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第五話 転変
第五話 転変②
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父親には一度も会ったことがない。誰かなど知ろうともしなかった。兄ちゃんの苗字は「辻倉」で、俺と違うから恐らく父親が同じなのだろうというくらいで、それ以上は考えなかった。
ヤクザの組の名前は怜の父親の組の名前も忘れたぐらい気にもしていなかったから、「辻倉組」という名前も初めて聞いたぐらいの印象だ。
だから、自分が組長の息子だと言われても実感が湧かなかった。ただ、優しい兄が何故ヤクザを生業としているのかの理由は分かった。兄ちゃんが、「辻倉」だからだ。
「はははっ! マジかよ、あの人そこまで隠してたのかよ! そりゃ呑気に歌なんか歌ってられるわけだ!」
笑い声を上げた伊玖磨の目は、少しも笑っていなかった。抑えられないほどの煮え滾る怒りや憎しみを瞳に湛えていた。
伊玖磨は「はあ」と聞こえるほど大きな溜息を吐くと、ソファから重い腰を上げるようにゆっくりと立ち上がった。そしてラックから注射器を一本手に取り、俺の前に屈むと、俺の前髪を乱暴に掴んだ。
「そこまで大切にされてたんだな、お前」
初めからあった違和感が、その瞬間腑に落ちた。
俺が辻倉組組長の息子で、兄ちゃんも恐らくその跡目候補なのだろう。伊玖磨が跡目になるためには、俺と兄ちゃんを排除しなければならない。
俺を薬漬けにして候補から脱落させ、更に俺をダシにして兄ちゃんを脅し、自ら跡目候補から辞退させる。それが目的で、辻倉組の跡目になることが伊玖磨の目標なのだ。
しかし、その目的にも目標にも関係ない、不必要なことが混じっている。その「不必要なこと」は、伊玖磨にとって秘された感情を反映していた。
「お前さ、兄ちゃんのこと好きなの?」
伊玖磨の細い目が、大きく見開かれる。
「……は?」
突拍子もないことで事実と違っていたなら、この男なら笑い飛ばすところだろうが、顔を強張らせているのを見ると、どうやら図星らしい。
「俺を跡目候補から引き摺り下ろすんなら、ヤク漬けにするだけでいいだろ。わざわざ輪姦す意味ねーじゃん。そんな面倒なことすんの、俺に対してなんか個人的な恨みでもあんのかって思ったけど……俺じゃなくて兄ちゃんにあったんだな」
俺は伊玖磨の目を真っ直ぐに見据え、事実を突き付けた。伊玖磨の喉が、ひゅっと音を立てる。
「もしかして、跡目になりてぇのも兄ちゃんの持ってるもん奪いたいからか? 好きなヤツの物盗ったり壊したりして困らせたりすんのって小学校くらいまでで卒業するもんだと――」
「黙れッ‼ 知った口叩くんじゃねえ‼」
髪を強く引っ張られ、側頭部の傷に障ったのか鈍い痛みが走り、顔を歪めた。
「お前はな! 数時間後には涎とザーメン垂らして俺に土下座して薬欲しがるようになんだよ‼」
伊玖磨が後ろに控えていた部下らしい男の一人に顎で合図をする。男はナイフを取り出し、俺の後ろに回ると、両腕を縛っていた結束バンドを切り、俺の首に腕を回して身動きが取れないようにした。
息が苦しくなって腕を外そうとしたが、その手首を伊玖磨に引っ張られる。抵抗しようとすると、後ろの男が服の袖を捲り上げ腕を伸ばした状態にし、腕を押さえ付けた。伊玖磨はどうにかできても、この男を振り払うのは至難の業だ。
「流石に怖いか? 心配すんな、数分後には天にも昇る気持ちでチンポ咥え込んで腰振ってっからさ!」
ヤクザの組の名前は怜の父親の組の名前も忘れたぐらい気にもしていなかったから、「辻倉組」という名前も初めて聞いたぐらいの印象だ。
だから、自分が組長の息子だと言われても実感が湧かなかった。ただ、優しい兄が何故ヤクザを生業としているのかの理由は分かった。兄ちゃんが、「辻倉」だからだ。
「はははっ! マジかよ、あの人そこまで隠してたのかよ! そりゃ呑気に歌なんか歌ってられるわけだ!」
笑い声を上げた伊玖磨の目は、少しも笑っていなかった。抑えられないほどの煮え滾る怒りや憎しみを瞳に湛えていた。
伊玖磨は「はあ」と聞こえるほど大きな溜息を吐くと、ソファから重い腰を上げるようにゆっくりと立ち上がった。そしてラックから注射器を一本手に取り、俺の前に屈むと、俺の前髪を乱暴に掴んだ。
「そこまで大切にされてたんだな、お前」
初めからあった違和感が、その瞬間腑に落ちた。
俺が辻倉組組長の息子で、兄ちゃんも恐らくその跡目候補なのだろう。伊玖磨が跡目になるためには、俺と兄ちゃんを排除しなければならない。
俺を薬漬けにして候補から脱落させ、更に俺をダシにして兄ちゃんを脅し、自ら跡目候補から辞退させる。それが目的で、辻倉組の跡目になることが伊玖磨の目標なのだ。
しかし、その目的にも目標にも関係ない、不必要なことが混じっている。その「不必要なこと」は、伊玖磨にとって秘された感情を反映していた。
「お前さ、兄ちゃんのこと好きなの?」
伊玖磨の細い目が、大きく見開かれる。
「……は?」
突拍子もないことで事実と違っていたなら、この男なら笑い飛ばすところだろうが、顔を強張らせているのを見ると、どうやら図星らしい。
「俺を跡目候補から引き摺り下ろすんなら、ヤク漬けにするだけでいいだろ。わざわざ輪姦す意味ねーじゃん。そんな面倒なことすんの、俺に対してなんか個人的な恨みでもあんのかって思ったけど……俺じゃなくて兄ちゃんにあったんだな」
俺は伊玖磨の目を真っ直ぐに見据え、事実を突き付けた。伊玖磨の喉が、ひゅっと音を立てる。
「もしかして、跡目になりてぇのも兄ちゃんの持ってるもん奪いたいからか? 好きなヤツの物盗ったり壊したりして困らせたりすんのって小学校くらいまでで卒業するもんだと――」
「黙れッ‼ 知った口叩くんじゃねえ‼」
髪を強く引っ張られ、側頭部の傷に障ったのか鈍い痛みが走り、顔を歪めた。
「お前はな! 数時間後には涎とザーメン垂らして俺に土下座して薬欲しがるようになんだよ‼」
伊玖磨が後ろに控えていた部下らしい男の一人に顎で合図をする。男はナイフを取り出し、俺の後ろに回ると、両腕を縛っていた結束バンドを切り、俺の首に腕を回して身動きが取れないようにした。
息が苦しくなって腕を外そうとしたが、その手首を伊玖磨に引っ張られる。抵抗しようとすると、後ろの男が服の袖を捲り上げ腕を伸ばした状態にし、腕を押さえ付けた。伊玖磨はどうにかできても、この男を振り払うのは至難の業だ。
「流石に怖いか? 心配すんな、数分後には天にも昇る気持ちでチンポ咥え込んで腰振ってっからさ!」
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