流れる星は海に還る

藤間留彦

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最終話 星と海

最終話 星と海③

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 流星が保育園児の頃、アニメの中で登場人物が海に遊びに行くのを見て、海に行きたいと強請ったことがあった。
 俺は自分の名前に入っている「海」に、近くを通ることはあっても遊びに行ったことはなかった。全身刺青の入っている父親が俺を連れて海で遊ぶという選択をすることはなかったし、そもそも家族で出掛けることなどほとんどなかった。

 しかし、俺は流星にヤクザであることを隠すため、刺青を入れることはなかった。だから、俺なら流星を海に連れて行けると思った。俺が車を運転して、二人きりで海に行ったのだ。

 流星は初めての海でとてもはしゃいでいたし、俺もまだ若かったから、浮き輪で浮いている流星を押して、くたくたになるまで泳いだ。帰りの車の中で流星がぐっすり眠っているのを羨ましくなるほど、眠気と戦いながら運転したのを覚えている。

 流星と海に行ったのは、後にも先にも、あの一度きりだった。

「行こうか」

 俺の答えに、流星が嬉しそうに笑った。愛おしさが溢れて、つい流星の髪を指で梳かしている自分に気付き手を離す。気を抜くと必要以上に流星に触れてしまう。

 脱いだジャケットとコートを着て、桜庭に賢太を送ったら、俺の自宅に戻って車を置いていくよう頼んだ。流星はトレーナーに細身のパンツに着替え、MA‐1ジャケットを羽織る。

 桜庭からマンションの下に着いたと連絡を受け、エントランスに向かう。

「二人でお出掛けですか?」
「ああ、悪いがタクシーで帰ってくれ」

 車のキーを受け取り、一万円手渡す。桜庭は笑顔で「いってらっしゃい」と会釈して俺と流星を見送った。

 流星を助手席のドアを開けて乗せて、久しく乗ってない車の運転席に座る。バックミラーと座席を軽く調整して、エンジンを掛けて車を走らせる。が、急発進になって流星の身体が前のめりになった。

「ぶはっ! 兄ちゃん相変わらず運転下手だな!」
「相変わらずって……お前、ずっとそう思ってたのか?」
「うん、まあね。言ったら怒ってどこにも乗せてってくれなくなると思って言わなかったけど」

 赤信号で停まる時も急停車になって、また流星が噴き出すように笑う。賢太が運転するようになってから、自分で運転する機会がほとんどなかった。ブランクのせいもあると思いたいが、流星の記憶では、俺は初めから下手だったのか。

「兄ちゃんって不器用だよな。俺が小さい頃、遠足の弁当作ってくれようとしたけど、卵焼きぐちゃぐちゃで塩辛かったし、ご飯の上に海苔敷いただけの二段目も酷かったもん」

 そんなこともあったか、と記憶を巡らせる。流星が弁当を残して帰ってきた覚えは無いので、勝手に美味しかったのだと思っていた。

「なんでその時言ってくれなかったんだ? 何度か作って持たせちまっただろ」
「だって、指に絆創膏いっぱいつけてるの見たら、俺のために頑張ってくれたんだぁって凄く嬉しかったんだもん。それだけで、味も見た目も、どうでもよかったよ」

 形も彩りも味も悪い弁当をきっと周りに揶揄されただろうに。流星はその酷い弁当を喜んでくれていたのだと思うと、胸の辺りがじんわりと温かくなる。

「賢太が来るようになってから、弁当は美味しくなったけど、それはそれで寂しかったな」
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