創世樹

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第76話 ライネス=ドラグノンの場合

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 ――ガラテア本国、デスベルハイムの領内にある研究機関。




 殊更、無機的で殺風景な感覚を覚える施設の中、ある一室…………メンテナンスルームで、あのガラテア軍の特殊部隊4人はそれぞれ治療を受けていた。




 治療と言っても、片目をグロウに抉られた目亘改子以外は練気チャクラだけでほとんどの傷は治癒してしまっているので、ほぼ精神的というか、脳へのメンテナンスのようなものである。




 特殊な機材に囲まれた個室に1人ずつ…………カプセルに包まれたベッドの中で、ライネス、バルザック、改子、メランはひたすら眠りに就いている。





「――なあ。こいつら……本当に死ぬ寸前になるほどの重傷を負うような戦いから、それも北極圏から帰って来たばかりって…………本当か?」




「……こいつらの記憶を映像化したレポート、見ただろ? 冒険者ら…………特にエリー、とかとやり合ったライネスの戦闘は…………ヤバいなんてもんじゃあなかっただろ…………?」




「まさか、『鬼』との遺伝子混成ユニットが生きてたとはな…………だが……戦った相手も危険だが、やはり戦闘狂になったこいつらの日常の方が遙かに危険だろ――――うう、レポート思い出しただけで吐き気がするぜ……」





「――ああ。改造を施したのが我々研究者とはいえ……戦いに狂ってるこいつらはまるで俺たちとは違う世界に生きてやがる。改造手術の成果もすげえが、練気チャクラを意のままに使いまわす奴のなんて強力なことだ…………猛獣を飼ってる気分だぜ。」





「……仮にもこいつら人間だ。それも軍属のな。こいつらの耳に入らないように気を付けよう。何がきっかけで暴れ出すかわかったもんじゃあないからな――――」






 ――――改造手術によって、強力な練気使いとなったと同時に…………凶暴な戦闘狂として生きることを余儀なくされたライネス、バルザック、改子、メランたち。






 彼らとて、まともに生きる手段さえあるのならば、改造手術など受けずに一般人として生きられた人間ばかりであった。






 まるで他人事のように、メンテナンスルームで眠る4人に対し冷淡な言葉をかける研究者たち。歪んでいるのは4人か、研究者か、それとも全員か――――






 ――――4人は、頭部に繋がれた電極による精神のリフレッシュを受ける余波で、夢を見ていた。





 起きてしまえばすぐに忘れてしまうのかもしれないが…………彼らの心の片隅には、改造手術を受けなければ耐え難い苦難と苦痛があった――――






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 ――――ライネス=ドラグノンという彼の名前は、本名ではない。






 ガラテア本国・デスベルハイムの生まれだが、両親は早くに亡くなり、天涯孤独の身となった。





 当時、10歳だった彼は、本来は心優しく思慮の深い、やや引っ込み思案な善き少年であった。





 だが、『力』を信奉するガラテア帝国のこと、自分を養い、支えてくれる両親を喪った彼は、その社会の中で『力』無き弱者。国中の人から排斥されるのは目に見えた運命であった。





 国中の者から忌み嫌われるスラム街。少年の運命はそこで疫病に罹り、或いはならず者になぶり殺しにされて死を待つばかりであった。






 ――だが、それは天の助けか…………はたまた、別なる地獄へのいざないか。少年はあるガラテア軍人の目に留まった。





「――――少年。こんな処で何をしている。家族はいないのかね?」





「――――兵隊、さん…………ううん。いま、せん…………」





「――そうか。実は、今我々ガラテア軍は新たな兵士を養成する為、研究の被験体となる者を募っている。だが、我が崇高なるガラテア帝国へ資金の援助は惜しまずとも、その肉体そのものを差し出すほどの覚悟を持つ者はなかなかおらん。皆、世界制覇による恩恵は受けたくとも生命は惜しいのだ――――」





「………………」






 ――少年は、目の前の冷たい目をした軍人。異名を『冷厳なる獅子フィアフル・ファング』――――即ち、リオンハルト=ヴァン=ゴエティアを目の前にしても、恐怖は無かった。





 既にその心は家族を喪い、野垂れ死ぬのを待つばかりの。真っ暗な虚無が心を充たしていた。





「――そこで、少年。君には2つの道がある。そのままこの薄汚いスラム街で退廃極まりない死を享受するか――――みなしごのその身と心を軍に捧げ、生に可能性を見出すか。どうする――――力が欲しくはないかね?」






 ――虚無に充たされ、死を待つばかりだった彼に、もはや判断力など無かった。もう自らの人生などどうでもよかったのだ。





「――――わか……り、ました。力が、欲しいです――――」






 ――彼にとってはもう、自分のそれまでの10年余りで人生は死んだものとみなし――――今度は『力』を持つ新たな人生を、願った――――







 ――――そうして、練気を使う為のあらゆる措置を受けた。脳を中心とした肉体への改造手術。投薬実験。暗示催眠。







 それからの彼は、なるほど、本当に新たな人生を生きているかのようにすっかり別人へと成り代わった。





 常に闘争の刺激を求め、肉体も技も著しく練磨され、軍の中でも会得が難しいあらゆる殺人技を軽々と会得していった。





 闘争の中にいない時の彼は、ぼーっとしていてまるで生気が無い好青年に見えないこともないのだが、処かまわずいざ戦いとなれば、強者を次々と残虐に討ち滅ぼしていった。





 ――ガラテア軍に入ってからしばらくは、自らの名前も忘れ、仮の名としてカート=クライン=コート。略称KKKと周囲からは呼ばれた。









 だが、改造手術を受け、練気を習得しても、彼の心にはしばしば虚無が訪れた。自分でも無意識の虚無感に、彼はただただ呆然としているだけだった。







 力を得て、居場所も得たが……自分は果たして何者なのか。ガラテア軍に属し、戦闘の腕を振るって強者を鏖殺する。自分自身をより強者へと至らせる。






 それ以外に、自分に何があるのか?






 そうして時たま茫漠とした心持ちでいることが多かったが…………ある時期の作戦中に、彼は名前を変えた。






「――――KKK!! もう作戦は完全に終了した!! それ以上敵に手を出すな! 過剰攻撃だぞ!?」






「――――う、うわ、やめ――――ぎゃあああッ――――!!」






 ――今しがた、命乞いをして来た敵兵にとどめを刺した時、無惨に散った目の前の亡骸から何か、血肉以外の板状の物が零れ落ちた。





「……これ…………隊員証、か……ライ、ネス…………あとは血で汚れて読めねえや…………」





 なぶり殺した敵兵を前に、呆然と佇む、かつてのKKK。





「――――何をしてるKKK!! 撤収だ、撤収!! ――――ったく……胸糞悪い後始末ばかり押し付けおって――――」





 上官の声に少し驚き、顔を上げると…………敵兵の基地の壁。そこの張り紙が目に入った。





『我らに敗北は無し! また、敗北そのものを無きものとすべし!! 誇り高き我らが祖先の竜騎兵ドラグノンの如き光明を――――』






「――ライネス…………竜騎兵、ドラグノン――――。」






 ぼそぼそとうわ言のように呟く彼に、また遠くから上官の怒声が聴こえてくる。





「――聴こえんのか、KKK!! さっさと引き揚げを――――」





「――うるっせえ。」






「……何?」






 ――――その瞬間。かつての名を忘れ、やがてはKKKという名も忘れ去り、獰猛な笑みを浮かべて彼はこう言った。





「――俺は……ライネス。ライネス=ドラグノン。今度からそう呼んでくれい。この名前、気に入ったわ。こう名乗ることにするぜ。」





 ――――かくして、もはや今は名も無きまま終わるはずだった少年は、屈強かつ、獰猛な狂戦士・ライネス=ドラグノンとなったのだ。その瞬間、彼は改造を受ける前のあらゆるか弱き少年時代の虚無を捨て去った。





 そして代わりに、闘争の中でこそ己の存在証明たらんとする戦闘戦斗の狂人と化したのだ――――






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「KKK? ああ、確かにそうだったな……こいつは最初はそう呼んでたっけ……」





「それが、作戦中に自ら名前を名乗るようになるとはなあ。どういう心境の変化なんだ?」





「――どこかで聞いたことがあるな……名前を名乗るってのは、命そのものなんだと。あらゆるものも名前があるから、その存在たらしめてるんだと――――哲学だか、量子力学だかの話だったかな。」





「まあ、さすがにそんな深いとこまでこいつは考えてないだろ。単に気に入った名前があったから、それをそのまんま名乗った。そういうことでいいんじゃあねえの?」







 研究員たちは、強化ガラス越しにメンテナンスルームで眠る、今はライネス=ドラグノンと自称するようになった強化兵を覗き込み、半ば蔑むような目で見遣り、冷笑した。






 ――――すぐ隣の個室には、目亘改子がいた。ライネス同様、頭部に電極を付けられた状態でカプセル状のベッドに横たわり、眠っている――――
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