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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 189 話 死刑宣告

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「アツキは気にし過ぎなんだよぉ!」

 アイリは笑いながら浴槽周りの掃除をしている。ユノンは篤樹の傍で交換用のバスタオルを手に持ち尋ねた。

「肌を見られるのがそんなに恥ずかしいのですか?」

「いや! だからさ……」

 篤樹は一枚目のバスタオルを肩から背中にかけ、小さいタオルで髪を拭きながら答える。

「肌って言うかさ……色々と慣れてないんだよ! こういう扱いをされることにさ」

 肌じゃなくって「裸」なんだし……

 篤樹が発する必死の抗議を、アイリは軽く受け流しながら話を続けた。

「別にさ、オレたちは男の人の身体も見慣れてるから、何にも恥ずかしくなんかないよ? むしろアツキが恥ずかしがるとこっちまで恥ずかしくなるからやめて欲しいなぁ。それにさ……アツキって結構良い体つきじゃん! 恥ずかしがるなよ」

「そうですよ! アツキさまの身体つきは、まるで若き日のエグデン王のように凛々しき美しさです!」

 ユノンも絶賛するが……やめてくれぇ! そういう評価も恥ずかしいんだって! 篤樹は「この世界」の慣習にまだ馴染めない自分を感じつつ、ふとユノンに尋ねる。

「……若き日のエグデン王?……って……何で君が知ってるの?」


―・―・―・―・―・―・―


「王都は建国以来、旧三国どころか、サーガや何者からも侵されたことの無い聖都なのよ」

 ミラは食後のデザートを食べ終わった口をナフキンで拭った。

「……だから王宮宝物庫には、エグデン1000年の歴史が失われること無く収められているの。初代エグデン王の彫像のことなんでしょ?」

 会食場の壁に並び立ち控えている侍女たちにミラが問いかける。

「はい!……先日、お付きで伺いました際に目に留まりまして……その事を篤樹さまに問い質されたので……」

「そんな……別に問いただしたわけじゃないよ!」

 篤樹の感覚としては「問いただす」という言葉はパワハラ的な印象があるので、慌てて打ち消す。

 そんなにしつこく厳しく聞いたワケじゃ無いのに……変な誤解されちゃうのは嫌だな……

「……1000年も前の王様の体つきに似てるとか言われたから……何で知ってんのかなって思っただけで……そしたらお城には色んなものが大事にとってあるって聞いたから……」

「それで? 宝物庫を見てみたい、と?」

 しどろもどろに説明する篤樹を笑顔で見ながらミラが確認する。

「いや……はい……せっかくの機会だし、もし可能ならって……でも! 無理なら良いんです! なんか変なお願いしてスミマセン!」

 単なる食事会話のネタ程度に軽い気持ちで振った話題のつもりだった篤樹は、もう別にどうでもいいやという気持ちで伝えた。

「……そうね……何か面白いことが分かるかも知れないし……いいわよ。明日にでも案内して上げるわ。アイリ、チロルにそのように手配を伝えておいて」

「かしこまりました」

 アイリは他の侍女たちと同じくうやうやしい態度で指示を受ける。食事の給仕をしている時にも感じたが、やっぱり恰好だけじゃなくて「侍女」なんだなぁ……

「何かお要りようでしょうか? アツキさま」

 篤樹の視線を感じたのか、アイリが静かに尋ねる。吹き出したい気持ちを抑え、篤樹はアイリに答えた。

「いや……別に……ごちそうさまでした」

 やっぱり従王妃の前だとしっかり「侍女」なんだなぁ……この も……

「今宵は少し疲れてるから……」

 ミラは自分の前に置かれている食器が片付けられていくのを目で追いながら口を開く。

「明日の晩にでも、またゆっくりとお話しをしましょう」

 そう言ってミラは席を立ち、篤樹に挨拶をすると2人の侍女に付き添われて先に部屋を後にした。

「じゃあ俺も……」

 席を立とうとした篤樹の傍にアイリとユノンがすぐに近づき椅子を引く。

「あ……ありがとうね……」

「お料理のお味はお気に召されましたでしょうか? アツキ様」

 アイリが明らかにおちょくった澄まし顔で尋ねて来た。篤樹は苦笑いを浮かべながら応じる。

「大変おいしゅうございました、アイリ様!……ありがとうね。ユノン」

 篤樹は笑顔を2人に向け、ユノンに椅子を引いてくれた礼を述べ、アイリに語りかけた。

「ミラさんの前じゃ言葉遣いが全然違うのなぁ。何か『侍女!』って感じでウケたんだけど……」

「褒め言葉に受け取っとくよ。さ、お部屋へご案内いたしますわよアツキさま」

 さっさと歩き出したアイリを追いかけるように篤樹が歩き出すと、ユノンは少し駆け足気味で追いつこうとする。篤樹は振り返ってユノンに尋ねた。

「ユノンは今何歳なの?」

「え? 私ですか? あの……先月10歳となりました」

 王妃の客が侍女に私事を尋ねて来た際のマニュアルというのが有るのかどうか分からないが、少なくともユノンは想定外の問いかけとでもいうように目を丸く見開き、動揺しつつ答える。

「侍女の御奉公は10歳からなんだよ。10年間の御奉公さ」

 アイリが会話に加わって来た。会食の間を出て階段を上りながらも話は続けられる。

「貴族に仕えてる使用人家庭の子が選ばれるんだ。10年の御奉公が終わったら元の貴族の家に仕えるか、自分で新しい貴族の家を選んで仕えるか……それか全く別の生き方を選ぶか……ま、私らにとっての『学舎』みたいなもんだね、王宮御奉公は」

「へえ……そういう制度なんだ……」

 だから侍女の中に「大人の女の人」がいないのかぁ……

「アイリやユノンはどうするの? その……10年間の御奉公が終わったら」

 部屋の前に着き、鍵を差し込んで扉を開きながら篤樹は尋ねた。

「私はまだ……」

 ユノンは急に聞かれても答えられず、呟くように応える。対してアイリはすでに将来の方向性を決めているようだ。

「オレはフロカみたいな剣士になりたいな。ミラ様の護衛兵になりたいんだ! ここも好きだし、何よりミラ様のことが大好きだからさ!」

 へぇ……そうなんだ……

 篤樹はアイリからの意外な「将来の夢」を聞き、少し以外に感じ驚く。

「そっか……んじゃま、頑張れよ!」

 笑顔で応援すると、アイリも嬉しそうに微笑んだ。

「やっぱアツキは良いヤツだな!……ずっとこっちに居ろよ!」

「……さあ……どうなるかなぁ?……じゃ、お休み」

 篤樹は部屋の扉を閉めながら笑顔で応えた。笑顔のアイリとお辞儀をしているユノンの頭が扉の隙間に消える。

 ずっとこっちに……か

 閉ざした扉の前に立ち尽くし、しばらく篤樹は考える。

 「この世界」でずっと生きていくことになるんなら……それもそれで「あり」かも知れないな……


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌朝も早くから篤樹は庭に出ると、法力呼吸法のトレーニングとスレヤーから借りた模擬剣での剣術訓練に励んだ。

「今日はスレヤーさん来なかったなぁ……」

 ほどよい時間になり、ミラの王妃宮に戻りながら篤樹は王宮兵団施設に目を向けた。昨日よりも馬車や馬が少なくなっている。

 どこかに出かけたのかなぁ……

「おっはよ! アツキ!」

 よそ見をしながら歩いていた篤樹の目の前に、突然アイリが姿を現した。

「おっ……と……アイリかぁ。おはよう!……どうしたの?」

 顔を合わせて挨拶をした後、いつもの「侍女服」ではない軽装の姿に気づきアイリに尋ねる。子どもの頃に絵本で見たピーターパンみたいな服装だ。

「ん? ああ、今日はお休み日だからな。ちょっと町に出ようかと思ってさ!」

「へぇ……町に」

 篤樹は湖の対岸に見える壁内王都の家々に目を向ける。

「……そういや、馬車の中から見ただけだなぁ」

「ん? アツキも町に行きたいのか?」

 アイリが篤樹の態度に気付き尋ねた。

「じゃ、次の休みの日にでも案内してやろうか?」

「え? マジ?……んじゃ、ミラさんに頼んで外出許可もらおうかなぁ……」

 思いがけず「王都観光」の可能性が訪れたことに、篤樹は喜んで笑顔になる。アイリも自分の提案を篤樹がこれほど喜ぶと思っていなかったのか、予想以上の喜び具合に嬉しそうだ。

「なんか、楽しみになってきたなぁ!」

 篤樹は喜びを表すように模擬剣を振った。そのままスレヤーから教わった剣術の基礎姿勢を試してみる。

 法術練習に剣術練習……俺も「この世界」でなんとかなるかもなぁ……

「お? アツキ、良い体さばきするじゃん! ちょっと貸してみな」

 剣術の基礎試技を見せた篤樹に向かい、アイリが手を差し出した。篤樹はスレヤーから剣を渡された時の真似をし、クルリと剣の向きを変え柄頭から握りを渡す。アイリはそれを両手で受け取った。

「うわっ! 重っ……あーあ……オレも早く剣術を習いたいなぁ……」

 アイリは両手で握った剣を頭上に掲げ、ゆっくり振り下ろす。篤樹は「あれ?」っという顔を見せ、アイリに尋ねた。

「えっと……アイリ? お前、剣士になりたいって言ってたよな?」

 アイリの剣さばきは、篤樹から見てもひと目で分かるくらいの「素人レベル」だ。アイリはムッとした顔を見せて答える。

「御奉公が終わったらな! 今は……まだ……誰にも教わってはない……」

 そっか……よし!

 篤樹はアイリの手から剣を取ると、昨日、スレヤーから教わった握りを見せた。

「こう握るんだよ。やってみな」

「え?」

 アイリは一瞬驚いた顔を見せたが、口元に笑みを浮かべると篤樹の手から剣を受け取る。

「こうか?」

 教えた通りとはいかないが、何となくさっきよりは「さま」になった基本の握りを篤樹に見せる。

「そう……んと……右手はもうちょい下かな……気持ち左小指に力入れる感じで……肩は腰の真上に残して……そう! そんな感じ!」

 最初の「ただ重たい棒をもってる感じ」からは「かなり改善された姿勢」を見せるアイリに、篤樹は笑顔で頷く。

「そして……両肘を上げるような気持で持ち上げて……」

 スレヤーから教わった型を思い出しながら、篤樹はアイリに基礎試技を丁寧に説明する。アイリは飲み込みが良いのか、篤樹に言われた通りに身体を動かすと、見間違えるくらい綺麗な動きを見せた。教える篤樹も面白くなって来る。生まれて初めて剣の「使い方」を教わったアイリもすごく楽しそうだ。
 
「その一連の動きに、もっとスピードをつけて……」

 篤樹の指示に従いアイリは基礎試技を素早く行おうとした。

「あっ!」

 しかし、動作途中で勢いよく剣を片手で振り上げた途端、握力が足らずに剣がすっぽ抜けてしまう。剣は回転しながら湖方向の斜面に飛んでいくが……その先に人影が見えた。

 ガシャラン!

 金属と金属がぶつかり合う音が響く。

「何者だー!」

 即座に怒声が響き、斜面下から兵士が飛び出してきた。その後からさらに4人……8人……計10人の武装兵が剣を抜いて斜面を駆けあがって来る。あっという間に篤樹とアイリは兵士に取り囲まれてしまった。
 あまりに突然の出来事に、篤樹はただ呆然と立ち尽くす。アイリは事の重大さを理解したのか「マズい……」と呟くと、その場に両膝をつき、両手を前面で交差して左右の肩に置き頭を垂れた。

 この姿勢……この間の夜に聞いた……王家人への謝罪の姿勢……だったっけ?

「どちらが剣を投げた!」

 兵士の一人が叫ぶ。

「あ……すみません……」

 篤樹が事情説明と謝罪をしようと口を開いた。しかし、語り出すより先に、アイリが口を開く。

「申し訳御座いませんでした! 私めがうっかりと手を滑らせてしまい……本当に申し訳ございません!」

 絶叫にも似た大声で、アイリが事情説明と謝罪を行う。兵たちはそれでも気を抜くことなく剣の構えを崩さない。

「貴様! ひざまずかぬか!」

 兵の1人が篤樹に向かって剣先を向けジリジリと迫る。

 あ……そういうことか……

 篤樹はアイリの姿勢に倣いひざまずいた。

「すみませんでした……僕の不注意で……」

「黙れ!」

 兵たちの殺気は消えることは無い。段々と篤樹もこの状況が「かなりマズい」ということに気が付き始める。2人を「確保」したことで一応の解決を得たのか、兵の一人が斜面に向かい駆け寄り声を上げる。

「宮内の者による過誤行為のようです!」

 斜面下にいる人物への報告の声が聞こえた。しばらく間を置き斜面から上がって来た人物に、篤樹は目を見開いた。

「愚か者は何処?」

 正王妃メルサが、2人の侍女と4人の護衛兵に囲まれて現れる。

「申し訳ございませんメルサ様! 私めの過ちに御座います。どうぞお慈悲を!」

 アイリは恐怖に怯え切った声で謝罪を述べる。隣にひざまずいている篤樹はその悲痛な声に胸が苦しくなった。

「お前は……ふん……なるほど……」

 メルサの視線はアイリにではなく、篤樹に向けられている。視線を感じた篤樹はサッと顔を伏せ、謝罪を口にした。

「あの……すみませんでした……僕がアイリに模擬剣を持たせたせいで……お怪我はありませんでしたか?」

 自分が出来る精一杯の謝罪の言葉のつもりだったが、メルサからの返事は無い。恐る恐る顔を上げ様子を確認する。メルサの目は……篤樹が知る誰よりも冷ややかで意地悪な光を発しているように感じた。

「ミラ従王妃の侍女が 宮地きゅうちにて剣を……ねぇ?」

 何かを企むかのような声に、篤樹は背筋が凍りそうな寒気を感じる。と、同時に、額には緊張の汗が滲んで来た。

「いかがなさいましょうか?」

 篤樹たちを取り囲む兵の中から、メルサの指示を求める声が上がる。

「許可を得ておらぬ者が、王前にて剣を抜けばどうなる?」

 メルサが答えを知った上で兵たちに問う。

「『王前無許可帯剣罪』及び『王前無許可抜剣罪』はいずれも死罪と定められております」

 すぐに傍に立つ護衛兵が答えた。

「宮内侍女が正当な理由なく帯剣した場合は?」

「『反逆準備罪』にて死罪です」

 え?

 篤樹はこのやり取りを聞きながら、何かの聞き間違いかと顔を上げて首を傾げる。メルサは笑みを浮かべたままジッと篤樹を見つめていた。

 ああ……これって……ミラさんと同じような「脅し」なのかな?……あるよね、そういう小芝居って……先生たちも……たまにやるじゃん……

「その者の首をはねよ。直ちに!」

 メルサはアイリを指さし、兵に指示を下した。
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