オレとアイツの脅し愛

夜薙 実寿

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第九章 水面に立つ波紋

9-5 開催!水泳大会

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 思い切り息を吸って止め、合図と共に一斉に潜る。冷たい感触。遠くなる音。ゴーグル越し、水中の光景に目を凝らし、周囲とは異なる色彩を探した。やがて、水底にキラリと光るそれを見付けると、水を掻いて移動し、そいつを拾い上げた。
 何度か息継ぎに顔を出しつつ、同じ行動を繰り返す。手の中がいっぱいになると、都度入手した〝たからもの〟を陸に上げて空にし、再び潜る。そうしている内に、上から笛の音が鳴り響いた。――撤収だ。身体の力を抜いて水面に浮上する。

「ぷはぁっ!」

 プールサイドに上がると、最後に手にした〝たからもの〟をこれまでの戦利品の山に加え、端っこに引っ込んだ。

「トキ、お疲れ」

 近くで待機していたタカから労いの言葉を受け、グータッチした。手応えは良好だ。
 すぐ様集計が始まった。実行委員こと水泳部の皆さんが各クラスの〝たからもの〟の合計獲得数を数え上げていく。その間オレは、二階観覧席の方を盗み見た。うちのクラスの奴らが固まって座っている辺り。そこに九重も居た。結構距離があったが、思いがけずバッチリと目が合う。途端、バッと勢いよく逸らしてしまった。

「どうした、トキ?」

 タカに問われて、びくりと肩が跳ねる。

「いや!? 何でも!?」

 ……観てたんだ、アイツ九重。オレの活躍こと。嬉しいけど、何か面映ゆい。
 遂に始まった水泳大会。生徒会執行部は実行委員と共に本番までの準備を手掛けてきたが、当日はオレ達は何かあった時の補佐程度で、実行委員が主導で動く。
 実行委員は水泳部の人達で成り立っている。水泳部は強過ぎるので競技への参加が不可となっている為、ライフセーバーや進行役などの運営サイドに回される決まりになっていた。

 七月中旬、夏休み直前の水泳大会。それは、期末テストの直後に開催される、毎年恒例のイベントだ。
 元々は体育の授業で水泳を扱える期間が短い為、少しでも水泳に親しんで貰えるようにとの目的で設立されたものらしいが、昨今では室内温水プールへの移行により授業期間も延びた為、その意味合いも大きく変わってきている。

 大会などという仰々しい名を冠してはいるが、その実、期末テストの鬱憤を晴らす為のお楽しみレクリエーションという側面が強くなっているのだ。これが終わったらいよいよ夏休み。本番前に早くも羽目を外す機会の到来という訳だ。
 水泳部がプールを使用していない朝に自主的に練習するガチ勢も居なくはないが、ほとんどの生徒は授業以外で泳ぐこともないので、ほぼぶっつけ本番だ。

 参加するのは一、二年生のみ。三年は受験勉強優先という理由で、無し。学年合同でクラスの順位を競い合う形となっている。
 一般生徒は競技への参加は自由だが、不参加の生徒には見学の義務が課される。AからEまでの五クラス×かける二学年の十クラス分。二階観覧席はなかなかの蜜状態が生み出されている。

 ちなみに、競技参加者には体育の評価に少し色が付くという特典付きなので、体育が苦手な生徒こそ参加する意義があったりする。その為、泳ぐのが苦手な生徒の為に、オレが今やったような感じの、競技というよりほぼ遊びに近いような種目も多々用意されているのだ。

 〝水中たからもの探し〟――プールに沈めた〝たからもの〟を時間内にいくつ見つけられるかを競う、小学生でも出来そうな簡単なゲームだ。
 程なくその結果が出た。一位は、オレの所属するA組。これまでの競技結果と併せて、見事暫定一位だ!

「よっしゃああ!!」
「頑張ったな、トキ。偉いぞ」

 ガッツポーズするオレを、タカがタオルで拭う。正直言うとあまり乗り気じゃなかった種目だけど、どうせやるからには、てっぺんを狙いたいもんな!
 オレは泳げない訳じゃない。水泳だって、超得意だ。だから、本来はもっとちゃんとした競技にいっぱい出たかったんだけど……。
 チラリ、オレよりも上の方にあるタカの顔を見上げた。タカはオレの視線を受けて、ふわりと柔らかく微笑む。邪気の無い笑顔を向けられると、恨み言も言えずに、オレは内心いじけた。

「タカは次の次の水上騎馬戦、出るんだろ?」

 だから、ここに居るんだ。出番の近い参加選手は、プールサイドに集合して待つことになっている。タカが頷いた。

「そうだな。トキが頑張って守った順位、オレも守り通してみせる。だから、トキ……見ていてくれるか?」

 不意に注がれる、真剣な眼差し。少し気圧されそうになるが、ぐっと耐えて、今度はオレが頷きを返した。

「ああ、タカの活躍っぷり、観覧席からちゃんと見てるからな」

「頑張れ」と発破を掛けて送り出す。タカは最後に今一度首肯して手を振ると、気合十分、勇んで他の選手達の元へと向かった。
 〝水上騎馬戦〟――四人一組で代表者の水泳キャップを取り合う、血沸き肉躍る熾烈な競技。オレもそっちが良かったなぁ。
 でも、タカに(あと九重にも)危ないから駄目だと言われてしまった。水球も、水上棒倒しも、何かちょっと危険が伴いそうなやつは全部あの過保護組に却下され、オレに許された選択肢は、先のゆる~い競技くらいのものだった。

 あと、一つだけ。ちゃんとしたレースの参加予定もある。ラストのメドレーリレーだ。背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ、自由形クロールで順番に選手交代して順位を競う王道の競技。オレは平泳ぎ担当だ。
 これにはタカと九重も出るし、須崎も出る。二年A組の運動神経良い奴トップフォーが他薦により選出されているので、過保護Sにも口出し出来なかったようだ。(てか、純粋なレースの方がかえって危なくないしな)
 九重が背泳ぎ、須崎がバタフライ、アンカーの自由形がタカ、という布陣になっている。ガチだ。オレは今からそのレースがめちゃくちゃ楽しみで仕方ない。

 それはともかく、観覧席に上がるには二階の入口から入り直す必要がある為、タカとの約束を果たすべく、オレはプールサイドに置いておいた上着ジャージを羽織り、一旦会場を後にした。――そこで、まさかの人物が待っていた。

「お疲れ様です。トキさん」
「……四ノ宮」

 お人形さんのような端正な顔立ちに、天使のような愛らしい笑顔。見る者の心を蕩かすような癒し力抜群のそれを前にして、オレはしかし条件反射的に警戒してしまう。

「お前は、競技に出ないのか?」

 四ノ宮はきっちり制服姿で、水着のミの字も見当たらなかった。

「僕は完全見学組です。肌を晒すの、嫌いなんで。クラスの低脳男子共に、細くて白くて女みたいだって囃し立てられるの、鬱陶しいんですよ」

 そういう奴らにこそ、四ノ宮の下半身のご立派様を見せつけてやればいいのに。と思ったが、下世話に過ぎるので黙っておいた。

「じゃあ、オレ、あの……タカとの約束があるんで」

 そう言って、冷や汗を隠しつつ顔に笑みを貼り付けてそそくさとその場から退散しようとしたオレだったが、当然、そうは問屋が卸さなかった。

「トキさん。少し、お散歩しませんか?」
「お散歩? いやオレ、約束」
「タカさんと僕……どっちを取るんですか?」

 何だその、面倒くさい彼女みたいな文言は。勿論、タカの方を選びたいところだが、そうしたら後が怖いのは目に見えている。今日は助けてくれるセンパイも居ない。

「四ノ宮……もう止めよう?」
「またそれですか」
「オレ、四ノ宮とはもっと普通の、友達になりたいんだ。だから……」
「トキさんの写真、タカさんに見せたら、どんな反応するでしょうね? それから『この画像をばら撒かれたくなかったら、言うことを聞け』と言ったら、簡単に従ってくれそうですよね。タカさん、トキさんのことが何よりも大切みたいですから」
「っ……四ノ宮!」

 咎めるように呼ぶと、四ノ宮は大きなベージュの瞳でこちらをじっと見上げた。その表情から、ふっと笑みが消える。

「友達なんて、なれる訳がないでしょう。今更。貴方も僕も……もう引き返せはしないんですから」

 それは何処か切迫した響きを孕んでいて、その諦観と自棄の色に、圧倒されて息を呑んだ。
 一蓮托生、乗りかかった船。向かう先は破滅と分かっていても、もう止まれない。
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