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第七話 武蔵要塞

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■擬装工事

 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊が陸軍第32軍と現地協定を結んで、最初に行った事はその巨大な船体を隠す事だった。

「防衛計画の見直しは目下検討中でありますが、このままでは目立ちます。敵に見つかれば間違いなく集中攻撃を受けるでしょう。敵が上陸するまで戦力を確実に維持して頂くために、まずはこの大きな船体を隠したくあります」

 翌11月8日、ふたたび戦艦武蔵を訪れた八原大佐は猪口らにそう告げた。徹夜で色々と検討していたのか目の下に少し隈ができている。

「了解したが、そんなに慌てなくても良いのではないか?」

 猪口は疑問を口にした。なにしろもう武蔵は沈むことはないのだ。主砲さえ無事であれば爆弾も怖くないと思っている。

「万が一、という事もあります。危険は極力排除した方が良いと愚考致します。それに隠すことで敵に対する奇襲効果、敵の上陸作戦を混乱させる効果も見込めます。そして何より、状況は一刻を争います」

 八原は力説した。米軍は9月頃から沖縄に対する偵察行動を強化しており、10月には大規模な爆撃も行なわれている。そして偵察は今も続いている。

 だが敵の偵察機を防ぐ力が第32軍には無かった。飛行場はいくつもあるが、そこに居た飛行隊はすべて先月から台湾に引き抜かれてしまっている。

 いざという時に派遣飛行隊が利用したり敵に利用されないように飛行場の保持は命ぜられているが、現状では滑走路は空っぽだった。

 沖根の方は航空隊を持ってはいるが、それは哨戒航空隊であり偵察機を追い払う力は無い。つまりこのまま放置すれば武蔵が発見されるのは時間の問題であった。

「とにかく敵が来襲すると思われる春まで隠せれば十分と考えております」

「隠しても、何かあると思われたら攻撃されるんじゃないかね?」

 戦艦が見えなくなっても、代わりに巨大な構造物が出来れば目立つだろうと猪口は指摘した。

「それならそれで敵に破壊したと思わせられれば目的は達せられると考えます」

「なるほど、そういう事なら了解した。擬装作業にはうちも協力しよう。何しろ人だけは沢山居るからね」

 戦艦武蔵には3000名の乗員が居る。そのほとんどが今ではやる事もなく艦内に待機させられていた。

「そうだ、沖根にも支援を依頼しよう。困った事があれば声を掛けてくれと言っていた事だしな。早速使わせてもらおうか」

「本艦が陸軍の作戦に積極的に組み込まれる事は、あまり公けにしない方が……」

 加藤副長が懸念を呈した。身内であるはずの海軍から余計な横やりが入るかもしれないし、嫌がらせで補給に影響がでる可能性もある。

「なに、沖根には擬装工事を手伝ってほしいとだけ言えばいいさ。嘘は言っていない。それなら向こうもGFも文句は言わないだろう?」

 猪口はいたずらっぽく笑う。ここ二日ほどで彼は完全に吹っ切れた様であった。

 どうせ沖縄で生き残っても自分のキャリアはここで終わりである。ならば出来る事なら何でもやってやろう、そういう気持ちに彼はなっていた。

 こうして、武蔵乗員、第32軍工兵隊、沖根設営隊の人員と資材を大動員した工事が開始された。

 擬装は凸型の箱状の構造物で武蔵を完全に覆うものとした。

 何年も維持したり台風でも壊れないような耐久性は全く考慮されていない。むしろ主砲の旋回・発砲時には撤去しなくても勝手に弾け飛んでくれる位が丁度よい。

 このため構造物は竹や木材の骨組みに合板や防水布を張っただけの簡易的なものとなった。

 これでも全体を灰色で塗装すれば、上空や沖合から見ればコンクリート建造物に見えないこともない。

 簡単な構造で人手もかけたため工事はわずか5日間で完成した。幸運にもこの作業中に上空を敵の偵察機が飛ぶことはなかった。

 その後、当然ながら米軍はこの構造物を発見したが、この時点では脅威とは考えなかった。

 なんらかの防御施設だろうとは判断したが、上陸を予定している海岸ではないこと、そして事前に行う砲爆撃で無力化が可能と思われたためである。

 こうして、戦艦武蔵は米軍の上陸作戦が始まるまで、その姿を一時隠す事となった。


■装備の転用

「飛行科と整備科は沖根に行ってもらおうか」

 武蔵の船体が擬装に完全に覆われる前に、猪口は飛行科と整備科を呼ぶとそう告げた。

 武蔵には先の海戦前に長門から移した機体を含め4機の水上機を搭載していた。それは今もそのまま第34特別根拠地隊の所属という事になっている。

 今行われている擬装工事が完成すれば発艦もままならなくなる。そもそも一度発艦しても周囲に海が無い現状では回収もできない。

 そこで猪口は沖根の指揮下にある沖縄海軍航空隊に彼らを引き取ってもらう事にした。哨戒部隊であるそこならば水上機にも活躍場がまだまだある。

 最後までここに残りたいという彼らに猪口は諭すように言った。

「すでに弾着観測など出来る時代や情勢でないのは自分ら自身が良く分かっていることだろう。残念ながらここに居ても君らに活躍の場はない。だが沖縄海軍航空隊ならばまだ活躍できる。書類上の所属は本艦のままとしておく。向こうにも話を通しておくから、気兼ねなく行ってきなさい」

 最終的に彼らは射出機の音とともに武蔵から飛び立っていった。

「艦長、いいんですか?本艦から出るなという指示だったはずですが……」

 遠ざかる機体を見送りながら、加藤副長が心配そうに言う。

「まあ沖縄から出なけりゃ、本土に戻らなきゃGFも問題にしないだろうさ。沖根も整備科と一緒に燃料やら部品やら一切合切全部渡したからね。感謝するだろうよ」

 猪口がカラカラと笑う。更に猪口は使えるものは何でも敵に壊される前に武蔵から移すつもりだった。

「艦長、高角砲と機銃を艦から降ろすとは、一体どういうおつもりですか!」

 防御指揮官の工藤大佐と高射長の広瀬少佐が猪口に詰め寄る。

 猪口は生き残っている高角砲と対空機銃を艦から外し、第32軍と沖根に渡す事を決断していた。沖根には分隊の兵士も一緒についていく。艦には引き込み式にした単装機銃を少しだけ残すという。

「残念ながら本艦の対空能力は高くない。それはシブヤン海で君たちも痛感しただろう?」

「はい……」

 猪口の指摘に二人は悔しそうに頷く。あの空襲の際、武蔵は対空戦闘でただの一機も撃墜できず一方的に損害を被っていた。

「敵の上陸作戦が始まれば、あの時の比でない爆撃を受けるだろう。しかも今度はこちらは回避もできないんだ。据物斬りだよ。そして爆撃で高角砲と機銃はあらかた破壊されてしまうだろう。ならば壊される前に有効に使える所へ持って行った方が合理的だ」

 特に第32軍は重火器の不足に苦しんでいた。この猪口からの申し出は渡りに船だっと言ってよい。

 彼らはこの火砲を本来の対空用途に使うつもりは無かった。対人、対戦車の用途に使おうとしていた。だから高射装置も必要ない。

 25ミリ機銃、13ミリ機銃は対空戦闘では射程・威力ともに力不足であったが、陸戦ならば恐るべき力を発揮するだろう。12.7センチ高角砲は通常弾のため装甲貫通力は低いが、その高初速と弾頭重量だけでそれなりの対戦車能力が見込めた。

「25ミリ機銃の一部は艦から降ろしても艦周辺に配置するが、陸さんに渡す分は使い方から教育する必要がある。二人にはしばらく第32軍に行ってもらいたい。向こうでしっかり教育してきてくれ」

「はい、了解しました」

 二人は猪口の命令を渋々了承した。

 こうして最終的に武蔵の艦上には、主砲と副砲、そして僅かな単装機銃だけが残される事になった。

 また、こうした転用を通して大半の乗員がなし崩し的に沖根に移る事になり、武蔵の乗員は武装と機関を維持できる最低限の人数にまで徐々に減っていく事となる。


■武蔵要塞

 工事が行われたのは擬装と武装撤去だけではなかった。

 砂浜に半ば乗り上げて座礁しているとはいえ、戦艦武蔵の乾舷は喫水線からおよそ10メートルもの高さにある。

 今は舷側にラッタルを降ろしているが戦闘時には失われる可能性が高い。幅も狭く緊急時の乗降にも不安がある。

 このため右舷の被雷箇所、被雷と座礁の衝撃で装甲板が脱落し空いた穴を利用して武蔵と地上を地下トンネルで接続する事とした。

 予備も含めて3本のトンネルが作られた。トンネルは分厚いべトンで覆われるだけでなく、さらにその上を砂で覆ってその存在を秘匿した。

 このトンネルは人員や物資の行き来だけでなく、第32軍・沖根との通信線も通される。

 万が一、戦艦武蔵の艦内で戦闘が発生した場合は、ここを通って地上部隊が救援に向かう手はずとなっていた。

 また、海側からの波浪と船体の腐食を防ぐためと、船体の形状を誤魔化すため、海側を防波堤を兼ねたコンクリート護岸で覆う事となった。

 つまり現代の横須賀の三笠の様な状態にしようというのである。

 これに伴い機銃や高角砲の無くなった甲板には、多少の防御効果を期待して鉄筋コンクリート装甲が施された。

 こうした工事で武蔵の艦容は大きく様変わりした。

 その姿からいつしか武蔵は第34特別根拠地隊という正式名称ではなく『武蔵要塞』という通称で呼ばれるようになっていた。




【後書き】

武蔵は魔改造?の回です。

もう主砲と副砲しか残ってません。ほかの装備は敵に壊される前に有効活用する事にしました。外せるものなら副砲も転用したいくらいです。

次話から第一話の慶良間上陸作戦直後に時間が戻ります。

作者のモチベーションアップになりますので、よろしければ感想をお願いいたします。
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