皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴

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皇太子夫妻の歪んだ結婚 中編

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皇太子妃のリーンにも視察がある。
皇族自ら民に顔をみせるのは大事な仕事である。
ルオは嫌いでも、民や国は別であり、活気ある民の姿を見ながら自分の役割を思い出す。民に迷惑をかけずに穏便に離縁しようと新たに決意を固めていた。

「お姫様、お花を」

孤児に差し出される花はリーンを笑顔にしてくれた。

「ありがとう。」

輝かしい金髪を風にたなびかせ、花に顔をうずめるリーンは美しく視線を集める。
民達は孤児が集めた野花を宝物のように丁寧に扱い微笑むリーンに見惚れる。リーンは活気ある民達と触れ合いながら、話に耳を傾ける。
小国はリーンの出身の大国と比べるとあらゆる面で遅れていた。
子供達の学ぶ場所もない。知識は誰もが持てる武器である。自分はいずれいなくなる皇太子妃でも、皇族である間は義務を果たし民のために動こうと決め、惜しみない笑顔を向けて別れの挨拶をした。
リーンは離宮の執務室に帰り、椅子に座り思考を巡らす。
嫁いだばかりで、いずれいなくなるリーンが口出しするのはよくないが、一番頼りにすべき相手は決して頼りたくない。公私混同とはいえ、必要でも関わりたくない。リーンは執務室に入ってきた侍従を見て、ニッコリ笑う。
リーンは頼りになる腹心に相談することを決めた。

***

リーンは侍従の手回しのおかげで念願の行政府への視察が叶った。
行政府はリーンの視察を表面的には快く受け入れた。大国出身の皇太子妃の機嫌を損ねられない。行政官達は大国の姫の気まぐれに振り回されることへの、不満を隠して笑顔で迎え入れる。

「これは、妃殿下このような場所に足を運ばれるとは」
「皆様のもとでお勉強をさせていただきたいと。無学な身が恥ずかしいので殿下に内緒にしてくださいませ」

小国は女性の文官がいないこともあり、リーンの視察という名の見学は歓迎されないことはわかっていた。リーンは貞淑な姿勢を崩さず、空気を読みながら視察した。行政官は想像と違う皇太子妃の様子に戸惑ったが、小国のことを学び、夫に尽くそうとしている姿に行政官達の心象が良くなった。
リーンは行政官の話を聞きながら、無知なふりをして施策に訂正を加えていく。リーンが疑問を浮かべて、こうなれば素敵と微笑めば、行政官は見て見ぬふりをできない。
リーンは自分の言葉に即座に案を述べる若い行政官に笑みを浮かべながら褒め称える。本人に気付かれずに、気持ちよくリーンの思い通りに動かすのは大国の王族にとって簡単だった。
大国出身なのに、低姿勢で素直な美しい笑顔の妃殿下の評判は上がり、しばらくすると行政官はリーンの訪問を心から歓迎するようになった。行政官の大国の施策に興味があるという言葉にリーンは役に立てて嬉しいと極上の笑みを浮かべて語る。ぜひ大国に対抗意識を燃やしてよい国を作ってほしかった。

ルオは行政府に顔を出すと、リーンが楽しそうに行政官と話している光景に足を止める。
リーンはルオに気付き礼をする。

「殿下、お仕事お疲れ様です。私はこれで失礼します。お邪魔致しました」

社交の笑みを浮かべたリーンはルオの言葉を聞かずに立ち去る。行政官はリーンがルオに内緒で勉強したいと聞いていたので、戸惑う皇子の様子に疑念はない。

「殿下はよい方を貰いましたね」
「視察予定はなかったはずだが」
「妃殿下は孤児院の視察の帰りに立ち寄られたそうです。ありがたいことに差し入れもいただきました。勉強熱心な方で、それに私達も良い刺激を頂けます。」

ルオは戸惑いながらも、いくつか用をこなして立ち去る。
リーンが行政官に向ける笑顔はかつて自分に向けられていたものだった。すれ違いの夫婦生活が続いていた。ただ二人の不仲を知るのは一部の者だった。

***

リーンは自分の思惑通りに進み笑みを浮かべていた。
行政官によりいくつかの新たな施策が形にされた。
ルオの侍従が面会依頼の手続きをしたので受け入れる。まさかルオ自ら来るとは思わなかったが社交用の顔を作り、礼をして迎え入れる。

「殿下、ご用件とは」
「大国の力を借りたい」

ルオに渡された書類は大国の技術者を招き、職人育成の案で、リーンが行政府で呟いたものの一つ。

「かしこまりました。お任せください。契約前に報告にあがります」
「助かるよ」

リーンはルオとの話は終わり、用もないのでリーンは書類に視線を戻し自分の執務を進める。
ルオの視線が部屋に飾る花に向けられたことは書類から顔を上げないリーンは気付かない。

「休憩しないか?菓子を取り寄せた」
「必要ありません。ご用がなければ退室ください。」

書類から顔を上げず冷たい声のリーンにルオは退室した。このままここにいれば無理やり追い出されることもわかっていた。
自分達の仕打ちを許せないのに民のために懸命に尽くす姿は凛として美しい。どうすれば許してもらえるか今日もルオは頭を悩ませていた。哀愁漂うルオの背中にリーンが視線を向けることは決してなかった。
ルオが立ち去ったのでイナは主にお茶を出す。
急ぎの仕事がないリーンは書類を机に置き、カップに手を伸ばし、お茶の香りを楽しむ。

「姫様」
「嫌よ。お菓子が欲しいなら勝手に取り寄せなさい。イナの給金なら問題ないわ」
「姫様と殿下の部屋は贈り物だらけですよ」
「換金して、殿下にお金をそのままお返したいけど、商人が困るわ。皇家から品を返されたら、外聞最低よ。新しい妃に使ってもらえばいいわ。」
「姫様の行動は誠意のかけらもありません」
「お互いさまよ。1年耐えたら大国に帰るからそれまで我慢して。次はまともな相手を探すわ」

お茶を飲みながら、ため息をこぼすリーンに気の毒なのはルオという言葉をイナは飲み込んだ。イナはある情報を持っていたが、ルオに全く興味を示さないリーンが望まないので伝えない。主の意向に従うのが家臣の努めである。

***

小国ではリーンが嫁いでからは他国の貴族の訪問が増えていた。
夜会でリーンは友人の王子に手を振られ笑みを浮かべて近づく。

「リーン様、お久しぶりです」
「ごきげんよう。遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」
「リーン様に会うためならどこにでもはせ参じましょう」
「お上手ですわ。ご令嬢の嫉妬が怖いのでほどほどにお願いしますわ」
「まさか、本当に嫁がれてしまうとは。私は悲しみで枕を濡らしました」
「まぁ!?きっと令嬢達が頬を染める麗しいお姿でしたのね」
「リーン様ならいつでも歓迎します」
「嫁いだ身にはもったいないお言葉です。これからも友人としてお付き合いくださいませ」
「リーン様のためとあらば。今日はこちらを」

リーンは差し出される綺麗な箱の中身をのぞくと中には色とりどりの飴が詰まっていた。

「ありがとうございます」

笑みを浮かべて、受けとった箱をイナに渡す。王族はどんなに貴重な物でも毒味なしに口にしない。

「リーン」

リーンは自分の名を呼ぶルオの声に目の前の友人に礼をして立ち去る。
貴族の目のある夜会の場でルオをないがしろにはできなかった。
女性に囲まれていたルオが自分のもとにくるなど予想外であっても差し出される手をとるしかない。せっかくリーンはルオを女性の集団の中に残してきたのに台無しである。不機嫌な気持ちを隠して穏やかな顔を作る。

「知り合いか?」
「友人です。貿易相手としても申し分なく親交を深めても損のない方です。殿下、私はもうよろしいでしょうか?」

リーンの役目は終えていた。

「部屋まで送るよ」
「いけません。私はお部屋でお待ちしておりますので、殿下はお務めを最後までお願い致します。では」

リーンは笑みを浮かべて礼をして夜会の場を後にした。
リーン達の様子を見ていた王子がルオに近づき、ニヤリと笑い耳元で囁く。

「小国にリーンは勿体なかったな。譲るなら便宜を図ってやるよ。うちは大国にも引けをとらない」
「お気遣いありがとうございます。ですが」
「仲睦まじい皇太子夫妻じゃないだろ?リーンより扱いやすい俺の妹をやってもいい」
「私には過ぎた妻です。リーンはよくしてくれています」
「リーンが小国を選ぶとはな。でも安心した。つけいる隙がありそうだ」

ルオはリーンと親しく話す男の様子を見ていた。
慌てて自分に声をかける令嬢を引きはがして、リーンを呼び止めた。
リーンが離縁したいのは知っていた。それでも自分はリーンを手放したくなかった。嫌われて、つれなくされても、リーンを好きな気持ちは変わらなかった。

リーンはイナの部屋でドレスを脱ぎ、着替えていた。

「イナ、それ処分しておいて。きっと危険なものよ。たぶん仕掛けてくる」

リーンは自分の友人であり元婚約者候補の王子をよく知っている。人の弱みを握って支配したい人間であり、当時、リーンが一番嫁ぎたくない相手だった。王子の国は様々な研究が進め、大国には及ばないが、研究分野では世界でも3指に入る力を持つ国。その王子が小国に来るとは企みがあるとしか思えなかった。王子にとって価値のない小国に来る理由が一切思いつかなかった。
杞憂でおわるならよかった。でも警戒しておくことに損はない。リーンは王子が自分に会うためだけに訪ねたとは思わなかった。イナは、主が無駄な警戒をしていることを知っていたが余計なことは言わず、勿体無いと思いながらも貴重な飴の処分に動く。

ルオが部屋に戻るとやっぱりリーンはいない。
ルオが部屋を使わなくてもリーンが戻ってくることはなかった。リーンは執務室とイナの部屋での生活をやめない。自分の手紙にも一切返事がない。あの男の贈り物が部屋にないなら、リーンが受けとったことも複雑だった。嫉妬する権利はないとわかっていても。

***

侍従は今日も落ち込んでいるルオに朗報を持って帰った。
ルオの腹心達は主の初恋を応援していた。

「殿下、リーン様は贈り物を処分されてました。」
「は?」
「危険物と判断されたそうです。」
「あんなに親しそうだったのに」
「リーン様ですから。お二人も対外的には仲の良いご夫妻です」
「どうすればいいんだ」
「婚儀の日より前進してると思いますよ」
「花の量を増やすか・・」
「返されると思います。最初の頃に花束贈って返されたでしょ?大国の姫がまさか1輪の花しか受け取らないことを知っているのは殿下だけですよ」

ルオの周りに頼りになる参謀がいなかった。
ルオは庭師に教わりながら小さい花壇を作り、種を撒いた。自分が育てた花をリーンが飾ってくれるのを想像したら活気がわいた。ルオは今日も手紙と花をリーンの護衛騎士に渡す。
護衛騎士は毎日花と手紙を届けるルオに好感を抱いていた。
主が言うような最低な男には見えなかった。

「姫様は手紙に目を通されてます。」

ルオは足を止め振り返り声の主を見た。

「独り言です」

ルオは護衛騎士のニヤリとした顔を見て確信犯だと思った。
リーンの臣下はルオに声をかけない。ただ応援されている気がした。捨てられてると思った自分の手紙が、読んでもらえていることが嬉しかった。ルオは気分が上がったので足早に執務室に戻った。


護衛騎士はリーンに花と手紙を渡すと、静かに受け取る。

「せめて、自分で受け取るくらいは」
「嫌。」

リーンは自分の臣下のルオへの態度の苦言をいつものことと受け流す。

***

季節は巡り、冬を迎えた。
窓の外は雪景色だった。
雪が降っても花や枝が贈られていた。リーンは雪の中、花を買いにいく気の毒な家臣を思うと、はっきりお断りしたほうがいいかと思いはじめた。
庭園になく、見慣れない花が贈られる日もあった。寒い中、街の市に買いにいく家臣に同情した。ルオははっきり言わないと通じないのは公務を共にしたのでよくわかっていた。
窓に腰掛け、昨日贈られた赤い実をつけた枝を弄びながら雪をぼんやり眺める。
物思いにふけるリーンは執務室の前の騒がしさに眉を潜める。ルオの侍従と自分の護衛騎士が言い争っていた。
しばらくしてもおさまらないのでリーンは窓から降りて、椅子に座り直して入室を許可を侍従に伝えた。

「妃殿下、申しわけありません。殿下を止めてください」
「何事ですか?」
「殿下が倒れました。ただ休まずに、」

困った顔で言葉を濁すルオの侍従。リーンは具合が悪いのに家臣の声を聞かずに、無理して執務に行こうとするルオに呆れた。
強情で融通のきかない面があることは知っていたが家臣を困らせるのはいただけない。リーンが言っても無駄だろうが見舞うことにした。ルオを寝かしつけるために皇帝陛下や皇后陛下に足を運んでもらうのは避けたかった。
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