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第1章 旅立ちの日 編

第 43 話 エルグレドの作戦

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 ルエルフ村への入村手順を試していた篤樹とエルグレドの姿が 忽然こつぜんと消えたのを見て、エシャーは一瞬何が起こったのか分からなかった。

「レイラ!」

 エシャーはレイラに顔を向け叫ぶ。装備屋を出て以来、2人はすっかり良好な関係を結んでいた。200歳近い年下から呼び捨てにされても、レイラも気にしていない。

「あらあら?  しょぱなから大成功ってことかしら?」

 レイラは っすら笑みを浮かべ、2人が消えた草むらと森の 境目さかいめに目を向けたが……すぐに何かの気配に表情を変える。

「こっち!」

 突然レイラはエシャーの手を つかみ、草むらの中に引き倒した。

「ちょっと! なに……」

 いきなり引き倒されたエシャーは、レイラに苦情を うったえようとしたが……レイラの真剣な表情に言葉を飲み込む。レイラが見つめる先、草むらの 隙間すきまから、町と反対方向の森にエシャーも目を向けた。何か聞こえる……

「助けてくれー!」

 森の中から誰かが飛び出して来た。その姿に反応し、エシャーが立ち上がろうとした瞬間……

「あっ!」
 
「ギャウフ!」

 変な音を「叫んで」男の姿が消えた。エシャーがそれ以上身を起こさないようにレイラは腕を引っ張る。

「……今のは?」

「静かに! 何かいるわ……」

 男が出て来た森の木々の間から、何者かの話し声が聞こえてきた。

「おい! 始末したかぁ?」

「ああ、こっちだ」

 草むらの隙間から、レイラとエシャーは声が聞こえる方向をジッと見る。もう少し頭を上げれば声の主の姿まで確認出来そうだが、目が出せる高さまで顔を上げると相手にもこちらが見られてしまう。これ以上は顔を上げられない。

 レイラは目の前の草を一本静かに抜いた。その草を左手で でると草は見る見る れていき、代わりにレイラの左手人さし指に 水滴すいてきまって行く。その水滴を親指で はじくと、レイラたちの頭上に 手鏡てかがみサイズの薄い水のまくが浮かび上がった。エシャーがその膜を見上げると、薄っすらと草むらが反射して映っている。レイラはしばらくその膜を 凝視ぎょうしし、声の聞こえた方角を確認する。

「 獣人じゅうじん? 2体……たぶん『サーガ』」

 必要最小限の単語で情報をエシャーに共有した。レイラはエシャーにも見えるように膜の角度を調整する。確かに、ハッキリとは見えないが 大柄おおがらな人影が2つ……上半身を草むらから出し立っているのが見える。

「俺たちが見つけた 獲物えものだから、お前らにも足一本くらいなら分けてやるよ」

「ふざけるな! ワシらが倒した。全部ワシらのもんじゃ!」

 レイラは新たに聞こえた声に「おや?」っと思ったのか、もう一度「膜」の角度を調整し確認をする。

「獣人サーガ2体。あと……何かが2~3体」

 エシャーに新たな情報を伝えると、レイラは相手の動向に気を配りつつ、対応策を考えた。
 
 さて……どうしたものかしら……戦う? いいえ、まだ情報が足りないわ……10体のサーガでも、情報をしっかり認識していれば倒すのは容易い……でも、相手の情報が全然足りない中での野戦は危険すぎるわ。エシャーの戦闘能力も、まだ 把握はあく出来ていないから作戦も組めない……

 このままやり過ごすまで隠れてるのも一手ね……あちらは獲物の分配でもめていそうだから、放っておけば勝手に仲間内で争ってくれるかも……サーガは目先の自己利益しか考えない連中だから……

 自分1人なら、レイラは間違いなく「やり過ごし」を選択しただろう。自分の存在を草木と完全に同化することくらい、レイラにはお手の物だ。よほど法力に すぐれた者で無ければ、草木と同化したレイラに気付く事は出来ない。
 
 しかし今はエシャーが一緒にいる……この子はまだ……というか、多分一生、私のような草木との存在同化は無理……となれば、ヤツラがうろついてる間、ずっと息を殺し、立ち去るまで待つ事になる……。この子には無理な方法ね……
 
 レイラはエシャーを見た。緊張してエルフ耳がピクピクと 痙攣けいれんに似た神経質な動きを見せている。恐怖よりも憎悪に似た目……感情的に飛び出していってしまう若い目だ。

 これじゃ、さっきの犠牲者をヤツラが「分配」なんかし始めたら……考えも無しに飛び出しかねないわね。逃げる? ヤツラに気付かれないように……今はそれが一番良いかもね……

「エシャー……森へ戻るわよ。ゆっくり……」

 レイラは元来た森の方向、篤樹とエルグレドが入村確認で消えた森の方向を指さした。エシャーも理解して「ウン」と うなずく。

  ずはこの広場から……ヤツラから遠ざからないと……
 
 2人は草むらから体が出ないよう、身を低く たもったまま静かに移動を始めた。サーガたちの声が聞こえる。

「じゃあ、俺ら半分、お前ら半分、どうだ?」

「ふん。まあ良い。それで手を打とう」

 今から先ほどの「獲物」が分配されるのだろう。人間は死んでも消えないから、サーガにとっては食欲を満たすご馳走だ。ヤツラが むさぼり食っている間なら……無事に距離を かせげる。レイラは冷静に「今、自分が成すべき最善の行動」に動いていた。

「レイラ……さっきの人……」

 エシャーがレイラの背後から小声で尋ねる。

「もう無理ね……行きましょ……」

 レイラは、目の前に迫ってきた森に向かい、すぐにも駆け出したい気持ちを抑え、慎重に歩を進め続ける。

「やめろ!」

 突然、結びの広場全体に響く声が響いた。篤樹の声だ!

「アッキー?」

 エシャーはとっさに草むらから頭を出し、声の聞こえた方角を確認する。すぐにレイラがエシャーの頭を草むらの 背丈せたけまで引き戻した。

「何をやってるの!」

 レイラは草むらから頭を出したエシャーを注意すると同時に、突然現れて叫んだ「馬鹿な坊や」に あきれ、驚いたようにつぶやいた。


◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇


 ―――数分前―――

  上手うまく行くかなぁ? 

 篤樹はエルグレドと手をつなぎ「最後の5歩」を歩き始めた。

「……4、5、あっ……」

 森と広場の境目に辿り着こうとした瞬間、篤樹は草に足をとられ前のめりに倒れてしまった。思わず手を にぎっていたエルグレドまで引き倒してしまう。

「あいテテ……」

  ひざから地面に倒れてしまい、痛みですぐに起き上がれない。

「すみません……足が……」

 篤樹は自分のせいだけでなく、何かに足を取られた違和感を感じ自分を「倒したもの」を確かめようとした。

「大丈夫かい?……これは……」

 一緒に引き倒されたエルグレドも、篤樹を心配しつつ転んだ原因を確認する。広場と森のつなぎ目辺りの草の一部に、2つに たばねた草を結んだ「わな」が 仕掛しかけられていた。広場に入った時には気がつかなかったその罠の一つに、篤樹は足を取られたらしい。

 エルグレドが確認した罠を、篤樹も手で触れて確認してみる。しっかり結び合わされた草の束……明らかに 人為的じんいてきな罠だ。

「一体誰がこんな……」

 篤樹は周りを確認しつつ立ち上がろうとした。

「アツキくん、 せて!」

 突然、エルグレドが篤樹の腕を握り、草むらの中へ引き戻す。

「え? 何ですか?」

「敵が来ます!」

 え? 敵? 敵って……篤樹の混乱を他所に、エルグレドは地面に手を当て気配を確認する。

「間に合わない……くそッ!」

 そう つぶやき、草むらをじっと にらみつけた。遠くから「助けてくれー!」という叫び声が聞こえる。篤樹はエルグレドを見たが、エルグレドは目を閉じ、 くやしそうに首を横に振った。次の瞬間「ギャウフ!」という、悲鳴ともなんとも言えない「音」を篤樹は耳にする。

「くそッ……」

 エルグレドは再度悪態あくたいをついた。

「……サーガの残党がいます。恐らく4~5体。敵を確認して来ます。ここで身を低くして待っていて下さい」

 そう言い残すと、エルグレドは広場の外周……森と広場の境目を右回り方向で うように移動して行った。

 敵? サーガの残党? 篤樹の頭は急な展開に現状把握はあくが追いつかない。エシャーとレイラさんは?

 エルグレドからの「身を低くして」という指示を やぶり、篤樹は目の高さまで草むらから頭を出して広場を確認し、すぐにしゃがむ。エシャーとレイラの姿は見えなかった。2人も身を隠したのか……それよりも……
 
 篤樹は今、自分の目に飛び込んできた「 異形いぎょうの2体」がまぶたに焼き付いていた。

 広場の反対側の森の前に立つ2体の姿……篤樹の胸の高さまで成長している草よりも上に腰の部分が見えた。という事は……アイツらは3m近い身長だ。そして何よりもあの上半身は……「アイツら」は明らかに人間では無かった。近所の家の庭に飼われているシベリアンハスキーのような顔……腰から上の部分全てが白と灰色の毛に おおわれていた。

  狼男おおかみおとこ? 篤樹はその 得体えたいの知れない何かの強烈きょうれつな姿が目に焼きついて離れない。あんなのに近寄って来られたら…… こわッ!
 
 篤樹は目の前に転がっていた木の棒に手を伸ばす。小枝の少ない枯れた中枝だが、ある程度の かたさはある。おぼれる者はワラをも つかむと言うが、篤樹は今まさに「恐れる者は枝をも掴む」という気分だった。こんなんじゃ何の役にも立たない……そう分かっている理性とは裏腹に「何かを掴んでいたい!」という本能が働いたのだ。

 ほどなくエルグレドが戻ってくる姿を見つけ、篤樹は安堵の息を洩らす。

「どうでした?」

 情報は、持っている者が語るより、持っていない者のほうが先に尋ねるものだ。篤樹はエルグレドからの新しい情報を 渇望かつぼうしてたずねる。

「敵は4体以上……でも6体はいないでしょう。2体は大型のワーウルフです。他の個体は小型の何か……会話をしているので動物では無いですね……全てサーガで間違いありません」

 ワーウルフ? あの大きな2体の事だよな? ウルフ…… おおかみ……「ワー」ってなんだ?

 篤樹はエルグレドの説明を聞きながら「とにかくあれは狼男ってことで」と、自分の納得のいく理解に収めた。とは言え、これからどうすれば……

「エシャーさんにはレイラさんが付いてるから……大丈夫でしょう。今はヤツラも気付いていませんから、上手く隠れるか逃げるかを考えているはずです。でも、逃げても隠れても……何の解決にもなりません。時間の無駄です。私とレイラさんなら片付けられる数です……なにより……町も近くですから……」

 片付けられる? え? ヤツラと戦うってことですか! 

 エルグレドの言葉の意味を理解し、篤樹はゴクリと つばを飲み込んだ。確かに、町にこれほど近い森の中にあんなバケモノが巣くっていては危険だ。倒せるのなら倒しておいたほうが良い。しかし……

「どうやって倒すんですか?」

  おびえて見つめる篤樹に対し、エルグレドは安心を与える余裕の笑みを浮かべ作戦を伝える。

「ヤツラを一箇所に集めて一気に片を付けます。レイラさんの性格だと……今は『無事にこの場から離れる』事を優先しているでしょう。エシャーさんは彼女に任せます。ヤツラは……先ほど犠牲となった調査隊員を『分配するため』に集まるはずです。彼の命は助けられませんでしたが、彼の身体の尊厳だけは守り、御家族の元に帰して上げたい……。ですからヤツラが遺体を傷つける前に、何とかしたいと思います」

 分配って……篤樹はおぞましい光景を想像し身震いがした。そういや俺もエシャーの家の裏で「分配」されかかったんだった……

「ただ、ワーウルフは視認出来ますが、小型のほうが草むらの中に……そこでアツキくん、君にヤツラを集める『目印』になってもらいたいんです」

「は?」

 篤樹はエルグレドから、自分を平然と「おとり」に使いたいと提案された事を理解しキョトンとしてしまった。

 いや……「目印」なんて言い えても、 ようはヤツラをおびき寄せる えさになれってことでしょ!

「ヤツラが出来るだけ すみやかに一箇所いっかしょに集まるよう、あちら側に2人で回り込んで距離をめます。位置を決めたら、私は背後の森の木の上から草原全体が見える位置につきます。そうすれば草むらを移動する小型の個体の動きも分かりますからね。そこでアツキくんがヤツラの注意を引いてくれれば、君の元にヤツラが集まってくるでしょう。あとは私が一気に片をつけます」

 篤樹は自分が餌に使われる計画に喜んで「はい」とは言いたくない。でも今はエルグレドを信じるしかない。

「……分かりました。やってみます」

 エルグレドは微笑んで頷く。

「必ず守ります。それじゃ、行きましょう……」

 篤樹とエルグレドは、広場の草と森の境目を身を低くし、右回りに移動した。

「……この辺りでいいでしょう」

 広場の中央よりやや北寄り、ワーウルフ2体を 右斜みぎななめ前に見る位置で篤樹とエルグレドは足を止める。

「では、私があそこの木に登り終わったら合図をします。そうしたら、すぐにヤツラに何か声をかけて下さい」

 篤樹が頷いたのを確認し、エルグレドは軽やかな身のこなしで、足音も草木を らす音も最小限に抑え、あっという間に予定通りの木の枝にまで登っていった。

 よし! やるぞ! やるんだ! ヤツラの気を引いて俺の目の前にまで集めれば……あとはエルグレドさんがなんとかしてくれる!

 タイミングを はかる篤樹の耳に、サーガたちの会話が聞こえてきた。

「……じゃあ、俺ら半分、お前ら半分、どうだ?」

「ふん。まあ良い。それで手を打とう」

「よし。じゃあ、 たてに切り分けるとするか」

 ワーウルフの一体が、手に持っていた 刃幅ははばの広い大きなおのを手に、調査隊員の遺体そばへ近づいていくのが見えた。

 クソッ! やめろよ……やめろよ!
 
 篤樹は「遺体の尊厳」さえも真っ二つに切り こうとするサーガたちに対し激しい怒りの感情を高めながら、エルグレドの待機する木の枝を見上げる。エルグレドが頷くのが見えた。よし! 今だ!

「やめろ!」

 篤樹の怒りに満ちた声が広場全体に響き渡った。
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