19 / 50
第3章 ラトゥリオとアントス
第1話
しおりを挟む
アストゥラ国がこの星の全土を統一してから、長い年月が流れていた。王家の血は脈々と受け継がれ、途絶えたことがない。王子が妻を娶るか、王女が婿を迎えるかのいずれかにより、数十年ごとの代替わりを繰り返してきた。魔力を暴走させた者はかつてなく、穏やかな治世が続いていた。それは恒久のものとしてこの先も変わることはないのだと、誰もが疑いなく信じることができた。あの日までは。
王子ラトゥリオは、次代の王として、子供の頃から国中の期待を集めていた。その運命に疑問を抱いたことはなく、幼い頃から父に連れられて全土を見て回った。古の区分は今も生かされており、統一前の王家の出身者たちが、およそ五十に分かれている各地の行政を統轄する。もう一段階上の区分として十の地域があり、その長は三年に一度の選挙により選出される。連続して選出されるのは、長くとも二期まで。続けて六年を超えて同じ家が統治することはない。これにより利権の一極化は防がれている。さらにその上に君臨するのが、全土の王である。
ラトゥリオの父は、民衆に愛される寛大さと、国を治めるに足る峻厳さとを併せ持ち、皆に慕われていた。彼の庇護のもと、王子と、六歳下の妹は、すくすくと育っていった。
アントスの父は、ラトゥリオが暮らす中央地域の、南隣の地域を治めていた。誠実温厚を絵に描いたような人柄でありながら、頭が切れることにおいても当代随一。彼に限って三期連続の選出を認めてもよいのではないか?という声が上がり、特例中の特例として実現していた。結果、彼は死の瞬間までその地位にとどまることとなる。
ラトゥリオがアントスに出会ったのは、三歳の時だった。父親同士が話をしている間に、同い年の二人の男児はすっかり意気投合した。金の髪に美しい緑の瞳を持つアントスは、誰にも秘密の、宝物の隠し場所まで教えてくれた。それは海を遥か下に見た真っ白な城の、一年中枯れることのない木の根元に、大切そうに埋められた箱だった。
「アントスって、花っていういみだよね。きれいだなあ」
「ありがとう! そんなふうにいってくれるひと、はじめてだ。きみのなまえもきれいだね」
「ありがとう!」
『愛する人』という意味を持つ名は、幼いラトゥリオには気恥ずかしく、それが彼をどこか引っ込み思案にさせていた。だが、アントスは花のような笑顔で褒めてくれた。二人の心は強く結びつき、アントスは将来はラトゥリオの右腕として支えられるようになりたいと、夢を語った。白と金を基調とした服を身に着け、南国の光そのもののように眩しかった。
二人は切磋琢磨しながら成長していった。宝箱は、二人で拾い集めた綺麗な貝殻でいっぱいになった。十三、四歳にもなれば一人での視察が許され、近くに来た時には必ず立ち寄った。短い間でも、共に過ごす時には千金の値があった。黒のラトゥリオ、白のアントスと並び称され、災害など何か事が起こった時には、北半球はラトゥリオ、南半球はアントスと手分けして対応した。お互いが考えることが手に取るように分かるのは、魔力ではなく深い信頼に基づくものだった。離れていても、同じものを見つめ、同じ未来を描いていた。
友情と信じていたものが恋慕の情だと気付いたのは、いつの頃だったか。十五、六にもなると、ラトゥリオにもアントスにも、将来はぜひ妻にと、自薦他薦の花嫁候補が次から次へと現れた。ラトゥリオは一切話を受け付けず、アントスも、「まだ早いので」とやんわりかわしていた。婚姻可能年齢は十八歳。身辺が騒がしくなり、結婚を意識させられると、そういう相手として考えられるのはただ一人だった。
互いの目の中に同じ想いを読み取ったのは、十六歳の夏。その日、二人は海水浴を楽しんだあと、南国の植物が広範囲に渡って密集し、ほかの場所にはいない生き物が見られる公園を歩いていた。公園といっても、人の手はほとんど入っていない。案内人なしに立ち入ることは好ましくないとされ、その案内人のなり手がなかなか見つからないという状況だった。
一歩足を踏み入れれば、そこは楽園。希少な種類のドラゴンが大家族でひっそりと暮らしている。目の覚めるような極彩色の鳥や、湖には人魚も生息しているという。
湖のほとりは開けていて、歩き続けた二人は一休みすることにした。青い湖を覗き込み、水面に映った互いの顔を見た。ハッと顔を上げ、目を合わせた。雷に打たれたようだった。アントスは眉を上げ、ごろんと草地に仰向けに寝た。ラトゥリオは片膝を立てた格好で座り、二人はしばらくの間、何も言えなかった。
「どうする?」
アントスの滑らかなテノールが沈黙を破った。
「どうするかな……」
ラトゥリオは緑に覆われた空を見上げ、呟いた。最近長く伸ばしている髪の隙間を、フッと風が通り抜けていく。時間稼ぎに過ぎない。後戻りはできないのだ。くいっと髪を引っ張られ、アントスの横に倒れ込んだ。手が触れ合う。白と金の男は、静かに起き上がってラトゥリオを見下ろした。観念した、腹を括るよ、と緑の双眸が語っている。ラトゥリオは彼の柔らかな金糸に指を入れて撫で、やがて二人の影はひとつになった。風が強くなり、密林が騒めいた。
王子ラトゥリオは、次代の王として、子供の頃から国中の期待を集めていた。その運命に疑問を抱いたことはなく、幼い頃から父に連れられて全土を見て回った。古の区分は今も生かされており、統一前の王家の出身者たちが、およそ五十に分かれている各地の行政を統轄する。もう一段階上の区分として十の地域があり、その長は三年に一度の選挙により選出される。連続して選出されるのは、長くとも二期まで。続けて六年を超えて同じ家が統治することはない。これにより利権の一極化は防がれている。さらにその上に君臨するのが、全土の王である。
ラトゥリオの父は、民衆に愛される寛大さと、国を治めるに足る峻厳さとを併せ持ち、皆に慕われていた。彼の庇護のもと、王子と、六歳下の妹は、すくすくと育っていった。
アントスの父は、ラトゥリオが暮らす中央地域の、南隣の地域を治めていた。誠実温厚を絵に描いたような人柄でありながら、頭が切れることにおいても当代随一。彼に限って三期連続の選出を認めてもよいのではないか?という声が上がり、特例中の特例として実現していた。結果、彼は死の瞬間までその地位にとどまることとなる。
ラトゥリオがアントスに出会ったのは、三歳の時だった。父親同士が話をしている間に、同い年の二人の男児はすっかり意気投合した。金の髪に美しい緑の瞳を持つアントスは、誰にも秘密の、宝物の隠し場所まで教えてくれた。それは海を遥か下に見た真っ白な城の、一年中枯れることのない木の根元に、大切そうに埋められた箱だった。
「アントスって、花っていういみだよね。きれいだなあ」
「ありがとう! そんなふうにいってくれるひと、はじめてだ。きみのなまえもきれいだね」
「ありがとう!」
『愛する人』という意味を持つ名は、幼いラトゥリオには気恥ずかしく、それが彼をどこか引っ込み思案にさせていた。だが、アントスは花のような笑顔で褒めてくれた。二人の心は強く結びつき、アントスは将来はラトゥリオの右腕として支えられるようになりたいと、夢を語った。白と金を基調とした服を身に着け、南国の光そのもののように眩しかった。
二人は切磋琢磨しながら成長していった。宝箱は、二人で拾い集めた綺麗な貝殻でいっぱいになった。十三、四歳にもなれば一人での視察が許され、近くに来た時には必ず立ち寄った。短い間でも、共に過ごす時には千金の値があった。黒のラトゥリオ、白のアントスと並び称され、災害など何か事が起こった時には、北半球はラトゥリオ、南半球はアントスと手分けして対応した。お互いが考えることが手に取るように分かるのは、魔力ではなく深い信頼に基づくものだった。離れていても、同じものを見つめ、同じ未来を描いていた。
友情と信じていたものが恋慕の情だと気付いたのは、いつの頃だったか。十五、六にもなると、ラトゥリオにもアントスにも、将来はぜひ妻にと、自薦他薦の花嫁候補が次から次へと現れた。ラトゥリオは一切話を受け付けず、アントスも、「まだ早いので」とやんわりかわしていた。婚姻可能年齢は十八歳。身辺が騒がしくなり、結婚を意識させられると、そういう相手として考えられるのはただ一人だった。
互いの目の中に同じ想いを読み取ったのは、十六歳の夏。その日、二人は海水浴を楽しんだあと、南国の植物が広範囲に渡って密集し、ほかの場所にはいない生き物が見られる公園を歩いていた。公園といっても、人の手はほとんど入っていない。案内人なしに立ち入ることは好ましくないとされ、その案内人のなり手がなかなか見つからないという状況だった。
一歩足を踏み入れれば、そこは楽園。希少な種類のドラゴンが大家族でひっそりと暮らしている。目の覚めるような極彩色の鳥や、湖には人魚も生息しているという。
湖のほとりは開けていて、歩き続けた二人は一休みすることにした。青い湖を覗き込み、水面に映った互いの顔を見た。ハッと顔を上げ、目を合わせた。雷に打たれたようだった。アントスは眉を上げ、ごろんと草地に仰向けに寝た。ラトゥリオは片膝を立てた格好で座り、二人はしばらくの間、何も言えなかった。
「どうする?」
アントスの滑らかなテノールが沈黙を破った。
「どうするかな……」
ラトゥリオは緑に覆われた空を見上げ、呟いた。最近長く伸ばしている髪の隙間を、フッと風が通り抜けていく。時間稼ぎに過ぎない。後戻りはできないのだ。くいっと髪を引っ張られ、アントスの横に倒れ込んだ。手が触れ合う。白と金の男は、静かに起き上がってラトゥリオを見下ろした。観念した、腹を括るよ、と緑の双眸が語っている。ラトゥリオは彼の柔らかな金糸に指を入れて撫で、やがて二人の影はひとつになった。風が強くなり、密林が騒めいた。
29
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています


花屋の息子
きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。
森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___?
瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け
の、お話です。
不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。
攻めが出てくるまでちょっとかかります。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる