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しおりを挟むぴちゃぴちゃと、不本意な水音が粘液質響きを伴ってイーリオの羞恥心を煽る。もうどれくらい経ったのだろう。5分か3時間か。永遠にすら感じる時間、イーリオの左足をエストールは舐め回し続けている。
起き上がれたのが嘘のように、イーリオの身体は寝台に沈んだまま身動きが取れない。エストールが言うには、イーリオの生家がある田舎から首都まで移動するのに必要な7日間、絶対に目覚めないように強力な眠りにつかせていたため、その効果がまだ残っているのだろうとのことだ。最初にエストールが心配した「後遺症」というのも、その強力すぎる術によるもののことだったらしい。
エストールはイーリオの左足だけを、爪の輪郭、指の間と、余すところなく唾液まみれにさせながら舐め回す。一体何が目的なのかと騒いでいたイーリオだが、最早そのような余裕はない。気持ち悪いだけだったのに、次第にエストールの舌の動きに意識が集中し、ゾクゾクと背中が疼いて、油断すると変な声が出そうだ。
全裸で身動きがとれないイーリオは、フルフルと震える己の股間を隠すこともできず、両手で己の口を塞ぎ、必死に耐えていた。
「ん、ひぃ!」
突然左足の甲に吸いつかれ、そのピリッとした痛みに、驚きと、それとはまた別の種類の声がイーリオの口から漏れた。
「ふふ、キスマーク、綺麗についたよ」
上目遣いに見上げてくるエストールは、酷く嬉しそうに、どこか照れるように頬を紅潮させている。イーリオは、ドッドッドッと騒がしい己の心臓を制御出来ない。エストールを直視することも出来ない。
「吸い付かれるのが好きなら、お望み通り、たくさんしてあげるね」
「要ら…!!」
今度は左足のあらゆる所を吸われる。ぢゅっぢゅっと、聞きたくもない醜い音に、イーリオはイヤイヤと頭を左右に振り乱す。
結局エストールは部下らしき人物が部屋をノックするまで延々とイーリオの左足を嬲り続けた。ようやく終わる、そう油断していると、懐中時計を確認したエストールが恐ろしいことを言い出した。
「もう一時間経ったのか。あと一時間しかないなんて、最悪だ」
イーリオにしてみれば、まだ一時間しか経っていないことに驚きだし、あと一時間も続ける気であることに戦くしかない。
「次はこっちを可愛がってあげるね、イーリオ」
兄さんと呼ばれなかったことに、一抹の寂しさが過ぎる。元々偽りだったのだ。本来なら出会うはずのなかった存在で、これが正しい呼び方だろう。そもそも、弟は兄の足を舐め回したりしない。
しかも、残りの一時間で、今度はイーリオの右足を嬲るつもりらしい。勘弁して欲しいと、訴えるだけの体力は残っていない。動けない中、自身の反応を堪えようと全身に力を込めることで精一杯だった。
兄は、どちらかといえば粗野な子供だった。好奇心旺盛で、やんちゃで、走り回ることを好む、子供らしい子供。対するエストールは常にどこか冷めていて、何にも興味が持てなかった。エストールが高揚する時、それはいつも大好きな兄がエストールの手を引く時だけ。
───あっちで遊ぼう、エル!
冷めた子供であったエストールよりも、無邪気な子供である兄を、父である皇帝は可愛がっていたように思う。兄と遊ぶ時間のみ、エストールは父の視線を感じたが、それ以外では特に興味を持たれなかった。
母である皇妃たちは複雑な表情で子供たちを眺めていた。皇帝はどちらを後継者に指名するのか。愛らしい兄か、知的な弟か。
エストールとしては、兄と共にいられるのならどちらでも構わなかった。兄を孕ませたいという欲望が無意識のうちに膨らみ始めていたが、当時のエストールは幼さ故に気づけなかった。気づいたのは、兄が突然姿を消した時だ。その時、2人は10歳だった。
成人し、権力を手に入れれば、兄を手中に収められるだろう。それだけのためにエストールは皇太子になった。皇帝は頑なに兄の行方を吐かなかったし、表向き兄皇子は病死と発表されたが、あの慈愛に満ちた眼差しで兄を見ていた皇帝が兄を殺すとは考えられなかった。
探して、探して。ようやく見つけた。成長しても、日に焼けても、エストールが彼を見間違うはずがない。
あれは、自分の番なのだと、エストールの腹の底から渇望する声が唸りを上げて周囲を覆い尽くしそうな程の激情が止まらない。
「イーリオに何かあれば、殺す」
廊下にて待機していた執事やメイド、騎士たちに、エストールはそれだけを告げて歩き出す。告げられた者たちは皆一様に青ざめ、唇を引き結び、それぞれ動き出す。
皇太子妃のために存在する部屋に監禁されている、イーリオという男について、誰一人として正しい情報を持つ者はいないし、知りたいと思う者もいなかった。誰しも命が惜しい。
表向き絞首刑となった元皇妃が、本当はどうなったのか。当時わずか10歳だったエストール皇子が元皇妃の首を自ら切り落としたという噂が、城で働くもの達の間で密かに囁かれている。真偽は定かでないが、我が身が可愛いならエストールの逆鱗に触れてはならないということだけは確かだ。
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