁ? どうやって時間を読むんだ?」

 スレヤーも身を乗り出して覗き込んで来た。

「えっとぉ……この一番上の数字が『12』なんです。で……その横から順番に『1、2、3』と続いてて……この短い針がどの数字を通過してるかで『何時』かが分かるんです。あとはこの長い針も動いてて……。あっ、ちょっと描き足しますね。1,2、3……と。この数字と数字の間の細い線が、1目盛りで1分なんです。だから……この絵で言うと……短い針が『5』を通過していて、長い針が『3』の所なんで……」

「5時15分……ってことかしら?」

 篤樹の説明を聞き、ミラが即座に答える。

「え? はい! そうです。……早いですね」

 1分刻みの細い線を指で数えているスレヤーと見比べ、ミラの理解力に篤樹は驚きの声を上げた。

「面白い文字……数字ね」

 ミラは微笑みながら感想を述べる。篤樹は炭筆を握り直し、余白に1から20までの数字を書き込んだ。

「あの……時計は12までの数字で……これは20まで書いてみました」

「そう……」

 篤樹が置いた炭筆に、ミラは当然のように手を伸ばす。篤樹が書いた数字の下に、読めない文字を書き込んでいく。

「これがこの世界の数字よ。この斜線と角度に規則性があるのよ。分かる?」

 ミラの書いた「数字」は、元の世界では見たことも無い形の文字だ。篤樹は紙を手に持って、壁の時計と見比べる。

「どう? 今、何時か分かるかしら?」

 ミラからの問いかけに、篤樹はしばらく間を置き答えた。

「多分……今は……6時? えっと……23分? ですか?」

「惜しいなぁ!」

 スレヤーが嬉しそうに声を出す。

「3と8は似てっからな。28分だよ。6時28分!」

 答えを聞いて篤樹は改めて時計と数字を見比べる。この部屋の時計はデジタル表示に似たモノのようだ。盤面に映し出されている文字は、確かに「3」より「8」の形が近い。

「これでアツキもこちらの時計が読めるようになったわね」

 ミラが篤樹に笑顔を向けた。

「あ……はい! ありがとうございます。勉強になりました!」

「さてと……」

 座っている姿勢に疲れたのか、スレヤーはソファーから立ち上がった。

「大将の『釈放記念夕食会』は延期ですかねぇ……予定時間を30分も過ぎてますし」

「そうね……」

 ミラも窓辺に移動し、夜の訪れを告げる濃紺の空を見る。

 コン、コン!

 突然、居所の扉を叩く音が聞こえた。

「どうぞ!」

 ミラが即座に応答すると扉が開かれ、衛兵のフロカと共に侍女のチロルが駆けこむように入って来た。

「裁判の結果は?」「アイリが行方不明です!」

 ミラの問いかけとチロルの訴えの声が、篤樹の耳にほぼ同時に飛び込んで来た。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 エルグレドは呆然と立ち尽くし、ウラージを見つめていた。エルグレドだけでなく、サレンキーもヴェディスも、最高法院法廷にてエルグレドの「有罪」を確信していた全ての者の目がウラージに注がれている。

「あ、じゃあ……もう終わりにしても良いの?」

 場の空気を読まないルメロフの安堵の声が静寂を破ると、サレンキーとヴェディスが同時に声を上げた。

「長老大使!」「そんな馬鹿な!」

「今、私を馬鹿と呼んだのはどっちだ!」

 ウラージの厳しい声が法廷に響く。

「……短命種の愚者が、よくも私に向かって『馬鹿』などとほざいたな」

 ウラージに睨みつけられたヴェディスは顔を背け口をつぐんだ。

「ふん……二度と言わせるな? 次にふざけたことを言えば、エルフの真偽鑑定を人間種が愚弄したものとみなし、エルフ族協議会はお前達との関係を断ち切るからな。分かったか!」

 再び誰もが口を閉ざす。だが相変わらずルメロフだけは嬉しそうにウラージに語りかけた。

「あの! えーっと……エルフの方……」

「ウラージ長老大使です!」

 ルメロフの傍に控えている裁判官が即座に訂正を伝える。

「あ……すみません。ウラージ……長老……大使?」

「……なんですかな? 人間種の王様」

 ウラージは嘲笑するような口調でルメロフに答える。

「もう一度、最後の確認です。エルグレドは『何も嘘はついていない』、ということで良いですか?」

「ふん。最後にもう一度だけ答えて上げよう。この男の証言の全てに嘘偽りは無し!私の真偽鑑定眼でしっかり確認した。魔法院と犬共が持ち寄って来た全ての嫌疑は、この男には全く無関係のもの。理解できたかな? 短命種の王さまよ」

 皮肉タップリに告げるウラージの言葉にも、ルメロフは喜びの笑顔を絶やさない。

「ありがとうございます! エルフの王様! では皆も聞いたであろう? エルグレドは問題無しだ! 何も悪い事はしていない。だから自由にしても良いのだ!」

 文句を言う価値も無いと判断したのか、ウラージはルメロフに一瞥だけをくれた後、すぐにエルグレドに視線を向けた。エルグレドのこめかみには一筋の汗が流れ、全身を即応攻撃態勢の法力が包み込んでいる。しかし、その表情は余裕のある微笑を浮かべていた。
 
 この大嘘つきめ!

 お互いの視線は、閉廷が告げられるまで激しくぶつかり合っていた。
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