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第一話 嵐の前夜
第一話 嵐の前夜③
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「ディープ・ブルー」は若頭補佐の辻倉伊玖磨の島にある。親父の弟分であり実の弟でもある舎弟頭辻倉郁次、その実の息子だ。
俺とは従兄弟に当たるが、昔からかつての抗争の因縁のためか、本人の気質か、対抗心を剥き出しにされるのが面倒で、敬遠している。藤本さんも叔父貴とは反りが合わないと言っていたから、その息子の伊玖磨とも親しかった記憶はない。「ディープ・ブルー」に行ったのは、薬関連のことを調べるためだろうか。
「また十万円もおひねり貰っちゃった」
「ちゃんと礼は言ったのか?」
「当り前じゃん! またお金だけ預けて帰ろうとするからさ、慌てて追いかけたよ」
――あの人は流星を甘やかし過ぎでは、と思うが、賢太にそう言うと「兄貴がそれ言います?」と顔を引き攣らせていた。俺自身は甘やかしているつもりはないので、藤本さんも同じなのかもしれない。
そうして流星と他愛ない会話をして酒を飲んでいたら、賢太から下に着いたというメールが届いた。あっという間に二時間が経ってしまっていた。
「そろそろ行かねぇと」
「えー、泊まっていけばいいのに」
立ち上がる俺を不満そうに流星が口を尖らせて見上げる。
「明日早いんだ。また今度な」
「最近そればっか」
悲し気に目を伏せる流星に、笑みを浮かべて頭を撫でた。俺も二十年前のまま立場が変わらなければ、流星と二人の暮らしをしていたかった。しかし、現実はそうはいかない。俺が辻倉組の若頭である以上、流星の側に居続けることは叶わない。
コートを手に取り、サングラスを胸ポケットから取り出すと、流星がコートの袖を掴んだ。
「じゃあこのコートちょうだい」
「気に入ったのか?」
「うん。かっこいいし」
流星が物を強請るのは珍しい。金に困らない生活をさせているせいもあるが、幼い頃から物欲があまりなかった。物よりも、どこに行きたいとか、事に対する要求の方が主だった。
「構わんが、こんな古より――」
「やった! 兄ちゃんありがと!」
新しいのを買ってやろうと言おうとしたが、満面の笑みを浮かべる流星に言葉を切った。機嫌を直してくれてよかった。
「次はいつ? 来週?」
玄関で靴を履く俺の背に、流星が声を掛ける。金の問題は今日でケリがついたから、しばらくはそれほど忙しくないだろう。
「二、三日中に顔を出せると思うから、また連絡するよ」
振り返ると流星が俺に抱き着いて「うん、待ってる」と呟く。抱き締め返すと離れがたくなってしまうと手を宙に浮かべたままでいると、流星がさっと離れた。
「いってらっしゃい」
「ああ、またな」
流星に笑顔で送り出されて、マンションを出る。冷たい夜風が頬を撫でた。リュックを背負った配達業者の男とすれ違う。俺は玄関前に停まる車に乗り込んだ。
「あれ兄貴、コートは?」
賢太がバックミラー越しに俺の服装を見て不思議そうに言う。と、後部座席に転がっている煙草を見てコートのポケットにジッポーが入っていることを思い出した。父親の使っていた大事なものだ。
「忘れ物だ。少し待ってろ」
俺とは従兄弟に当たるが、昔からかつての抗争の因縁のためか、本人の気質か、対抗心を剥き出しにされるのが面倒で、敬遠している。藤本さんも叔父貴とは反りが合わないと言っていたから、その息子の伊玖磨とも親しかった記憶はない。「ディープ・ブルー」に行ったのは、薬関連のことを調べるためだろうか。
「また十万円もおひねり貰っちゃった」
「ちゃんと礼は言ったのか?」
「当り前じゃん! またお金だけ預けて帰ろうとするからさ、慌てて追いかけたよ」
――あの人は流星を甘やかし過ぎでは、と思うが、賢太にそう言うと「兄貴がそれ言います?」と顔を引き攣らせていた。俺自身は甘やかしているつもりはないので、藤本さんも同じなのかもしれない。
そうして流星と他愛ない会話をして酒を飲んでいたら、賢太から下に着いたというメールが届いた。あっという間に二時間が経ってしまっていた。
「そろそろ行かねぇと」
「えー、泊まっていけばいいのに」
立ち上がる俺を不満そうに流星が口を尖らせて見上げる。
「明日早いんだ。また今度な」
「最近そればっか」
悲し気に目を伏せる流星に、笑みを浮かべて頭を撫でた。俺も二十年前のまま立場が変わらなければ、流星と二人の暮らしをしていたかった。しかし、現実はそうはいかない。俺が辻倉組の若頭である以上、流星の側に居続けることは叶わない。
コートを手に取り、サングラスを胸ポケットから取り出すと、流星がコートの袖を掴んだ。
「じゃあこのコートちょうだい」
「気に入ったのか?」
「うん。かっこいいし」
流星が物を強請るのは珍しい。金に困らない生活をさせているせいもあるが、幼い頃から物欲があまりなかった。物よりも、どこに行きたいとか、事に対する要求の方が主だった。
「構わんが、こんな古より――」
「やった! 兄ちゃんありがと!」
新しいのを買ってやろうと言おうとしたが、満面の笑みを浮かべる流星に言葉を切った。機嫌を直してくれてよかった。
「次はいつ? 来週?」
玄関で靴を履く俺の背に、流星が声を掛ける。金の問題は今日でケリがついたから、しばらくはそれほど忙しくないだろう。
「二、三日中に顔を出せると思うから、また連絡するよ」
振り返ると流星が俺に抱き着いて「うん、待ってる」と呟く。抱き締め返すと離れがたくなってしまうと手を宙に浮かべたままでいると、流星がさっと離れた。
「いってらっしゃい」
「ああ、またな」
流星に笑顔で送り出されて、マンションを出る。冷たい夜風が頬を撫でた。リュックを背負った配達業者の男とすれ違う。俺は玄関前に停まる車に乗り込んだ。
「あれ兄貴、コートは?」
賢太がバックミラー越しに俺の服装を見て不思議そうに言う。と、後部座席に転がっている煙草を見てコートのポケットにジッポーが入っていることを思い出した。父親の使っていた大事なものだ。
「忘れ物だ。少し待ってろ」
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