偽皇子は誘拐される

ひづき

文字の大きさ
上 下
1 / 12

しおりを挟む



 我が国、ストイル皇国には2人の皇妃がおり、皇后の座は空白だった。皇帝は、皇太子を産んだ方を皇后にすると宣言しており、2人の皇妃の熾烈な争いは有名だった。

 間もなくして、片方の皇妃が皇帝の第一子となる男児を出産した。しかし、結果は死産。2ヶ月後にはライバルが皇帝の第二子を出産予定だ。それが男児であれ、女児であれ、皇后争いにて不利になると分かっていた皇妃は、事前に誘拐してきた生後間もない赤子と、遺児をすり替えたのである。



 偽物の第一皇子。それが僕だ。



 よその母子を見ていると、子を見る母親の眼差しには共通する温かみがあった。単に僕が出来損ないだから愛されていないのかとも思ったが、それにしては違和感が拭えない。

 何度か大人たちの会話を盗み聞きして真実を知った。

 偽物の僕が皇太子になるわけにはいかない。だが、数ヶ月とはいえ長子ということもあり、僕を尊重する動きもある。生母のフリをする皇妃の実家には権力もある。第二皇子の学力は知らないが、それ以外の要素を見ると偽物の僕が皇太子に選ばれてしまう恐れがあった。

 だから、僕は、定期的に行われる皇帝と2人きりになる面談の場で、皇帝の前に土下座した。床に這いつくばった。驚く皇帝を相手に、僕は知ってしまった事実を全てぶちまけた。



 僕は偽物なのです、と。







「あー、だる…」

 いつ眠ったのか覚えのないまま、イーリオは寝台でぼやく。身体が重くて、まだ起き上がりたくない。

 イーリオは夢を見ていた。幼い頃の夢だ。我が子と信じて疑わない皇帝に対し、残酷な真実を───貴方の実の息子は最初から死んでいたのだと告げた夢。この夢を見た時は大概寝た気がせず、朝から憂鬱な気分になる。

 皇帝へ洗いざらい話し、イーリオは幽閉され、翌年解放された。両親の殺害と赤子の誘拐を手下に指示した皇妃は、イーリオが開放された翌日絞首刑に処されたらしい。

 そして、イーリオは実の母親の兄夫婦に引き取られ、大切に育てて貰った。伯父はイーリオの実母を溺愛していたらしい。イーリオを見ては妹の面影があると言って涙ぐんでいた。年の離れた従兄もイーリオを可愛がってくれた。



 成人したイーリオは、空き家になっていた生家にて一人暮らしを始めた。両親が殺害された忌まわしい場所でもある。記憶にない両親のことを、縁のある生家で噛み締める時間が欲しかった。

 イーリオは家の傍らにある小さな畑を手入れしつつ、森の蔓や木片で民芸品を作ってはマーケットで売り捌き、生計を立てた。



「起きたの?兄さん」

 腕を掲げて目元に入り込もうとする光を遮っていたイーリオは、そのまま、自身の腕で目隠しをしたまま硬直した。

 繰り返しになるが、イーリオは一人暮らしである。伯父夫婦や従兄だって、余程のことがなければ寝室まで無断で立ち入ったりしない。そもそも、イーリオを兄と呼ぶような人物に心当たりがない。

「兄さん?」

 柔らかな、男の声に、イーリオの肌は粟立つ。このまま寝たフリをしていたいと思う一方、それでは何の解決にもならないと訴える思考がイーリオに目を開けることを促した。視界を覆う自分の腕越しに天井を見遣る。

 ところどころ傷みのある木板が連なる天井───ではない。太陽と月を模した刺繍の輝く濃い紫色の布地が天井を塞いでいる。

「!」

 自室ではない。そう認識するなり、イーリオは跳ね起きた。

「嗚呼、良かった。その様子だと後遺症はなさそうだね」

 声の主に身構える。長い黒髪を肩口で束ねた、美しい容貌の男が寝台の端に腰を下ろしている。

「まさか、エストール皇子?」

 男が皇帝に似ていると認識するのと同時に、驚きがイーリオの口から零れた。

「昔みたいにエルって呼んでよ、兄さん」

 彼は間違いなくエストール第二皇子のようだ。死産だった第一皇子の2か月後に生まれた、現在の皇太子である。

「───失礼ですが、人違いでは?」

 城で過ごした日々の名前は、本来その名を名乗るべきだった遺児に返し、皇家の墓に刻まれている。今ここにいるのは平民の、不幸にも両親を誘拐犯に殺された哀れな青年イーリオだ。

「私にとっての兄さんは、貴方しかいないよ」

 触れようと伸ばされた輝をイーリオは反射的に振り払った。

「人違いです!」

「─────…」

 エストール第二皇子は一瞬呆けたような顔をしたが、すぐにその眼差しを眇めた。イーリオはその眼差しを受け止めつつも、後ろめたさに唇を引き結ぶ。

 何も知らなかった頃。

 兄さま!と呼んで無邪気に慕い、人目を盗んでは甘えてきた頃のエストール第二皇子が走馬灯のように駆けていく。

 エストール第二皇子の無骨な手が、躊躇いなくイーリオの首を鷲掴みにする。その指が的確に首の主要な血管を圧迫し、抵抗する間もなくイーリオは気を失いかけた。タイミングよく手を離されて、イーリオの身体は寝台に倒れ込む。

「平民が皇族に逆らうのは万死に値するのはわかるよね?当然嘘をつくのも」

 エストール第二皇子が、イーリオの掛布を投げるように剥ぎ取る。空気に曝されてイーリオは初めて自身が衣服を身にまとっていないことに気づいた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

処理中です...