流れる星は海に還る

藤間留彦

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最終話 星と海

最終話 星と海④

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 信号が青になって、出来るだけ慎重にアクセルを踏み、車を発進させる。自然と昔流星と行った海に向かっていた。

「ラジオつけていい?」
「ああ」

 深夜でも、お笑い芸人らしい男達の明るい声が車内に響いた。しばらくして恋人と別れたというリスナーのリクエスト曲が流れ、流星は窓の外に視線を移すと、その歌を口ずさみ始めた。切なげで、透き通るような綺麗な声だった。もう何年も聴いていない歌声に、俺は静かに耳を傾けた。

 二時間ほど一般道を走らせて、海岸に辿り着いた。慣れない運転に集中していたのと、流星が物思いに耽るように外を眺めていたのもあり、ほとんど会話もないまま、時折口ずさむ歌を聴いていた。

 車を停めると、すぐに流星は車を降りた。俺もその後を追うように外に出る。冷たい風が吹き抜け、流星が肩を竦めて、砂浜の方に下りて行った。

 砂を踏みしめて波打ち際に立つ、車のライトにわずかに浮かぶ流星の背を見詰めた。真っ暗な海の中に、流星が沈んでいくように見える。

「星、あんまり見えねえんだな」
「そうだな。街から離れているとはいえ、ここも充分都会だからな」

 ビルの間からでも見えるような大きな明るい星と欠けた月だけが、夜空に浮かんでいる。ただ風と波の音だけが聞こえる、寂しい空と海が広がっていた。

「星ってさ、日の下に生きるって書くのに、太陽が出てる時は見えないんだぜ? 太陽どころか人間の作った光にも負けちまうくらい弱いし」

 流星の声は、弱々しくも暗くも無かったが、淡々としていて、感情を推し量ることができない。

「でも、見えないだけでずっとそこにあるんだよな。海はさ、見えようが見えまいが、空をずっと見てくれてんだ。太陽だって、月だって、星だってさ。静かにじっと」

 流星が何を意図してその話をしたのか俺には分からなかったが、俺を海に、自分を星に例えて言っているのだろうと思う。

「俺、家継ぐよ」
「は……? いやお前、歌は……歌手の夢はどうしたんだ?」

 流星は背中を向けたまま「ははっ」と笑い、足もとの砂を蹴り上げた。そしてゆっくりと振り返り、微笑んだ。

「俺さ、賢太になりたかったんだよね」

 突然の台詞に驚くと同時に、俺ではなく賢太に憧れていたのかと思い、少しショックを受ける。

「だって、賢太は兄ちゃんとずっと一緒じゃん。俺が賢太だったらな、って何度も思ったよ」

 流星がそんな風に思っていたなど知らなかった。俺が流星と過ごすことが減っていくことで、寂しい想いをさせてきたことも、正確には理解できていなかった。

「小さい頃にした約束、覚えてる?」
「……ああ」

 俺の返答が意外だったのか、流星は目を丸くして俺を見詰めた。俺は流星に駆け寄りそっと抱き寄せて、唇を重ねた。あの日の誓いを思い出しながら。

「好きだ、流星」

 唇を離し、流星の頬に手を添える。薄暗い中でも頬が赤らんでいるのが分かった。

「……うそ、だ……だって……」
「嘘じゃない。愛してる。結婚できるものならしたいくらいだ」

 冷たかった頬が、少しずつ温かくなっていくのを感じる。瞳に涙が溢れる。流星は俺の首に腕を回し、嬉しそうに笑った。

「俺も、兄ちゃんが好き」
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