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第4章 元カレとお世継ぎ問題
第5話
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「レオだね。よろしく」
「よろしくお願いしますっ」
緊張して声が上擦った。
「ハハッ、そう硬くならないで。君のことはラトゥリオが手紙で知らせてくれた。世界を守ってくれてありがとう。あいつのことも」
「あ、いえ、ええと」
どういう反応をすればいいんだーっ!
アントス様の眼差しは温かい。シルバーの背を撫でながら、僕の言葉を待ってくれている。
「あの……ラトゥリオ様には、お会いになりましたか」
「いや、まだ。僕はついさっき、南の門に置き去りにされたばかりなもんでね」
「え?」
置き去り?
「乗せてもらった子が、ここでいいでしょと言わんばかりに僕を下ろして行っちゃった。自分はまだ見てまわるところがあるからってさ。随分だよね」
「はぁ」
それこそ、ペガサスかドラゴンに乗ってきたんだろうか。
「先に、君と少し話がしたいな。いいかい?」
「はい」
心臓がもたないから嫌です、とは言えない。十五年間、一度も北半球に足を踏み入れなかったアントス様が、目の前にいる。この機会を逃すわけにはいかない。彼は無造作に、地面に腰を下ろした。僕も少し間を開けて座り、シルバーは僕たちを見物するようにしゃがみ込んだ。
「あ、その足を下にしちゃいけないよ……うん、そう。いい子だね」
「ああ、けがをしているんだ……」
「はい。小さい傷なんですけど」
「君はこの子のお医者さんというわけか。ほかにもお得意さんがいそうだね」
「何かそんな感じになってしまっています……」
「ハハッ、頼られるのはいいことだよ。手紙にあった通りだ」
手紙。一体、僕のことを何て書いたんだろう。
「あの日、僕の方でも異変が起こったけど、すぐにおさまったんだ。僕の魔力は発動していなかったから、ラトゥリオの方だっていうのは分かった。手紙が届いたのは、異変からそろそろ一か月という頃だったよ」
僕が王宮を留守にしていた時だ。息を飲むと、アントス様は苦笑して、いとおしそうに遠くの山を見た。
「ラトゥリオは、もう一人じゃない」
重い一言だった。
「アントス様……」
続く言葉を見つけられない。彼は頷き、十五年ぶりの北半球の空気を吸い込んだ。
「いい匂いだ。風も、水も、土も」
「ええ、本当に」
僕たちは二人とも、ラトゥリオ様に恋をして人生が大きく変わった。父さん、母さん、沙良……どうしてるかな。
「レオ。君がいた世界のことを考えているのかな?」
「どうして分かるんですか?」
「僕が昔のことを思い出す時と、同じ顔してる。……きっと元気にしているよ」
「ありがとうございます」
僕は向こうでは行方不明者になっているんだろうなぁ。向こうでは地震は珍しくないけど、軽く済んでいるようにと願うばかりだ。
「君は、元いた場所とここを、どんな関係だと考えている?」
「え? そうですね……別の宇宙にある別の星なのかな、って思っています」
「じゃあ、僕があるひとつの宇宙で、君がその隣の宇宙、さらにその子は君の隣の宇宙だとしたら……こういう場合、どうなる?」
アントス様は、距離を詰めて僕にくっつき、体を横に倒してきた。
「え、わっ」
シルバーの上に倒れ込まないようにバランスを取ろうとしたら、かえってぐらついた。シルバーの歯が僕の袖をつかまえてくれて、ぐらつきが止まった。
「ごめん、ごめん。まあ、こういうことなんだよ」
突然子供みたいなことをした王様は、僕を抱えて体勢を直してくれた。
「ある宇宙に異変が起こると、ほかの宇宙にも影響が及ぶ……?」
「そうだね」
「でもそれだけじゃない……支え合ってる」
「そうだよ」
僕はシルバーを見た。尻尾をパタパタさせている。
「お互いにけがをしないように、助けてくれたんだ……」
それから、アントス様を見た。彼が僕を抱えた腕はそのままだ。
「君がここへ来た理由も原因も、いろいろな解釈をすることができるだろう。自分が納得のいくものを信じればいい。僕たちがそうしてきたように」
「ありがとうございます、アントス様」
僕は今まで、この世界と自分、ラトゥリオ様と自分との関係だけで、答えを見つけようとしていた。父さんたちのいる世界とは、完全に縁が切れてしまったと思い込んでいた。そうじゃない、宇宙は繋がっているんだ。
「あいつ、口下手で遠慮がちで、責任感の塊だからね。不器用なんだ、すごく」
僕は、頷くだけにした。よく分かるけど、「分かります」と簡単に口に出すのは避けたかった。アントス様は、それを汲み取ってくれたように思う。その後もしばらく、花の香りに包まれて、静かに佇む山々を眺めていた。
「よろしくお願いしますっ」
緊張して声が上擦った。
「ハハッ、そう硬くならないで。君のことはラトゥリオが手紙で知らせてくれた。世界を守ってくれてありがとう。あいつのことも」
「あ、いえ、ええと」
どういう反応をすればいいんだーっ!
アントス様の眼差しは温かい。シルバーの背を撫でながら、僕の言葉を待ってくれている。
「あの……ラトゥリオ様には、お会いになりましたか」
「いや、まだ。僕はついさっき、南の門に置き去りにされたばかりなもんでね」
「え?」
置き去り?
「乗せてもらった子が、ここでいいでしょと言わんばかりに僕を下ろして行っちゃった。自分はまだ見てまわるところがあるからってさ。随分だよね」
「はぁ」
それこそ、ペガサスかドラゴンに乗ってきたんだろうか。
「先に、君と少し話がしたいな。いいかい?」
「はい」
心臓がもたないから嫌です、とは言えない。十五年間、一度も北半球に足を踏み入れなかったアントス様が、目の前にいる。この機会を逃すわけにはいかない。彼は無造作に、地面に腰を下ろした。僕も少し間を開けて座り、シルバーは僕たちを見物するようにしゃがみ込んだ。
「あ、その足を下にしちゃいけないよ……うん、そう。いい子だね」
「ああ、けがをしているんだ……」
「はい。小さい傷なんですけど」
「君はこの子のお医者さんというわけか。ほかにもお得意さんがいそうだね」
「何かそんな感じになってしまっています……」
「ハハッ、頼られるのはいいことだよ。手紙にあった通りだ」
手紙。一体、僕のことを何て書いたんだろう。
「あの日、僕の方でも異変が起こったけど、すぐにおさまったんだ。僕の魔力は発動していなかったから、ラトゥリオの方だっていうのは分かった。手紙が届いたのは、異変からそろそろ一か月という頃だったよ」
僕が王宮を留守にしていた時だ。息を飲むと、アントス様は苦笑して、いとおしそうに遠くの山を見た。
「ラトゥリオは、もう一人じゃない」
重い一言だった。
「アントス様……」
続く言葉を見つけられない。彼は頷き、十五年ぶりの北半球の空気を吸い込んだ。
「いい匂いだ。風も、水も、土も」
「ええ、本当に」
僕たちは二人とも、ラトゥリオ様に恋をして人生が大きく変わった。父さん、母さん、沙良……どうしてるかな。
「レオ。君がいた世界のことを考えているのかな?」
「どうして分かるんですか?」
「僕が昔のことを思い出す時と、同じ顔してる。……きっと元気にしているよ」
「ありがとうございます」
僕は向こうでは行方不明者になっているんだろうなぁ。向こうでは地震は珍しくないけど、軽く済んでいるようにと願うばかりだ。
「君は、元いた場所とここを、どんな関係だと考えている?」
「え? そうですね……別の宇宙にある別の星なのかな、って思っています」
「じゃあ、僕があるひとつの宇宙で、君がその隣の宇宙、さらにその子は君の隣の宇宙だとしたら……こういう場合、どうなる?」
アントス様は、距離を詰めて僕にくっつき、体を横に倒してきた。
「え、わっ」
シルバーの上に倒れ込まないようにバランスを取ろうとしたら、かえってぐらついた。シルバーの歯が僕の袖をつかまえてくれて、ぐらつきが止まった。
「ごめん、ごめん。まあ、こういうことなんだよ」
突然子供みたいなことをした王様は、僕を抱えて体勢を直してくれた。
「ある宇宙に異変が起こると、ほかの宇宙にも影響が及ぶ……?」
「そうだね」
「でもそれだけじゃない……支え合ってる」
「そうだよ」
僕はシルバーを見た。尻尾をパタパタさせている。
「お互いにけがをしないように、助けてくれたんだ……」
それから、アントス様を見た。彼が僕を抱えた腕はそのままだ。
「君がここへ来た理由も原因も、いろいろな解釈をすることができるだろう。自分が納得のいくものを信じればいい。僕たちがそうしてきたように」
「ありがとうございます、アントス様」
僕は今まで、この世界と自分、ラトゥリオ様と自分との関係だけで、答えを見つけようとしていた。父さんたちのいる世界とは、完全に縁が切れてしまったと思い込んでいた。そうじゃない、宇宙は繋がっているんだ。
「あいつ、口下手で遠慮がちで、責任感の塊だからね。不器用なんだ、すごく」
僕は、頷くだけにした。よく分かるけど、「分かります」と簡単に口に出すのは避けたかった。アントス様は、それを汲み取ってくれたように思う。その後もしばらく、花の香りに包まれて、静かに佇む山々を眺めていた。
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