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第3章 ラトゥリオとアントス
第1話
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アストゥラ国がこの星の全土を統一してから、長い年月が流れていた。王家の血は脈々と受け継がれ、途絶えたことがない。王子が妻を娶るか、王女が婿を迎えるかのいずれかにより、数十年ごとの代替わりを繰り返してきた。魔力を暴走させた者はかつてなく、穏やかな治世が続いていた。それは恒久のものとしてこの先も変わることはないのだと、誰もが疑いなく信じることができた。あの日までは。
王子ラトゥリオは、次代の王として、子供の頃から国中の期待を集めていた。その運命に疑問を抱いたことはなく、幼い頃から父に連れられて全土を見て回った。古の区分は今も生かされており、統一前の王家の出身者たちが、およそ五十に分かれている各地の行政を統轄する。もう一段階上の区分として十の地域があり、その長は三年に一度の選挙により選出される。連続して選出されるのは、長くとも二期まで。続けて六年を超えて同じ家が統治することはない。これにより利権の一極化は防がれている。さらにその上に君臨するのが、全土の王である。
ラトゥリオの父は、民衆に愛される寛大さと、国を治めるに足る峻厳さとを併せ持ち、皆に慕われていた。彼の庇護のもと、王子と、六歳下の妹は、すくすくと育っていった。
アントスの父は、ラトゥリオが暮らす中央地域の、南隣の地域を治めていた。誠実温厚を絵に描いたような人柄でありながら、頭が切れることにおいても当代随一。彼に限って三期連続の選出を認めてもよいのではないか?という声が上がり、特例中の特例として実現していた。結果、彼は死の瞬間までその地位にとどまることとなる。
ラトゥリオがアントスに出会ったのは、三歳の時だった。父親同士が話をしている間に、同い年の二人の男児はすっかり意気投合した。金の髪に美しい緑の瞳を持つアントスは、誰にも秘密の、宝物の隠し場所まで教えてくれた。それは海を遥か下に見た真っ白な城の、一年中枯れることのない木の根元に、大切そうに埋められた箱だった。
「アントスって、花っていういみだよね。きれいだなあ」
「ありがとう! そんなふうにいってくれるひと、はじめてだ。きみのなまえもきれいだね」
「ありがとう!」
『愛する人』という意味を持つ名は、幼いラトゥリオには気恥ずかしく、それが彼をどこか引っ込み思案にさせていた。だが、アントスは花のような笑顔で褒めてくれた。二人の心は強く結びつき、アントスは将来はラトゥリオの右腕として支えられるようになりたいと、夢を語った。白と金を基調とした服を身に着け、南国の光そのもののように眩しかった。
二人は切磋琢磨しながら成長していった。宝箱は、二人で拾い集めた綺麗な貝殻でいっぱいになった。十三、四歳にもなれば一人での視察が許され、近くに来た時には必ず立ち寄った。短い間でも、共に過ごす時には千金の値があった。黒のラトゥリオ、白のアントスと並び称され、災害など何か事が起こった時には、北半球はラトゥリオ、南半球はアントスと手分けして対応した。お互いが考えることが手に取るように分かるのは、魔力ではなく深い信頼に基づくものだった。離れていても、同じものを見つめ、同じ未来を描いていた。
友情と信じていたものが恋慕の情だと気付いたのは、いつの頃だったか。十五、六にもなると、ラトゥリオにもアントスにも、将来はぜひ妻にと、自薦他薦の花嫁候補が次から次へと現れた。ラトゥリオは一切話を受け付けず、アントスも、「まだ早いので」とやんわりかわしていた。婚姻可能年齢は十八歳。身辺が騒がしくなり、結婚を意識させられると、そういう相手として考えられるのはただ一人だった。
互いの目の中に同じ想いを読み取ったのは、十六歳の夏。その日、二人は海水浴を楽しんだあと、南国の植物が広範囲に渡って密集し、ほかの場所にはいない生き物が見られる公園を歩いていた。公園といっても、人の手はほとんど入っていない。案内人なしに立ち入ることは好ましくないとされ、その案内人のなり手がなかなか見つからないという状況だった。
一歩足を踏み入れれば、そこは楽園。希少な種類のドラゴンが大家族でひっそりと暮らしている。目の覚めるような極彩色の鳥や、湖には人魚も生息しているという。
湖のほとりは開けていて、歩き続けた二人は一休みすることにした。青い湖を覗き込み、水面に映った互いの顔を見た。ハッと顔を上げ、目を合わせた。雷に打たれたようだった。アントスは眉を上げ、ごろんと草地に仰向けに寝た。ラトゥリオは片膝を立てた格好で座り、二人はしばらくの間、何も言えなかった。
「どうする?」
アントスの滑らかなテノールが沈黙を破った。
「どうするかな……」
ラトゥリオは緑に覆われた空を見上げ、呟いた。最近長く伸ばしている髪の隙間を、フッと風が通り抜けていく。時間稼ぎに過ぎない。後戻りはできないのだ。くいっと髪を引っ張られ、アントスの横に倒れ込んだ。手が触れ合う。白と金の男は、静かに起き上がってラトゥリオを見下ろした。観念した、腹を括るよ、と緑の双眸が語っている。ラトゥリオは彼の柔らかな金糸に指を入れて撫で、やがて二人の影はひとつになった。風が強くなり、密林が騒めいた。
王子ラトゥリオは、次代の王として、子供の頃から国中の期待を集めていた。その運命に疑問を抱いたことはなく、幼い頃から父に連れられて全土を見て回った。古の区分は今も生かされており、統一前の王家の出身者たちが、およそ五十に分かれている各地の行政を統轄する。もう一段階上の区分として十の地域があり、その長は三年に一度の選挙により選出される。連続して選出されるのは、長くとも二期まで。続けて六年を超えて同じ家が統治することはない。これにより利権の一極化は防がれている。さらにその上に君臨するのが、全土の王である。
ラトゥリオの父は、民衆に愛される寛大さと、国を治めるに足る峻厳さとを併せ持ち、皆に慕われていた。彼の庇護のもと、王子と、六歳下の妹は、すくすくと育っていった。
アントスの父は、ラトゥリオが暮らす中央地域の、南隣の地域を治めていた。誠実温厚を絵に描いたような人柄でありながら、頭が切れることにおいても当代随一。彼に限って三期連続の選出を認めてもよいのではないか?という声が上がり、特例中の特例として実現していた。結果、彼は死の瞬間までその地位にとどまることとなる。
ラトゥリオがアントスに出会ったのは、三歳の時だった。父親同士が話をしている間に、同い年の二人の男児はすっかり意気投合した。金の髪に美しい緑の瞳を持つアントスは、誰にも秘密の、宝物の隠し場所まで教えてくれた。それは海を遥か下に見た真っ白な城の、一年中枯れることのない木の根元に、大切そうに埋められた箱だった。
「アントスって、花っていういみだよね。きれいだなあ」
「ありがとう! そんなふうにいってくれるひと、はじめてだ。きみのなまえもきれいだね」
「ありがとう!」
『愛する人』という意味を持つ名は、幼いラトゥリオには気恥ずかしく、それが彼をどこか引っ込み思案にさせていた。だが、アントスは花のような笑顔で褒めてくれた。二人の心は強く結びつき、アントスは将来はラトゥリオの右腕として支えられるようになりたいと、夢を語った。白と金を基調とした服を身に着け、南国の光そのもののように眩しかった。
二人は切磋琢磨しながら成長していった。宝箱は、二人で拾い集めた綺麗な貝殻でいっぱいになった。十三、四歳にもなれば一人での視察が許され、近くに来た時には必ず立ち寄った。短い間でも、共に過ごす時には千金の値があった。黒のラトゥリオ、白のアントスと並び称され、災害など何か事が起こった時には、北半球はラトゥリオ、南半球はアントスと手分けして対応した。お互いが考えることが手に取るように分かるのは、魔力ではなく深い信頼に基づくものだった。離れていても、同じものを見つめ、同じ未来を描いていた。
友情と信じていたものが恋慕の情だと気付いたのは、いつの頃だったか。十五、六にもなると、ラトゥリオにもアントスにも、将来はぜひ妻にと、自薦他薦の花嫁候補が次から次へと現れた。ラトゥリオは一切話を受け付けず、アントスも、「まだ早いので」とやんわりかわしていた。婚姻可能年齢は十八歳。身辺が騒がしくなり、結婚を意識させられると、そういう相手として考えられるのはただ一人だった。
互いの目の中に同じ想いを読み取ったのは、十六歳の夏。その日、二人は海水浴を楽しんだあと、南国の植物が広範囲に渡って密集し、ほかの場所にはいない生き物が見られる公園を歩いていた。公園といっても、人の手はほとんど入っていない。案内人なしに立ち入ることは好ましくないとされ、その案内人のなり手がなかなか見つからないという状況だった。
一歩足を踏み入れれば、そこは楽園。希少な種類のドラゴンが大家族でひっそりと暮らしている。目の覚めるような極彩色の鳥や、湖には人魚も生息しているという。
湖のほとりは開けていて、歩き続けた二人は一休みすることにした。青い湖を覗き込み、水面に映った互いの顔を見た。ハッと顔を上げ、目を合わせた。雷に打たれたようだった。アントスは眉を上げ、ごろんと草地に仰向けに寝た。ラトゥリオは片膝を立てた格好で座り、二人はしばらくの間、何も言えなかった。
「どうする?」
アントスの滑らかなテノールが沈黙を破った。
「どうするかな……」
ラトゥリオは緑に覆われた空を見上げ、呟いた。最近長く伸ばしている髪の隙間を、フッと風が通り抜けていく。時間稼ぎに過ぎない。後戻りはできないのだ。くいっと髪を引っ張られ、アントスの横に倒れ込んだ。手が触れ合う。白と金の男は、静かに起き上がってラトゥリオを見下ろした。観念した、腹を括るよ、と緑の双眸が語っている。ラトゥリオは彼の柔らかな金糸に指を入れて撫で、やがて二人の影はひとつになった。風が強くなり、密林が騒めいた。
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