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その後
いまはもはやただの趣味 3
しおりを挟む何処へ行くにもひよこのように後をついては「あーうえ!」と懐いてくれる弟が可愛かったし、愛おしかった。
兄上と正確に発音出来るようになっても、多忙になった黒曜がなかなか構ってやれなくなってもそれは変わらず、弟はいつだって黒曜の側にいた。
名家の子で幼くして優秀だった周瑜と引き合わされ、そこに周瑜が加わった。
弟と、親友と、そしていくらかの気の置ける周囲。それが皇太子としてではない、私的な黒曜の世界の全てだった。
だけど一度だけ…………黒曜は陵王を遠ざけようとしたことがある。
あれはいつだったか。
確か黒曜が10になった頃だっただろうか。
「兄上っ点心がありますよ」
遊んでいたのか、それとも一風変わった鍛練でもしていたのか頬を泥で汚した弟が駆けよってきた。
伸ばされたその手を、黒曜ははね除けた。
バシンッ!思いがけず響いたその音に黒曜は驚き、そして真ん丸な瞳で呆然と立ち尽くす弟の姿をただ見ることしか出来なかった。
周囲が驚き慌てる中、二人はただ無言で向き合い……逃げるように黒曜は背を向けたのだ。
あの時の陵王の傷ついた瞳の色は今も心に焼き付いている。
その頃、黒曜は行き詰まっていた。
皇太子としての責任と重責、期待と責務、それらの全てが重くのし掛かっていた。
凡庸な自分。
それに引き換え、弟の陵王は黒曜から見ても文武ともに優秀で天才だった。
さらにはあの美しさだ。
「陵王様が皇太子であられたなら……」
そんな声は黒曜の耳にまで届いた。
だから…………。
それから暫く、黒曜は陵王を避けた。
原因はわからずとも、拒絶されたのはわかったのだろう。
陵王の方も普段通り無邪気に黒曜に纏わりつくことはなかった。
なかったのだが…………一定の距離を取りつつ、物陰からじっと黒曜を見ていた。
柱の影などからじぃぃっと兄の姿を一心に見つめ、目が合いそうになるとパッと隠れる。
そしてそろりと顔を出してはじっと熱視線を送り続けるのだ。
ふと視線をあげれば此方を見続ける視線がある。
正直、軽くホラーだったし気になって仕方がなかった。
その他にも、少し席を外して戻るとパッと走り去る幼い背が見え、机には菓子が置いてあり……黒曜は華胥の国にもあるごんぎつね的童話を思い起こしたりしたものだ。
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