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第3章 エルグレドの旅 編

第 126 話 作戦会議

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「その頃から『戦略家』でいらしたのね、エルは……」

 レイラはエルグレドの話の間に 厨房ちゅうぼうかしていたお湯を持ってリビングに戻りながら声をかけた。

「その人が……エルが馬車の中で名前を呼んでた……フィリーさん?」

 エシャーも口を はさむ。 篤樹あつきとスレヤーは、今のエルグレドからは想像出来ない「純情な青年エグザルレイ」の姿に何と言うべきか分からず、ただモジモジとしている。

「……ええ……フィルフェリー……私が 生涯しょうがいで初めて愛した女性であり、唯一愛する女性です」

 エルグレドは動じる事無くにこやかに答えた。発言に困ったスレヤーは自分の得意な「戦闘分野」の話に引き戻しにかかる。

「えっと……そのぉ……結局、その前線防衛でエグデンの『壁作戦』ってのは阻止出来たって話でしょ?……でも……実際には『グラディーの 悪邪あくじゃ』を ふうじ込めることにエグデンは成功したって歴史が……」

 エルグレドは うなずきながら応じた。

「そうですね……グラディー領の北西部は前線を守っただけでなく、むしろ敵の前線を押し下げるほどの戦果を出せたんですが……東部の前線が破られたんですよ。北西部の5倍以上の戦士達が 総崩そうくずれとなり、前線の後退を 余儀よぎなくされ……結局、私達が守って来たグラディー領は4分の3ほどまで 縮減しゅくげんしてしまいました……」

「『壁』の発動条件が整った……とういうことかしら?」

 レイラがコーヒーのような飲み物を れつつ確認する。エルグレドはレイラが注ぐお湯の筋をジッと見つめながら言葉をつなぐ。

「……東部の戦士達の中からも、法術士が数十名規模きぼで 拉致らちされていました。エグデンの戦略として『壁』を作る準備は着々と進んでいたんです。……薬によって意識を操られた 義兄あに達グラディーの法術戦士達は……5人1組に『結び合わされ』ていました……法力を奪い取るための特殊な管を体中にされて……」

 法力を奪うための……管? 篤樹はその場面を想像してゾワッとした。

「その管を1つに合わせて法力を吸い取る者……それが……ユーゴ魔法院が準備した特別な法術壁を作れる法術士……表の歴史で『 英雄柱えいゆうちゅう』と呼ばれている20人です」

 エルグレドは奥歯をグッと噛み締めながら、両手を目の前で合わせ祈るように指を組み親指を唇に当てた。

「……姉達家族の幸せをそのような形で盗んだ者達が……英雄として今なお たたえられるなんて……私には耐えられません……」

 エルグレドからはこれまで感じた事の無い憎悪と殺気が にじみ出している。一同はしばらくそんなエルグレドの気持ちが収まるのを待つ。

「……さ、『ピピ』が入ったわ。ひと息入れましょう」

 レイラが「ピピ」と呼んだ飲み物は、やはりコーヒーにそっくりだと篤樹は思いながら、渡されたカップをスレヤーに回す。

 でもこれが「コーヒー」なら先生の言語適用魔法で変換されるはずだけど……ま、いっか……

「すみません……ちょっと……気持ちが高ぶってしまいました……」

 エルグレドはピピを数口飲むと恥ずかしそうに一同を ながめて謝った。

「そりゃ……当然ですよ。何百年経っても……ねぇ?」

 スレヤーが同意を示すと、他の3人も頷いた。エルグレドは一呼吸置き話を続ける。

「……東部の前線が破られ……部隊が後退しているとの急報を受けた北西部隊は、3分の2の人員を残し、あとは援軍として東部に向かいました。……東部の前線から後退して来た部隊と途中で合流したんですが……」


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「エグデンの奴ら、エルフを仲間に引き入れてやがる!」

 東部のグラディー戦士達と合流した北西部の戦士達に、最初にもたらされた情報は驚くべき内容だった。

「ま……まさか! 北のエルフ達が?」

 フィルロンニが真っ先に聞き返す。

「北の……かどうかは知らねぇが……とにかくお前らと同じエルフだよ!……お前らの村から寝返った者がいないってんならな!」

 東部軍戦士は自分でも おさえようのない 苛立いらだちを抱えた声で答える。フィルロンニもつい感情が高ぶる。

「ふざけたことを言うな! 我が部族は誇り高きグラディー戦士の一族だぞ! 寝言でも裏切り者がいるなどと疑うな!」

 互いに食ってかかりそうな 険悪けんあくなムードになっているのを感じ取り、言い争いの場へ周りの戦士達が集まり始めた。

「敵方に付いたエルフというのは……大陸北部のエルフ族なんですか?」

 エグザルレイが場の空気を変えるためフィルロンニに質問する。

「恐らく……エルフ族協議会ってのは北部のエルフ達が中心になって作った組織だからな……エグデンとのパイプも開いているのだろう」

 まだ東部の戦士を にらみつけながらではあるが、フィルロンニは口調を整え質問に答えた。その質問を補足するように、ピスガがエグザルレイの肩まで駆け上り口を開く。

「フィルロンニの見立てで多分間違い無ぇな。エグデンは数年前からエルフ族協議会の連中にも大陸統一への信任を取り付けるため使者を送っていたからな。……人間達が きずいている国の動向を、エルフ族協議会の連中も気にしてたみたいだし……恐らく、今回の『法術壁によるグラディー領封鎖計画』が成功すればエグデンの勝利が確実になると見て、共和国制移行後も自分達の影響力を保つために参戦して来たんだろうよ」

 ピスガの説明でその場にいた戦士達は皆、今回の東部戦線に加わっているエルフ兵は北のエルフ族だろうとの確信を持つ。

「……ヤツラはお前らと同じで『伝心』を使う。おかげで戦線は大混乱さ!……作戦の伝達スピードが全く違うんだからな。俺たちの作戦は後手後手さ……」

 東部戦士は くやしそうに訴えるとフィルロンニから顔を背《そむ》けた。別の東部戦士が口を開く。

「それだけじゃない! エルフ兵は法術を使う。見た事も無い攻撃魔法だ。これまでのエグデン法術兵とは比べものにならない、速くて強力なやつだ……あんなの…… 対処たいしょのしようが無ぇよ……」

「攻撃魔法?」

 エグザルレイはフィルロンニに顔を向けて尋ねた。しかしフィルロンニ自身も驚いた表情を見せている。

「……それほど強力な攻撃魔法など……我々は知らんぞ?……どういうことだ……」

「とにかく……」

 別の東部戦士が加わって来た。

「東部方面の前線はこのすぐ先まで後退させられて来た。やつ等がさらに追撃してくるかと思い わなを仕掛けてはきたんだが……この先5km地点くらいから全く入って来ない。恐らく……やつ等の『壁作戦』を実行出来る距離が確保されたんじゃないかと……」

 状況から見れば確かにその 推測すいそくは正しいだろう。エグザルレイは今から打てる手はないかと考えを巡らす。

「……北西部の作戦が失敗した事を知った上で、それでも東部の押さえ込みを終了したとなれば……あとは『壁』を作るための かなめとなる『柱』を配置する段に入っているということ……ピスガさん!」

 エグザルレイはピスガに情報を求める。

「『柱』は全部で何本立てるつもりでしょうか?」

「え? おいおい……そんな……いきなり。えっと……ちょっとまてよ……確か……最低20は必要なはずとか……」

 ピスガは あわてて情報を整理しエグザルレイに伝える。

「20人……今のグラディー領の広さから考えると……大体25km間隔で立てる感じですね……」

 エグザルレイは東部戦士に顔を向ける。

「東部の司令官と話をしたいのですが……フィルロンニさんも一緒に……いいですか?」

 東部戦士は了解し、2人を連れて東部前線指令を置いている森へ向かって行った。


―・―・―・―・―・―


「……という事で、すでにあちらは囲い込み作戦を開始しているものと思われます。その要となる『柱』は約25km間隔で配置されるものと思われます」

 エグザルレイは計画をそれぞれの司令官に説明した。

「その『柱』を可能な限り潰せば……」

 エグザルレイは東部方面司令官の人属グラディー戦士を見つめて語る。

「『柱』が減れば、エグデンは囲い込みに必要な法術士を補充する必要が生まれます。つまりその間はこの作戦を止められるはずです。場合によっては……断念させられます」

「だが……エル。『柱』ってのはこのグラディー領全域を囲むための法術壁の要だろ? ヤツラだってうかつにやられないよう、手を打ってるだろう?」

 フィルロンニが 懸念けねんを伝える。

「……そうです。だから恐らく敵が前線をさらに押し進めて来ないのは……それぞれの『柱』を守るための兵を いているため……つまり前線は今、ヤツラが追撃してきた時よりも格段に人員が減っていると思われます。……とは言え、こちらは東部部隊と北西の援軍部隊を合わせても7千人を超える程度。東部を攻めてきたエグデン軍は1万以上の兵力だと聞いています」

 エグザルレイは東部方面司令官に確認するように目線を向ける。

「確かな数では無いが……これまでに無い規模で攻めて来た。 偵察ていさつ勘定かんじょうでは1万と数百人の規模だと……」

「やつ等が……」

 エグザルレイはその答えを確認すると 作戦概要さくせんがいようを続けた。

「前線にどれだけの兵を残しているのか……現時点では不明です。でも、少なく見積もっても6千人は残しているでしょう。せっかく押し下げた前線を押し返されては、あちらも元も子も無いですから。そして残りが……」

「『柱』の 護衛ごえいに充てられてる……ってわけか……」

 フィルロンニが反応し応じる。

「約5千人の兵が護衛に付いてるのか……」

「いいえ」

 フィルロンニの呟きにエグザルレイは即座に応えた。

「柱は20です。それぞれに兵を割くでしょうから、単純に考えるなら1つの柱には250人……多少の差を考えても200から300の護衛がつくと考えられます」

「200から300……か」

 東部方面司令官が復唱すると、フィルロンニもハッと目を見開く。

「我が方も、これ以上前線を押し込まれては困ります。なので、このまま前線には5千人規模で防衛隊を残す必要はありますが……それでも約2千人は『柱』を破壊する作戦に てられます」

 エグザルレイの作戦を理解し、活路が見えて来た両司令官の顔にも笑みが浮かぶ。その表情を確認し、エグザルレイはさらに作戦を説明する。

「『柱』1つあたり200から300人の護衛がついていると考え……こちらはその何倍の戦士で襲撃を行うか……その数によって『柱』を何本くだけるかが決まります」

「襲撃に200人ずつを充てれば……10本か……」

 東部方面司令官が答える。しかし、すぐにエグザルレイは考えを示す。

「『柱』は確実に潰す必要があります。敵の護衛が最大見込みの300人なら……それを上回る人数が必要です。1本当たり500人の襲撃部隊で……4本。それでも囲い込み線を100km分奪えます。……可能な限りで確実に獲りに行く……という作戦です」

「……良いのか?……お前はそれで」

 エグザルレイの提案にフィルロンニが意味深に尋ねた。東部方面司令官はその問いの真意が読めず首を かしげる。エグザルレイは決意をもった表情でフィルロンニを見つめ返し頷く。尚もフィルロンニは確認する。

「バロウは……お前の 義兄あにはどの柱につながれているか分からんのだぞ?……4本なら救出確率は5分の1にしかならんぞ?……襲撃後は敵の『柱』護衛体制も強化されるだろう。そうなれば……バロウを救い出せる確率はさらに大きく下がることになる……いいのか?」

 フィルロンニの言葉を受け、東部方面司令官も事情を察知した。

「……君の義兄さんも……拉致された法術士の中に?」

「……はい」

 エグザルレイは東部方面司令官の問いに答える。

「しかし、今はグラディー領を守る事が急務です。作戦に私情を優先することは出来ません……義兄については……今回選択する4柱の中に捕われている事を願い、実行するまでです」

 エグザルレイの覚悟が固い事を確認したフィルロンニは、厳しい表情のまま頷いた。

「分かった。……では……早速部隊の編成に取り掛かろう。それと……やつ等が『柱』をどこに据えるつもりなのか、即時偵察隊を出さねば……な」

 3人は作戦会議を終えると、それぞれの部隊編成に駆け出して行った。
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