異世界転移は終わらない恋のはじまりでした―救世主レオのノロケ話―

花宮守

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第2章 帰れない、帰らない

第3話

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「リナ! 早かったな。だいぶ無理したんじゃないか」
 東の大きな町で出迎えてくれたのは、「プロポーズ」発言の男性だった。
「誰に言ってるのかしら。ねぇ?」
 僕に同意を求めるリナは、息ひとつ切らしていない。エリスも元気だ。
「ハハッ、無事で何よりだ。レオ様、来てくださってありがとうございます。この子の相手は骨だったのではありませんか」
「いえ、とても楽しかったです」
「お転婆娘でね。陛下から今のお役目を申し付かったからよかったようなものの」
「ほらほら、叔父様! 薬はこれよ。早く持っていってあげなきゃ」
 彼は既に僕たちの馬を繋ぎ、薬を下ろしにかかっていた。
「妻が夕食をご用意しています。先に行って休んでください」
 日に焼けた体、快活で力強い声。あの時の印象と変わらない、気持ちのいい人だ。
「行きましょ、レオ。こっちよ」
「あ、うん」
 その家は、街の中心から少し歩いたところにあった。平屋の大きな木造建築だ。
「クロス叔父様は、私の父の弟なの。大工仕事が趣味でね。家をどんどん大きくしちゃうのよ」
「もしかして、この家も?」
「ええ。彼が一人で建てたのよ。夢中になると夜も寝ないから、予定よりずっと早くできたんですって」
「すごいなぁ」
 エネルギッシュな人なんだ。
 玄関の扉が開き、奥さんが歓迎してくれた。すらりと背が高く、金髪をふんわりと結い上げた綺麗な人だ。青い瞳はクロスさん同様、快活そのもの。
「まあまあ、レオ様! よくいらしてくださいました!」
「こんにちは。お世話になります」
「リナ、お帰りなさい。早くてびっくりしたわ」
「レオのおかげよ。メテオがいるからエリスが張り切っちゃって」
「まあ、メテオに乗れるの?」
「はい」
「あの人なんか、振り落とされてそれっきりだったのにねぇ」
「え!? クロスさんが?」
 西部劇のヒーローのような人なのに、想像できない。
「そうよ。けがはなかったけど、憮然としてたわ」
 僕には素直なメテオ。どうやら本当に、手のつけられない暴れ馬だったらしい。

 夕食は賑やかで、三人の子供たちとも仲良くなれた。寝る場所は、リナはお気に入りだという屋根裏部屋を、僕は奥の客間を使わせてもらった。
 広い家だから、みんながそれぞれのベッドへ入ってしまうと、あまり音が聞こえない。元の世界では一人で寝ていたのに、この十日間が僕を大きく変えた。あの人の温もりや寝息が恋しい。
 気を紛らわせるために、食事の時に聞いた話を思い返した。クロスさんは、町ごとに置かれている世話役で、各種インフラの整備責任者でもあるのだそうだ。ラジオや電話は、現在テスト開発中。交通手段として、太陽光や風力などを貯めておいて、電気で動かす車も検討されているという。抑えた魔力をもっと活用する案も定期的に出てくるけど、時期尚早とされ、実用化には至っていないとのこと。時期って何だろう。暴走を警戒しているのは分かる。
「眠れない……」
 魔力のことを考えると、どうしてもラトゥリオ様の顔が浮かぶ。あの人の髪を指に絡めて眠る癖が、ついてしまっているんだ。
 諦めて起き上がった。この部屋は、直接外へ出られるようになっている。マントを羽織い、音をさせないように扉を開けると、満天の星が目に飛び込んできた。
「わぁ……」
 王宮のお風呂からも見えるけど、ここは空がどこまでも続いている。二つの衛星が真ん丸で綺麗だ。呼び名はここでも「月」で、ひとつには土星のような輪っかがある。ラトゥリオ様も見てるかな……。
 サク、と足音が聞こえた。玄関の方からまわってきたのは、家主のクロスさんだ。パイプを咥えている。
「おや、レオ様」
「すみません、勝手に出歩いて」
「構いませんよ。落ち着かないでしょう」
「子供みたいでお恥ずかしいです」
 彼は慈しむように僕を見て、「座りませんか」とベンチを示した。もちろんこれも、クロスさんの手作りだ。僕に煙が来ないようにと、彼は風下に座った。パイプで煙草を吸うのって、テレビ以外で見るのは初めてだ。
「ん? ああ、これですか」
「はい。かっこいいなって」
「ハハッ」
 明るい笑い声。月は、吸い込まれそうな光を静かに振り撒いている。
「陛下も今頃、同じ月を眺めてレオ様を想っておられるでしょう」
「そうだといいなって……思います」
 手放したくないと言ってくれた、あの言葉を都合よく解釈してしまう。月光を受けて輝くマントは、僕を守りたいという彼の想い。その、想いの種類を知りたいのに、知るのが怖いんだ。
「クロスさん。変なこと言っていいですか」
「どうぞ」
「僕、アストゥラに来るまで知りませんでした。自分が、こんなにも臆病だってこと」
 彼は何かを懐かしむように星空を見渡して、思い出し笑いをした。パイプから出てくる煙が揺れる。
「向こうは、人の心をかっさらっておいて涼しい顔をしている……」
「そう! そうなんですっ。……え?」
「案外、同じことを思っているかもしれませんよ。それを確かめるのに、私は一生分の勇気を使い果たしましたがね」
 茶目っ気たっぷりの笑みは、奥さんとのロマンスが今も最高の形で続いていることを教えてくれた。
「いいですね」
 僕は――。勇気、か……。
 この世界を守ること。
 彼の気持ちを知ること。
 元の世界のこと。家族のこと。
 きっと、全部は選べない。何も告げなくても、ラトゥリオ様が一番大事にしていることを支えていくのはできる。片想いが決定的になって気まずくなるよりはいい。ある日突然、この世界から僕が消えてしまうことだってあり得るし……。どんどん消極的になっていくのに、僕の手はマントを掻き合わせ、馴染んだ体温を思い出そうとしている。
「難しいや……」
 トンネルの真ん中で立ち止まっているみたいだ。出口に向かえば、晴れているか曇っているか、雨が降っているのか、分かるのに。先延ばしにしている。
 星がひとつ流れた。
 あなたを愛してる、と心の中で呟いた。

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