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第2章 ミシュバットの妖精王 編
第 99 話 変化
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「……なんだ貴様は?……人間……か?」
タフカは篤樹を睨みつけ訊ねた。
やべぇ……やべぇよ! ちょっと傷付けるだけじゃなくて……「腕」切り落としちゃった!
篤樹はタフカの質問も耳に入らず、自分が握っている 成者の剣の剣先と、石畳に落ちたタフカの右腕を呆然と見つめたまま動けなかった。
「質問に……答えろぉ!」
タフカは篤樹が剣を構えている両肘を右足で蹴り上げる。腕が弾かれた衝撃で篤樹は後ろに数歩下げられたが、右手で握りしめた成者の剣はしっかり離さない。
「賀川ー!」
駆け寄って来た遥が、篤樹とタフカの間に立ち両手を開く。その顔は……篤樹に向けられ睨みつけている。
「お……お前……なんしよんじゃ!? 兄さまの腕……切り落とすとか!」
え……いや……そんなつもりじゃ……
篤樹は呆気に取られた表情で遥を見つめる。
「……ハルミラル……その男、お前が連れて来たのか?」
遥は振り向きタフカに頷くと、すぐに屈んで石畳に落ちているタフカの腕を拾い上げた。
「ウチ……ウチ……ごめん、兄さま……」
「……ハルミラル。そのおかしな話し方は、王の妹として相応しくないと教えたはずだ。それに……」
タフカは無表情のまま語りかけ、左手を遥の頭の上に乗せた。
「ティアラも曲がっているではないか……。ドレスも……汚れている……」
遥はビクッと身体をこわばらせる。タフカはティアラの歪みを直す。
「……兄さま……ごめん……まさかこんな……」
「その話し方をやめろ。ハルミラル。分かったか?」
遥が両手で持ち上げている自分の右腕を、タフカは無造作に受け取った。
「あ……ごめん……なさい。お兄様……」
タフカは左手で受け取った自分の右腕を、肘の上辺りの切り口に合わせてジッとつなぎ目を見つめた。
「切れ味の良い剣だな……おかげで結合もスムーズにいく……」
数秒間の「結合処置」後、タフカは感覚を確認するように右手指の開閉を繰り返す。
治癒魔法も……使えるんだ……この人……
篤樹はタフカの回復を見届けると、思い出したように再び剣を両手で握り構えた。
「ほう? やる気か……。だが、少し時間をやるから自分の死を祈って待っていろ。……ハルミラル、あれは何だ?」
タフカは王宮前石畳広場3箇所に倒れている怪我人それぞれに、数名の妖精が散らばって医療魔法を施している姿を見渡し、遥に尋ねた。
「怪我の……治療を指示しました。私が……」
突然、タフカは右手甲で遥の顔面を張り飛ばした。2mほど飛ばされた遥は石畳の上に倒れる。篤樹は咄嗟に遥へ駆け寄り支え起こす。
「何をするんだ!」
「黙れ! 自分の死を祈って待てと言っただろうが!……ハルミラル、今すぐにあいつらをやめさせろ!」
遥は鼻血が流れ出た鼻を押さえる。唇も切れたのか、口元にも血が滴っている。
「……出来ません」
「ほう……。いい加減にしろ! お前も……あいつらも……そこの男も……俺の言う事を聞けぇー!」
タフカはそう叫ぶと両腕を広げた。両手の指先から黒い紐のようなモノがユラユラと数十本伸びている。
あれは……色は違うけど……絶対死の攻撃魔法!
篤樹は遺跡入口で見たタフカの攻撃を思い出した。遥もタフカが何をしようとしているのかに気付くと大声で叫ぶ。
「やめて下さい!……あの子らはお兄様の事が大好きなんです! これ以上、あの子らを傷付けないで!」
「ならばなぜ私と共に蜂起しない! この地で人間たちによって行われたあの妖精殺し……いや……妖精達への陵辱と身体破壊を知りながら、なぜ地上から人間共を消し去るという私の望みに従わない!」
遥は言葉を返せずに口を閉ざす。タフカの怒りの源……人類滅消を願う思いの強さを知っているからこそ言い返せなかった。
「お前だって分かっているはずだ! 人間は『過去』に過ちを犯しただけではない……。ミシュバットの人間を消し去って2000年……今も尚、奴らは我々妖精族を自分達の道具として利用しようとしているではないか! なぁ? ハルミラル。お前の身体を奪ったのは……あそこにいる男なんだぞ!」
タフカは視線をエルグレドに向ける。
「全ての妖精たちの怒りと憎しみ、受けた苦痛の報いを今こそ人間共に返す時なのだ!」
絶叫にも似た宣告と同時に、タフカは絶対死魔法を放った。数十本もの黒い紐状の法撃が、広場を駆ける。
「やめてー!」
人間も妖精も関係無く、無差別に放たれたタフカの法撃に、遥は両手で目を覆い叫んだ。数秒後、指の隙間からゆっくり目を開き状況を確認する。
「ほう……法力を無駄に早く失うだけだぞ? 王子様」
タフカの攻撃はエルグレド達の手前で向かうべき 的を見失い、ウロウロと宙をさまよっていた。左腕を真っ直ぐタフカに向け、エルグレドは繰り出した防御魔法壁を維持している。
「人間を……地上から消し去る事が……妖精王の望みですって?……愚かで小っぽけな王様……ですこと……」
3人の妖精達に囲まれたレイラも半身を起こし、防御魔法を発現したままタフカに語りかけた。
「ふん……エルフか……。同じ妖精の仲間でありながら人間共にこびを売り、賢者気取りでダラダラ生きているだけの貴様らに何が分かると言う」
レイラはまだ回復仕切れていない弱った身体で、ゆっくり立ち上がる。
「……妖精王から生まれるのは……夢と希望に満ちた……妖精達じゃなかったのかしら?……ここに来る途中で……あなたから生まれた子達とお会いしましたわよ……。今のあなたから生み出されるのは……夢でも希望でもない!……憎しみと哀しみに満ちた、絶望の 骸達だけですわ」
「この……死に損ないが!」
タフカは左腕をレイラに向け、周囲に居る女児妖精もろとも目がけ絶対死魔法を再び撃ち出した。しかし、レイラと女児妖精たちに駆け寄ったモンマたち「男児妖精」3人が、新たな防御魔法壁を作り出しその攻撃を防ぐ。
「どかんかぁ! クソガキどもがぁ!」
タフカの目が怒りに燃える。しかしモンマ達は必死に防御魔法壁を築き続けた。
「王様ぁ……もうやめて下さい!」
モンマは泣きながら訴《うった》える。他の2人も、レイラの治療に当たっている3人の女児妖精達も、涙を流しながら治癒と防御それぞれの魔法を続けた。
「タフカ……お前にはこの子達の気持ちが分からないのか?」
エルグレドが問いかける。
「こいつらの気持ちだとぉ?」
視線をエルグレドに向けたタフカは両手を振り、繰り出していた黒い紐状の法撃を両手の指先に戻した。
「お前の憎しみと哀しみ……過去のミシュバットで起きた……人間から受けた凌辱という悪夢の記憶……何度転生しても消えることの無い怒りと憎しみを……お前はこの子達にまで押し付けるのか?」
周囲に集まる妖精たちからの治癒魔法を受けつつ、エルグレドはゆっくり立ち上がる。
「過去に起きたおぞましい事件……ミシュバットの民が犯した罪は確かにお前の言う通り許されざる悪行だ。だからお前は……いや……『先代王のお前』は裁きを下したのだろ? 犠牲となった妖精達全ての憎しみを受け止め……この地の人間全てに報復の死を与えた……」
「そう!……しかしそれは過去の話ではない! 人間は……人間というバケモノは、未来永劫、永遠に許されざる悪の種族なのだ! 永遠にその罪を負い続けるべき者なのだ!」
「だから……滅ぼすんですか?……罪も無い……『今』を生きている人々まで……」
遥を支えている篤樹が、タフカの背後から問いかけた。
「……小僧……黙ってろと……」
「あなたの計画……地上の全ての人間を滅ぼすために、あなたの憎しみを 妖精達にまで押し付け、その血肉を人間に取り込ませ……全てを……殺すものですよね」
タフカは篤樹の言葉に驚きの表情を見せ、怒りの視線を遥に向ける。
「……貴様……どこでそれを……ハルミラル!」
「違います!」
篤樹は遥に矛先を向けたタフカの言葉を遮る。
「記憶の……地下の水晶鏡で『記憶の伝心』を見ました! 2000年前の……あなたが行った『最終転生の力』も……。妖精の血肉を喰らった人間は、妖精の死と共に死ぬ……木霊となって消え去るんですよね? そんな復讐魔法を選び取ったあなたと、妖精達の怒りと悲しみと痛みを……僕は『見て』来ました!」
「見た……のか? そうか……あの忌まわしき日を……『見て来た』のだな? それで!? 貴様ら人間に、それでも存在する資格があると思うのか? それでも私が成そうとする人類滅消を間違った行為だと言うのか!」
「分かりません!……でも……みんな……『今』を生きているじゃないですか? 妖精達……この子達も……人間も……今、与えられている命の日を一生懸命に生きてるじゃないですか! その命を……過去に支配されたあなたの復讐心で奪い去るのは……間違ってると思います!」
タフカは篤樹に視線を向けたまま、歪んだ笑顔を浮かべた。
「罪の無い人々……とかほざいたな?」
え?……それ……なんかマズイ事だった?
「貴様だってサーガを知ってるだろ?」
「……今の……あなたが……サーガだ……」
「ククッ……そうさ。妖精王として生きる我さえもサーガとなった。我が望みをかなえるための力を得たのだ!……エルフにも獣人にも小人族にもサーガは生まれる。……だがな……人間からサーガになった者は今だかつて1人もいない」
ふぇ? そ……そうなの?
篤樹は動揺しつつエルグレドに目を向ける。エルグレドが小さく頷いた。
へ……え……そうなんだ……
タフカは篤樹の動揺を気にもかけずに話を続ける。
「なぜ人間種からはサーガが出ないのか……貴様には分かるか?」
「えっと……分かりません……」
篤樹は素直に答えた。タフカは小さく笑い声を洩らしうつむいた後、怒りに燃える目を見開き顔を上げた。
「人間こそがサーガそのものだからだよ! 私利私欲、自分のためにだけ生きる独善的な生き物、それこそがサーガの本質、それこそが人間の姿! だから人間からサーガは出ない! 人間は生まれついてのサーガそのものなのだからな!」
生まれつきサーガとして……人間が?
「でも……でも! そんな人ばかりじゃありません!」
「全ての人間は『サーガの実』をすでにその内に宿した存在として生まれ出でるのだ! 貴様ら人間種は全てサーガそのもの、在ってはならぬ存在なのだ! だからこそ、己が欲のために他人を喰らうサーガの本性が熟する前に、全ての人間を滅消する! 二度と人間が蔓延ることの無い世界に変えるのだ!」
「…… 兄さまぁ……ウチも……その人間だよ……」
篤樹の横に立つ遥が悲しそうに呟いた。
「ハルミラル?……ふん……我が妹の身体を弄ぶ悪しき人間よ、よく覚えておけ。俺は貴様の兄ではない! 俺はハルミラルの兄だ!」
遥は篤樹の外套をギュッと握り締め、タフカから目を背けようとしたが……再びキッ! とタフカを睨みつける。
「兄さま! 馬鹿な事はもうやめときい!……あの子らの血を、人間達に飲ますの? あの子らの身体を切り刻んで、人間達に食わすの? ほんで人間を滅ぼすために、兄さまの力でみんな一緒に転生を願いながら死ぬって言うの?」
「黙れ……ハルミラル……」
「兄さまの憎しみ……復讐心で、あの子らの心と身体を縛り付けるの? 過去の憎しみをいつまでも子どもらに植え付け続けるの? そんなん、もうやめて!」
「黙れと……言っておろうがぁー!」
説得の叫びを上げる遥に向かってタフカは駆け込み、その腹部を狙って手刀を突き出す。篤樹はとっさに成者の剣をタフカに向けようとし、結果的にタフカの首の皮1枚を切るような形で剣先が止まった。
「人間が……ふざけた真似を……」
「そ……それ以上……動くな……よ?」
篤樹はとりあえず遥を後ろに退かせる。
ヤベェ……またやっちゃった……これじゃ話し合いとか説得どころじゃないよ!
「ウチはなぁ……前に話したやろぉ? 兄さま……」
一歩退いた遥が、静かにタフカへ語りかける。
「タフカさん……あんたに会えて、ホントに嬉しかったって……話したやろぉ」
「……知らん。知ったことでは……ない」
遥からの語りかけに、タフカの目に動揺の色が見えたのを篤樹は見逃さなかった。
あれ? この遥の話……もしかして効いてるのか……
「 兄さまの……お嫁さんになるんが夢やった。もう……絶対に適わん夢やって……ずっとずっと適わんて思ってた……。それがこっちに来て……会えたやん?……また。……今度は従兄妹どころか妹やったけど……でも、会えたやん? ホントに、ホントに嬉しかったんよ!」
遥は涙声だ。……でも……振り向くわけにはいかない。泣きながら、必死で思いを訴える「友人」の顔を、篤樹は見てはいけない気がした。
「……あの森ん中で……モンマが生まれて……他ん子達も生まれて来て……兄さまが居て、ウチがおって……家族やったやん? 楽しかったやん! 十分に生きてたやん!……なんで今さら……2000年も昔の苦しみで、またあの子達を苦しめるの? なんで憎しみと復讐にしか目が向かんくなったの!……帰ろうよ……みんなで……あの森に……」
遥の呼びかけに、明らかにタフカは動揺し始めている。目がキョロキョロと動き視点が定まりきれなくなっている。軽く握った拳も小刻みに震え、喉の動きから緊張している様子が伺える。
これって……遥の言葉に、タフカが葛藤している?!
ルエルフ村で出会った「サーガの王様」とでも言うべきガザルには見られなかった「葛藤」の姿―――篤樹はタフカがガザルとはまだ「違う段階」にある事を感じ取った。
タフカは篤樹を睨みつけ訊ねた。
やべぇ……やべぇよ! ちょっと傷付けるだけじゃなくて……「腕」切り落としちゃった!
篤樹はタフカの質問も耳に入らず、自分が握っている 成者の剣の剣先と、石畳に落ちたタフカの右腕を呆然と見つめたまま動けなかった。
「質問に……答えろぉ!」
タフカは篤樹が剣を構えている両肘を右足で蹴り上げる。腕が弾かれた衝撃で篤樹は後ろに数歩下げられたが、右手で握りしめた成者の剣はしっかり離さない。
「賀川ー!」
駆け寄って来た遥が、篤樹とタフカの間に立ち両手を開く。その顔は……篤樹に向けられ睨みつけている。
「お……お前……なんしよんじゃ!? 兄さまの腕……切り落とすとか!」
え……いや……そんなつもりじゃ……
篤樹は呆気に取られた表情で遥を見つめる。
「……ハルミラル……その男、お前が連れて来たのか?」
遥は振り向きタフカに頷くと、すぐに屈んで石畳に落ちているタフカの腕を拾い上げた。
「ウチ……ウチ……ごめん、兄さま……」
「……ハルミラル。そのおかしな話し方は、王の妹として相応しくないと教えたはずだ。それに……」
タフカは無表情のまま語りかけ、左手を遥の頭の上に乗せた。
「ティアラも曲がっているではないか……。ドレスも……汚れている……」
遥はビクッと身体をこわばらせる。タフカはティアラの歪みを直す。
「……兄さま……ごめん……まさかこんな……」
「その話し方をやめろ。ハルミラル。分かったか?」
遥が両手で持ち上げている自分の右腕を、タフカは無造作に受け取った。
「あ……ごめん……なさい。お兄様……」
タフカは左手で受け取った自分の右腕を、肘の上辺りの切り口に合わせてジッとつなぎ目を見つめた。
「切れ味の良い剣だな……おかげで結合もスムーズにいく……」
数秒間の「結合処置」後、タフカは感覚を確認するように右手指の開閉を繰り返す。
治癒魔法も……使えるんだ……この人……
篤樹はタフカの回復を見届けると、思い出したように再び剣を両手で握り構えた。
「ほう? やる気か……。だが、少し時間をやるから自分の死を祈って待っていろ。……ハルミラル、あれは何だ?」
タフカは王宮前石畳広場3箇所に倒れている怪我人それぞれに、数名の妖精が散らばって医療魔法を施している姿を見渡し、遥に尋ねた。
「怪我の……治療を指示しました。私が……」
突然、タフカは右手甲で遥の顔面を張り飛ばした。2mほど飛ばされた遥は石畳の上に倒れる。篤樹は咄嗟に遥へ駆け寄り支え起こす。
「何をするんだ!」
「黙れ! 自分の死を祈って待てと言っただろうが!……ハルミラル、今すぐにあいつらをやめさせろ!」
遥は鼻血が流れ出た鼻を押さえる。唇も切れたのか、口元にも血が滴っている。
「……出来ません」
「ほう……。いい加減にしろ! お前も……あいつらも……そこの男も……俺の言う事を聞けぇー!」
タフカはそう叫ぶと両腕を広げた。両手の指先から黒い紐のようなモノがユラユラと数十本伸びている。
あれは……色は違うけど……絶対死の攻撃魔法!
篤樹は遺跡入口で見たタフカの攻撃を思い出した。遥もタフカが何をしようとしているのかに気付くと大声で叫ぶ。
「やめて下さい!……あの子らはお兄様の事が大好きなんです! これ以上、あの子らを傷付けないで!」
「ならばなぜ私と共に蜂起しない! この地で人間たちによって行われたあの妖精殺し……いや……妖精達への陵辱と身体破壊を知りながら、なぜ地上から人間共を消し去るという私の望みに従わない!」
遥は言葉を返せずに口を閉ざす。タフカの怒りの源……人類滅消を願う思いの強さを知っているからこそ言い返せなかった。
「お前だって分かっているはずだ! 人間は『過去』に過ちを犯しただけではない……。ミシュバットの人間を消し去って2000年……今も尚、奴らは我々妖精族を自分達の道具として利用しようとしているではないか! なぁ? ハルミラル。お前の身体を奪ったのは……あそこにいる男なんだぞ!」
タフカは視線をエルグレドに向ける。
「全ての妖精たちの怒りと憎しみ、受けた苦痛の報いを今こそ人間共に返す時なのだ!」
絶叫にも似た宣告と同時に、タフカは絶対死魔法を放った。数十本もの黒い紐状の法撃が、広場を駆ける。
「やめてー!」
人間も妖精も関係無く、無差別に放たれたタフカの法撃に、遥は両手で目を覆い叫んだ。数秒後、指の隙間からゆっくり目を開き状況を確認する。
「ほう……法力を無駄に早く失うだけだぞ? 王子様」
タフカの攻撃はエルグレド達の手前で向かうべき 的を見失い、ウロウロと宙をさまよっていた。左腕を真っ直ぐタフカに向け、エルグレドは繰り出した防御魔法壁を維持している。
「人間を……地上から消し去る事が……妖精王の望みですって?……愚かで小っぽけな王様……ですこと……」
3人の妖精達に囲まれたレイラも半身を起こし、防御魔法を発現したままタフカに語りかけた。
「ふん……エルフか……。同じ妖精の仲間でありながら人間共にこびを売り、賢者気取りでダラダラ生きているだけの貴様らに何が分かると言う」
レイラはまだ回復仕切れていない弱った身体で、ゆっくり立ち上がる。
「……妖精王から生まれるのは……夢と希望に満ちた……妖精達じゃなかったのかしら?……ここに来る途中で……あなたから生まれた子達とお会いしましたわよ……。今のあなたから生み出されるのは……夢でも希望でもない!……憎しみと哀しみに満ちた、絶望の 骸達だけですわ」
「この……死に損ないが!」
タフカは左腕をレイラに向け、周囲に居る女児妖精もろとも目がけ絶対死魔法を再び撃ち出した。しかし、レイラと女児妖精たちに駆け寄ったモンマたち「男児妖精」3人が、新たな防御魔法壁を作り出しその攻撃を防ぐ。
「どかんかぁ! クソガキどもがぁ!」
タフカの目が怒りに燃える。しかしモンマ達は必死に防御魔法壁を築き続けた。
「王様ぁ……もうやめて下さい!」
モンマは泣きながら訴《うった》える。他の2人も、レイラの治療に当たっている3人の女児妖精達も、涙を流しながら治癒と防御それぞれの魔法を続けた。
「タフカ……お前にはこの子達の気持ちが分からないのか?」
エルグレドが問いかける。
「こいつらの気持ちだとぉ?」
視線をエルグレドに向けたタフカは両手を振り、繰り出していた黒い紐状の法撃を両手の指先に戻した。
「お前の憎しみと哀しみ……過去のミシュバットで起きた……人間から受けた凌辱という悪夢の記憶……何度転生しても消えることの無い怒りと憎しみを……お前はこの子達にまで押し付けるのか?」
周囲に集まる妖精たちからの治癒魔法を受けつつ、エルグレドはゆっくり立ち上がる。
「過去に起きたおぞましい事件……ミシュバットの民が犯した罪は確かにお前の言う通り許されざる悪行だ。だからお前は……いや……『先代王のお前』は裁きを下したのだろ? 犠牲となった妖精達全ての憎しみを受け止め……この地の人間全てに報復の死を与えた……」
「そう!……しかしそれは過去の話ではない! 人間は……人間というバケモノは、未来永劫、永遠に許されざる悪の種族なのだ! 永遠にその罪を負い続けるべき者なのだ!」
「だから……滅ぼすんですか?……罪も無い……『今』を生きている人々まで……」
遥を支えている篤樹が、タフカの背後から問いかけた。
「……小僧……黙ってろと……」
「あなたの計画……地上の全ての人間を滅ぼすために、あなたの憎しみを 妖精達にまで押し付け、その血肉を人間に取り込ませ……全てを……殺すものですよね」
タフカは篤樹の言葉に驚きの表情を見せ、怒りの視線を遥に向ける。
「……貴様……どこでそれを……ハルミラル!」
「違います!」
篤樹は遥に矛先を向けたタフカの言葉を遮る。
「記憶の……地下の水晶鏡で『記憶の伝心』を見ました! 2000年前の……あなたが行った『最終転生の力』も……。妖精の血肉を喰らった人間は、妖精の死と共に死ぬ……木霊となって消え去るんですよね? そんな復讐魔法を選び取ったあなたと、妖精達の怒りと悲しみと痛みを……僕は『見て』来ました!」
「見た……のか? そうか……あの忌まわしき日を……『見て来た』のだな? それで!? 貴様ら人間に、それでも存在する資格があると思うのか? それでも私が成そうとする人類滅消を間違った行為だと言うのか!」
「分かりません!……でも……みんな……『今』を生きているじゃないですか? 妖精達……この子達も……人間も……今、与えられている命の日を一生懸命に生きてるじゃないですか! その命を……過去に支配されたあなたの復讐心で奪い去るのは……間違ってると思います!」
タフカは篤樹に視線を向けたまま、歪んだ笑顔を浮かべた。
「罪の無い人々……とかほざいたな?」
え?……それ……なんかマズイ事だった?
「貴様だってサーガを知ってるだろ?」
「……今の……あなたが……サーガだ……」
「ククッ……そうさ。妖精王として生きる我さえもサーガとなった。我が望みをかなえるための力を得たのだ!……エルフにも獣人にも小人族にもサーガは生まれる。……だがな……人間からサーガになった者は今だかつて1人もいない」
ふぇ? そ……そうなの?
篤樹は動揺しつつエルグレドに目を向ける。エルグレドが小さく頷いた。
へ……え……そうなんだ……
タフカは篤樹の動揺を気にもかけずに話を続ける。
「なぜ人間種からはサーガが出ないのか……貴様には分かるか?」
「えっと……分かりません……」
篤樹は素直に答えた。タフカは小さく笑い声を洩らしうつむいた後、怒りに燃える目を見開き顔を上げた。
「人間こそがサーガそのものだからだよ! 私利私欲、自分のためにだけ生きる独善的な生き物、それこそがサーガの本質、それこそが人間の姿! だから人間からサーガは出ない! 人間は生まれついてのサーガそのものなのだからな!」
生まれつきサーガとして……人間が?
「でも……でも! そんな人ばかりじゃありません!」
「全ての人間は『サーガの実』をすでにその内に宿した存在として生まれ出でるのだ! 貴様ら人間種は全てサーガそのもの、在ってはならぬ存在なのだ! だからこそ、己が欲のために他人を喰らうサーガの本性が熟する前に、全ての人間を滅消する! 二度と人間が蔓延ることの無い世界に変えるのだ!」
「…… 兄さまぁ……ウチも……その人間だよ……」
篤樹の横に立つ遥が悲しそうに呟いた。
「ハルミラル?……ふん……我が妹の身体を弄ぶ悪しき人間よ、よく覚えておけ。俺は貴様の兄ではない! 俺はハルミラルの兄だ!」
遥は篤樹の外套をギュッと握り締め、タフカから目を背けようとしたが……再びキッ! とタフカを睨みつける。
「兄さま! 馬鹿な事はもうやめときい!……あの子らの血を、人間達に飲ますの? あの子らの身体を切り刻んで、人間達に食わすの? ほんで人間を滅ぼすために、兄さまの力でみんな一緒に転生を願いながら死ぬって言うの?」
「黙れ……ハルミラル……」
「兄さまの憎しみ……復讐心で、あの子らの心と身体を縛り付けるの? 過去の憎しみをいつまでも子どもらに植え付け続けるの? そんなん、もうやめて!」
「黙れと……言っておろうがぁー!」
説得の叫びを上げる遥に向かってタフカは駆け込み、その腹部を狙って手刀を突き出す。篤樹はとっさに成者の剣をタフカに向けようとし、結果的にタフカの首の皮1枚を切るような形で剣先が止まった。
「人間が……ふざけた真似を……」
「そ……それ以上……動くな……よ?」
篤樹はとりあえず遥を後ろに退かせる。
ヤベェ……またやっちゃった……これじゃ話し合いとか説得どころじゃないよ!
「ウチはなぁ……前に話したやろぉ? 兄さま……」
一歩退いた遥が、静かにタフカへ語りかける。
「タフカさん……あんたに会えて、ホントに嬉しかったって……話したやろぉ」
「……知らん。知ったことでは……ない」
遥からの語りかけに、タフカの目に動揺の色が見えたのを篤樹は見逃さなかった。
あれ? この遥の話……もしかして効いてるのか……
「 兄さまの……お嫁さんになるんが夢やった。もう……絶対に適わん夢やって……ずっとずっと適わんて思ってた……。それがこっちに来て……会えたやん?……また。……今度は従兄妹どころか妹やったけど……でも、会えたやん? ホントに、ホントに嬉しかったんよ!」
遥は涙声だ。……でも……振り向くわけにはいかない。泣きながら、必死で思いを訴える「友人」の顔を、篤樹は見てはいけない気がした。
「……あの森ん中で……モンマが生まれて……他ん子達も生まれて来て……兄さまが居て、ウチがおって……家族やったやん? 楽しかったやん! 十分に生きてたやん!……なんで今さら……2000年も昔の苦しみで、またあの子達を苦しめるの? なんで憎しみと復讐にしか目が向かんくなったの!……帰ろうよ……みんなで……あの森に……」
遥の呼びかけに、明らかにタフカは動揺し始めている。目がキョロキョロと動き視点が定まりきれなくなっている。軽く握った拳も小刻みに震え、喉の動きから緊張している様子が伺える。
これって……遥の言葉に、タフカが葛藤している?!
ルエルフ村で出会った「サーガの王様」とでも言うべきガザルには見られなかった「葛藤」の姿―――篤樹はタフカがガザルとはまだ「違う段階」にある事を感じ取った。
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