創世樹

mk-2

文字の大きさ
上 下
77 / 223

第76話 ライネス=ドラグノンの場合

しおりを挟む
 ――ガラテア本国、デスベルハイムの領内にある研究機関。




 殊更、無機的で殺風景な感覚を覚える施設の中、ある一室…………メンテナンスルームで、あのガラテア軍の特殊部隊4人はそれぞれ治療を受けていた。




 治療と言っても、片目をグロウに抉られた目亘改子以外は練気チャクラだけでほとんどの傷は治癒してしまっているので、ほぼ精神的というか、脳へのメンテナンスのようなものである。




 特殊な機材に囲まれた個室に1人ずつ…………カプセルに包まれたベッドの中で、ライネス、バルザック、改子、メランはひたすら眠りに就いている。





「――なあ。こいつら……本当に死ぬ寸前になるほどの重傷を負うような戦いから、それも北極圏から帰って来たばかりって…………本当か?」




「……こいつらの記憶を映像化したレポート、見ただろ? 冒険者ら…………特にエリー、とかとやり合ったライネスの戦闘は…………ヤバいなんてもんじゃあなかっただろ…………?」




「まさか、『鬼』との遺伝子混成ユニットが生きてたとはな…………だが……戦った相手も危険だが、やはり戦闘狂になったこいつらの日常の方が遙かに危険だろ――――うう、レポート思い出しただけで吐き気がするぜ……」





「――ああ。改造を施したのが我々研究者とはいえ……戦いに狂ってるこいつらはまるで俺たちとは違う世界に生きてやがる。改造手術の成果もすげえが、練気チャクラを意のままに使いまわす奴のなんて強力なことだ…………猛獣を飼ってる気分だぜ。」





「……仮にもこいつら人間だ。それも軍属のな。こいつらの耳に入らないように気を付けよう。何がきっかけで暴れ出すかわかったもんじゃあないからな――――」






 ――――改造手術によって、強力な練気使いとなったと同時に…………凶暴な戦闘狂として生きることを余儀なくされたライネス、バルザック、改子、メランたち。






 彼らとて、まともに生きる手段さえあるのならば、改造手術など受けずに一般人として生きられた人間ばかりであった。






 まるで他人事のように、メンテナンスルームで眠る4人に対し冷淡な言葉をかける研究者たち。歪んでいるのは4人か、研究者か、それとも全員か――――






 ――――4人は、頭部に繋がれた電極による精神のリフレッシュを受ける余波で、夢を見ていた。





 起きてしまえばすぐに忘れてしまうのかもしれないが…………彼らの心の片隅には、改造手術を受けなければ耐え難い苦難と苦痛があった――――






 <<






 <<





 <<






 ――――ライネス=ドラグノンという彼の名前は、本名ではない。






 ガラテア本国・デスベルハイムの生まれだが、両親は早くに亡くなり、天涯孤独の身となった。





 当時、10歳だった彼は、本来は心優しく思慮の深い、やや引っ込み思案な善き少年であった。





 だが、『力』を信奉するガラテア帝国のこと、自分を養い、支えてくれる両親を喪った彼は、その社会の中で『力』無き弱者。国中の人から排斥されるのは目に見えた運命であった。





 国中の者から忌み嫌われるスラム街。少年の運命はそこで疫病に罹り、或いはならず者になぶり殺しにされて死を待つばかりであった。






 ――だが、それは天の助けか…………はたまた、別なる地獄へのいざないか。少年はあるガラテア軍人の目に留まった。





「――――少年。こんな処で何をしている。家族はいないのかね?」





「――――兵隊、さん…………ううん。いま、せん…………」





「――そうか。実は、今我々ガラテア軍は新たな兵士を養成する為、研究の被験体となる者を募っている。だが、我が崇高なるガラテア帝国へ資金の援助は惜しまずとも、その肉体そのものを差し出すほどの覚悟を持つ者はなかなかおらん。皆、世界制覇による恩恵は受けたくとも生命は惜しいのだ――――」





「………………」






 ――少年は、目の前の冷たい目をした軍人。異名を『冷厳なる獅子フィアフル・ファング』――――即ち、リオンハルト=ヴァン=ゴエティアを目の前にしても、恐怖は無かった。





 既にその心は家族を喪い、野垂れ死ぬのを待つばかりの。真っ暗な虚無が心を充たしていた。





「――そこで、少年。君には2つの道がある。そのままこの薄汚いスラム街で退廃極まりない死を享受するか――――みなしごのその身と心を軍に捧げ、生に可能性を見出すか。どうする――――力が欲しくはないかね?」






 ――虚無に充たされ、死を待つばかりだった彼に、もはや判断力など無かった。もう自らの人生などどうでもよかったのだ。





「――――わか……り、ました。力が、欲しいです――――」






 ――彼にとってはもう、自分のそれまでの10年余りで人生は死んだものとみなし――――今度は『力』を持つ新たな人生を、願った――――







 ――――そうして、練気を使う為のあらゆる措置を受けた。脳を中心とした肉体への改造手術。投薬実験。暗示催眠。







 それからの彼は、なるほど、本当に新たな人生を生きているかのようにすっかり別人へと成り代わった。





 常に闘争の刺激を求め、肉体も技も著しく練磨され、軍の中でも会得が難しいあらゆる殺人技を軽々と会得していった。





 闘争の中にいない時の彼は、ぼーっとしていてまるで生気が無い好青年に見えないこともないのだが、処かまわずいざ戦いとなれば、強者を次々と残虐に討ち滅ぼしていった。





 ――ガラテア軍に入ってからしばらくは、自らの名前も忘れ、仮の名としてカート=クライン=コート。略称KKKと周囲からは呼ばれた。









 だが、改造手術を受け、練気を習得しても、彼の心にはしばしば虚無が訪れた。自分でも無意識の虚無感に、彼はただただ呆然としているだけだった。







 力を得て、居場所も得たが……自分は果たして何者なのか。ガラテア軍に属し、戦闘の腕を振るって強者を鏖殺する。自分自身をより強者へと至らせる。






 それ以外に、自分に何があるのか?






 そうして時たま茫漠とした心持ちでいることが多かったが…………ある時期の作戦中に、彼は名前を変えた。






「――――KKK!! もう作戦は完全に終了した!! それ以上敵に手を出すな! 過剰攻撃だぞ!?」






「――――う、うわ、やめ――――ぎゃあああッ――――!!」






 ――今しがた、命乞いをして来た敵兵にとどめを刺した時、無惨に散った目の前の亡骸から何か、血肉以外の板状の物が零れ落ちた。





「……これ…………隊員証、か……ライ、ネス…………あとは血で汚れて読めねえや…………」





 なぶり殺した敵兵を前に、呆然と佇む、かつてのKKK。





「――――何をしてるKKK!! 撤収だ、撤収!! ――――ったく……胸糞悪い後始末ばかり押し付けおって――――」





 上官の声に少し驚き、顔を上げると…………敵兵の基地の壁。そこの張り紙が目に入った。





『我らに敗北は無し! また、敗北そのものを無きものとすべし!! 誇り高き我らが祖先の竜騎兵ドラグノンの如き光明を――――』






「――ライネス…………竜騎兵、ドラグノン――――。」






 ぼそぼそとうわ言のように呟く彼に、また遠くから上官の怒声が聴こえてくる。





「――聴こえんのか、KKK!! さっさと引き揚げを――――」





「――うるっせえ。」






「……何?」






 ――――その瞬間。かつての名を忘れ、やがてはKKKという名も忘れ去り、獰猛な笑みを浮かべて彼はこう言った。





「――俺は……ライネス。ライネス=ドラグノン。今度からそう呼んでくれい。この名前、気に入ったわ。こう名乗ることにするぜ。」





 ――――かくして、もはや今は名も無きまま終わるはずだった少年は、屈強かつ、獰猛な狂戦士・ライネス=ドラグノンとなったのだ。その瞬間、彼は改造を受ける前のあらゆるか弱き少年時代の虚無を捨て去った。





 そして代わりに、闘争の中でこそ己の存在証明たらんとする戦闘戦斗の狂人と化したのだ――――






 <<






 <<






 <<







「KKK? ああ、確かにそうだったな……こいつは最初はそう呼んでたっけ……」





「それが、作戦中に自ら名前を名乗るようになるとはなあ。どういう心境の変化なんだ?」





「――どこかで聞いたことがあるな……名前を名乗るってのは、命そのものなんだと。あらゆるものも名前があるから、その存在たらしめてるんだと――――哲学だか、量子力学だかの話だったかな。」





「まあ、さすがにそんな深いとこまでこいつは考えてないだろ。単に気に入った名前があったから、それをそのまんま名乗った。そういうことでいいんじゃあねえの?」







 研究員たちは、強化ガラス越しにメンテナンスルームで眠る、今はライネス=ドラグノンと自称するようになった強化兵を覗き込み、半ば蔑むような目で見遣り、冷笑した。






 ――――すぐ隣の個室には、目亘改子がいた。ライネス同様、頭部に電極を付けられた状態でカプセル状のベッドに横たわり、眠っている――――
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

星に願いを(新版)

平 一
SF
〝不思議なサイトで答えたら……異星人からご挨拶!?〟 〝未来の神話〟ルシファー・シリーズ、初期作品の新版です! 一オタクの目線(笑)で、人類と異星人の接触を描きました。 旧版を、次の作品に刺激されて書き直しました。 イラスト:『黒』 https://www.pixiv.net/artworks/98430695 『w』 https://www.pixiv.net/artworks/63134293 『慈愛の女神』 https://www.pixiv.net/artworks/105119343 動画: 『stars we chase』 https://www.youtube.com/watch?v=ZjP1zJEbFOI 『MONSTER GIRLS』 https://www.youtube.com/watch?v=lZ0aPIGXk5g 『Strawberry Trapper』 https://www.youtube.com/watch?v=uDAc22a7rvM 『幻日ミステリウム』 https://www.youtube.com/watch?v=90T6WnER5ss 『Imprevious Resolution』  https://www.youtube.com/watch?v=v_zH3S9qdRQ&list=RDMMv_zH3S9qdRQ&start_radio=1 奇想譚から文明論まで湧き出すような、 素敵な刺激を与えてくれる文化的作品に感謝します。 異星人が使った六芒星(✡)は、私見〝文明の星〟理論によるもので、 後の『イシュタル』や『会見』にも書きました。 執筆後、過去・現在・未来を語る悪魔が多いことに気づきましたが、 それについては後の『プルソン』で理由付けしました。 ご興味がおありの方は『Lucifer(ルシファー)』シリーズ他作品や、 エッセイ『文明の星』シリーズもご覧いただけましたら幸いです。

帝国少尉の冒険奇譚

八神 凪
ファンタジー
 生活を豊かにする発明を促すのはいつも戦争だ――    そう口にしたのは誰だったか?  その言葉通り『煉獄の祝祭』と呼ばれた戦争から百年、荒廃した世界は徐々に元の姿を取り戻していた。魔法は科学と融合し、”魔科学”という新たな分野を生み出し、鉄の船舶や飛行船、冷蔵庫やコンロといった生活に便利なものが次々と開発されていく。しかし、歴史は繰り返すのか、武器も同じくして発展していくのである。  そんな『騎士』と呼ばれる兵が廃れつつある世界に存在する”ゲラート帝国”には『軍隊』がある。  いつか再びやってくるであろう戦争に備えている。という、外国に対して直接的な威光を見せる意味合いの他に、もう一つ任務を与えられている。  それは『遺物の回収と遺跡調査』  世界各地にはいつからあるのかわからない遺跡や遺物があり、発見されると軍を向かわせて『遺跡』や『遺物』を『保護』するのだ。  遺跡には理解不能な文字があり、人々の間には大昔に天空に移り住んだ人が作ったという声や、地底人が作ったなどの噂がまことしやかに流れている。  ――そして、また一つ、不可解な遺跡が発見され、ゲラート帝国から軍が派遣されるところから物語は始まる。

刑務所地球

ドルドレオン
SF
小説

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

非武装連帯!ストロベリー・アーマメンツ!!

林檎黙示録
SF
――いつか誰かが罵って言った。連合の防衛白書を丸かじりする非武装保守派の甘い考えを『ストロベリー・アーマメント』と―― 星の名とも地域の名とも判然としないスカラボウルと呼ばれる土地では、クラック虫という破裂する虫が辺りをおおって煙を吐き出す虫霧現象により、視界もままならなかった。しかしこのクラック虫と呼ばれる虫がエネルギーとして有効であることがわかると、それを利用した<バグモーティヴ>と名付けられる発動機が開発され、人々の生活全般を支える原動力となっていく。そして主にそれは乗用人型二足歩行メカ<クラックウォーカー>として多く生産されて、この土地のテラフォーミング事業のための開拓推進のシンボルとなっていった。  主人公ウメコはクラックウォーカーを繰って、この土地のエネルギー補給のための虫捕りを労務とする<捕虫労>という身分だ。捕虫労組合に所属する捕虫班<レモンドロップスiii>の班員として、ノルマに明け暮れる毎日だった。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...