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第3章 エルグレドの旅 編

第 120 話 作戦

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 巨岩の物見場に上ったエグザルレイを迎え入れたのは、見た目50歳くらいの1人のエルフ戦士だった。実際には500歳前後ということか……

「聞こえたよ……。お前が『悪邪の子』か? エグザルレイ・イグナ……エル」

 エグザルレイはただ笑顔で頷き、尋ねる。

「戦況はどうです?」

「……防衛線共闘では戦士……ウチの戦士達も世話になったそうだな……」

 エルフ戦士は尚も話しかける。エグザルレイは笑顔のまま顔を向けた。

「共同防衛線ですから……自分の持ち場の敵を 排除はいじょしていった結果です。直接エルフ戦士の方々をフォローしたことはありませんでしたよ。で、前線はどうなっていますか?」

「ん……ああ……」

 エルフ戦士は前線方向に目を向けた。

「……見たまんまだよ……どういうつもりなんだか……」

 エグザルレイも目を らして前線を見る。すぐに目に入ったのは3基の投石機と、それを操作している9人のエグデン兵の姿……いや……少な過ぎる……違う?

「あれは……」

「オーガだよ……鬼人種ってヤツだ。どこで見つけて引っ張って来やがったのか……」

 すでに 絶滅ぜつめつしたと言われている「伝説の巨人種」と比べれば小さいのかも知れないが、 まわりでチョロチョロと動き回っている小動物らしき者達が人間だとすれば、ゆうに3倍以上の大きさだ。
 投石機もこれまで前線で見かけたものの5倍ほどの大きさという事になる。

 だからあれほどの岩弾を、これほど内部まで撃ち込んでこれたのか……

 エグザルレイはまず敵の新しい武器を確認すると、今度は前線に定めている平地部の森に目を向けた。何ヶ所かで煙が立ち上っているのが見えるが、木々の葉に さえぎられ、その下の戦況は確認出来ない。ただ、森の切れ目……前線の最前ラインに群れているエグデン兵達が進んだり戻ったりを繰り返していることから、 いまだ前線は破られていない事を確認する。

「どうやら……今回ばかりはエルフ属戦士と人属戦士も『直接共闘』で応戦しているみたいですね……」

「まあ……あの数じゃな。……持ち場だの領域だの言ってられ無ぇだろうさ……。だからここの共用も俺の権限で許可した。さて……どう迎え討つ? お前なら……」

 エルフ戦士はエグザルレイがこの戦況でどんな戦略を考えるか尋ねた。エグザルレイは前線を見つめたまましばらく考える。

「……あのオーガと投石機はまず つぶすべき目標です。しかし物理的には むずかしいでしょう。……オーガ達が自分の意思でエグデンの手下で働くとも思えません。何らかの方法でオーガの意識を支配しているものと思われます。ピスガさん……」

 エグザルレイの呼びかけに、薬草袋からピスガが顔を出す。

「どうした?」

「うわっ! 何だよ、ピスガ……また来たのか?」

 思いがけない場所から顔を出したピスガに、エルフ戦士が声を上げた。

「うるせぇなぁ……色々事情があんだよ!……で? どうしたよ、エル」

「オーガは言語を かいしますか?」

「ん? オーガ?……う……ん、まぁ、普通は言語を使わないだろうなぁ……」

「……では、エグデンの法術士が例の薬を使っても意識支配は出来ない?」

 ピスガはエグザルレイの確認したい 事柄ことがらを理解し、首を横に振る。

「いや…… ようは『指示』を理解させれば良いわけだから……オーガ自身が言語を しゃべれなくても、法術士の指示を理解させれば良いだけだ。石を持てとか、せろとか、引っ張れ・手を離せとか、そんな単純な指示ならオーガにだって理解はさせられる……あれの事か……」

 説明をしながら前線に目を向け、巨大投石機と9体のオーガをピスガも確認した。

「オーガが自ら進んでエグデンに協力なんてするワケは無ぇ。……操作法術士は居る……間違い無ぇな。少なくともそれぞれの投石機の傍に、オーガの数だけはいるはずだ!」

 ピスガは確信に満ちた声を上げた。エグザルレイはその言葉を聞き頷くと、エルフ戦士に顔を向ける。

「……という事で、オーガを操作している9人のエグデン法術兵をまず第一のターゲットにします。一度に全員は無理でも……法術兵の支配を かれたオーガは自分の本能に従った行動を始めるでしょう。そうなれば、投石機周りからエグデンの陣形は混乱し崩《くず》れるはずです。その機を逃さず、一気に全グラディー族戦士が追撃を加えれば……」

 エグザルレイの作戦を聞いたエルフ戦士は大きく頷いた。

「作戦は我々エルフ属戦士の中継伝心を使えば、ものの数分で前線全てに伝えられる。今回は人属戦士との共闘という事で、情報を人属前線とも共有するように伝えよう。……指示をもらえるか?」

 エグザルレイは前線の森に目を向けた。数本の立ち上る煙……人とエルフでの共闘戦略……

「ピスガさん……ヤツラはなぜ今回、このような 強硬きょうこう戦略に出たと思いますか?」

 エグザルレイは敵と味方の動きをシミュレーションするための材料を集める。

「そりゃ……例の『壁』で囲い込む準備が出来たってことだろ?」

「いえ……準備が出来たのなら実行すれば良いだけのはず……それなのにわざわざ 稀少きしょうなオーガを使ってまで前線を攻撃してきた理由です」

「だから、そりゃあまだグラディー領全部を囲うには『壁』が足り無ぇんじゃねぇか? 言っただろ? 法術士が足りねぇからヤツラはかき集めてるってよ!」

 準備は出来ているが出来ていない……つまり、あちらの「囲い込み作戦」で使える法術士の駒は、現時点ですでに最大数。その数で囲い込めないから、囲い込めるだけの面積までグラディー領を強引に縮小させようとして総力戦に出て来たという事か……それなら……

「オーガの投石機は固定式ではなく車輪が付いています。という事は、ヤツラは前線を押し下げるために今回の攻撃を仕掛けてきたと考える事が出来ます。こちらの前線が下がればヤツラは前進してきます。……少なくともオーガ投石機も森の境界線近くまで進めてくるはずです」

 エルフ戦士はエグザルレイの作戦の全容がまだよく分からないで首を かしげる。

「あえて前線を下げるんです! そうすればオーガも投石機も森ギリギリのラインまで近付いて来るはず……場合によっては森の中まで入って来る可能性もあります。……現在、最前線に居る戦士が 伏兵ふくへいとして最前の森に残り隠れるんです! その後、こちらの前線を下げ、出来る限りヤツラを森のそばまでおびき寄せれば……オーガを操作している法術兵を、伏兵となった戦士達が直接討つことが可能な距離までおびき寄せ、討ち取ります!」

「……伏兵を残して偽の 撤退てったいの わなを仕掛ける……ってことか」

 エグザルレイは頷く。

「撤退をする戦士達には、森の中でなるべく多くの煙幕を仕掛けてもらうようにします。今の風向きは北に流れてますから、伏兵達が身を隠す助けにもなるはずです。エグデンにしてみれば、こちらの悪あがき程度にしか思われないでしょう。……ただ…… ひそませる伏兵には是非、エルフ戦士の中から弓の名手方をお願いしたいのです」

「我々の弓手をだと?」

 エルフ戦士の 声色こわいろが変わる。それもそのはずだ。伏兵は作戦が見破られれば、一気に数百人規模の敵に取り囲まれるリスクを負う任務だ。つまり、失敗しても逃げ場の無い役であり、たとえ成功しても、タイミングが悪ければ結局は敗走して来る敵に囲まれ殺されてしまう。そんな危険な配置を「人属戦士」が「エルフ属戦士」に願うというのは、あまりにも無責任に思われても仕方が無い。

「……失敗出来ないからこそ……です。この作戦……人属の弓手では難しいと思われます」

 エグザルレイはそれでも素直に頭を下げて願い出る。

「エルフの弓手は人間の弓手の10倍の力を持っています。その強さも距離も精度も……人属の弓手では足元にも及ばない事は ゆるぎ無い事実です。だからこそ、一定の距離から敵の法術士を確実に つために……エルフ戦士の弓手が必要なのです!」

 真っ直ぐにエルフ戦士の目を見つめ、エグザルレイは思いを伝えた。エルフ戦士はしばらくエグザルレイの真意を読み取るようにジッと視線を合わせる。

「……分かった……作戦を前線に送ろう。……但し、判断するのは前線の弓手達自身だ。志願制とさせてもらう……足りない分は人属からの弓手や剣術戦士を出してもらうぞ。良いな?」

 エグザルレイは大きく頷いた。エルフ戦士は伝心の力を高めるように両手を額に当てながら視線をエグザルレイに向ける。

「……一応……悪邪の子が『エルフの弓手は人間の弓手の10倍優れてるからこその配置案だ』と言っていたことも添えて伝えておこう……」

 そう言うと笑顔で目を閉じ伝心を送る。
 エグザルレイは前線の動きに目を向けた。弓手は一定の距離を置いた攻撃にこそ力を発揮する。……しかし……エグデン兵はその弓手のすぐ そばに集まる状態になるだろう…… 樹上じゅじょうや下草に身を隠したままとは言え、オーガを操作する法術士を矢で討てば、当然、近くに居るであろう戦闘兵からの反撃を受ける事になる……。弓手の傍に、護衛となる剣術士が行かなければ……

「送ったぞ……判断を待つか?」

 エグザルレイは一瞬迷った。作戦を受け入れて動き出すならすぐにでも剣術士が……自分が前線の伏兵護衛に行かなければ間に合わない。しかし作戦提案が却下されるなら、前線に急ぎ行くよりも次の手をここで考えるべきか……いや!

「……行きます。どうなろうとも……前線で敵を迎え討ちます」

 エグザルレイは物見台を離れると、岩の足場を滑る様に降りた。下で待っていたフィルフェリーと2人のエルフ戦士がエグザルレイを見つめる。すでに伝心で作戦内容は伝わっているようだ。

「私も前線に行きます。弓手の護衛が必要になりますから……」

「私も行きます!」

 エグザルレイの言葉にフィルフェリーも即座に反応する。

「……提案した作戦がどうなるか……伝心が使える私が一緒ならお役に立てるでしょう?」

 フィルフェリーの目は真剣だ。エグザルレイはここで押し問答をするつもりもない。

「では……私の足に合わせてついて来ていただけますか?」

 そう言うと前線に向かって一気に駆け出す。フィルフェリーも指示通りエグザルレイの後を追って駆け出した。

「フィリーのヤツ……まさかあの人属に惚れたか?」

 2人の背後を見送ったエルフ戦士が呆然とした顔で呟いた。

「……あんなにシャキシャキ意見を言えるヤツだったとはなぁ……」

 エルフ戦士達は、すでに2人の影も形も見えなくなった森を見つめながらニヤニヤと笑顔を浮かべていた。


―・―・―・―・―・―


「……エルさん、伝心です!」

 森の斜面を駆け下るエグザルレイの背後から、フィルフェリーが声をかけてきた。

「……エルで良いですよ。『さん』は不要です。あと、敬語も要りません。私のほうが年下なのですから……それで?」

 エグザルレイは足を ゆるめる事無く、口元に笑みを浮かべながら応答する。

「あの……まだ慣れていないので……。あ! それより、作戦の提案が受け入れられました! 最前線にエルフ属戦士の弓手が6人と、それぞれの護衛に2人ずつの戦士……人属戦士とエルフ属戦士が付いて 潜伏せんぷくします。準備が整ったら他の前線部隊は後退しつつ煙幕を張るそうです」

 最高の形に整えてくれましたか……護衛が2人ずつ付くのなら、何とか持ち こたえられるはず……

「……分かりました……他に何か動きがあれば、また教えて下さい……それと……」

 エグザルレイは足を止めた。フィルフェリーも驚いたようにそれに従って立ち止まる。

「あの……どうしました?」

「フィリーさん……私は作戦開始に間に合うように前線に向かい、そのまま最前線の伏兵援護に入ります。……さすがにそこまであなたに付いて来られるのは困ります。ですから、あなたは後退してきた前線部隊と合流していただけますか?」

 エグザルレイは優しい口調で、しかし、有無を言わせない厳しい思いを込めてフィルフェリーに今後の動きを伝える。フィルフェリーはジッとエグザルレイの目を見つめて応じた。

「……分かりました。後退して来た前線部隊に一旦合流します。……でも策がうまくいって再度前線部隊が前進する時には一緒について行きます」

 エグザルレイはフィルフェリーの目に固い決意を読み取る。

「……安全が確保されている範囲で行動して下さいね……お兄様の近くか……とにかく、戦士の傍に……あなたは……戦闘兵では無いのですから……」

 フィルフェリーは微笑み頷いた。

「……では、散開の合図でそれぞれの場に向かう、という事でいいですね? 行きましょう!」

 エグザルレイは再び森を駆け始めた。しばらく進むと、再びフィルフェリーが戦況を伝える。

「エル……さん、伝心です。……前線部隊が後退を開始しました!」

 え? 全体の動きが予想よりも早い……エルフ属戦士達と人属戦士達の連携がスムーズにいくのは良い事ですが……これでは弓手方の攻撃開始から、かなり遅れて最前線に着く事になってしまう……

 エグザルレイは焦りを感じた。もちろん各弓手には2人ずつの護衛が付いたのだから、ある程度の時間稼ぎは出来るだろう。だが、エグデンの戦闘兵は千人以上はいたはずだ。12人の戦士では、物量で囲まれたらひとたまりもない。……誰かがタイミングを計って敵の前線をかく乱しなければ……

「エル……さん? あの……ねぇ? エルさん!……エル! 聞こえてますかっ!?」

  けわしい表情のまま無言で走り続けるエグザルレイに たまりかね、フィルフェリーが声を あらげて呼びかける。

「え……あ……すみません。ちょっと考えをまとめてまして……」

「どうしたんですか?」

 エグザルレイは一瞬どう答えるかを迷ったが、ありのままに懸念を告げた。

「……最前線への……伏兵の傍へ行く近道は無いかと思いまして……。少々……作戦の展開が早いので、私の足では間に合いそうも無くなって来まして……」

「近道……ですか?」

 フィルフェリーは何かを考えている。その気配をエグザルレイは背後に感じた。

「何か……ありますか? 方法が……」

 エグザルレイは足を緩め、フィルフェリーに振り返る。

「……空を……飛べば……」

 フィルフェリーの提案にエグザルレイの足はさらに速度を落とし、完全に立ち止まった。

 空を……飛ぶ?

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