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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 193 話 鑑定眼

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 従王妃ミラの居室にパンツ1枚だけの姿で立たされている篤樹……ミラとスレヤーはまるで品評会のように篤樹を見つめている。

「瞬発力はありそうよねぇ……」

「そこいらの剣士よりは筋も良いんですぜ……アッキー、ちょっと足を前後に開いてみな」

「まあ! 足腰が凄く安定してるわねぇ」

「でしょ?」

 こんな姿のまま、5分以上も2人から要求されるポージングを続けた篤樹はいい加減にウンザリだった。

「あの……まだ服着ちゃダメですか? なんか……美術部のモデルやらされてる気分……」

「ん? ああ……ま、そういうこってす」

 スレヤーはミラに声をかける。

「基本的な体格としちゃ、充分に3士級までは鍛えられそうだな、と」

「せっかくならもっと簡単な相手にしてあげれば良かったのに……」

 ミラがスレヤーに所見を述べた。篤樹はいそいそと着替えながら尋ねる。

「大体なんなんですか? その4士級とか3士級とかって……」

「ん……ああ……」

 スレヤーは、ミラと篤樹から出された質問のどちらに先に答えようかと一瞬迷った上で口を開く。

「剣術士のレベルだよ……ま、一応のランク付けだな。剣術始めたばっかの子どもは12士級、軍部の特剣隊は5士級以上で……ここの剣士隊は4士級以上が入隊の条件ってことだ」

「にゅ……入隊条件?! え?……ってことは……3士級って……」

「軍部なら中隊長クラスってことだな」

 スレヤーは小指で耳の穴を掻きながらサラッと答えた。

「そんな! む・む・無理です! 僕……初めてですよ? 昨日初めて剣術の基本を教えてもらっただけで……えー! なんで?」

「そう。どうして?」

 慌てる篤樹の質問に重ね、ミラが楽しそうに微笑みながらスレヤーに尋ねた。

「なぜ剣士隊の最低ランクでは無く、その上の3士級なんて言ったのかしら? アツキが初心者なのは、あなたなら十分理解してるでしょうに」

 スレヤーは小指の耳垢を飛ばすようにフッと息を吹き出す。

「だからですよ。3士級にだって十分通用するくらいの身体を持ってるのが分かってるからそう言ったまでです。俺ぁ、自分の嗅覚を信用してるからですねぇ」

「でも……そんな……ただでさえあんな人たちと剣で戦うなんて……」

 上着まで着終わった篤樹は力なく反論する。しかしスレヤーは意にも介さずに続けた。

「確実に勝てる相手よりも、ギリギリ勝てる相手と るほうが上達するんだよ、剣術ってヤツは。アッキーなら3士級にもギリギリ勝てる……って俺の嗅覚が言ってんだ。そんなら らねぇ手は無ぇだろが?」

「でも……だって……だって僕が敗けたら……」

「スレヤーはジンの下へ、アイリは侍女を途中解雇……敗けられないわねぇ『アッキー』」

 ミラはますます満面の笑みを浮かべた。

 そ……そんなぁ……

「情けねぇ面すんじゃねぇよ! 大丈夫! 言っただろ? お前ぇの足はここの剣士たちと比べ物にならねぇ位の武器だってよ! 3日間……まあ実質1日ちょっとしか無ぇけどよ、お前ぇの『武器』を最大限に使えば……ギリギリ行けるって!」

 さっきから「ギリギリ」の話ばっかじゃん……大丈夫かなぁ?

 『絶対に……無理はしないんだよ?』エシャーの言葉が頭をよぎる。

 これって……「無理」なことだよなぁ……大丈夫かなぁ……

 自信に満ち溢れて持論を展開するスレヤーとは対照的に、篤樹はますます不安に顔を曇らせる。

「ところでスレヤー伍長は何士級なのかしら?」

 ミラが篤樹の不安を逸らすように尋ねた。

「俺ですか?」

 スレヤーは困ったように首に手を当て、しばらく考える。

「特1士級を取ってからは……もう上も無いもんで……まあそんなもんですかねぇ……」

「それって……やっぱり相当強い……って事ですよね?」

 篤樹が同意を得るようにミラに尋ねた。ミラはスレヤーの答えを初めから知っていた風に頷く。

「特1士級はこの国に彼一人だけ……よね? スレヤー伍長」

 スレヤーは肩をすくめた。

「ランクとしちゃあ……そうなりまさぁね……一応」

 スレヤーはミラに気づかれないようにチラッと篤樹に視線を送った。

 ……現役ランカーとしてはスレヤーさんがトップだけど……「悪邪の子」……エルグレドさんの剣術は……一体何士級なんだろう?


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「お前って奴は、昔からそうだよなぁ!」

 サレンキーは尋問室の石壁をつま先で蹴りながら、苛々とした口調で語る。

「内調尋問の方法にルメロフ王自らが口出しなんてよ!……どうせまた何か裏で手を回してたんだろ?」

 エルグレドは肘掛けの無い椅子に腰かけ、腕を組んだままサレンキーの様子を笑顔で見つめつつ応じた。

「どんな手を回せると言うんですか? あちらは『国王』ですよ?……まあ『たまたま』私が知り合いだったからお気にかけて下さっただけでしょう」

 エルグレドはそう言うと視線をマミヤに移す。

「どんな拷問を予定していたのかは知りませんが……どのみち苦痛で口を割る程度の相手なら、君たちが出る必要も無かったでしょう?」

「うるせぇ!」

 サレンキーは強めに壁を蹴って怒鳴りながら振り向いた。怒りの形相……の中に苦痛の表情も混ざっている。

「サレンキー……大丈夫?」

 マミヤが心配そうに尋ねる。サレンキーは足の痛みを打ち消すように、足を床に踏み打ちながら答える。

「何がだよ? クソッ!」

「とりあえず君も座ったらどうです? サレンキー」

 エルグレドは机を挟んで空いてる席を指しながら促す。

「拷問を加えようが加えまいが、どちらにせよ私は君たちの疑っているような人物ではないのだから『自白』を引き出すという作業は無駄ですよ」

 サレンキーは一瞬、空の椅子を蹴り飛ばすような態勢を見せたが思い止まり、背もたれを前面に抱えるようにドカッと座った。マミヤがホッとした表情を見せる。

「おい! ミゾベ!」

 部屋の隅の机で調書を書いているミゾベの名をサレンキーは怒鳴るように呼ぶ。

「は……はい? 何でしょうか?」

 愛想笑いを浮かべミゾベが顔を上げる。

「ギルバート達の証言は確実にとれるんだろうなぁ?」

「え? あ……はい! そりゃもう! 間近で聞いてますから大丈夫です!」

 サレンキーはエルグレドの反応を確かめるように睨みつけたままミゾベに尋ね、その返答の間もエルグレドから視線を逸らさない。

「……だとよ? どうなんだよ『王子さま』」

 口元に笑みを浮かべたまま関心を示さず黙っているエルグレドに、サレンキーは特気に問いかける。

「さあ? 全く覚えが無いから何とも言いようが無いね。よりによって『王子さま』なんて……私には相応しくもない呼び名ですね」

「エルさん……」

 サレンキーが再び怒鳴りだす前にと、マミヤが口を開く。

「その……お父様から何か伺ってはいませんでしたか?『ガナブ』の事……」

 マミヤの問いに乗っかるようにサレンキーも口を開いた。

「ロイス村にお前を置き去りにした親父……エグザル・レイに関する記録が怪し過ぎるんだよ! 公証記録じゃお前の爺さん……エベル・レイがキボクに居たってことになってるけどよ……誰も知らねぇんだとよ、そんな人間。もっと言えばお前のガキの頃を知ってる人間も誰一人生き残っちゃいねぇと来た! ロイス村も今は無ぇし、お前の育て親になったペチルって夫婦も数年前に死んじまってるしな!」

「さあ? そう言われてもね……私がロイスを滅ぼしたワケでも無いですし村人を殺したワケでもありませんから……。出自に疑いを持たれたとしても、私には何も答えようはありませんよ。公証記録だけが証拠です」

 エルグレドの回答を否定することが出来ないサレンキーは悔しそうに舌打ちをする。

「複製人間の練成について……」

 マミヤが慎重に言葉を選びながら尋ねる。サレンキーは一瞬ピクッと反応したが、ここはマミヤに任せるという感じでエルグレドの反応に注目する。

「エルさんは何か伺っていませんか? お父様から」

「複製人間の練成……ですか? 魔法院の閉架でならその件に触れられている研究書を見たことがありましたが……父からは何も」

 エルグレドはジッとマミヤの視線を受け止める。

 彼女の真偽判定眼はエルフのようですからね……「偽り」であると見抜いた上でどう攻めて来るか……お手並み拝見ですね。

 マミヤはジッとエルグレドの反応を確かめつつ口を開く。

「36年前……王宮研究所がガナブと おぼしき賊に押し入られた……という事件は……知っていますよね?」

「文化法暦省大臣補佐官ですからね……資料には目を通しています」

「盗み出された『モノ』が何かは?」

「資料には『実被害無し』としか記載はありませんでしたが……何か盗られたんですか?」

 マミヤの目が活き活きと光を帯びて来る。

 この は学生時代からそうでしたね……探求心の塊のような質問ばかりをしてましたっけ……なかなか手強いですね……

「……はい。盗られました」

「おい! マミヤ!」

 慌ててサレンキーが口を挟む。

 特秘事項ってことなんですね……ガブレルさんのことは……

 マミヤはサレンキーの懸念抗議を右手の平で制止すると、エルグレドへの質問を続けた。

「複製人間の『研究体』が盗み出されたそうです。御存知無かったですか?」

 マミヤはジッとエルグレドの目を覗き込み、僅かな虚偽さえ見逃さない姿勢をとっている。

 この質問だと……誤魔化しは見抜かれるでしょう。でも仕方ありませんね……

「……初耳です」

 マミヤの瞳が確信に輝いたのをエルグレドは見逃さなかった。同時に彼女の信頼を失ったことに、エルグレドの心は痛みを覚える。

「そう……残念です……エルさん……」

 マミヤは落胆の表情に顔を曇らせた。サレンキーはマミヤに手応えを探るように視線を向ける。マミヤは思いを整理するように間を置くと、静かに首を横に振った。

「……もう一つ……私からの質問に答えていただけますか?」

 今にも泣き出しそうな瞳でマミヤはエルグレドを見つめる。

「『あの日』、『アイツら』を殺したのは……本当にサレンキーなんですか?」

「おい! マミヤ!」

 サレンキーは椅子から立ち上がり、マミヤの肩に手を置き注意を与える。

「『あの事件』はもう解決済みだろ? 今さらコイツに何を確かめようってんだよ! もう忘れろって! 今はこの仕事に集中しろって!」

 荒い口調だが、優しさと動揺が痛いほどに響いて来る。マミヤの瞳から涙が零れ落ちた。サレンキーの手に自分の手を重ね、マミヤはジッとエルグレドを見つめている。

「マミヤさん……その質問に……私は答えることは出来ません」

 エルグレドは慎重に言葉を選び応じた。

「……いずれにせよ……あの事件の全ての責任は私に在ります」

 マミヤの視線をジッと受け止めたまま、エルグレドは静かに答える。その思いには嘘偽り無き「友への愛情」が込められていた。
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