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第3章 エルグレドの旅 編

第 151 話 戦士の末裔

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「フィリーさんの甥っ子さんが、エルフ属戦士の方々の族長に?」

 レイラは興味深そうにエルグレドに聞き直した。

「ええ……フィルロンニさんもお父様から……正確にはおじい様から族長を引き継いでいたわけですし、族長の家系ということなんですね。驚いたのはその家系制度が生きていた事と……なによりも『あの頃』に出会った人物が存命しているということ……嬉しかったですねぇ」

「エルフの寿命から考えればそうですよねぇ。大将がグラディーを出た時に幼かったヴェザって子も400数十歳になってれば十分に一族をまとめる立場にもなってるってことでさぁねぇ」

 スレヤーが納得したように答える。

「でも……そのヴェザが族長なら……どうして人間……人属と争ってるんですか? エグデン軍との戦いでグラディー族は種族を超えて一致協力して戦ったって事も、ヴェザは直接知ってるはずでしょ?」

 篤樹の質問にエルグレドは微笑み頷く。

「全て……あの包囲壁のせいですよ……」


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 エルフ属戦士の森……元々は人属戦士の集落があった場所に、今は200人にも満たないエルフ族が住んでいた。
 エグザルレイはルイス達1隊に連れられ森に入る。伝令からの報を先に受けていたヴェザは森の入口まで出迎えに出て来ていた。だが、当然「歓待」ではなく、疑心に満ちた態度と敵意を全身から発している。

 促されるまま、森の中央広場に立たされたエグザルレイは事の成り行きを説明し、エグデン軍が侵攻してくるであろう危険性を人々に伝えた。

「……にわかには信じ がたいが……お前には確かに見覚えがある……『グラディーの悪邪の子』エル……まさか人属のお前と400年振りに会えるなんてな……」

 ヴェザはジッとエグザルレイを睨みつける。

 見覚え……あなたも……お父様の面影をしっかりと受け継いでいますよ……

 エグザルレイも視線をそらす事無くジッとヴェザを見つめ返す。エルフ属戦士の おさであったフィルロンニ……あの頃の彼と比べて幾分か若いが、それでもその 精悍せいかん面持おももちに「エルフの戦友」の姿を重ね見る。

「コイツの持ち物を調べました。『中』では見た事も無いモノが……」

 ルイスがエグザルレイから預かった旅袋をヴェザに手渡す。ヴェザはチラッとだけ確認すると袋をエグザルレイに投げ渡した。

「昨日の<巨大な砂嵐>の理由は……『壁』の崩壊のおまけだったってことか……」

 ヴェザが静かに呟く。

「『外』の空気が、壁の崩壊で一気に『中』へと吹き込んだのでしょうね」

 エグザルレイが応じるとヴェザはフッと笑う。

「それで? お前は何のためにここに戻って来た? この地に住む者達の息の根をエグデン軍に止めさせるため、奴らの道を開いたのか?」

「な……」

 ヴェザからの思いもかけない問いにエグザルレイは言葉を失った。同時に現状の分析に頭をフル回転させる。確かにあの包囲壁が無くなる事によってグラディー領が解放されるわけではない。むしろ外敵からの「防御」ともなっていた壁を取り除いた事により、エグデンからの侵攻路が開かれる事になったのも事実。だが……閉鎖された空間の中で滅亡の時をただ待つだけであったグラディーの人々を解放したのも事実……

「私は……あの時に果たせなかった務めを……果たすために……」

「余計なお世話だ!」

 言葉を選びながらようやく答えたエグザルレイの声を遮り、ヴェザが叫ぶ。

「お前は……あの時『壁』を作らせないための作戦を父たちにやらせたよな? だが作戦の かなめであったお前が敵の手に倒れたおかげで、多くの戦士達は状況も分からないまま各地で分散しての戦いを強いられることになった。統率された作戦も無く、ゲリラ的な戦いで多くの戦士の命が奪われ……お前がフィリーとこの地を去ってしばらく後には……結局あの『壁』が発動した!……終わってたんだよ……お前の作戦そのものがな。もう……お前に務めなんか無い! 敵に倒された時点でお前の作戦なんか……務めなんか何にも残ってなんかいなかったんだよ! それを……今さら……いい迷惑だ!」

 ここに来て、始めてヴェザが感情を あらわにエグザルレイを大声で責め立てた。

 返す……言葉も無い……

「『グラディー族』は滅亡した……とっくの昔にな。『グラディーの戦士達』なんかもうこの地にはいない。『壁』が出来て最初の100年で……ほとんどの部族が滅んだ。いや……『滅ぼしあった』というべきだな。気候が変わり、木々は枯れ、森は荒野に変わっていった。あっという間だった……部族間で資源の奪い合いが始まるのもな。その引き金になった最初の略奪者は『人属』の連中だ!……父は……最期まで共生を訴えたよ。誰かさんのせいで『人間』に対する信頼をどこかでしっかりと握ってしまったんだ。妹が愛した『人間』の幻想に縛られ……そして裏切られた」

 静かな怒りを込めて発せられるヴェザの言葉に、エグザルレイは切り裂かれるような痛みを感じながらも、ジッと視線をそらさずにいる。

「共生のために協力してくれると信じていた人属の連中に……父フィルロンニは 謀殺ぼうさつされた。エルフを確実に絶命させる残虐な方法でな。だから……俺達は父を殺した人間共が住んでいたこの領域を奪い取った……お前の集落だったんだろ? ここは」

 ヴェザの問いに真っ直ぐに答えられない。代わりにどうしても気になることを尋ね返す。

「……その時……ここに住んでいた人々は?」

 エルフ属戦士の長であり、父であったフィルロンニを謀殺されたヴェザ……エルフ族の者達がその報復に、どんな反撃をこの地にいた人間達に行ったかは想像に やすい……しかし……確かめることもまた……務めだ。

「応戦する者は皆殺しにした……そのことを詫びる気は無い。当然の報いなのだからな。おとなしく投降した連中はここから追放したさ……我々が手を下すまでも無く、他の種族の手にかかったことだろう」

「……今……グラディーに残っているのは?」

 エグザルレイの問いにヴェザは眉を ひそめた。

「今の話を聞いて……同族の仇討ちを……とは考えないのか?」

「ヴェザ……今ここで私がすべき事は君たちと争うことではない。これから先も……ね。グラディー族を……そしてこの村の人達を滅ぼしたのはエグデン軍の包囲壁だ。そんな術を生み出した者達……エグデンを裏から操り、人々の 人生いのちもてあそんでいる者達……私の敵は、常にそいつらだ」

 声に出し言葉を整える事で、エグザルレイは自分自身の気持ちにも整理をつける。
 そう……立ち向かうべき敵、愛する者達の仇はヴェザ達でも無ければエグデンの兵でも『あのエルフ兵』でもない。目先の1つの怒りに支配されてしまい暴走するのは空を打つ拳闘のような虚しい結果しか生み出さないのだ。

 ヴェザはエグザルレイの真意を探るように鋭い視線を向ける。エグザルレイもしっかりとヴェザの視線を受け止めた。

「……フィリーは……今も『その森』の中で樹木化しているんだな?」

 ヴェザが不意に話題を変える。

「ええ……『今』という時間とは少し違いますけどね」

「彼女が……安全な場所で生きているのなら……安心した」

 ヴェザの表情に偽り無き 安堵あんどの色が浮かぶ。しかし、一瞬見せた笑みを消し、諭すようにエグザルレイに語りかけた。

「……状況は分かった。お前はフィリーのもとへ帰る道探しに戻れ。ここにはもう……お前の居場所なんか無い」

「ヴェザ……」

「行け! 人間。そして……もう2度とこの地へ戻って来るな」

 エグザルレイはまだ語り合うべき事があるはずだと思いつつも、それを言葉にまとめて発する事が出来なかった。話は終わりだ……これ以上…… かわし合う言葉は無い。ヴェザの放つ意志を打ち破るほどの言葉は見つからなかった。

「分かりました……」

 ヴェザの目に、一族の長としての固い意志を読み取ったエグザルレイは、彼の指示に従う他に選択肢は無かった。ヴェザに一礼すると、クルリと背を向け森の出口へ向かって歩み出す。

 ヴェザ……すみませんでした……

「おい!」

 広場の端まで進んだエグザルレイの背後から、ヴェザが声をかける。

「フィリー『姉ちゃん』によろしくな……早く『森』への入口が見つかれば良いな!」

 振り返り見たヴェザは、まるで少年の頃のような人懐こさを感じさせる笑みを浮かべていた。父フィルロンニの笑顔とそっくりだ。エグザルレイも笑顔で応えると右手を高く掲げる。

「必ず!」

 そう答え、森の出口へ顔を向けた。

 ええ……フィリーには必ず伝えますよ。そのためにも……あなたたちを滅ぼさせるような真似はさせません!

 エグザルレイの足はグラディーの地をしっかりと踏みしめる。今なすべきことを成さずにこの地を離れることなど出来ない……もう……中途半端な戦線離脱は御免です! 森の出口を通り抜ける頃には、すでにエグザルレイは駆け出していた。

 今こそ……グラディー族の復活の時です!


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「あの『 英雄柱えいゆうちゅう昇華しょうか』があなたの 仕業しわざだったとはねぇ……ホントに驚きだわ」

 レイラが呆れたような溜息をつきながら呟いた。

「なぁに、その『英雄柱の昇華』って?」

 エシャーがレイラに尋ねると、代わりにスレヤーが答える。

「グラディーの悪邪伝説の結びの話さ。400年の間『英雄柱』によって悪邪包囲壁が守られ続けた結果、悪邪共は滅亡し、ついに英雄柱たちもその務めを終える時が来たってね。彼らはエグラシス大陸の南西地を守る 英霊えいれいへ昇華し、今も彼の地から悪邪共の魂が飛び出さねぇようにこの世界を守ってる……ってね」

「えっとぉ……つまり?」

 篤樹が「表の伝説」の「裏の真実」をエルグレドへ尋ねる。

「そうねぇ。一体何をやったのかしら?」

 レイラも楽しそうに尋ねる。

「やるべきことをやっただけですよ。グラディーの戦士としてね。乏しい資源を奪い合うだけの盗賊集団になってしまっていた人属の集落は2ヶ所ありました。それとは別に獣人属系の集落も2つ……グラディーの地にはヴェザ達エルフ族の村人も含めた1500人弱の人々が生き残っていたんです」

 エルグレドの説明にスレヤーが口を挟む。

「1500って言っても……非戦闘員の女や子ども、老人も合わせての数なんでしょ? そんなんでエグデン軍とやり合うのは無理なんじゃ……」

「スレイの言う通りね。でも……『自治領』として今も旧グラディーの地に住む人々がいるってことは……何かやったってことよね?」

 レイラがエルグレドにせっつくように問いかける。

「ええ……まあ……スレイの言う通り戦闘可能な女性や年少者、高齢者を合わせても戦力となるのは1000人もいませんでした。しかもそれぞれの集落が300年近くも互いを敵視して来たワケですから……なかなか大変でしたよ」

 エルグレドは楽しそうな笑顔を浮かべ語り始めた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「あんたの言う通り、確かにあの 忌々いまいましい『壁』は無くなった」 

 右目が潰れている初老の男……人属の集落の1つを治めているバゾビは、右手に握った短剣を左手の平にペチペチ叩きつけながら口を開いた。

「『閉ざされた扉は1人のグラディー戦士により開かれる』……か。予言なんてのは希望を抱かせるための支配戦略としか思ってなかったがな……」

 こちらはまだ若い……と言っても40歳前後の人属の男。もう1つの人属集落を束ねているアイルと名乗っていた。2人の会話を聞き、小馬鹿にしたような笑い声を出し語りだしたのは 狼獣人族ろうじゅうじんぞくの剣士サムルだ。

「人間達の言い伝えなんかに、 はなから希望を持つ馬鹿なんざウチにはいなかったぜ。だから一枚岩でこの世界を生き抜いて来られたんだ。お前ら人間は予言を信じる奴と信じねぇ奴で争ったりしたから、そこまで数が減っちまったんだろ?」

「遠吠えは負け犬の習性だな」

 狼が直立二足歩行をしている 風体ふうていの狼獣人と違い、こちらの半獣人属戦士は人間の上半身が獣化しているような大柄な風体だ。エグザルレイは穏やかな口調で会話に加わる。

「グランさん……サムルさんも。いがみ合うのはやめましょう。グラディーを囲んでいた『壁』は取り除かれました。今はお互いの『隔ての壁』を取り除くべき時です。しかも早急に……ね」

 エグザルレイは4つの集落をそれぞれ治める男達を前に、嬉しくてたまらない気持ちになっていた。グラディーの戦士達が……厳密にはその 末裔まつえいであり戦士そのものではないにせよ……こうして共に集まり、一つの目的のために戦う姿、その「空気」に故郷への帰還を実感する。

「すんません、戦士様……つい……」

 グランは頭を掻きながらエグザルレイにお詫びの言葉を述べる。

「ったく……半獣の奴には良い『ご主人様』が出来てよかったなぁ」

 サムルは尚も悪態をついた。

「サムルさん!」

 その態度に、エグザルレイが一喝の声を出す。サムルは「ビクッ!」と身を震わせ、耳と尻尾を下げる。

「いや……その……俺も長らくの習慣っていうか……つい……」

「お互いに気を付け合いましょう! 良いですね?」

 サムルとグランは互いにチラっと目を向けたが、これ以上何も言い争うつもりは無かった。獣人系属特有の「相手の力量を測る本能」が、エグザルレイの圧倒的な力を前にし、完全に戦意を委縮させてしまっている。

「とにかく……エグデン軍の先遣隊を 蹴散けちらすことが出来ました。圧倒的な大勝利です。とは言え、彼らはこちらの様子を何も分からないまま進軍してきただけですから、敵の存在を知っていた私たちが圧倒的に有利でもあった戦いです。次はあちらも態勢を立て直し……数倍・数十倍の戦力をもって攻めて来るでしょう。戦い方を考えねばなりません。よほどの秘策が無ければ……数的にはかなりの苦戦が予想されます」

 エグザルレイはそう言うと、4人の顔をそれぞれ見渡す。バゾビがアイルと目を合わせて頷きあう。エグザルレイは2人の人属の長達に何か考えがあるのかと感じ、視線を向けた。その視線に目を合わせ、アイルが口を開く。

「秘策になるかどうか分からねぇけどよ……『予言者の声』を聞きに行くか? ウチの村へ」
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