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第3章 ラトゥリオとアントス
第2話
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二人の間に流れる空気が変わったことを、ほかの者たちは間もなく察し、好意的に受け止めた。アントスの父は、何か聞かれれば、「あいつは三歳の時から王子のものですよ。二人の関係にどんな名が付こうと、大して変わりはありませんな」と答えるのが常だった。ラトゥリオの父も似たようなもので、「なに、後継ぎ問題などどうにでもなる」と言ってのけた。
周囲の静かな後押しに感謝し、二人は穏やかに想いを育てた。長ずるにつれて仕事が増え、行使できる権限が広がり、手を携えてよりよい国にしていこうと努めた。若者らしく逸る気持ちはあったが、「十八になるまでは」と互いに暗黙の了解があった。
ラトゥリオが十八になり、そのひと月後にアントスも婚姻可能年齢に達した。海辺の城では盛大な祝賀の儀が催された。恋人たちはそっと宴を抜け出し、人気のない離れで初めて体を重ねた。時間はかかったが、邪魔が入ることもなく、明け方に二人は繋がった。貫いたラトゥリオ。受け入れたアントス。ただ一度の交わりだった。
日がだいぶ高くなってから目を覚ました。照れ臭かった。空は青いのに暗雲が時折太陽を隠すのが気になったが、共に歩む人生の第一歩を踏み出すことができたのだと、満ち足りた想いを確かめ合った。だが、欲とは別の何かが渦を巻いている。体内で雷雲が電気を迸らせる寸前……そう感じた。
「どうも落ち着かないね。こういうものなのかな」
身支度をしながら、アントスが違和感を口にした。
「無理をさせたからな。大丈夫か」
「いや、そういうんじゃなくて……」
二人の恋は、そこまでだった。
「アントス!」
「ラトゥリオ、これはっ……まさかっ……」
禍々しい赤い光が、それぞれの体を包んだ。灼けるように熱い。魔力で静めようとしても、火に油を注ぐだけだった。
(力の暴走かっ……なぜ……)
ラトゥリオはよろめきながらアントスに近付き、手を掴もうとした。地鳴りが聞こえる。雷鳴、豪雨……窓の外は真っ暗になった。
「アント、ス……」
「ラ、トゥ……くっ……」
指先が触れ合った瞬間、弾き飛ばされた。アントスは窓から外へ吹っ飛び、ラトゥリオは壁に叩きつけられた。離れが崩壊した。それぞれの体が放つ光は、大きな球体となり放電し、明滅している。
(このままではアントスがっ……どうすればいい……)
悲鳴を上げて苦しむアントスが、顔を歪めながらラトゥリオをまっすぐ見た。何をしようとしているのかは明らかだった。
「やめろ!」
叫んだ時には遅かった。彼は自らの命を燃やし尽くすかの如く、力を放出させてラトゥリオの球体にぶつけてきた。
――君だけでもっ……。
痛切な思念が聞こえた。すべてを賭けて、愛する者の魔力に衝撃を与え、球体を砕こうとしたのだ。それは逆効果であり、決定的だった。強烈な力が衝突すれば、反発も激しい。跳ね返ってきたものによってアントスは海へ落ち、巨大な水柱が上がった。
(アントスッ……)
裂けた地面から深淵に落ち込むのをかろうじて堪えたラトゥリオは、空がぱっくりと口を開けたのを見てゾッとした。絵の具をごちゃ混ぜにして塗りたくったような空間が覗いている。
(世界が崩壊する!)
空だけではない。目の前の景色がぐにゃりと曲がる。二つの月が低く降りてきて、不気味に海を見下ろしている。
(アントスは水を操ることができる……海底に沈んでも窒息することはない)
飛び込んで助けたい、自分が行かなくてどうする……灼熱の中、ラトゥリオは葛藤した。今の状況では、アントスに近付くことはできない。魔力で打開することもできない。力を振るえばますます世界は――。
(城、は……父上、母上は……駄目だ、意識が……)
もう、息をするのも苦しい。体はまるで、炎に焼かれる石になってしまったかのようだ。ぴくりとも動かない。
(俺たちの……俺の、せいか……)
結ばれることを望まずにいれば、手を伸ばさずにいればよかったのか。初めて愛した、誰よりも愛した、愛し合った相手。
体の真下の地面が、大きく割れた。なすすべもなく落ちていく。
(アントス……お前は、生きろ……)
「ラトゥリオ!」
父の声に呼ばれた気がした。
周囲の静かな後押しに感謝し、二人は穏やかに想いを育てた。長ずるにつれて仕事が増え、行使できる権限が広がり、手を携えてよりよい国にしていこうと努めた。若者らしく逸る気持ちはあったが、「十八になるまでは」と互いに暗黙の了解があった。
ラトゥリオが十八になり、そのひと月後にアントスも婚姻可能年齢に達した。海辺の城では盛大な祝賀の儀が催された。恋人たちはそっと宴を抜け出し、人気のない離れで初めて体を重ねた。時間はかかったが、邪魔が入ることもなく、明け方に二人は繋がった。貫いたラトゥリオ。受け入れたアントス。ただ一度の交わりだった。
日がだいぶ高くなってから目を覚ました。照れ臭かった。空は青いのに暗雲が時折太陽を隠すのが気になったが、共に歩む人生の第一歩を踏み出すことができたのだと、満ち足りた想いを確かめ合った。だが、欲とは別の何かが渦を巻いている。体内で雷雲が電気を迸らせる寸前……そう感じた。
「どうも落ち着かないね。こういうものなのかな」
身支度をしながら、アントスが違和感を口にした。
「無理をさせたからな。大丈夫か」
「いや、そういうんじゃなくて……」
二人の恋は、そこまでだった。
「アントス!」
「ラトゥリオ、これはっ……まさかっ……」
禍々しい赤い光が、それぞれの体を包んだ。灼けるように熱い。魔力で静めようとしても、火に油を注ぐだけだった。
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ラトゥリオはよろめきながらアントスに近付き、手を掴もうとした。地鳴りが聞こえる。雷鳴、豪雨……窓の外は真っ暗になった。
「アント、ス……」
「ラ、トゥ……くっ……」
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(このままではアントスがっ……どうすればいい……)
悲鳴を上げて苦しむアントスが、顔を歪めながらラトゥリオをまっすぐ見た。何をしようとしているのかは明らかだった。
「やめろ!」
叫んだ時には遅かった。彼は自らの命を燃やし尽くすかの如く、力を放出させてラトゥリオの球体にぶつけてきた。
――君だけでもっ……。
痛切な思念が聞こえた。すべてを賭けて、愛する者の魔力に衝撃を与え、球体を砕こうとしたのだ。それは逆効果であり、決定的だった。強烈な力が衝突すれば、反発も激しい。跳ね返ってきたものによってアントスは海へ落ち、巨大な水柱が上がった。
(アントスッ……)
裂けた地面から深淵に落ち込むのをかろうじて堪えたラトゥリオは、空がぱっくりと口を開けたのを見てゾッとした。絵の具をごちゃ混ぜにして塗りたくったような空間が覗いている。
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飛び込んで助けたい、自分が行かなくてどうする……灼熱の中、ラトゥリオは葛藤した。今の状況では、アントスに近付くことはできない。魔力で打開することもできない。力を振るえばますます世界は――。
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もう、息をするのも苦しい。体はまるで、炎に焼かれる石になってしまったかのようだ。ぴくりとも動かない。
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結ばれることを望まずにいれば、手を伸ばさずにいればよかったのか。初めて愛した、誰よりも愛した、愛し合った相手。
体の真下の地面が、大きく割れた。なすすべもなく落ちていく。
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「ラトゥリオ!」
父の声に呼ばれた気がした。
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