不当に扱われるメイドと不遇の王子達

ひづき

文字の大きさ
26 / 26
番外編

国王もただの人間です。

しおりを挟む



 現国王であるゼルトファンの即位10周年記念を祝うパーティーにて、ゼルトファンの目は1人の女性に釘付けとなった。

 20代後半ながら少女のような清純さを秘めている赤髪の女性、ジェノール女伯爵だ。

 彼女は毎年最低限にしか社交に顔を出さない。

 パートナーを伴わずに現れるのも最初こそ周囲から非難を浴びたが、彼女は歯牙にもかけなかった。そもそも彼女の夫である伯爵家の次男だった男は幼少期から病弱で、跡を継ぐのは不可能とされたから女伯爵は伯爵家の養女となったのだ。その病弱な夫を社交の場になど出せないというのが女伯爵の言い分である。

 もし彼女が夫以外の異性をパートナーとして伴えば根も葉もない下世話な噂が広まるのを止められなかったに違いない。故に彼女は一人なのだ。パートナーがいてもいなくても、どちらにせよ人々は好き勝手言うので、気にするだけ無駄だと彼女は笑うだろう。当然、彼女はダンスを申し込まれても、来られない夫への義理立てだと言って全て断る。唯一の例外はゼルトファンだけだ。



義姉上あねうえ、一曲お相手願いますか?」



 ジェノール女伯爵がゼルトファンの義姉、というのは表向き訪れなかった未来だ。

 虐げられるメイドと不遇の王子の秘めた恋模様を描いた小説のモデルとなる程、広く知られた彼女と兄の恋は実らなかった。正式な婚約すら成さないまま、病弱だった兄は失意のうちに亡くなったのである。

 ゼルトファンは、兄を思い女伯爵を義姉と呼ぶし、誰もその件に関しては口を挟んでこない。温厚で知られるゼルトファンだが、兄に関係することとなると別人のように豹変するのは貴族たちの間で常識なのだ。例え王妃であっても、話題に出すことは許されない禁忌とされている。

「偉大なる国王陛下のお誘いとあらば、いち臣下として応えないわけにはいきませんわね」

 遠回しに義姉と呼ぶのを拒否する女伯爵に、周囲はハラハラとした様子で息を呑む。ゼルトファンがそんなことで義姉とまで慕う人物に激怒するはずはないのだが、余程の恐怖伝説が広まっているようだ。ゼルトファンとしてはそこまでした覚えはないので大変不本意である。

「陛下ともあろう方が今日は随分表情豊かですのね」

 手を取り、緩やかな曲調に合わせて踊り出すと、女伯爵はそう言って微笑んだ。

「ご夫君のご容態は?」

「田舎にいる分には心配ございません。毒を盛る不埒者もおりませんし、心労も溜まりませんから、今頃畑仕事でもしながら子供たちに揉みくちゃにされていることでしょう」

 ゼルトファンが、実は兄が双子だと知ったのは、即位直前にお忍びでジェノール伯爵領を訪ねた時だった。

 目から鱗とでも言うのだろうか、眼球が飛び出さんばかりに驚いた。変装なしで2人並ぶと全く区別がつかないのも頭が痛かった。女伯爵も、その専属侍女も見分けが着くというのだから更に驚いた。城で育ったのがウィルで、伯爵家で育ったのがエストだと説明されても理解できず、当時のゼルトファンは本気で混乱した。

 毎年お忍びでジェノール伯爵領に行くのだが、未だに見分けがつかず、兄達に弄ばれるはめになる。

「皆様、息災で何よりです」

「来年こそは陛下が正解に辿り着けますよう、一同楽しみにしておりますわ」

「……………精進致します」

 どうやら兄嫁達にまで弄ばれていたらしい。ジェノール伯爵一家を前にすると、ゼルトファンは国王でも何でもない、単なるゼルトファンになってしまうのだ。





「「さぁ!どっちが誰でしょうか!!」」

 服装も髪型も揃えて、気合い満々で迎え撃つ双子の兄達。

「へーか、がんばれー」

 実質甥や姪に当たる子供達の声援が響く。その温かさにゼルトファンは泣きそうだ。

 いい歳の大人が何しているのか、などとゼルトファンは微塵も思わない。あんなに苦しんでいた兄が、こんなに元気に明るく楽しく生き延びている。そんな奇跡への感謝で胸がいっぱいだ。

「陛下が勝つに一票入れてますの!何がなんでも当てて下さい」

 前のめりで檄を飛ばしてくるのは前伯爵夫人である。その隣で前伯爵は相変わらずニコニコしている。───何を考えているのかわからないので、正直ゼルトファンはこの前伯爵が苦手だ。

「ふふ、実は私も未だに見分けがつかないのですわ」

 おっとりと笑うのは、隣、ポルテ皇国の心臓と呼ばれるポルテ女公爵である。年齢不詳の魔女とも呼ばれ、従兄に当たる皇帝を裏で操っていると噂の人物だ。初めてジェノール伯爵領で会った時には、さすがのゼルトファンも緊張した。外交手腕は敏腕苛烈の恐ろしい魔女が、お忍び先にいたのだから無理もない。

 しかしポルテ女公爵は、夫であるソリュートを溺愛しており、その妹であるジェノール女伯爵をも同様に溺愛している。

 ───アーネの義弟なら、私にとっても義弟ですわね。

 そう言って微笑んだポルテ女公爵は、美しすぎて、大変恐ろしかった。

「ふむ。弟とはいえ区別がつくほどカロリナに見つめられるなど、流石に妬けるな」

「まぁ…♡」

 ソリュートが絡むと女公爵は別人のようになるのも、その豹変ぶりがゼルトファンには恐ろしくて仕方ない。

 伯爵領に身を寄せている実母は、興味なさげに、淡々とした無表情で騒ぎを眺めるだけ。実母には双子の見分けがつくらしいので、未だに判別できないゼルトファンに呆れているのだろう。

「え…と、向かって右がウィル兄様で、左がエスト兄様…でしょうか………?」

 自信はない。完全に当てずっぽうだ。

 一同がニヤニヤと笑っている。



 ゼルトファンは居た堪れなくて泣きたくなる。無性に故郷へ帰りたくなった。城生まれの城育ちなので、故郷などあってないようなものなのだが。

 双子当てゲームは毎回三番勝負。残念ながらまだ始まったばかりである。



[完]
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした

まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】 その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ
恋愛
王太子から一方的に婚約を破棄された公爵令嬢、 ファワーリス・シグナス。 理由は単純。 「何もしようとしない女だから」。 ……だが彼女は、反論もしなければ、復讐もしない。 泣き叫ぶことも、見返そうと努力することもなく、 ただ静かに言う。 ――「何をする必要が?」 彼女は何もしない。 問題が起きれば専門家が対処すべきであり、 素人が善意で口出しする方が、かえって傷口を広げると知っているから。 婚約破棄の後、 周囲は勝手に騒ぎ、勝手に動き、勝手に自滅し、 勝手に問題を解決していく。 彼女がしたことは、 ・責任を引き受けない ・期待に応えない ・象徴にならない ・巻き込まれない ――ただそれだけ。 それでも世界は、 彼女を基準にし、 彼女を利用しようとし、 最後には「選ぼう」とする。 だがファワーリスは、 そのすべてを静かに拒み続ける。 働いたら負け。 何もしないのが勝ち。 何も背負わず、何も奪わず、何も失わない。 「何もしない」という選択を貫いた令嬢が手にしたのは、 誰にも邪魔されない、完全な自由だった。 これは、 戦わず、争わず、努力もせず、 それでも最後に“勝ってしまった” 一人の令嬢の、静かなざまぁ物語。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる 美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて… 表紙はかなさんです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

処理中です...