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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 201 話 エグデン

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「……僕の父は困っている人を、裁判で助けるために弁護士になりました。父は裁判で勝ち、安心して幸せに暮らせるようになったことを依頼者に伝える時が一番の喜びだといつも言っています。 さいわいを伝える人間に育って欲しい……父と母はそんな思いを込めて僕に 伝幸のぶゆきという名前を付けてくれました」

 中学入学最初のロングホームルームの時間……複数の小学校区で一つの中学校区を構成するK市では「名前の由来」について自己紹介することが定番となっている。江口伝幸はよく通るしっかりとした口調で自己紹介を行った。
 篤樹は自分の名前に「どんな由来があるか」なんてよく覚えていなかった。親からは何度か聞いた気もするが、「真心がどう」とか「手厚くなんとか」など、よく分からないまま「アツキ」という呼び名の認識だけで成長してきた。おかげで、この時の自己紹介では自分が何を喋ったのかさえ全く覚えていない。だが、江口の自己紹介だけは妙に記憶に残った。

 江口……そうだ……中学からの付き合いの俺たちは皆「江口」って呼んでたけど……遥たちは? あいつと同じ小学校だった連中は……


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「エグデン! 新生徒会長おめでとっ!」

 給食時間の校内放送で「選挙速報」が流れると、遥はすぐ後ろに背中向かいで座っていた江口に「祝福の後頭部チョップ」を贈った。江口は盛大に牛乳を吹き出し、遥に文句を言う。

「高山っ! テメェなにやってんだよ!」

「あー! ダメだよ江口くん、生徒会長がそんな言葉つかっちゃ!」

 「当選」の喜びに水を差され叫ぶ江口を、同じ班の女子が笑いながら注意する。

「ほらぁ! 食事中に騒がないの!  伝幸のぶゆきは机を拭いて。遥ぁ、やり過ぎー!」

 教卓で給食を食べていた小宮直子が即座に騒ぎを収める。

「スマン……エグデン。そんなに吹くとは思わんかった……許せ!」

 遥もさすがに申し訳なさそうに詫びると、自分のティッシュを使って江口の机周りを拭き始めた。

「……ったく……小学生かよ、お前は……あ、もう良いよ。ありがとな」

 「被害者」でありながらも「加害者」からの誠意に対してはキチンと ねぎらいと感謝を自然に伝える姿勢も、江口が人望を集める理由かも知れない。

「いやぁ、参った参った……」

 自分の席に座った遥に、同じ班だった篤樹は語りかける。

「お前、馬鹿だなぁ……程度を考えろって」

 遥は照れ臭そうに笑う。

「あ……でさ、何で江口が『エグデン』なワケ?」

 篤樹は1年の時からたまに聞こえていた「江口のあだ名」の起源について尋ねた。

「ん? エグデンか? そりゃ……みんなそう呼んどったからな……なぁ? エグデン」

「 伝幸のぶゆきの『伝』を音読みしたんだろ? 元々『のぶ』って読み方のほうが当て字だからな」

 会話が聞こえていた江口が振り返り説明する。

「そうそう! そんな感じだった! 男子が言いだしたんだよなぁ。ま、『キムタク』みたいなもんじゃ!」

 得意げに遥は説明したが、篤樹はキョトンと聞き直す。

「『キムタク』? 誰……それ?」

「ウチの母のアイドルや!」

 遥は満面の笑みでコッペパンに噛み付いた……


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 そうだ……あの時……遥はそう言ってた……小学校の頃のアダ名……江口と伝の字から……「エグデン」って……

「……建国の祖……初代エグデン国王……エグラシス大陸の乱世を治めるために立たれた勇者エグデン……時代を超え、様々な称賛の名で呼ばれる偉大なる王……」

 初代エグデン王の像を前に 、唖然あぜんとした表情で立ちほうけている篤樹の横にミラは立ち説明し、尋ねた。

「何か面白い事でも分かったのかしら? アツキ」

 篤樹はミラの問いかけで気を取り直す。

 みんな……別々の時代に飛んじゃったんだもんな……何十年も……何百年も……でも……慣れないよな……こんな「再会」って……

 数週間前に見た江口の顔立ちとほとんど変わらない「初代エグデン王像の顔」をジッと見つめ、篤樹は口を開く。

「 江口えぐち…… 伝幸のぶゆき……それが……初代エグデン王の本当の名前です」

 ミラとスレヤーは一瞬厳しい表情を見せ、それぞれが納得したように笑みを浮かべる。侍女たちは意味が分からない様子で戸惑いの表情を見せている。

「そう……。あなたたち……」

 ミラは侍女たちに顔を向け指示を出す。

「しばらく退出なさい」

 侍女たちはすぐに財宝室へ退いて行く。アイリは篤樹の変化が気になる様子で、何度か振り返りながら最後尾につき移動する。

「アイリ……あなたはこちらへ戻って」

「あっ……はい!」

 ミラの呼びかけに、あからさまな喜びの笑顔を見せアイリは駆け戻って来た。

「……あなたの手が必要になるやも知れません。その時はよろしくね、アイリ」

 侍女の中で唯一の法術使いであるアイリは、自分が残された意味を考えた。攻撃魔法は習得していない……ある程度の治癒魔法が専門だ……その「力」が必要とされる? アイリは「特別な雰囲気の3人」の そばに居ることで、言い様のない緊張を覚える。

「伺いましょうか? アツキ……どういうこと?」

 ミラからの問いに対し、篤樹は自分の中で言葉を整理しながら口を開いた。

「江口は……僕らの世界で『エグデン』というアダ名で呼ばれていた同級生です。同じバスに乗ってて……他にも何人かの友だちが『こっちの世界』に来たみたいです。バスに乗ってた全員なのか……その中の何人かだけなのかは分かりませんけど……みんな別々の時代に迷い込んで……」

 篤樹やエルグレドから聞いていた話をスレヤーは思い出し、ミラは巡監隊調書や独自の調査による篤樹の情報を元に話の内容を理解する。アイリは全く理解出来ない話の流れに困惑顔だが、とても口を挟める雰囲気ではない。

「それぞれの時代の『チガセ』として……という事かしら?」

「分かりません……」

 ミラの問いかけに篤樹は首を横に振る。

「これまでに……担任の……僕らのクラスの先生が……ルエルフ村で『湖神様』と呼ばれる人になってました。何十年か前に飛ばされて来た友だちも……今はこの世界で50歳くらいのオジサンとオバサンになってました……他にも……」

 遥の事は……まだ言えないな……「ガナブ」とか「妖精」の話は……それにエルグレドさんから聞いた話も……三月のことも……

 篤樹は語れる内容を少し整理した。

「……そのオジサンとオバサンになってた友だちから『創世7神』の英雄伝説に出て来る神々っていうのも……全員……僕の友だち……同級生だったと聞きました。……どこかで見つかった神殿に……そいつらの顔がそのまま彫られている神像があったそうです……7000年も前に……」

 ミラは篤樹をジッと観察するように見つめて話を聞いていたが、自分の持っている情報を提供し口を開く。

「創世7神の神殿……数年前にユフ大陸で見つかった遺跡のことでしょう。それにしても、アツキもスレヤー伍長も隠し事は不得手のようね? そんなんじゃ内調どころか、駆け出しの情報屋見習いにだって怪しまれるわよ」

「え? そんな……別に……」

 篤樹は慌てて言い訳をしようとしたが言葉が続かない。スレヤーは笑いながら応える。

「すいませんねぇ。ウチの隊の大将があんな状態なもんで、俺らも色々と出せるモンと出せ無ぇモンを自己判断しなきゃならねぇんすよ。大将が晴れて自由の身になりましたら、改めてお話出来るモンもあるかも知れませんが……今は御勘弁を」

「素直ねぇ……でも正しい素直さだわ。愚かな素直さは……身を滅ぼすだけ……いいわ。エルグレド補佐官の解放には私も手を尽くしましょう。そうすれば、色々なお話が聞けそうだし……」

 ミラは笑顔で応える。

「まあでも……」

 初代エグデン像の顔を見つめながら、ミラは続けた。

「予想以上に『面白い事』が分かって良かったわ。やはり初代エグデンはチガセと 所縁ゆかりのある者……いえ、チガセそのものだったというわけね。エグチノブユキ……アダ名がエグデン……ね。アツキのお友だち……どんな男だったの?」

 ミラは振り返って篤樹に尋ねた。笑顔だし明るい声だが……それは単なる質問というよりは、抗議のようなトゲを感じる尋ね方だった。

「あ……江口ですか? えっと……どんなヤツって……」

 何とも言えないプレッシャーをミラから感じつつ、篤樹は自分が知りうる限りの江口に関する情報を伝える。
 父親が弁護士だったこと、明るく ほがらかな性格で、人望も厚かったこと。生徒会長で、剣道部の主将で全国大会レベルの腕をもっていたこと。学力も運動神経も学年上位の成績だったこと……。ミラは『弁護士』という職業について尋ね江口の秀でた『力』の用い方について、何度も確認するように質問をして来た。

「……だからホントに……アイツはミラさんが疑うような『独裁思想』とか『暴力支配者』なんかじゃ無かったですよ!」

 ミラの言わんとするところは、つまり現在の「共和制エグデン王国の闇」は初代エグデン王の思想から始まったのではないか、という疑いだった。その思いに気づいた篤樹は段々と語気を荒げ、江口の人格を 擁護ようごする弁明に変わっていく。

「まあ落ち着けってアッキー……」

 見かねたスレヤーが、篤樹の両肩に自分の両手をズンと載せてなだめる。

「ミラさまもよぉ……ちぃとばかり、アッキーの気持ちも考えてやれねぇかなぁ?」

 スレヤーからの指摘を受けたミラは、いつの間にか力が入っていた両肩をふっと下ろす。

「……ゴメンなさいね、アツキ……。私はただ……この国がいつからこんな風になったのかを知りたいと……どこを変えれば良いのかを知りたくて……ね」

 視線を横に下げたミラの悲し気な表情を見て、篤樹は「友を疑われて熱くなっていた自分」に気づいた。

 そうだ……ミラさんは「事実確認」をしたいだけなんだ……。自分の身に起こっている様々な痛みの原因は何なのか……エグデン王国の始まり方に問題は無かったのか……それを確かめてるだけなのに……

「あの……すみません……。僕……江口とはちょっと仲も良かったし……なんかアイツが悪者みたいに思われてるのが……なんか嫌だなぁって」

 ミラはさっぱりとした笑顔を篤樹に向けた。

「ううん! ゴメンね……そうよね……友だちを悪く思われちゃ……そりゃ嫌よね! 悪かったわ」

「あ……いや……そんな……」

 従王妃から謝られるというのも、何だか肩身が狭く感じる。篤樹は急にモジモジと身も縮む思いに駆られた。

「なぁにモジモジやってんだよ、アッキー!」

 スレヤーは手近に飾ってあった鎧立てから兜を掴むと、篤樹の頭にガバッと被せる。

「もっと堂々と……」

 兜を叩きながら「お説教」を続けようとしたスレヤーの手が止まる。篤樹は立てていた棒が風で倒れるように、直立の姿勢のまま真っ直ぐ前方に倒れてしまった。
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