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第3章 エルグレドの旅 編

第 164 話 結束の夜

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「王室の上層部に正規に最短で入り込むためには、ある程度『目立つ実績』が必要でしたからね。魔法院は首席で卒業しましたが『裏』の内調にスカウトされると面倒なので『表』狙いで成績も調整しましてね。で、狙い通り『表』の文化法暦省からの入省スカウトが来ました。入省後は『メキメキと頭角を現す』働きが認められ、ビデル大臣の補佐官という立場を数年で得たってワケです」

「そしてこの前の大群行が発生したって事ですか……」

 スレヤーがエルグレドの話に応じ呟く。

「はい。まさかこんなに早くエグラシスでも大群行が起こるとは思っていませんでしたが……でも常に警戒していましたから即応出来ました。おかげでビデルさんからは『先見の明にも秀でている』と改めて評価をいただき、単独での行動もかなり自由にさせていただきました」

「単独の……あっ! それで裁判所で……」

 篤樹は気になっていた事を尋ねた。エシャーがタグアの裁判所で夜中に暴れた時、軍部の管轄下だった裁判所にいち早くかけつけたのはエルグレドだった。大臣補佐官なのにビデルも把握していない行動をとっていたのだ。

「文化法暦省という立場だけでなく、王室非常時対策室長付きの補佐官という立場は結構な権力があるんですよ。各地の巡監隊には些細な情報でも逐一私に報告を上げるよう伝達していましたから。ルエルフの 父娘おやこと身元不明の少年という組み合わせでの軽犯罪報告が上がって来たので、急いでタグアに駆け付けたんです。ちょうどビデルさんもタグアに寄られる予定でしたから『合流』という形を自然にとれました」

 エルグレドは篤樹とエシャーに視線を交互に向ける。

「本音を言えば、私は初めお2人から『どんな情報を聞き出せるか』だけを楽しみにしていたんです。探し求めていたルエルフ村の情報、そして、恐らくミツキさんと同じチガセの一人と思われる少年からの情報をね」

 エルグレドは少しすまなさそうな表情を浮かべた。

「当てが外れたから、しばらく様子を見ようって策を練ったって事かしら? 隊長さんは」

 レイラが口を挟んで来た。

「えー? どういうこと?」

 エシャーがレイラに尋ねる。

「あなた達からはすぐに情報を得られそうに無いと思ったエルは、しばらくあなた達と一緒に行動する作戦に切り替えたのよ。聞くところによれば、ずいぶん昔からの策士なんですものね。で、ビデル閣下をうまいこと誘導して 宵暁裁判しょうきょうさいばんにあなた達を引き出させた、ってことよね?」

 エルグレドは小さく頷きながら応える。

「そういう事です。私は……自分のためにアツキくんとエシャーさん、それにルロエさんを利用しようと近づいたんです……実に身勝手な真似でした」

「でも!」

 エルグレドが謝罪モードに入っている状況に、慌てて篤樹が声を上げる。

「……でも、エルグレドさんがいたから、僕もエシャーもルロエさんも『こっちの世界』で生きていく道が開けたんだから……大丈夫です! それに 三月みつきとか柴田……柴田加奈がこっちで変な事になってることも分かって安心したって言うか何て言うか……僕のほうこそエルグレドさんのおかげで色んな情報が少しずつ分かって来たから……」

 篤樹はしどろもどろながらも、本心から感謝を並べ立てる。エルグレドに会えなかったら今頃……ルロエはエルフ族協議会に処刑され、エシャーと篤樹は右も左も分からないタグアの町に放り出されていたかも知れない、そう考えるとエルグレドに対する思いは感謝しかなかった。

「だよぉ、エル」

 エシャーも笑顔で答える。

「お父さんだってエルには感謝してるよぉ。私もアッキーもね。エルが『策士』ってことは別に悪い事じゃないんだから、そんな……謝んないでよぉ」

「2人とも優しいわね」

 レイラが微笑みながら答え、エルグレドに視線を向けた。

「ですってよ、隊長さん。変な負い目なんか要らないから、私たちをしっかりと導いて下さいな」

 エルグレドは苦笑いを浮かべる。

「ちゃんとお伝えしておきたかったんですよ……ありがとうございます。さてと……」

  ふところから再び取り出した懐中時計を、エルグレドは親しい友を見るように確認した。

「もう2時を回ってしまいましたね……。以上が私の長年の秘密……私のこれまでの歩みの全てです。お約束通り全部をお話ししたつもりです。そんな経歴を持つ身ですが……これからの旅も、まだ共に続けていただけますか?」

 食堂のテーブルを囲む4人に向けられたエルグレドの表情は、清々しい笑顔だ。その目は「勝利を確信している策士の目」ではない。自信はあるのに、多少の不安も感じている、そんなどこか怯えた弱ささえ篤樹はその表情に感じ取った。

「当ったりまえじゃない!」

 エシャーが真っ先に大きな声で答える。

「早くお父さんを自由にしてもらうためにも、エルには頑張ってもらわなきゃ!」

「そうね」

 エシャーの声を受け、レイラも相槌を打つ。

「私もまさか『年上の人間』にお会い出来るなんてサプライズを、この人生で経験できるとは思っていませんでしたわ。知識集めにも飽きが来始めていた時期ですし、嬉しいですわ。あなたのような『おもしろい素材』と旅が出来るのは」

 悪戯っぽく片目を閉じ、エルグレドに微笑むレイラの言葉にスレヤーも続く。

「俺ぁ、自分からこちらの隊に志願した身ですから、この隊での『目的達成』以外に何の興味もありゃしませんよ」

 『目的達成』の部分でチラっとレイラを見たのをエシャーは見逃さなかった。その視線に気づいたスレヤーはウインクで沈黙を促す。エシャーはにんまりと笑みを浮かべた。

「僕は……」

 篤樹も続ける。

「……エシャーとルロエさんに助けられて……何も分からないこの世界で……エルグレドさんやレイラさんやスレヤーさんに助けてもらいながらじゃなきゃ……何をどうすれば良いのかも分からないし……」

「アッキー!」

 隣に座っているスレヤーが篤樹の肩に力強く手を置いた。

「お前ぇのおかげで俺は昼間、タフカの攻撃で死なずに済んだ。リュシュシュ村でも、初めての馬車をあんだけ上手く転がせただろ? 絶対死の攻撃魔法で死んでた兵士達を生き返らせたのはお ぇの治癒魔法指導のおかげだってみんな感謝してたぜ。他にもお前ぇは一杯活躍してるじゃ ぇか! 助けられてばっかりなんて 卑屈ひくつな言い方はやめな。自信を持てよ! 伝説の『チガセ』なんだからよ!」

「そうだよアッキー!」

 エシャーも続ける。

「アッキーが森の中に現れた時……私……すごくドキドキしたんだよ。初めて見る人間、お話でしか聞いたことの無かったサーガ。そりゃ……最初は……ちょっとビックリしたけど……きっと素敵な友達になれるってすぐに思ったんだ! きっとアッキーと私が出会ったのは特別な事なんだよ! エルやレイラやスレイと出会ったことも……全部全部特別な事なんだよ! その特別をもって来てくれたのはアッキーなんだよ」

「チガセは皆、最初は普通の人間の少年少女だったっていうじゃない?」

 レイラも微笑みながら語りかける。

「こちらに来て誰と出会い、何を学び、どう生きたか……その結果としての『チガセ伝説』よ。アッキーにとって私たちとの出会いが、この先どんな伝説を生み出すのか楽しみにしているわよ」

 篤樹は何だか照れ臭くなって来た。何も知らないただの中学生が、こんな『世界』の中ではみんなのお荷物になってるんじゃないか、と気にしていたのに……こんなに評価してもらえてるなんて……

「では……」

 エルグレドは場の雰囲気を確認すると、まとめモードに入る。

「ルロエさんの解放を第一の目的にしつつ『新たなチガセ伝説』を共に生み出す仲間として、これからの旅もこのメンバーで続ける、それが総意ということでよろしいですね?」

 今度のエルグレドは完全な確信に満ちた目で全員を見渡し、最後に篤樹に視線を合わせた。篤樹も当然断る選択肢は無い。

「あの……よろしくお願いします!」

 エルグレドを隊長とするルエルフ村特別探索隊として「新たな結束」を確認した5人は、お互いの存在を喜びとする笑顔を互いに向け合った。


―・―・―・―・―・―


「何だよアッキー。寝つけ無かったのかぁ?」

 灯りの消えた食堂の椅子に座っていた篤樹を見つけ、スレヤーが声をかけて来た。エルグレドの身の上を聞き終えた一同は午前2時過ぎに解散し、それぞれの部屋に戻った。だが、篤樹は1時間以上寝つけずに、結局、再び階下へ戻っていた。 

 人気ひとけを感じた時は、一瞬、遥が来たのかと思ったが……

「あっ、スレヤーさん。すみません……起こしちゃいましたか?」

「いんにゃあ、別にお前の気配のせいじゃ無ぇよ。元々眠りが浅いんだ、俺はよぉ。それと……」

 スレヤーはそう言いながら、篤樹の正面の椅子を引いて座る。

「お前ぇも『スレヤーさん』じゃなく皆みたいにスレイって呼んで良いんだぜ?」

「あっ……でも……」

 篤樹は困ったように微笑む。

「……僕の世界じゃ、目上の人をあだ名で呼ぶ習慣ってあんまりないんです。特に男同士の場合は……」

「なんだぁ? 変なとこが堅苦しい世界なんだなぁ、アッキーの世界は」

「すいません……」

「冗談だよ! 謝んじゃ無ぇって。まあ、慣れてくれや!」

 スレヤーはそう言ってにんまりと笑う。

「あの……」

 篤樹も笑顔で頷き返した後、スレヤーに語りかけた。

「エルグレドさんの話……どう思いました?」

「ああ? 何が?」

「いや……800年も前に生まれたイグナの王子様が、グラディー族の伝説の戦士になって……不死者で最強の法術士にもなって……何だか……そんなに凄い人だったなんて……」

 スレヤーは目を閉じ、ニヤニヤしながら篤樹の言わんとする事を理解する。

「あのなぁ、アッキー。大将は何で全部俺たちに話したと思う?」

「え?……それは……」

「別に俺は大将が世界を造った神さまだって言ったとしても、何にも変わらず『さすが大将!』って気分でいつも通りにやるぜ? 俺は自分の嗅覚しか信用して無ぇからな。 最初はなっから大将の事が好きだ、頼りに思ってる、ただそれだけさ」

 篤樹はスレヤーが言いたい気持ちを何となく理解した。

 エルグレドさんがどんな数奇な人生を歩み、どれだけ凄い力を持っているか、そんな事は関係ない。出会ってから一緒に共に旅してきたエルグレドさんだけを見れば良いってことかな……

「大将の過去を知ったからって俺の評価は上りも下がりもし無ぇよ。お前ぇだってそうだろ?」

 スレヤーが笑顔で尋ねる。

「それは……そうですね! エルグレドさんはエルグレドさん、それ以上でも以下でも無いです」

「それで良いんだよ。ま、面白ぇ話を聞かせてもらって楽しかった、ってのが俺の感想だ」

 篤樹の最初の質問にスレヤーが答える。

「そうですね……うん! 面白かったです!」

「で? お前ぇは何を考えてたんだよ?」

 スレヤーは篤樹が何かを 悶々もんもんと考えていたことを見抜き尋ねた。篤樹は一瞬誤魔化そうかとも思ったが、気持ちを改める。

「なんだか……エルグレドさんは『特別な人』なんだなって……それに…… 三月みつきも……ついこの間まで一緒に遊んでた友だちが、エルグレドさんに魔法術を教えた『大賢者』になってたり、柴田も……何があったのか知らないけど伝説の凄い龍になってたり……遥も妖精王の妹だとか、渋谷……遺跡の地下で見た渋谷しずもタフカに関りがあったりとか……なんだか……みんな凄いなって……」

 スレヤーは篤樹の中にある「まだ隠してる思い」まで見透かしたようにニヤニヤしながら見つめている。篤樹は息を吐く。

「なんだか…… うらやましくなったんです。特別な存在になってる人たちが……僕だけ置いてけぼりになってる気がして……」

「なるほどな……」

 スレヤーは篤樹の本心が 吐露とろされたのを確認すると、満足げに口を開いた。

「でもよ、俺に言わせりゃアッキーだって充分に『特別な人間』だぜ? いや、むしろお前ぇこそが一番特別なのかも知れ無ぇ」

「えっ?」

「リュシュシュの婆さんが言ってたじゃ無ぇか『この世界の終わり』の話をよ。その中心に立つのは誰でも無ぇ『カガワアツキ』だってよぉ」

 それは……確かにそう言われたけど……

「この世界の何をどう終わらせるのか分かんねぇけどよ、アッキー。お前ぇが今、この世界をどうにかする特別な中心人物なんだって事を考えると、俺ぁワクワクするぜ!」

 スレヤーはジッと篤樹を見つめる。

「この世界に最後に現れた伝説のチガセ……そんなお前ぇと一緒に旅を出来るってのは、俺にとっちゃ特別な事だ。一緒に楽しもうぜ!」

「……はい!」

 篤樹は何だかホッとした。自分だけが「ただの中学生」である引け目を感じていたのだ。周りのみんなに置いていかれてるような寂しさ、自分だけが非力で役立たずな存在のような気が。しかし、スレヤーに思いを吐き出し、それを受け止めてもらえたおかげで気持ちが軽くなった。

「さ、もう一度寝るとしようぜ! 数時間でも寝とかねぇと身体がもたなくなる」

 篤樹の様子を確認したスレヤーは、椅子から腰を上げた。篤樹もつられるように席を立つ。

「あの……ありがとうございました! 付き合ってもらって……」

 その言葉にスレヤーは拳を握った右腕を差し出す。

 あっ……

 一瞬戸惑ったが、篤樹も笑顔で右腕を突き出し、握った拳をスレヤーの拳に合わせた。スレヤーはニマッと口端を上げる。

「分かって来たねぇ、アッキー。これで良いのさ、俺たちの関係はよ。楽しく行こうぜ!」

 2人が立つリビングの窓からは、影を映し出すほどに明るい月の光が射し込んでいた。


(第3章『エルグレドの旅』完結)
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