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第2章 ミシュバットの妖精王 編

第 83 話 呪われた町ミシュバット

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 その日は結局、結びの広場跡での新方針ミーティング以外、成果の無いまま一行は岩山を下りる事にした。馬車に戻るとスレヤーとムドベが出迎える。

「お? 予定より早かったっすねぇ。まだ4時にもなってませんぜ?」

「スレイ、見張り御苦労様でした。……上では『やはり』何も発見出来ずじまいでした。こちらも何事も無かったようですね?」

 エルグレドが岩の上部を見上げる。スレヤーはニッ! と笑った。

「気付いてましたか? さすが大将!……んでも、せっかく身構えてたのに、ヤツラ昼過ぎにゃどっかに行っちまいやがりまして。何とも消化不良ですよ。な? ムドベ」

 スレヤーの問いかけにムドベは緊張の面持ちのまま口を開く。

「冗談じゃありません……何も起こらなくってホッとしましたよ! 朝から昼過ぎまで……ずっと臨戦即応態勢だったんですよ! 自分はもう……」

 ムドベは目に涙を一杯に溜めている。

「何かあったのですか? 伍長」

 事情が分からないサキシュは、憔悴しきった様子の同僚の姿に困惑して尋ねた。エルグレドが、岩の上から監視していた4体の人影について説明すると、サキシュの表情は見る見る驚きの色を帯びる。

「そ……それは一大事じゃないですか! すぐに『上』に報告を……」

「サキシュ上等兵? お忘れですか? 私達と共に行動する間は、あなたがたお2人にとっても私が全権の指揮系統の頂点です。この件に関しても軍部内への報告は不要……いえ、絶対にオフレコでお願いしますね」

「い、いや……しかし……」

 サキシュはエルグレドの言葉に納得出来ないのか合意を示さない。スレヤーが見かねて口を挟む。

「おい! サキシュ上等! 貴様は上官命令に口ごたえするのか? 大将の言葉はこの隊の中では絶対事項だって言ってんだ! 分かったか!」

「は……はい……」

 スレヤーに一喝され、サキシュはようやく渋々と了解の返事をする。エルグレドはジッとサキシュを見つめ、決断したように口を開いた。

「サキシュ上等兵とムドベ上等兵は、我々の隊における共有事項を色々と知り得る立場になりました。あなたがたを巻き込みたくは無かったのですが……仕方ありません。お2人は私達の調査期間中、専属の護衛兵として常時同行していただくことにします。スレイ、軍部にはそのように了解を取り付けておかれて下さい」

「了解!」

 篤樹はエルグレドが、2名の兵士から情報が漏れるのを懸念している事が分かった。

 そりゃ、いくら自分の所轄省庁とはいえ、大臣補佐官が勝手に機密文書を物色したり、貴重な本を持ち出したりなんてのがバレたら、やっぱりマズイよなぁ……

「さ、それでは我々の『基地』に戻りましょう! 明日からの『探索』のための打ち合わせもありますからね」

 雰囲気を変えるエルグレドの一言で全員が動き始める。サキシュは不満そうに口を尖らせ、ムドベはまだ緊張が解けない面持ちのまま馬車に乗り込む。
 朝来た道を引き返しながら遺跡の入口前を馬車で通り過ぎる時、遺跡調査隊と軍部の馬車がまだ遺跡内に留まっているのを一行は確認した。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ミシュバの町に入ると、まずはそのまま文化法暦省庁舎に向かい、そこでエルグレドを降ろすことになった。

「皆さんは先に家にお帰り下さい。私は庁舎内で一仕事を終えたら職員に送っていただきますので。スレイ、このまま一旦軍部に寄って、サキシュ上等兵とムドベ上等兵の件をお願いしますね」

 そう言い残すとエルグレドは庁舎内に入って行く。

「さて……ほんじゃま、行きますか」

 スレヤーは手綱を打ち、馬車を軍部へ向かわせた。

「……サキシュさんとムドベさんは同期なんですか?」

 馬車に乗り込んで以降、ずっと押し黙ったままの「新人」2人の空気に堪りかねた篤樹が声をかける。ムドベはまだ緊張したままの顔だ。サキシュは気持ちも落ち着いたのか笑顔で答える。

「出身も訓練所も別々だけどね。歳は同じだよ。去年18歳で訓練所に入って1年間の訓練を受け、今年の春からミシュバに配属になったんだ。……ムドベはミルベ出身だったよなぁ?」

 サキシュがムドベに話を振る。

「ん? あ、ああ……ミルベだよ……知ってるかい?」

 ムドベが引きつったような作り笑いを浮かべて篤樹を見る。

 いや……この世界の町の名前なんて……

「あ! 私知ってる! ミルベって東のほうにあるんでしょ?」

 エシャーが横から答えた。

「お、知ってるかい? さすがエルフだね」

 ムドベは、今度は引きつっていない笑顔で答えた。

「んー? 私はルエルフだよ! レイラがエルフ!」

 エシャーが修整の抗議を訴える。

「エシャー。見た目じゃ普通の人間には同じに見えるのよ。寿命以外、大した違いが無いんだから。……それにしても、あなた『村』にいたのによくミルベなんて小っぽけな町を知っていたわねぇ?」

 レイラがエシャーをたしなめつつ尋ねた。

「だって、最初の旅のルートを説明する時にエルが言ってた町でしょ?」

「よく覚えてるなぁ! 俺、全然頭に入ってなかったや!」

 篤樹はエシャーの記憶力に感心した。

「だってさぁ……どんな所かなぁって……。後からエルに聞いたら、海の近くで美味しいお魚がいっぱい獲れる所って言うじゃない? 私、お魚大好きだけど、村の湖の魚は獲っても良い量が決まってたから……1年に何回かしか食べれなかったんだぁ。でも、海は広いから獲り放題って聞いたから楽しみにしてたんだ!……ま、ルート変更になったから行けないのは残念だけど……。探索が終わったらみんなで行こうよ! お魚食べに!」

 あ、食欲と連動で記憶してたってことね……

 エシャーの答えにムドベは苦笑いを浮かべながら応じる。

「まあ、漁業だけでなく、山のほうでは美味しい果物もたくさん収穫出来るから、是非行ってみると良いよ。そんなに『小っぽけな町』じゃないってのも分かると思うよ」

「あら? 知らない内に発展したのかしら?」

 レイラはムドベの嫌味に、さらに被せるように一言添える。

「俺はクシャ出身なんだけど、 成者しげるものの後、3年間リュシュシュで法力修行を受けてから王都の訓練所に入ったんだ」

 サキシュが自分の紹介へ話を戻す。

「あら? リュシュシュにいたの? ビルジャロンは御存知?」

 リュシュシュ村の名が出た事でレイラが嬉しそうに尋ねた。サキシュも良く知った名前が出た事で嬉しそうに微笑みながら応じる。

「知ってますとも! ビルでしょ? 自分は最初、ビルのお父さんに法術指導をいただいていたんです!」

「まあ! そうだったの!……でも、ビルのお父さんは……」

 サキシュとレイラの顔から笑みが消える。

「ええ……。ルキアさん……ビルのお父さんですが、彼はリュシュシュでも当代一の攻撃系魔法術士でした。自分が世話になり始めた翌年の夏頃に、旅先で行方不明になられてそのまま……。母親のペルジャさんは方々で情報を集められてたんですが……最後はミシュバット遺跡の近くの荒野で……遺体で発見されました……」

「え! ミシュバット遺跡の近くで!?」

 サキシュの言葉に篤樹とエシャーが声を合わせて驚く。レイラも驚いた表情のまま言葉を失っている。

「御存知無かったんですか……? 2年位前になるでしょうか……。自分はルキアさんが行方不明になった後、村長の口利きで別の法術指導が出来る方数名に師事することになってビルの家を出たんです。ペルジャさんは医療系法術のスペシャリストでしたから、友人のミーシャさんと一緒に医療所を営まれていて……。生活の必要はなんとかなっていたようなんですけど……」

 ミーシャさんって、今、ビルの面倒を見てくれてる人だよなぁ……

「……法術士希望で村に来た若者からルキアさんの情報を得たらしく、ミーシャさんにビルを預けてそのまま……。でもビルはミーシャさんの家も大変だろうし、お父さんとお母さんが帰ってくる家を守りたいって言って、自分の家で暮らし始めたんです。牛飼いのリュウさんの手伝いをして小遣い程度の給金を遣り繰りしながら……。アイツはもう成者の儀を?」

「いいえ。まだ13歳よ。……そう……あの子、そんな苦労を……」

 サキシュからの情報を聞きながらレイラが涙を流した。篤樹は思わず「レイラさんも泣くんだ!?」と言いそうになったが何とか言葉を飲み込む。

「……先日、僕らが村に寄った時には……ビルはガブロっていうエセ法術士から法術の訓練を受けていましたよ。すごく才能があるのに、変な指導者のせいで才能が潰されちゃ可哀想だって……レイラさんがミーシャさんの下で訓練を受けられるよう、村長さんにお話ししたんです」

「ガブロ? そうか……アイツはまだ村にいやがったのか……。あれは典型的なダメ男だよ。才能は無い、努力は嫌い、希望は大きい。法術の基礎訓練だけで根を上げて師匠から離れて……。ビルを騙しやがったなんて許せないなぁ……」

 サキシュは悔しそうに拳を握り締める。

「でも、もうガブロはリュシュシュに居られないと思うよ。レイラが村長さんに全部言ったし、次にエセ法術士指導をしたら死刑になるよってしっかり脅しておいたから」

 エシャーがサキシュに伝える。

「そう……ですか……。ありがとうございます!……いや、自分がお礼を言うのも変ですけど、ビルは弟みたいに可愛い奴だったんで……。じゃあ、レイラさんのおかげで、ビルも安心して法術士訓練を受けられるようになってるんですね。良かったぁ!」

「別に、私の手柄ではないわ。あの子の才能よ。お父様とお母様から受け継いだ法術の才能と、苦難の中でも挫けない純真無垢な心があの子の未来を切り拓いてるのよ。……あと、ほんのちょっとだけ、ガブロから受けていた聞きかじりの基礎修練の積み重ねのおかげかもね。ところで……」

 レイラは急に厳しい口調になった。

「ビルのお母様……ペルジャさんが遺体で発見された場所っていうのはどこ? 死因は? 特定出来てるの?」

「い……やぁ……自分もまだリュシュシュでの修練中でしたし……そもそも『遺体で見つかった』としか聞いてませんでしたし……。色々と情報を統合してみて、ミシュバット遺跡近くの荒野で遺体が見つかったと分かって来ただけで……すみません」

 レイラの表情に余裕の色が戻って来た。

「あら……ごめんなさいね。あなたを問い詰める必要は何も無いのにね。ビルを通しての関係者だから、つい私情で熱くなってしまったわ」

 馬車が減速し始めて停まった。

「よし! んじゃ、軍部に御挨拶に行ってきやす。ちょいとお待ちを!」

 スレヤーは御者台から荷台に向かって声をかけるとサッと道路に降り立つ。大きな身体なのに身軽だなぁ、と篤樹が感心しているとスレヤーが外からほろを叩いて声をかけてきた。

「おう! アッキー! 悪ぃ、手綱握っといてくれ!」

 その声につられるように、サキシュとムドベが声を上げた。

「伍長! 自分達も同行したほうが……」

「警護兵はおとなしく馬車を警護して待っときな!」

 スレヤーの靴音が遠ざかる。篤樹は指示に従い御者台に移動した。

 そっかぁ……。ビルの母ちゃんはミシュバット遺跡の近くで亡くなってたんだぁ……。そんな話まで聞く暇無かったもんなぁ……。呪われた町ミシュバットかぁ……。不審な事故やら襲撃者やら……大丈夫かなぁ?

「アッキー、何考え込んでんの?」

 エシャーが御者台の横に移動して来た。

「ん? ああ……いや、色々……。ビルの事とかミシュバット遺跡の事とか、行方不明のビルのお父さん、遺跡のそばで亡くなってたお母さん……何だかホントに『呪われた町』なのかなぁって……」

「ふぅん……ま、考えても分からない事を考えるよりも、目の前の一つ一つに取り組んでこうよ。ね?」

「う……ん……だねぇ……」

「アッキー! あれ……」

 エシャーが突然篤樹の背後の空を指差した。振り向いてその方角を見る。ちょうど建物と建物の間から町囲いの塀が見える。その塀の上の低い空に、薄っすらとピンク色の煙が細く立ち上っているのが見える。あの方角は……

「ミシュバット……遺跡? なんだろう? あれ……」

 ほんの一瞬だったがエシャーと篤樹は、まるでピンク色の紐のようなものがフワリとミシュバット遺跡の空に上がっているのを見た。

……それが遺跡調査隊が放った信号煙筒による非常通知だと知ったのは、夜遅くにエルグレドが帰って来てからだった。
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