異世界転移は終わらない恋のはじまりでした―救世主レオのノロケ話―

一条咲穂(花宮守から改名)

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第2章 帰れない、帰らない

第4話

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「三日後に、私が王宮までお送りしましょう」
 クロスさんはそう言ってくれたけど、僕が帰り着いたのは二十日後だった。予定していた仕事が終わったところで、落雷と豪雨に見舞われ足止めされた。ようやく雨が上がってからは、倒木で通れない道を迂回したり、その道筋にある町で修理を手伝ったり。動いている間は、ごちゃごちゃ悩まずにいられた。

「こんなことになって申し訳ない」
「クロスさんのせいじゃありません。僕の方こそ、すみません。奥さんも子供たちも待ってるのに」
「なあに、リナが張り切って、私の目の届かないところを見てくれているでしょう。さあ、もうすぐそこです。馬は私が。早く陛下のところへ」
 ウインクして励ましてくれる好意に甘え、メテオを預けて駆け出した。
 王宮の門だ。ああ、帰ってきた!
「ただいま!」
「レオ様! お帰りなさいませ!」
 陽光に煌めくマントを翻し、前庭を突っ切って、お城の中へ。どこにいるだろう。四階かな? いや、こっちだ。一階の奥、日差しが気持ちいい中庭。ああ、あと少し……。
 話し声がする。女性……ゾイさんかな。それに対する声は、愛しいあの人のもの。だけど、どうも雰囲気が変だ。
「あいつの親に……わけにはいかぬ」
「そうですわねぇ……」
「お前ならば分かるはずだ」
「ですが陛下……今度こそ、ご自分のお気持ちを大切になさってもよろしいのではありませんか。レオは、あの子は……」
「ああ、分かっている。レオはアントスとは違う……」
 アントス? 気持ち、って……?
「国中の誰もが平和を願っております。それは同時に、陛下の幸せをお祈りすることでもあるのです」
「俺のために、あいつに何もかも捨てさせることはできん」
 胸が苦しい。二人は、一体何を話しているんだ。壁に隠れて向こうからは見えないけど、心臓の音が響いてしまいそうだ。
「それで、ご自分の命を危うくしてどうなさいます。それこそレオがどんなに悲しむか……よく話し合ってくださいませ」
 命!? ラトゥリオ様の!?
「どういうことですか!」
 我慢できなかった。気付いた時には、姿を現し、叫んでいた。
「レオ!」
 驚いて立ち尽くすゾイさん。
「戻ったか」
 目を見開き、苦しそうな色を残したままで微笑みかけてくる、世界で一番大切な人。いくつ世界があったって、その事実は変わらない。
「おいで、レオ」
 威勢よく飛び出したのに、問い詰めたいのに、涙でぼやけて駄目だ。会いたかった。一緒にいたい、これからもずっと。
「ラトゥリオ様!」
 腕の中に飛び込んだ。抱き止められ、抱き上げられて、二人の涙が混ざっていく。
「お帰り」
「ただいま戻りましたっ……」
 ゾイさんの赤いドレスが、建物の中へと消えていく。二人きり。恋しかった温もり。大きなベンチに横たえられ、唇が重なった。髪に指を絡め、しっかりと抱きしめる。今なら言える。
「ラトゥリオ様。僕、あなたのこと」
「待て。その前に……俺の話を聞いてくれるか」
 僕は首を横に振った。聞きたくない。ろくな話じゃないに決まってる。毎日何度も思い出した大きな手が、頬を包む。
「聞いてくれ。これを話さずに、お前の気持ちを受け取ることはできない。頼む」
「じゃあ……かわいそうだから、聞いてあげます」
 涙をためて僕を見下ろしながら話し出したのは、とんでもない内容だった。
「俺の魔力を一方向に集中させて放出する。あの橋の上でな。時空に穴を開け、お前を元の世界へ戻す」
「それ、この前読んだ小説に出てきた方法でしょう。『禁じ手』って書いてあったじゃないですか。しかも、成功するかどうか分からない」
 時空の歪みに巻き込まれた恋人を探すため、主人公が考え付いた方法だった。彼は穴を開けることには成功するが、彼女を目にした瞬間、力尽きて命を落とす。僕と出会った場所でラトゥリオ様が試したところで、元の世界に繋がる保証もないんだ。
「僕がいない間、そんなことばっかり考えていたんですか」
「俺の力なら可能だ。試すのは一度きりになるがな」
「それであなたが倒れて、僕がいなくなって……せっかく安定したのに、この世界はどうなるんです」
 言ってることが支離滅裂な自覚はあるんですか?
「この状態ならば当分はもつ。後のことは……南半球が何とかするだろう」
 ……ああ、もう。仕方のない人だなあ。
 起き上がり、抱きしめて背中をさする。怒ってやりたい。叱りたい。分からずや!って言ってやりたい。責任感で死んでしまうタイプだ。僕を引きずり込んだこと、世界を守ること。その板挟みになって、思い詰めて。南半球っていうのが相変わらず謎だけど、どうせ無茶な案なんだろう。
「レオ……」
「あなたはこの世界に必要な方です。僕のために死んじゃ駄目ですよ」
「お前を親に会わせたい……このままにしてはおけぬ」
「そう思ってくださるのは嬉しいです。だから僕は……あなたのそばにいたいんです」
 悲しい決意を、今だけじゃない、きっとたくさんしてきた人。自分のことは後回しで。肩が震えてる。大丈夫、もう大丈夫。
 僕も、もう大丈夫だ。
「ラトゥリオ様。この世界のために、僕が必要ですか?」
「……ああ」
 躊躇ったのは、僕と同じ悩みを抱えていたからだと分かる。それだけが目的だと思われてしまうんじゃないか?って。
「じゃあ、もうひとつ聞きますね。あなたにとって、僕は必要ですか?」
 肩に指が食い込む。痛いくらいの抱擁。
「お前を諦めるのは……俺が死ぬ時だ」
「だからって、早死にしちゃいけませんよ。僕のこと、諦めなくていいんですから。ね?」
 悲鳴のようなものが、彼の喉から漏れた。
「帰らない、と?」
「はい」
 僕の声は、決断と幸福。帰れるかもしれない、その可能性をわずかでも示されたことで、はっきりと分かった。答えは、出会った時から決まってた。離れている間、二人ともぐるぐる考えて出口が見えなくなっていたけど、手はしっかり繋がっていた。心の中で。
 震えがおさまってきた。耳元で囁く。
「僕の気持ち、言っていいですか」
「待て」
「まだ何かお話が?」
「そうではない。周りをよく見ろ」
「えーと」
 きょろきょろ。うん、中庭だ。
「誰もいませんよ?」
「はぁ……」
 ため息が返ってきたかと思うと、くいっと顎をつかまれて舌が入ってきた。
「ん、ンッ」
 体の中に火がついて、一気に燃え広がる。駄目、ここじゃ誰かに聞かれる……って、そういうことか! 口で言えばいいのに実力行使って……待って、歯茎、弱いからっ……。
 ぺちぺち、と腕を叩いて抵抗する。分かった、分かりましたからっ。
 じゅるっと大きな水音がして、いったん解放された。頭がクラクラする。あっちもこっちも、非常にまずい状態。フッと微笑む彼は、調子を取り戻したようだ。鼻の頭がくっつく距離で聞かれる。
「どうする、レオ?」
「どうする、じゃないですよ……いい子だから、抱っこしてください。上、行きましょう」
「望むところだ。まずは風呂だな」
 たくましい腕に抱き上げられ、しっかりと掴まる。北半球の日が暮れていく。待ちに待った、夜が始まる。

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