創世樹

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第92話 大切な娘時代

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 ――――一方、ヴィクターがセリーナの方を訪ねてみれば――――




「――練気チャクラを頭に集中しておるのか。」





「――ああ……知覚、神経伝達鋭敏化の暗示を掛けても……脳を、練気の『膜』のようなもので守れないかと思ってな…………」





 ――知覚鋭敏化暗示の弱点である知覚への急激なショック。それを防ぐためにセリーナは脳全体を覆って守る『防護膜』をイメージして練気を集中していた。





 だが……練気の発生源である脳は、練気だけでなく人体のエネルギーの大半を消費している器官だ。練気を集中し続ければ、かなりの疲労になる。セリーナはまた滝のような汗を額から滴らせていた。






「――それならば、大事なのは膜の強さもそうだが、知覚への刺激を受けた時に如何に素早く膜を張るか、また、ある程度は平生からその練気の膜でガードしていないことには役に立たんだろうな。」






「――そうだな。ヴィクター……ひとつ頼まれてくれるか?」





「わかっておる。今から不規則なタイミングでお前の目に向かって、俺の練気の光を当てる。タイミングを合わせて防護膜を脳に張れれば、技はひとつ会得したも同然だ。だが、決して無理はするなよ……お前の知覚鋭敏化は本来、本当に危険な能力だからな……」





「ああ……いつでもいい。やってくれ」






 ――セリーナはそう言って、練気を通常通り全身に張りつつ、知覚鋭敏化の暗示を掛け…………素早く脳を練気で防御出来るように集中した。






「………………ぬんッ!」



「………………ッ!!」





 宣言通り、技の起こりが見えないタイミングでヴィクターは指先に集中した練気の光をセリーナの目元にかざした。





「………………ッ」





 ――耐えている。一瞬にして練気の防護膜を脳に張り、光の刺激に耐えているセリーナ。だが、途端に全身から殊更、尋常ではない量の汗を流し、かなりの負荷になっているようだ――――





「――そこまで!! これ以上は危険だ。」




「――くはっ!! ……はあっ……はあっ……はあっ…………」





 ――数秒間、耐えて見せたセリーナ。すぐに知覚鋭敏化の暗示を解く。だが、完全に弱点を補い切るにはまだ練気の練り方が足りないようだ。地に膝を付いて這いつくばり、呼吸は荒く、手足は震えている。





「――無茶をするでない、セリーナよ。やはりお前のその知覚鋭敏化の技は強力だが、リスクが大きすぎるのではないか? 自分のスタイルを一から立て直すのも勇気だ。もっと別な戦い方を身に付けるという手もあるんだぞ――――ガイ! ちょっと来てくれ。」





 ――呼ばれたガイはセリーナの状況を察し、駆け足で近付き、すぐに回復法術ヒーリングを掛ける。





 強化されてきたガイの回復法術。たちまちセリーナの脳に掛かった負荷による麻痺はおさまった。






「――ったくよお。エリーや俺も大概だが、おめえはいっつも無茶し過ぎなんだよ。マジで死んでも文句言えねえぞ。もうちょい自分の命、大事にしとけ。じゃあな……」






 セリーナが治り、立ち上がったのを見て、ガイはまた己の修行へと戻っていった。





「――ふぅー…………まだキツいが…………何とか、モノに出来そうだ。」






「……その口振りだと、それほどの苦行を経てでも己のスタイルは曲げんようだな。全く、頑固な女子おなごよな――――」





「――うるさい! おなごと言うな! 私は、セリーナ=エイブラム。グアテラ家の誇り。武門の子だ…………!!」




「むっ……」






 ――疲労からか、つい言葉も尖ってしまうセリーナ。ヴィクターもまた一瞬いきり立って、例の一喝を浴びせかけたが、弱っている相手。堪えることにした。






 ヴィクターはセリーナにもまた、ガイ同様憐みの目を向けてしまう。






「――セリーナよ。お前が生粋の武闘家であり、強さへの飽くなき探求心は真に賞賛に値する――――だが、己の命をかなぐり捨てるんじゃあない。命を落とせば……お前の最愛の人もまた、生きる希望を失うやもしれんのだぞ…………」





「――ふー……ふー……」





 ――セリーナの目には、依然として険しい、闘争に身をやつす戦鬼のような苛烈さが見える。






 生来の生真面目さと、かつての薬物中毒。貴族の家での生活で一度捻じ曲がり、病んだ精神性。






 そんな悲愴な衝動が、セリーナを極限まで高め、また極限まで追い詰めていた。






(――何と争気に満ちた悲しい目よ。これはある意味、エリー以上に死と隣り合わせな生き方。悲しく、恐ろしき女子おなごよ――――)






 ――ヴィクターは以前から聞かされていたエリー一行の悲しき苛烈な過去を思い返し、このセリーナ一人とっても非常に難儀なものを感じずにいられなかった。






「――よし。ともかく知覚鋭敏化は今日はその辺にしておけ。それで、もうひとつ、竜騎士の力をお前は欲していたな。何か身に付けるべき能力へのヒントはあったか?」






 敢えて朗らかに語り掛ける。






「――そうだな……竜騎士の力…………私なりの解釈は、もっと天高く、もっと素早く空を自在に飛ぶ力――――エアリフボードだけでは足りん。いっそ竜そのものを飼いならしでも出来れば……」





 ヴィクターは、和やかに笑った。





「――ぬっはっはっは。それも良いのではないか? 練気を高めて集中し、具現化出来れば……竜とて創り出せるやもしれん。」






「!! それは本当か、ヴィクター!?」





 突飛な発想だと思っていたセリーナは驚き、ヴィクターを見る。顎を手で撫で、朗らかにこの僧は語る。






「練気でペットを創り出したい、と言っていた者に修行を施したことがある。長い鍛錬の末、その者はついに、あのドルムキマイラにも負けぬ巨大な獅子を創り出して見せたよ。修行を完遂した彼は『これで愛する恋人を背に乗せて走れる!!』と喜び勇んでおったなあ。」





「――恋人を、背に…………」





 ――ふと、セリーナの脳裏に、ミラの愛しき笑顔が浮かんだ。






「――そ、そうなれば、素敵だろうか…………この世にただ一頭の竜に恋人を乗せて、大空を駆ける、なんて…………ミラは高いところ、平気だったっけ。ふふふふ…………。」





 ――微笑ましい恋人との逢瀬を思い浮かべ、セリーナは平生引き締めてばかりの表情を緩めて、悦に浸った。





「――うむ。そういう愛しき者を思う朗らかな気持ちを忘れてはならんぞ。それこそ、良き娘らしい。はっはっは!」





「――ぐっ!? ……くぅぅ~…………」





 無防備な笑顔を見せてしまい、珍しく顔を真っ赤にして恥ずかしがるセリーナは、まだ娘らしい心を失ってはいない証明のようだった。






「――ちっ! 練気のコントロールの訓練に戻るっ!!」





 セリーナは、そう威圧的な声でヴィクターへ意趣返しをしたが、ヴィクターは内心満足だった。






(――そうだ、セリーナ。お前は戦士とはいえ、まだまだ若い。本来なら恋人同士で楽しく遊んでいてもよい年頃なのだ。せっかく想い合う伴侶がいるなら……時にはその者を心に浮かべ、安らかな気持ちでいてもいいのだよ。お前は生真面目過ぎる――――)





 ――セリーナから一旦離れ、エリーのもとへヴィクターは向かうことにした――――
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