流れる星は海に還る

藤間留彦

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第一話 嵐の前夜

第一話 嵐の前夜②

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 二十年以上少しも変わらない弟の出迎えに、安堵の溜息を吐く。賢太は二十三の大人だと言うが、俺にとっては幼い二歳の流星がそのまま背が伸び男性的な身体つきになったという印象だった。

「御飯食べてきた? 肉じゃがあるよ」
「大丈夫だ。ありがとな」

 頭を撫でてやると気持ちよさそうにアンバーの目を細め、満足そうな笑顔で俺から離れる。ちなみにその肉じゃがは賢太が昼頃作りに行ったと言っていたものだろう。

「酒なんか飲む?」
「リュウが飲むなら飲むが」
「じゃあビール半分こしよ!」

 コートとジャケットを脱ぎハンガーラックに掛けて、ラグマットの上に座る。流星が500㎖の缶ビールとグラスをテーブルの上に置き、俺の斜め前に座った。流星の食事の世話をしていた頃からの俺達の定位置だ。

「兄ちゃん、今日もお疲れ!」

 ビールを注いだグラスを俺に手渡し、自分は缶のままでこつんと当てる。流星の笑顔と労いの言葉で、数時間前の面倒事などどうでも良くなった。

「今日は何してたんだ?」
「いつも通りボイストレーニング行って、夜にクラブのイベントで歌ってきたよ」

 流星は肩ほどまで伸ばしたペールブルーの髪を耳にかけ、ビールを半分くらい一気にごくごくと喉を鳴らして飲む。少し髪に寝癖がついているから、俺が帰ってくるまでソファでうたたねをしていたのだろう。

「そうか。俺も久々にリュウの歌が聴きたかったな」
「兄ちゃん来たら緊張するからヤだ!」

 そうはっきり言われると正直傷付く。が、流星が俺の前だと張り切って空回りするのは、保育園の運動会のかけっこで顔面から転倒してから知っているから、アマチュアながら人前で歌うようになってからは特に、流星のために仕事場には行かないようにしていた。夜は都合がつかないことが多い、というのもあるが。

 流星は物心のつく頃から、歌うことが好きだった。将来の夢を「歌手」と幼稚園に通う頃には言っていた。母親が高級クラブで歌手をしていたから、遺伝なのかもしれない。

「しかし、クラブには可笑しな奴等もいる。気を付けろよ」
「大丈夫だよ。心配し過ぎだって」

 俺が目を光らせていられなくなってから、できるだけ賢太には流星の周囲の人間に注意を配るようには言っている。

 が、最近辻倉つじくら組の島で、出どころの分からない薬が出回っているという話が、ちらほらと上がってきている。若い衆に調べさせているが、未だ尻尾が掴めないままだ。

 クラブなどはそういった輩の商売の温床になりがちだ。流星自ら手を出すとは思っていないが、仕事柄出入りすることが多い分、トラブルに巻き込まれないとも限らない。

「そーだ、今日『ディープ・ブルー』だったんだけど、兄ちゃんの知り合いの人来てたよ。藤本さん? だっけ?」

 ――藤本仁吉ふじもとじんきち。組長である辻倉一治つじくらかずはるが、兄弟盃を交わした三人のうちの一人。昔から親父の右腕としてあえて要職に就かずに務めてきた男だ。俺が組内で親父の次に信頼を置く人物でもある。
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