偽皇子は誘拐される

ひづき

文字の大きさ
上 下
2 / 12

しおりを挟む





 ぴちゃぴちゃと、不本意な水音が粘液質響きを伴ってイーリオの羞恥心を煽る。もうどれくらい経ったのだろう。5分か3時間か。永遠にすら感じる時間、イーリオの左足をエストールは舐め回し続けている。

 起き上がれたのが嘘のように、イーリオの身体は寝台に沈んだまま身動きが取れない。エストールが言うには、イーリオの生家がある田舎から首都まで移動するのに必要な7日間、絶対に目覚めないように強力な眠りにつかせていたため、その効果がまだ残っているのだろうとのことだ。最初にエストールが心配した「後遺症」というのも、その強力すぎる術によるもののことだったらしい。

 エストールはイーリオの左足だけを、爪の輪郭、指の間と、余すところなく唾液まみれにさせながら舐め回す。一体何が目的なのかと騒いでいたイーリオだが、最早そのような余裕はない。気持ち悪いだけだったのに、次第にエストールの舌の動きに意識が集中し、ゾクゾクと背中が疼いて、油断すると変な声が出そうだ。

 全裸で身動きがとれないイーリオは、フルフルと震える己の股間を隠すこともできず、両手で己の口を塞ぎ、必死に耐えていた。

「ん、ひぃ!」

 突然左足の甲に吸いつかれ、そのピリッとした痛みに、驚きと、それとはまた別の種類の声がイーリオの口から漏れた。

「ふふ、キスマーク、綺麗についたよ」

 上目遣いに見上げてくるエストールは、酷く嬉しそうに、どこか照れるように頬を紅潮させている。イーリオは、ドッドッドッと騒がしい己の心臓を制御出来ない。エストールを直視することも出来ない。

「吸い付かれるのが好きなら、お望み通り、たくさんしてあげるね」

「要ら…!!」

 今度は左足のあらゆる所を吸われる。ぢゅっぢゅっと、聞きたくもない醜い音に、イーリオはイヤイヤと頭を左右に振り乱す。



 結局エストールは部下らしき人物が部屋をノックするまで延々とイーリオの左足を嬲り続けた。ようやく終わる、そう油断していると、懐中時計を確認したエストールが恐ろしいことを言い出した。

「もう一時間経ったのか。あと一時間しかないなんて、最悪だ」

 イーリオにしてみれば、まだ一時間しか経っていないことに驚きだし、あと一時間も続ける気であることに戦くしかない。

「次はこっちを可愛がってあげるね、イーリオ」

 兄さんと呼ばれなかったことに、一抹の寂しさが過ぎる。元々偽りだったのだ。本来なら出会うはずのなかった存在で、これが正しい呼び方だろう。そもそも、弟は兄の足を舐め回したりしない。

 しかも、残りの一時間で、今度はイーリオの右足を嬲るつもりらしい。勘弁して欲しいと、訴えるだけの体力は残っていない。動けない中、自身の反応を堪えようと全身に力を込めることで精一杯だった。





 兄は、どちらかといえば粗野な子供だった。好奇心旺盛で、やんちゃで、走り回ることを好む、子供らしい子供。対するエストールは常にどこか冷めていて、何にも興味が持てなかった。エストールが高揚する時、それはいつも大好きな兄がエストールの手を引く時だけ。

 ───あっちで遊ぼう、エル!

 冷めた子供であったエストールよりも、無邪気な子供である兄を、父である皇帝は可愛がっていたように思う。兄と遊ぶ時間のみ、エストールは父の視線を感じたが、それ以外では特に興味を持たれなかった。

 母である皇妃たちは複雑な表情で子供たちを眺めていた。皇帝はどちらを後継者に指名するのか。愛らしい兄か、知的な弟か。

 エストールとしては、兄と共にいられるのならどちらでも構わなかった。兄を孕ませたいという欲望が無意識のうちに膨らみ始めていたが、当時のエストールは幼さ故に気づけなかった。気づいたのは、兄が突然姿を消した時だ。その時、2人は10歳だった。

 成人し、権力を手に入れれば、兄を手中に収められるだろう。それだけのためにエストールは皇太子になった。皇帝は頑なに兄の行方を吐かなかったし、表向き兄皇子は病死と発表されたが、あの慈愛に満ちた眼差しで兄を見ていた皇帝が兄を殺すとは考えられなかった。



 探して、探して。ようやく見つけた。成長しても、日に焼けても、エストールが彼を見間違うはずがない。

 あれは、自分のつがいなのだと、エストールの腹の底から渇望する声が唸りを上げて周囲を覆い尽くしそうな程の激情が止まらない。



「イーリオに何かあれば、殺す」

 廊下にて待機していた執事やメイド、騎士たちに、エストールはそれだけを告げて歩き出す。告げられた者たちは皆一様に青ざめ、唇を引き結び、それぞれ動き出す。

 皇太子妃のために存在する部屋に監禁されている、イーリオという男について、誰一人として正しい情報を持つ者はいないし、知りたいと思う者もいなかった。誰しも命が惜しい。

 表向き絞首刑となった元皇妃が、本当はどうなったのか。当時わずか10歳だったエストール皇子が元皇妃の首を自ら切り落としたという噂が、城で働くもの達の間で密かに囁かれている。真偽は定かでないが、我が身が可愛いならエストールの逆鱗に触れてはならないということだけは確かだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...