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第1章 旅立ちの日 編

第 30 話 ルロエの記憶

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「何か言い ぶんはありますかな? ルロエさん」

 裁判長が きびしい口調くちょうでルロエに たずねる。先ほどまでの「 判官贔屓はんがんびいき」は感じ取れない。篤樹の隣でエルグレドが「マズイな……」と つぶやいた。エルグレドと目が合う。

「アツキくん、何か質問してください!」

 小声でエルグレドが指示を出してきた。

「ルロエさん? ルロエさん! ちょっと! 被告人は裁判長の問いかけに……」

 鬼の 形相ぎょうそう微動びどうだにせず、カミーラを にらみつけたままのルロエに対し、裁判長が 苛立いらだった声で発言をうながす。篤樹はまるで 蝋人形ろうにんぎょうのように動かないルロエの背中とエルグレドの顔を交互に見比べた。質問しろって……? ええい、ままよ!

「さ、裁判長! お願いします!」

 篤樹はエルグレドの指示に従い、とにかく声をあげた。

「何だね! 君は! 何度言えば分かるんだね? この法廷においては……」

「ど、ど、どうして300年前に世界は ほろびなかったんですか?」

「はぁ?」

 裁判長が 呆気あっけに取られているすきに篤樹は続ける。

「サーガの『 大群行だいぐんこう』が……一体、どうやって治まったのか……僕、全くその……歴史を知らないんで……」

 あまりに突然の不規則発言に、裁判長が言葉を失っているのを見て取ったカミーラが質問に答える。

「突然の 撤退てったい、というか分散ぶんさんだった……としか分からない。確かにあの『大群行』が……あと3日も続いていれば、世界中の息ある者たちは絶え、サーガだけの世界になっていただろう。だが、やつらの分散……群れの 崩壊ほうかいが突然生じた。その機に乗じ、エルフも人間も獣人も皆が反撃に転じ、ヤツラを 蹴散けちらす事に成功した。だからキサマの質問に答えるなら、ヤツラが突然『 統率とうそつされた群れでは無くなった』から追い散らすことが出来た、ということになるな」

「そ、そうなんですか……ありがとうございました。スミマセン、裁判長……」

 裁判長は何か言いたげに口をモゴモゴ動かしたが、 あきらめ顔で答える。

「もう、不規則発言を行わないように。被告人に不利な裁定を下すことになるよ」

 そりゃ、俺だってこんな場面で発言なんかしたくなかったよ! 

 篤樹はエルグレドを うらむように見た。「……良いですね? 約束して。では、解きますよ……」エルグレドの独り言が耳に入る。ん? また何か呟いているぞ? この人いったい……

「裁判長!」

 唐突にルロエが口を開いた。

「ん? ああ、ルロエさん。さあ、あなたの反論を聞かせていただけますか?」

「はい」

 ルロエはそう答えると、1度ふり返り「もう大丈夫!」とでも言うように篤樹たちにウインクをした。

「大使の御発言に対し、私は明確な反論・反証を持ち合わせていないことをまず御理解いただきたいのです。なぜならあの『大群行』の時、私は 成者しげるものを終えて間もない、18歳という若輩者じゃくはいものでしたので……ガザルとはほとんど直接の面識も対話も無かったからです」

「言い訳かね? ルロエくん」

 カミーラが 嫌味いやみっぽく口をはさむ。

「いや、そうではなく真実を語るだけだ、カミーラ。君はあの頃と中身はあまり変わっていないな? 目先の情報、自分の思い込みだけで全てを知っているかのように語るとは」

「なんだと!」

 カミーラが声を荒げる。

「ルロエさん! 挑発的な言葉は……」

「裁判長、初めにお伝えしておくべきでしたが、遅ればせながら御説明いたします。私と大使カミーラは300年前…… 厳密げんみつには310年ほど前からの顔見知りであります」

 ルロエはカミーラに目を向け直す。

「ですよね? 大使」

「……そうだが、それは裁判とは無関係な話だ! 公の場で馴れ馴れしくしないでいただこうか!」

「と、まあ、このように 旧知きゅうちの仲であるため、大使も普段は ひかえられている言葉を使われるのだと私は理解しております。私も、気をつけてはおりますがつい『昔のよしみ』で言葉が過ぎることもあるかも知れません。その際にはどうぞご注意下されば、と」

 裁判長はカミーラとルロエを交互に見比べる。

「まあ、親しき仲にあったとしても、互いに礼をわきまえて話を続けられて下さい」

「分かりました。ご 配慮はいりょ感謝いたします」

 篤樹は「よし!」と こぶしを握った。大丈夫だ。ルロエさんは冷静だ。いや、たとえこの後また感情的になったとしても、裁判長は 即座そくざに「 無礼ぶれいな被告人」とは断じないだろう。「旧知の関係だからこの位のぶつかり合いはあるか」と認識させる先手をルロエさんは打ったのだ。大丈夫だ!

 ルロエが証言を続ける。
 
「北のエルフ族の滅亡には……心から悲しみを覚えます。私たちは……私は父や母と共に確かにあの日、北のエルフ族の森にいました。母は北のエルフ族出身のエルフでしたので……」

「あの時代においてもまだ異種族婚を行うエルフがいたなど、一族の恥だ!」

 カミーラが裁判長には聞こえない程度の声でそう呟く。ルロエは肩をすくめて話を続けた。

「父は小人族の祖父と、ルエルフ族の祖母の間に生まれました。ルエルフの村でも特異な存在でしたが、決して誰からも さげすまれることなく、むしろ活力に あふれて育った人物です。そんな父が『外界』で出会い、恋に落ち、共に生きる道を歩み出したのが……北のエルフ族出身の母でした」

「ほう。小人族との間にとは……」

 裁判長が 興味深気きょうみぶかげ相槌あいづちを打つ。

「父と母の馴れ初めは……まあ、今は関係ありませんね。私の知り得るガザルの情報ですが……私は幼い頃から父母がガザルの話をしていたように記憶しています。正確には覚えておりませんが……ガザルのことだったのだと思います。しかしその内容は決して否定的なものではなく、むしろ安否を おもんばかるようなものであった、と記憶しています」

「あんなヤツの『安否を慮る』だと!」

 カミーラがルロエの言葉尻を捕らえて叫ぶ。

「大使! しばらく沈黙を!」

 裁判長から発言を とがめられ、苦虫をみ つぶしたような表情で口を閉ざした。

「カミーラ……大使、もうしばらく私の証言に耳をお貸し下さい」

 ルロエも 丁寧ていねいにカミーラの発言を 牽制けんせいするのを忘れない。

「何が起こっていたのか詳しいところは存じ上げませんが……とにかく、ガザルは、ルエルフの村を出て『外界』に暮らす間にサーガとなってしまっていた、という事実を私の両親も知ったのです。一族からサーガが出てしまったという事を『恥』とする声もあると聞きますが、両親はただ、なぜガザルがサーガに ちてしまったのか、本当にサーガとなってしまったのか、その事を度々話しておりました……あの日、私が18の年の秋……父と母のもとに小人族の伝令者がやって来ました。私は立ち会っていませんでしたので詳しい内容は分かりません。しかし、伝令者が去ってすぐ、父は私を呼びつけてこう言いました。『お前の大叔父であるガザルは……サーガとなったらしい。我らは急いで彼を追い、母さんの故郷である北のエルフ族の森へと向かう事にする。お前はこの地に とどまるか? それとも共に行くか?』と。私は正直軽く考えていました。 思慮しりょの浅い若者だったのです。即座に同行を申し出ました。自分の棒弓銃があれば、いかなるサーガにも負けない自信に満ちておりました」
 
 そうか……ルロエさんはガザルとは面識が無かったんだ。篤樹はルロエの証言にホッとした。

「ですから裁判長、カミーラの言う……失礼、大使の言われた『証言』との食い違いをハッキリと申し立てます。ガザルは我が家に、ただの一度も訪れなかった。来たのは小人族の伝令者です。また、ガザルを連れて私たち家族が北のエルフ族の森へと歩んだのではなく、ガザルを追って私たち家族は北の森を目指し進んだのです」

 裁判長は困ったように手を組み合わせ、 頬杖ほおづえをつき目を閉じた。

「裁判長!」

 カミーラが発言の許可を求め叫んだが、裁判長は組んだままの手の人差し指を唇に当てて「黙れ」のジェスチャーを示す。

「カミーラ大使、あなた方の証言を裏付ける証拠を……今ここに提示出来ますか? ルロエ氏家族が、ガザルを連れて北のエルフ族の森に向かった、という証拠を」

 カミーラはその問いを あざけるように、軽く鼻で笑う。

「我々は自らの目で見、耳で聞き、手で触ったものを、一切の 脚色無きゃくしょくなくそのまま、確かなものと認めるエルフですぞ。人々に提示するための証拠など、何の価値もありません。いくらでも偽造出来る『モノ』に頼らず、自らの 尊厳そんげんをかけて……」

「ああ、もういいです! 短命な私たちは『証拠』を 吟味ぎんみし、真偽しんぎを確かめる種族ですので……今ここに証拠を出せるかどうかだけ答えて下さい」

 裁判長がウンザリしたように手を差し出す。カミーラは胸を張って答えた。

「そんなものは無い! 不要だ!」

「ルロエさん……」

 裁判長は あきれたようにカミーラに 一瞥いちべつをくれた後、ルロエに問いかける。

「ガザルがあなた方家族の元に、ただの一度も訪れたことが無い、という証拠を今ここに提示出来ますか?」

「……出来ません」

「結構。ではお互いに証明出来ない証言をされている、という前提で続きを伺いましょう。どうぞ」

 裁判長はルロエに証言を続けるように うながした。

「はい。私たちが北のエルフ族の森に入ると、すぐに1人の若いエルフの男を見つけました。母はその若いエルフを知っていたようで、すぐに介抱にあたりました。 瀕死ひんしの重傷でしたが、何事が起こったのかと たずねると彼は『ルエルフのサーガが おそってきた』とだけ答えました。 いやしの魔法も効かず、彼はそこで木霊となりました。私たちは森の奥へと向かいました。エルフ族の 住処すみかを目指して……しかし集落までもう少し、というところまで来ると結界に道を はばまれました。私たちは阻まれた結界の外から、あの……おぞましい…… 殺戮さつりくの姿……ガザルの狂気に満ちた『エルフへの 破壊行為はかいこうい』を目の当たりにしたのです……」
 
 エルフへの「破壊行為」……?

 篤樹はルロエが身を震わせながら、言葉を選びつつ語る証言に恐怖を感じた。あのガザルが行う破壊行為……ルロエさんの言い方は、建物や村に対しての破壊ではなく「エルフそのもの」に対する破壊行為、つまりただ「殺す」という以上の殺戮を目の当たりにした、ということか……

「ヤツの……ガザルの手はいつまでも ゆるみませんでした……。結界の壁に向かい……私たちに向かって助けを求め叫びながら駆けて来たエルフ……赤ん坊を抱いていた女性でした。恐らく母とその子でしょう……ヤツはためらいも見せずに彼らも手にかけたのです。私たちは、怒りと恐怖で気も狂わんばかりに結界の『外』で叫んでいました。自分たちの無力さを呪いながら……。ヤツは……私たちの姿を確認すると笑いました。 っすらと……冷たい……死の かたまりのような目で見つめ。その後は……もう……思い出したくもありません。ヤツは結界の『中』にいるエルフを1人ずつ捕らえては……私たちの目の前まで連れて来て『破壊行為』を繰り返したのです! 私は 嘔吐おうとし、泣き叫び、怒り、 もだえ、届かぬ矢を結界に向かい ち続けました。父も母も、持ち得る全ての法術を 駆使くしして結界を撃ち続けました。でもヤツの行為を……最後の1人まで犠牲となるのを止められなかったのです」

 カミーラに向かって語るルロエの声は涙声になっている。

「止められなかった! それは事実だ。どうしようもなかった。ヤツの結界の前に私たち親子3人は……ただただ無力だった。それが罪だというなら私は罪を認めよう! 弱く、無力で……ヤツの 暴虐ぼうぎゃくを目の前で見ていながら止められなかった事が罪だというのなら……私は自らの無力さを罪と認めよう! しかし、ヤツを北のエルフたちの もとへ手引きしたなどという、有りもしなかった証言をもって『罪と定める』というのなら、断じて認めることは出来ない!  同胞どうほうを目の前で虐殺された母の悔しさ、苦しみ、悲しみは……お前の比では無かったのだから!」

 カミーラは話を食い入るように聞いていたが、フッと力を抜きルロエに応じた。

「そのお前の証言を『裏付ける証拠』はあるのか、と裁判長はお聞きになっているのだ。無いのだろう? ならば真実は分からんな!」

  き捨てるように言い放つ。

「確かに……証拠はないさ。そんなもの……手に入れる余裕も無かった……」

 ルロエは証言を続ける。

「結界が解かれた時、私たちの目の前には……木霊となったエルフたちの着衣だけが散らばっていた。ヤツは力なく座り込んでいる私たちに言ったよ。『エルフは木霊になって消えるためだけに存在する』ってね。その言葉に はじかれたように母が、そして父がヤツに向かって行った。私も遅れを取ったが、すぐに棒弓銃でヤツを狙った。だが、ヤツの動きはゴブリンどころのスピードではなかった。私の矢の数倍の速さで動くヤツに、私は本当に無力だった。父と母はそんなヤツに圧されながらも戦いを続けたが……力の差は 歴然れきぜんだった。ヤツは笑い続けながら、父と母の攻撃をかわしていただけだった。やがて、父と母の息が乱れ始めると、ヤツは少しずつ、父と母の肉体への『破壊』を始めた。ヤツを止められないばかりか、確実に私たち3人はヤツの 餌食えじきとなるのだと私は覚悟した。その時、戦いの最中にある母から『近距離伝心』が私に届いた……」

「ん? 何ですかな? その『伝心』とは? 魔法ですか?」

 裁判長は自分の知らない単語が出て来て口を挟んだ。カミーラが答える。

「伝心はエルフ族の持つ古代魔法です。同じ種族間で一定の条件下にある時に発動できる情報伝達の魔法、とでも御理解を」

 ルロエはカミーラの口出しにうなずき、説明を続ける。

「母からの『伝達魔法』は、とにかくこの場から私だけでも逃げろ! というものでした。もちろん、私はこばみました。すると父が、エルフの おさの家を見つけ出し『 まもりのたて』を持って来るように指示してきました。『創世時代からの守りの盾』が、北のエルフ族には代々受け継がれているはずだと。私はガザルの目を盗み……いや、父と母がその身を けずってヤツの気をそらしている間に、村長の住処とする 大樹たいじゅを見つけ、そこで『守りの盾』を見つけ出したのです。父と母のもとに急ぎ戻った時、2人はガザルの手で最後の攻撃を受ける直前でした。私は盾を両親に向けて投げました。すると、盾は自ら意志をもつ鳥のように……伝説の不死鳥のような姿となってガザルを攻撃し、その手から父母を助け出してくれたのです。私は2人のもとへ駆け寄りました。父は意識もありましたが……母は……かなりの深手を負っていました……」

 ルロエがひと息をつく。カミーラは話を聞きながら、口の はたに薄っすらと笑みを浮かべていた。その表情に、篤樹は嫌な予感が働く。

「……私の記憶はそこまでです。その後の事は父から後に聞きました。ガザルは『盾』に追い立てられ、北の森から飛び出し逃げる際に……恐ろしいほど強大な爆魔法を森全体に撃ち込んだそうです。私たち親子は『守りの盾』によって『 瞬滅しゅんめつ』をまぬがれましたが、その攻撃で私も 瀕死ひんしの重傷を負ったのでしょう。その後の記憶は……ルエルフ村の森の中で目覚めた時からしかありません……」

 ルロエの証言に、法廷内は水を打ったように静まっていた。
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