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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 191 話 疑惑

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 メルサもどうやらここらが「権威強行」の潮時と感じたようで、口を閉じてジッと篤樹を睨みつける。

「では……」

 すこしの間を置き、何か新しい策を思いついた様子でメルサが再び口を開く。

「処罰はいかに下しましょうか? 陛下」

「処罰? いや……もうそれもよかろ……」

「宮内の秩序が乱れれば!」

 ルメロフによる無罪宣告をメルサは遮る。

「……王国への反逆、王の命を狙う賊が 蔓延はびこらぬためにも、相応の処罰なり処遇は必要かと」

 メルサの語気にはこれ以上の譲歩を拒む固い意志が込められている。ルメロフはミラに嫌われたく無いのと同じくらい、メルサの機嫌を損ねたくないと思っているようだ。

「そ……そうだなぁ……どうしようか?『暇を出す』とか……」

「侍女にはそれでも良いでしょう。但し、あの者たち……カガワアツキとスレヤー伍長にも何らかの処罰を下さねばなりません。たとえミラ従王妃の客人であるとしてもです」

 暇を出す?

 篤樹はルメロフの提案の意味が分からずに一瞬考え込んだ。おかげでその間にメルサが語った処罰対象者の意味を理解するのにも間が開いてしまった。

「えっ?」

 驚きの声としては少しズレたタイミングで発した篤樹の声に反応し、皆が篤樹に注目する。メルサは自分の権威に恥を負わせた篤樹に対し冷徹な視線を向けた。

「此度の一件……この者らの弁明がまことで有るのなら……その責任はあの男、カガワアツキにございます。そうですね?」

 篤樹は言葉の意味をよく考えてみる。

 うん……何も……間違っては無い……よな?

「……はい。申し上げている通り……です」

 メルサは罠にかかった獲物を見るような笑顔を見せた。

「兵でも剣士でも無い者が、にわか仕込みの剣術で引き起こした愚行……あの剣士隊の模擬剣は誰から手に入れたのです?」

 え?

 篤樹はどう答えるべきかと悩む。しかし、すぐにスレヤーがメルサの問いに応じる。

「俺が練習用に渡したヤツ……なんでしょう。なぁ?」

 スレヤーから向けられた視線に、篤樹はコクンと頷いた。

「ならば師範であるスレヤー伍長にも当然責任がございますね?」

 メルサの「処罰計画」が着実に進んでいるのを感じながらも、篤樹は逃げ道を見いだせない。

「この状況においては、ミラ従王妃の侍女に対し勝手に暇を出すわけにもいかないでしょう。王がそれを望むのなら別でしょうが……」

「勝手にやってはダメだな。うん……ダメだ……」

 メルサは弱腰なルメロフの発言に改めてウンザリしたような表情を浮かべたが、それも織り込み済みの計画を進めているのだろう、すぐに表情を戻して篤樹を睨む。

「王のお許しさえいただけますなら……」

 仕上げに入るように、メルサはルメロフに語りかけた。

「カガワアツキに『名誉の剣術試合』をさせてはいかがかと。剣により生じた事件を収めるにはうってつけではないかと存じます」

「えっ!」

 篤樹は突然の提案に、悲鳴にも似た驚きの声を上げる。

「ん? そうか?『名誉の剣術試合』か……そうだな! 試合は良い。存分にやるが良い!」

 ルメロフは感覚的に穏便な解決法だと理解したようで、嬉しそうに頷いている。メルサは言葉を続けた。

「負うべき名誉は……そうですね……スレヤー伍長とそこの侍女の処遇……でいかがでしょうか? 敗すればスレヤー伍長の所属を軍部から王宮兵団へ移し、そこの侍女には御奉公の任を解き暇を出す。……本来であれば死に当たる罪を、これほどの温情をもって処するとなれば、ミラ従王妃も納得されるのではないかと存じます。むしろ王のその温情に感謝するのではないか……と」

 最後の「ミラからの感謝」という提言に、ルメロフは満面の笑みを浮かべる。

「そうか! 良いぞ、そのように進めよ! 皆もよいな? メルサ正王妃が今語ったようにこの件は取り扱おう! うん、これこそが我が決定だ!」

「そん……な……」

 篤樹はあまりにも唐突な提案に対し、何か抵抗しなければと思うが、反論出来るだけの考えも言葉も思い浮かばない。ただ「無理だ!」という拒否反応しか感じられないまま、助けを求めるようにスレヤーに目を向ける。

「仰せのままに、陛下」

 しかし、篤樹の不安に対してスレヤーは最敬礼の姿勢で了解の意を示した。

「……ただ、カガワアツキの『名誉の剣術試合』に向けては、引き続き私が指導をさせていただきたく願います。お許しをいただけますでしょうか?」

「ん? ああ、良いぞ! えっと……」

「スレヤーにございます、陛下」

 スレヤーは急に「似合わない態度」でルメロフに向き合う。

「そうか……スレヤー……スレヤーね……いいぞ。しっかりと鍛えてやるが良い」

「対戦の相手は……」

 メルサはジンに向かって顔を向ける。

「剣士隊の中より『最適者』を選びなさいジン隊長。試合は……3日後の午後で」

「はっ! 仰せのままに」

 メルサに答えると、ジンはスレヤーに顔を向けた。

「命拾いしたなスレイ! 王の命令だ、ランクをそろえようか? その者はお前の目から見て3日後までにどれほどまで仕上がる? ちなみに知っての通り、剣士隊は最下ランクでも4士級以上だがな」

 にこやかに問いかけるジンの言葉に、剣士隊たちの顔もほころぶ。篤樹の剣術訓練は昨日が初めてだと知っているから当然の反応なのだろう。だがスレヤーは剣士たち以上に余裕の笑みを浮かべて答えた。

「そうだなぁ……まあ、アッキーなら4士級以上……3士級でそろえるかよ?」

 ジンと剣士隊の面々から笑みが薄れていく。

「スレイ……本気か? それとも……舐めてんのか?」

「俺が剣術で舐めると思うかぁ? アッキーなら3日あれば4士級で楽勝、3士級で良い勝負になると思うぜ?」

 2人はしばらく互いの表情を窺う。先に口を開いたのはジンだった。

「本気……か。面白い! やっぱりお前は面白い男だなスレイ! よし、分かった! では3日後の試合、3士級の中から選んでおこう。失望させるなよ!」

 ジンは会話の終了をメルサに示す。メルサは頷き、この場を収める宣言を発した。

「この度の反逆行為疑惑については、王の御前にて名誉の剣術試合を行い、カガワアツキが勝すれば全てを不問とし、敗すればスレヤー伍長の所属移転とそこな侍女の解任をもって処する……これは第35代エグデン国王ルメロフ陛下の意向である。よいな!」

 威厳の籠ったよく通るメルサの声が響く。自分の名を用いられたルメロフは嬉しそうに手を叩いている。馬鹿な王様だ……篤樹はその姿を見て情けない気持ちになったが……今回はその王様のおかげで一命を残された事を心から感謝していた。


―・―・―・―・―・―・―


「とんだ災難だったわね……アイリは……」

 朝からの騒動のために遅めの朝食を終えた篤樹は、会食場からミラの居室へ移動し事情聴取に答えていた。

「ホントに……すみませんでした。アイリにもミラさんにも御迷惑をおかけして……」

 篤樹は自分の軽率な行動で、一時はアイリの命が脅かされてしまった状況を心底反省していた。

「でもよぉ……」

 王宮兵団宿舎から3日間の期限付きでミラの従王妃宮での宿客となったスレヤーは、ベンチタイプのソファーに一人で腰かけ口を開く。

「カッコ良かったんですぜ、コイツ。10人もの兵に囲まれてたくせに、アイリって子を守り通す気で剣を握りやがってたんです」

「そのようですね」

 ミラは満面の笑みを浮かべた。

「そんなアツキを守ろうと、50を超える兵たちに剣を向けて立たれたあなたの話も伺いましたよ、スレヤー伍長」

 スレヤーは余裕の笑みを浮かべて応じる。

「そりゃあ当然ですよ。 ダチですからねぇ、コイツは」

 スレヤーの言葉を受けて篤樹も応えた。

「そうですよ。アイリだって……友だちですから……それにしても無茶苦茶ですね! 王宮規律とかいうのって!」

 篤樹はメルサの横暴な論理を思い出しながら、段々と腹が立ってきた。ミラはルメロフの使いからすでにもたらされた情報と、2人の証言を合わせて考えを巡らせる。

「あの ひとには規律遵守なんて正義心はないわ。それを利用し、自分に邪魔な者を排除するだけよ……今回の件も、あなたたちを『犯罪者』に仕立て上げて処刑し、あわよくば私があの女に対する殺意を抱くように仕向けようとしたのよ」

 ミラの推察に篤樹は目を見開いて驚くが、スレヤーには予想内のことだったようだ。

「正王妃にはジンたち剣士隊がついていますからねぇ……ミラ様の兵じゃ敵わんでしょうなぁ、確かに……となりゃ『暗殺失敗』の目がデカい。従王妃による正王妃暗殺未遂事件なんて前代未聞な大事件になりゃ、さすがのルメロフ王もミラ様の処刑を認めざるを得なくなる……ってな感じですかねぇ?」

「やっぱりあなたは状況分析に けてますねスレヤー。そうでなければ軍部特剣隊の三隊連長は務まらなかったでしょう」

 ミラの評価に、スレヤーは恥ずかしそうに頭を掻きながら応じる。

「買いかぶりですよ……ただ鼻が利くだけです。正王妃は……胡散臭ぇですからね。サラディナ様の件に関しても……」

 スレヤーの口から出た名前に篤樹は聞き覚えがあった。

 そうだ! アイリが言ってたもう一人の従王妃……

「その人……王様の妹さんなんですよね? 従王妃の……謁見の間でも見なかったですけど……どうかしたんですか?」

 篤樹が尋ねると、一瞬ミラとスレヤーの動きが止まった。2人で視線をぶつけ合っている。それはまるでお互いの手の内を探るかのような視線だ。

「サラディナ様はね……」

 先に手の内を見せるかのように語りだしたのはミラだった。

「一昨年お亡くなりになられたわ。公には『事故死』とされている……自分の宮中で階段を踏み外してね……」

 一手目を打ち終わり攻守を交代するように、ミラはスレヤーに目を向けた。スレヤーも少し考え、口を開く。

「公には事故死ですか……俺ぁ『自害なさった』って聞きましたけどねぇ……軍部の連中からはね」

 「事故」か「自殺」か……まだハッキリしてないんだ……

 篤樹は2人のやり取りを聞きながら、会ったことも無いサラディナの最期を想像した。

「『自害』ねぇ……」

 ミラが意味深に呟いた声に反応し、篤樹は顔を上げる。スレヤーは口の端に笑みを浮かべたまま、ミラがこの後どう話を続けるのか興味深そうに見つめている。ミラはしばらく篤樹とスレヤーを交互に見つめ、何かを決断した様子で言葉を繋いだ。

「私たち……私とグラバはこう考えてるわ……」

 グラバって……もう一人の従王妃?

 謁見の間で見た、どこか怯えた様子のグラバの顔を篤樹は思い浮かべる。ミラは続けて語った。

「サラディナ様はあの女に……メルサ正王妃の手の者によって殺された……とね」

 唐突なミラの告白を聞き、篤樹は目を見開き息を飲む。スレヤーはまるで「承知している話」を聞いているように、ジッと視線をミラに向けたまま微笑んでいる。

 「事故」でも「自殺」でもなく……「殺人」?……それも、正王妃が従王妃をなんて……王宮内に一体何が起こっているんだ?

 篤樹はこれまでミシュバット遺跡でエルグレドから聞いていた「従王妃ミラによる別系統」を気にしながら過ごして来た。しかし実際に会ったミラに対して悪印象は無い。むしろエルグレドやビデルが属する文化法暦省に対し、直接の権限を持つ正王妃……メルサに対する不信感のほうが強くなっていた。

「『暗殺』説ですか……穏やかじゃねぇし……たとえ従王妃でも、それを疑うだけでヤバい話になんじゃ無ぇんですか? 良いんですかい? そんな不用意な発言を俺たちに洩らして」

 スレヤーは相変わらず世間話でもしているかのような余裕の態度で尋ねる。ミラも自然な笑みを浮かべながら続けた。

「私の知るスレヤー伍長は賢明な状況分析者だから大丈夫よ。それに……」

 突然の話に動揺を隠せない篤樹にミラは目線を向ける。

「命懸けで私の大事な 侍女を守ろうと身を張ったひとを、私は信頼してるから」

 その時ミラが篤樹に見せた笑顔は、気品ある王妃のそれではなく、素敵なお姉さんが見せる満面の笑みだった。
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