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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 210 話 同窓会

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「それで?」

 水晶鏡越しでの級友との再会を喜びつつ、江口は磯野真由子に問いかけた。

「……何が?」

「磯野は何で『不老不死』だの『死者の再生』だのって研究に手を出したんだ?」

 そうだ……「ユーゴの遺志」とか言ってたっけ? でも……磯野だけじゃなくて……江口……お前だって……

「江口君だって、こっちに来て何十年も生きてりゃ分かるでしょ?……嫌なのよ……大切な人が死んでいくのを見るのは……。自分が年老いて行くのも……耐えられないのよ……」

「そうだな……俺も歳をとった……。身体が昔みたいには動かんよ……悲しいことだな……」

 な……なんだよお前ら……そんな……どこの「老人クラブ」の会話をやってんだよ!

「私はねぇ……この世界に来て面白い原理を見つけた……。科学……まあ 化学ばけがくがメインだけどね……その知識理解を頭の中で実験室のように組み合わせ……開発室のようにイメージする技術を高めることで、原子も電子も自由に動かせる……そんな『力』があるってことを見つけ出した」

「現代魔法の原理……ってやつだろ? すげぇ発見だよ」

「『科学と技術の想像発現法』と私は名付けたわ。やがてこっちの人々からはカガクとギジュツを組み合わせた力……カギジュと呼ばれるようになった」

 え? 科学と……技術の……カガクギジュツ……それが「 現代魔法カギジュ」の意味……

 篤樹は2人の会話のテンポが「どことなく変わって来た」ことに気付き、水晶鏡を凝視する。

「つまり磯野……お前の知識をもってすれば人体の再生……死者の再生も人体の不老不死化も夢じゃ無い……ってことだよな?」

 水晶鏡に薄っすらと映っていた江口と、鏡の中の磯野真由子が横並びに映っている。

「肉体の再生は可能……クローン技術を使えば良い……そして記憶を新しい身体に移し替え続ければ……不老不死を科学的に発現させることが出来る……」

 初老の江口と老婆の真由子は、今やまるでテレビキャスターのように水晶鏡の中で並び立ち、篤樹としっかり目線を合わせ語っていた。

「心意転移という理論も考えたわ。脳内の記憶……海馬や大脳皮質の細胞を新しい身体の脳に移し替える……でもそれは『生きている時』にしか出来ない方法……既に死んでしまった者は……複製体を生み出し、記憶領域に『バックアップ』……つまり『親しい者』からの情報を送り込み、新しい『記憶』を植え付ける」

「な? 賀川。磯野ってマジすげぇこと考えるよなぁ!」

 え? 江口が……俺に話しかけて……じゃあ……俺は……

「お……おい……」

 篤樹は恐る恐る声を発してみた。もう「江口の中」ではない……鏡の前に立ち、自分の意思で自分の身体を動かし、自分の目で……鏡を見つめている!

「おい! 江口……磯野……何だよ……何がどうなってんだよ! お前ら……何をやってんだよ!」

「久しぶりだな賀川」

「篤樹……久しぶり……」

 江口……磯野……お前ら……

「……久しぶり……じゃ……無いだろ? お前ら……何だよ……不老不死だの死んだ人を生き返らせるだのって……なに馬鹿なことやってんだよ!」

「賀川よぉ……」

 江口は口角を上げ、頷きながら語りかける。

「お前はこっちに来て何日目だ? まだえらく若いまんまだよな? 数日か? 数週間か? お前の時代は平和か? 争いは無いか? 人は死んでいないか?」

 な……なんだよ……それ……

「……篤樹……この世界で友だちは出来た?」

 返事に窮した篤樹に代わり、真由子が尋ねる。

「友だち?……あ……うん……いるよ。何人か……色々助けてもらってる……」

「そう……。その人たちの中で……誰かが死んだら……誰かが殺されたとしたら……どんな気持ちになる?」

 え?……エシャーとかスレヤーさんとかが……

「そりゃ……悲しいさ……多分……でも! そんなの分からないよ! 考えたくも無い!」

「ガキだなぁ。見た目のまんま」

 江口が鼻で笑うように言い放つ。

「先の事を考えもしない……考えることを拒む。目の前のことしか見ようとしない。……でもな……時間は止まっちゃいないんだぜ? 何もしなくても進んでるんだよ。物事は変わって行くんだ! 身体も日々老いていく……そして周りの誰かが死んでいく……自分自身もいつかは……それが現実だ」

「な……何だよそれ……急にお説教かよ?」

「大事な人が……」

 真由子が篤樹に語りかける。

「目の前で命を終えていく経験を、あなたはしたことある? 何日も、何年も、何十年も『ああ……あの人はもういない』と感じる喪失感を味わう苦しみ……虚無感……消えないし忘れられない痛み……分からないでしょうね……」

「……お前らが……そうだったって話は……分かるよ」

「よく言うぜ!」

 江口が厳しい口調で訴え、篤樹は一瞬ビクッとした。

 そう……俺には……確かにまだ……分からないよ……

「お前さ……」

 鏡の中から江口は篤樹を睨みつける。

「俺の『中』から見ただろ? サーシャのことも知ってるだろ? 俺がどんなに苦しんで生きて来たかも……。でもよぉ……出来るんだよ! この世界では……死んじまったやつを生き返らせることも、老いることの無い身体を……死ぬことの無い身体を手に入れることも! なあ? 磯野」

「……いつかは……出来るわ。……でも私には時間が足りなかった……だから『後から来る』人たちに託したのよ……篤樹」

 な……どういう……こと?

「俺もじきに志半ばで死ぬ……」

 江口が呟くように語りかける。

「でも……磯野の研究がキチンと続けられていくように、この国を建て上げた。この世界で……俺たちは生き返り、永遠に生き、みんなで幸せな世界を創れるんだよ! すげぇと思わねぇか!」

 幸せな……世界を……ここに?

「篤樹……この世界で 転移者私たちは特別な力を持ってるのよ。あなたも気づいて! そして……私たちを生き返らせて!」

 篤樹は頭痛を感じ始めた。

 何を言ってるんだ? 江口も……磯野も……

「……お前ら……頭がおかしくなったのかよ……」

 苛立ちと頭痛と吐き気を覚えながら、篤樹は鏡の中の2人を睨みつけた。

「……喪失感?……虚無感? へっ! 悪かったなガキで! 分から無いよ! そうだよ……俺には分からないよ!」

 自分でも抑制が利かなくなっている感情に驚きながら、篤樹は叫び続けた。

「大切な人が死んだらそりゃ悲しいだろうけどさ……俺はまだ体験してないし分からないよ! でもさ……生き返らせるって……そりゃ死んだと思ってた大切な人が生きてたら嬉しいとは思うよ? でもさ……科学だとか技術だとかクローンだとか……魔法だとかでさ……無理やり『生き返ったようにみせて』さ……それって……それで本当に幸せな世界なの? そんな世界を、こんな得体も知れない世界の中に創るのが……それがお前たちの望みなの? 俺は全然そんなの分かんないよ!」

 鏡の中の江口と真由子は、篤樹の演説を聞き終えるとニヤリと笑った。「高齢の友」を前に、自分でもよく分からない感情を爆発させた篤樹は急に恥ずかしくなってくる。

「な……なんだよ! そんな……2人して……笑うなよ!……悪かったな……お前らと違ってまだ……人生経験が短いんだよ……」

 江口と真由子は満面の笑みを向け、両手を持ち上げ篤樹に見せた。映画の中で見るような囚人の鎖……駐車場に張ってあるような重く硬そうな鎖につながれた両手を、江口と真由子は篤樹に示す。

「……へっ……ガキが!……ま、確かに俺たちはよぉ……この世界に『 つながれて』しまったんだろうな……」

 江口が自嘲気味に笑い、瞼を閉じて首を振る。

「篤樹……気をつけて……。私たちは動けない……最後まで自由に動けるのは、あなただけ……お願い!『この世界』を終わらせて!」

 真由子はジッと篤樹を見つめ語りかけた。級友たちの言葉に困惑する篤樹に御構い無く、まるでスマホのバックライトを下げるように、辺りが段々と薄暗くなっていく。

「な……どういうこと……」

 2人の姿が若返って行く。篤樹はその変化を呆然と見つめながら尋ねた。

「悪ぃな賀川……『同窓会』は終わりみたいだ」

 え? 同窓会?

「ゴメンね篤樹……私たち、ちょっと『こっち』で年を取り過ぎちゃったみたい……」

「磯野……?」

 辺りはもう完全な闇に閉ざされようとしている。

『おい! 急にどうなっちまったんだよ? あれ?……もっと……もっとこっちの世界のことを教えてくれよ!』

 発する声が自分の耳にも届かなくなって来た篤樹は、必死にもがくように鏡を掴もうと両手を伸ばす。しかし、まるで水中で動いてるように腕が重い。

「賀川……戦……え……お前……らしく……」

 江口の音声が飛び飛びに聞こえる。

「あなたで……全員……そろった……から……」

 真由子の絶叫にも似た叫び声も、まるで音割れしているヘッドフォンで聞くように聞き取り辛い。篤樹はそのまま闇の中に姿を消していった……


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……さてと……これでいいのかい? 『名無しの権兵衛さん』よぉ」

 江口は重たい鎖に絡められた両腕を、だらんと下におろした。

「……篤樹に何をやらせるつもりなの?」

 真由子も腕の力を抜き、その場にゆっくり座り込む。2人の前には白い光を輝きを放つ、小柄な人影が立っていた。

『別に……何もやらせるつもりは無いよ……。何をするのか見たいだけ。……それに……君たちの「夢」とやらを、彼にも知ってもらいたかっただけだよ』

「へっ! 信じられるかっつうの! この……えっと……バケモノ?」

 江口は悪態をつこうとしたが、この白く輝く人影の正体が分からず、なんとも締まりなく声を細めた。

『バケモノ? 君が僕をそう呼ぶなら僕はそうなのだろう』

「いい加減に答えて!」

 真由子もその人影を睨みつけ叫ぶ。

「あなたは何者? 私たちは今どうなってるの? 死んだの? 生きてるの? 私たちの記憶は何なの? あなたが見せてる幻? 答えて!」

『……さあ? 君が何を求めているのかが僕には分からない……君たちは自分たちで選んだように生きた……。僕が手を貸したのは最初の準備だけ……そして……君たちは今ここにいる……ただそれだけ……』

 人影は弾けるように飛散した。

『僕には分からない……僕には……』

 真っ白な空間……まるで全面を真っ白なアクリル板で囲まれているような場所に残された江口と真由子は、弾け消えた人影の行方を捜しキョロキョロと見回した。

「……また逃げやがったか……あのチビ……」

「仕方無いわ……ここじゃ私たちはこの通り、ただの囚われの身なんだから……」

 真由子は座ったままで両腕の鎖をジャラジャラと鳴らす。

「俺達みんな……アイツの遊び道具ってワケか……。『生前の気持ち』じゃなく『今の気持ち』を自由にしゃべらせろってぇの! ったく……あ~あ、もう誰も来ねぇのかな……」

「多分……ね。相沢くんから篤樹までの期間がどれだけ空いたのか分からないけど……篤樹が『最後』だったのは間違いないわ……バスから飛び出しちゃってたんだから。もう『次のクラスメイト』はいない……篤樹で全員よ、この世界に来たのは。だからもう『アイツ』のオモチャを演じさせられることもないでしょ」

 真由子の応えに江口はため息をつくと、その場に座り込んだ。

「演技……か。でもマジで『あの時』は最高の解決策だと思ってたんだけどなぁ……再生魔法に不老不死……か。へっ! すっかり捕らわれちまってたなぁ……やっぱ歳くってたんだろうなぁ……」

「私だって……」

 真由子は微笑む。

「誰も『死なない』世界……いつまでも若く元気に、みんなで生きている世界を本気で作りたいと思ってたわよ……『あの時は』……ね」

「賀川のやつ……相変わらずガキのまんまで助かったぜ。こっちの話に乗って来られてたら……終わってたかもな」

 2人は互いの顔を見合わせ吹き出した。

「あーあ……変な気分だよな……元の世界からこっちの世界に来て……で……死んでみたら、こんな珍妙な空間に磯野と俺の2人っきりなんてよ……」

「……そうだね……江口くんと、こんなにゆっくり話す事なんか『向こう』じゃ無かったもんね……」

 江口伝幸と磯野真由子は、互いが歩んだ「人生」について再び語り合い始めた。「 最後おわりの時」までを待つ丁度良い話し相手だと互いを認めつつ……
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