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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 195 話 恐れと優しさ

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 ガンッ!

 突然開かれた扉の音に反応し、サレンキーは顔を上げた。

「サレンキー! 良かった……気が付いたんですね? 大丈夫ですか?」

 エルグレドは足元の肉片を巧みに避けながら、足早にサレンキーの もとへ近づく。エル……グレド? サレンキーは呆然と見開いた目でエルグレドの姿を追う。

「ホレヤ村を襲った盗賊の一部のようです……まさかこんなことに……すみません……」

 エルグレド? すみません?……盗賊って……なんだ?

「君の外套……勝手に借りました。……マミヤさんの服が……とりあえず何かをと思ったので……」

「なん……だよ……それ……」

 サレンキーはヨロヨロと立ち上がる。

「意味が……状況が……分かん無ぇ……何なんだこれは……おい! エルグレド! 教えろ! 何なんだこれは! こいつらはなんだ? マミヤは……どうなってるんだよ!」

 サレンキーに胸ぐらを掴まれたエルグレドの表情、は困惑と悲しみを色濃く表している。

「……ホレヤの村が盗賊に襲われたそうです。その内の10人ほどがこちらへ逃げて来たらしいと聞いて、急いで知らせに……。ここで『何があった』のかは……分かりません。ただ……私が来た時に見たのは……」

 エルグレドは自分の胸元からサレンキーの腕をゆっくり解きほぐしながら語る。

「ここから慌てて逃げだして行く人影が見えました……。追いかけようとしましたが……小屋の中で物音がしたので窓から覗くと……マミヤさんが攻撃魔法で賊を……。私が中に飛び込んだ時、最後の一人が弾け飛びました。マミヤさんは…… 朦朧もうろうとしていました。恐らく無意識下での攻撃だったのでしょう。……しかし……だからこそ、激しい怒りから発した法術がここまでの力に……」

 なん……だ? コイツは……こんな時にも冷静にしゃべり続けて……

「マミヤさんは……私と視線が合うとすぐ……崩れるように倒れそうになったので……急いで支えてそこへ。……でも……そのままの格好でというワケにもいかず……」

 お前を待ってた……。マミヤは……「ここ」で……。お前が俺を……「ここ」に寄こした……

「君にも声をかけたんですが、意識が無かったので……傍に投げ捨てられていた外套を借りたんです……」

 お前が来ていれば……マミヤがここに居続けることは無かった……。お前が下手な芝居を打たなきゃ……お前と俺でマミヤと合流してれば……奴らに遭うことも無かった……。お前が……お前のせいで……!

「小屋から出て来た男……あの盗賊は全てを知っていました。……すぐに追いかけて捕まえましたが……もう……この世にはいません……」

 エルグレドはマミヤの様子を診ようと屈みこんだ。

「触るな!」

 しかし、屈みこんだエルグレドの脇腹を目掛け、サレンキーが右足を蹴り上げる。その 蹴撃しゅうげきを、エルグレドは思わず足首を掴んで阻止した。サレンキーはバランスを崩すと、派手に転んでしまう。

「何を……大丈夫ですか!」

 エルグレドは不意に攻撃してきたサレンキーの様子に驚き、声をかけた。

「お前の……お前のせいだ……」

 サレンキーの目が怒りに燃えているのをエルグレドは読み取る。

「……すみません」

 ここへ至るまでの間、エルグレド自身も自分を責め続けていた。2人の「若き友」の命が奪われていなかった事だけは大きな救いだったが……その他は……想定し得る最悪の状況だった。

 2人が身に負った傷と、その心に負わされた傷を思う時……その傷を与えた盗賊を証言のために生け捕りにするという選択肢は思い浮かばなかった。薄ら笑いを浮かべ命乞いをする盗賊の はだけた服から覗く汚らわしい裸体を見た時、エルグレドの中には圧倒的な殺意が沸き上がった。
 自分自身の愚かさ、判断ミス、間に合わなかった己の足……全ての憤りが籠る殺意に満ちた法術は、捕らえた盗賊の肉体に最大限の苦痛と恐怖を染み渡らせた後、その存在の欠片1粒も残さず完全に消滅させた。

「すみません……」

 エルグレドは心を絞り切るように、もう一度謝罪の言葉をサレンキーに渡す。

「マミヤは……お前のことを……なのに……俺が……俺が……」

 マズイ!

 エルグレドは直感した。サレンキーの心が壊れそうになっている。状況を理性的に判断出来るようになって来たことで、返ってこの異常な状況……自分とマミヤが負わされた身体的・性的な暴力への拒絶反応が理性を崩そうとしている。加えて、マミヤの暴走した攻撃魔法によるこの惨状は、二十歳そこそこの若者には受け容れられない状況だ。

「サレンキー……」

 エルグレドはいざとなったら、自分の法術でサレンキーの意識を飛ばそうと考え身構える。

「ウ……ウーン……」

 足下で聞こえた声に、壊れそうな心の不安に揺れていたサレンキーの瞳の焦点が真っ直ぐに持ち直しエルグレドと合う。2人の視線は同時に、藁束に横たわるマミヤへ向けられた。

「あ……あれ?……エル……さん?」

 ボンヤリ目を開いたマミヤは、エルグレドの姿を認めた後、サレンキーの存在にも気付く。

「サレンキーも……あれ?……私……どうしたんだろう?身体が……」

「大丈夫かマミヤ!」

 サレンキーは屈みこみ、マミヤの首筋を抱きしめた。

 法力の過剰放出による完全脱力状態ですね……

 エルグレドはマミヤの身体に「大きな外傷」が無い事をサッと 、優しく語りかける。

「無理に動こうとしないで……法力が抜けたせいで身体バランスが崩れている状態です。サレンキー……」

 声をかけられたサレンキーは、マミヤの身体をゆっくり元の状態に戻す。

「……法力が? 何故……ですか? ここは……どこです? あれ?……サレンキーとお話をしていて……」

 マミヤの呟きを聞きながら、エルグレドはサレンキーの耳元に向かい小さく語りかけた。

「ショックによる記憶障害です……」

「記憶……障害?」

 2人はチラッとマミヤを見下ろす。

「マミヤ……お前……何も覚えてないか?」

 サレンキーの問いかけにマミヤはまぶたをパチパチと開け閉めした。

「……ごめんなさい……えっと……」

 恥ずかしそうに微笑む。

 これは……

 サレンキーは意を決したように口を開く。

「しゃあねぇな……酷い目に遭ったんだから……」

「サレンキー!」

 エルグレドは驚き声を張り上げたが、サレンキーは構わずに続ける。

「ホレヤの村を襲ったって奴らが、こっちに逃げて来てたらしくてな……たまたま見つけた俺とお前を襲って来やがったんだ……」

「襲われ……た?」

 マミヤが困惑したように問い直す。

 心が拒んでいる記憶を無理に引き出すのは……危険ですよ!

 エルグレドはサレンキーに視線を送り、訴え続ける。

「そう……俺とお前を人質にでもしようってつもりだったんだろう。お前を殴り飛ばしやがってよ……」

 殴り飛ばした?……サレンキー……

 エルグレドは、いつでも2人を失神させられるようにと準備していた手をゆっくり下げた。

「相手は10人くらいだったかなぁ?……意識を失ったお前は抱えられて……2人とも小屋に連れ込まれたんだ……その内、奴らがお前の服を引きちぎりやがって……俺……許せなくってよ……」

 サレンキーはそう言うと自分の両手でギュッと拳を握る。

「……攻撃魔法で連中を全滅させちまった……『俺が』……この手で……」

 そういう……ことに……

 エルグレドはサレンキーの「計画」を了解すると、その「告白」に自分の「証言」を合わせた。

「私が賊の件を知らせに来た時には……『サレンキーが』最後の一人を倒した時でした……」

「倒した……サレンキーが……」

 エルグレドの「証言」を、マミヤは確認するように復唱する。サレンキーはマミヤの額に自分の左手を軽く載せて声をかけた。

「マミヤ……すぐに救護を呼ぶから……お前はもう少し休んでろ。あまりのショックで、溜めてた法力が全部抜けちまったみたいだ……」

 そう言うと、静かに睡眠魔法をマミヤに施す。完全脱力状態のマミヤは法術抵抗も無く、すぐに静かな寝息を立て始めた。

「サレンキー……」

「黙れ!」

 エルグレドの呼びかけを拒んだサレンキーは、未だ消えない怒りの籠った視線を真っ直ぐ向ける。

「お前の小賢しいシナリオさえなきゃ、マミヤも……俺も……こんな目に遭うことは無かった……。お前のせいだ……お前が……魔法院に入って来なきゃ……何を隠してんのか知らねぇけどよ……クソッ!……行けよ! 巡監と救護を呼んで来い!……そして……俺とマミヤに……二度と近づくな!……この大ウソつきの……疫病神が……」

 サレンキーはマミヤの横に膝をつき、ジッとその顔を見つめている。エルグレドはしばらくその姿を見下ろしていたが、この場での会話はもはや不可能と判断し小屋を後にした。今はサレンキーの心が壊れずに済んだことを喜ぶべきだろう……そして……マミヤの記憶が上手くすり替えられていくことを心から願おう……

 安堵と悲しみと、友の痛みを思う共感からこぼれる涙をエルグレドは拭うと、巡監隊への通報に向け駆け出した。

 その時以来、2人は治療や取り調べということで学院へ戻って来ることは無かった。2人と会えないまま迎えた卒院式は、エルグレドにとって砂を噛むような虚しい式典でしかなかった。


―・―・―・―・―・―


「……あの事件の全ての責任は私に在ります」

 エルグレドはジッとマミヤの視線を受け止める。

「質問に答えない……ズルい回答ですね……エルさん」

「昔っからそうだろ、ソイツは!」

 サレンキーが言い放つ。

「中途入学してきた時から、年寄り染みた事ばかり言いやがってよ!『友だち』のフリしてやがっても、いっつも何かを隠してやがる。法術に関してもどこか『上から目線』だったしな……とにかく! 考えれば考えるほどコイツは怪しい奴なんだよ! なぁ? エルグレド・レイさんよぉ!」

 サレンキーの言葉の端々に鋭い敵意が込められている。それは「真実」を頑なに隠し続ける「友」に対する苛立ちにも聞こえた。マミヤもエルグレドが「嘘」をついていることは確信をもって見抜いているが……「真実」をエルグレドが語らない以上、聞き出しようも無いと寂し気な表情を見せる。

「語れない……真実も……世の中には在るということです……」

 エルグレドは思いを飲み込むように、天井を見上げ目を閉じた。

「語らない優しさは……」

 マミヤは自分の思いを込めた言葉を噛みしめながらエルグレドに伝える。

「語らない優しさは……言い換えるなら、相手を信頼していない『恐れ』です。自らの心を明け渡さないのは……相手との関係を『その程度で良し』と見限っている 侮辱ぶじょくです。それが……どれほど相手を傷つけているか……分かりますか?」

 痛い所を突いてきますね……マミヤさん……

 エルグレドは小さく息を吐き出す。

「……サレンキーもマミヤさんも……お二人とも……私の大切な『友』であることは永遠に変わりません。その思いだけは……信じて下さい……」

 サレンキーは石壁に向かい小さく舌打ちをした。エルグレドの視線を受け止めたマミヤは、その瞳の奥までをしっかりと確認するように見つめる。

「また……ズルい回答ですね……エルさん」

 そう言うと、涙が溢れ零れ流れた。

 本当に……同じ 時間ときを生きる一人の学院生として、あなたたちと出会っていたなら……

 エルグレドは、潤む瞳をジッとマミヤに注ぎ続けた。
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