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第75話 愛しき者
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――リオンハルトとライザが上官にここまで経て来た作戦を、エリーたちのことを子細に報告せず情報を独占したまま報告しようとし、何とか事なきを得ようかと思われた時。
突如、何の気配も感じさせずに陽炎のように現れた女性士官の存在に、ライザのように驚きもだが…………リオンハルト個人はそれだけに留まらない強い蟠りをその女には抱いていた。自ずと身体も顔も強張る。
「――私には解るよ。その冒険者一派は油断ならない。単なる戦力としてもだが…………特に、その『回復法術の亜種』とか銘打った力を使う少年には、気を使いたいもんだねえ……」
軍人らしい緊張感のある遣り取りをしていたリオンハルトたちだったが……この黒い長髪に赤いメッシュを入れ、特徴的な禍々しい光をたたえた金色の瞳を持つ女性士官は、随分と砕けた喋り方で場にいる者たちに、何か濡れ羽のような気を漂わせて絡んでくる。
人間の姿をしているが、断じてただの人間ではない――――そう思うのに充分な異様さを感じさせる。
「――今はヴォルフガング中将閣下に報告中なのです。何のつもりですか、アルスリア中将補佐!! 任務を妨害するおつもりか!?」
――平生冷静なはずのリオンハルトは、どうしても目の前のアルスリアという軍人に心を掻き乱されるらしい。露骨に怒り、噛みついてしまう。
「――おいおい。そう烈火のように怒るなよ。みっともない。『冷厳なる獅子』の異名を持つ君自身の名声が泣くぞ?」
アルスリア中将補佐と呼ばれるこの女は、リオンハルトからの怒り――否。もはや憎悪に等しい殺伐とした感情を向けられつつも、まるで掌で転がすように緩やかに窘める。
「――私は、今……父上――――ええい! ヴォルフガング中将閣下に報告しているのです! 邪魔をしないで頂きたい!! そんなにお暇なのか!?」
「ははははは! 君はやはり面白いなあ。ガラテアの軍人としての務めよりも…………自らの実の父親との、親子の交流がそんなに恋しいのかい? …………遊び相手なら、私にだって務まるとも。養子とは言え、私は君の兄弟じゃあないか――――戯れるのはプライベートだけにしなよ。『坊や』。」
「――――ッこの――――!!」
「リオンハルト准将! おやめください!! そんな安い挑発に乗っては思う壺です!!」
「…………そのくらいにしてやってくれ、アルスリア。今は任務中だ。」
ライザとヴォルフガング中将閣下――――リオンハルト=ヴァン=ゴエティアの実の父親でもあるヴォルフガング=ヴァン=ゴエティアは、それぞれの仕える上官と世話する部下を諫めた。
「――くっ…………!」
「はあい。ヴォルフガングお父様。ふくくくく……」
リオンハルトは、今にも激昂し腰元の銃かサーベルを抜き放ちたい衝動を必死に抑え、対するアルスリアという女は、猫のように気まぐれにひと鳴きし、ヴォルフガングの数歩後ろに下がって控えた。
「――ライザ=トラスティ准将補佐。報告は以上か?」
「え、あ……はっ! 以上であります!!」
乱された場を張り直す為か、ヴォルフガングはビジネスライクに訊き、ライザも気を取り直して規律の取れた軍人らしく敬礼する。
「――よろしい。報告は以上。そういうことにしておく。2人共下がってよろしい。命令があるまでは自由時間だ。適度に休息を取り給え。私も食事に行く」
「あっ、私もご一緒するよ、父上! うふふ……」
「了解です!」
「……くっ。了解…………」
リオンハルトとライザは改めて敬礼し、ヴォルフガングとアルスリアも一礼を返して、お互いに席を外して自由時間となった。その場の何とも言えない険悪なムードに、公務室の端々で作業をしていた情報士官や整備兵は大きく溜め息を吐くのだった。
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「閣下……大丈夫ですか?」
「――すまない……ライザ。どうも、あの2人を前にすると感情的になっていけない…………」
ライザは心から心配そうにリオンハルトに寄り添う。リオンハルトも痛そうに頭を手で覆う。
「……だとしても、リオンハルト閣下らしくありません。いつもの毅然とした態度は何処へ…………以前から気になっていましたが、ヴォルフガング中将閣下が、その、父親というのももっともですが…………あのアルスリア中将補佐とは、どういったご関係なのです…………?」
廊下を歩き、食堂へと向かいながら、リオンハルトは訥々と語る。
「――君にはまだ話していなかったか…………アルスリアのことを。あんな女。何が養子だ。あれと私が血の繋がらぬとは言え兄弟などと断じて認めん…………!」
「……閣下――――いえ、リオンハルト。貴方の女として聞くわ。何があったの…………?」
――前後の遣り取りで察せるかもしれないが、ライザはリオンハルトへ恋慕の情も向けている。それも、単なる恋慕ではなく、支え合う伴侶としての強い気持ちを持って慕っている。事実、答弁に詰まったリオンハルトを助け、怒りを鎮めるよう諭した。彼女の存在はリオンハルトにとって大きいものであった。
「……アルスリア。あの女はな…………比喩でも何でもなく人間じゃあないんだ。あれはもう、25年も前のことだったか――――」
リオンハルトの脳裏に、遠い過去の出来事が浮かび上がる――――
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――――先に記した通り、ヴォルフガングとリオンハルトは父子である。
では、母親はどうしたかと言えば――――当時のガラテア軍の研究に被験体としてその身を捧げ…………呆気なく帰らぬ人となってしまった。ヴォルフガング30歳。リオンハルト5歳の頃であった。
ヴォルフガングも母親も、元々は優しいながらもガラテア軍の理念に傾倒し、任務に忠実な軍人であった。ヴォルフガングにとって、愛する妻が自ら被験体となって文字通り身命を捧げてガラテア軍の糧となっても、止めることすら出来なかった。
ヴォルフガングはしばし、妻を喪った虚無を生きていた。それは、まだ幼年の息子の存在すら目の端に入らぬほどの虚無であった。
ヴォルフガングは虚無に沈み、リオンハルトは親の愛を知らぬ孤独に生きた。
だが――――ガラテアの『力』への妄信がここでもヴォルフガングを突き動かし、妻が受けた実験成果によって、肉体も脳もサイボーグ化し、何百年も生き長らえる仮初めの身体を手に入れた。
ヴォルフガングは…………喪った妻すらも、更なる『力』を見出すことで補おうとしたのだ。長く生き続けば妻を生き返らせる術が見つかるかもしれない。或いは、これもまた仮初めの肉体と精神を持った妻を、例えば遺髪1本から遺伝子工学で作り出せるかもしれない。
常人にとっては想像もつかない長き時の流れ…………ヴォルフガングはその費やす時間に何もかもを懸けているのだ。
そして、父の真意を知り、息子である自分自身も父について行きたかったリオンハルトは、自らもサイボーグ化し、父と同様長き時を生き続けている。
そして、25年前。ヴォルフガング355歳。リオンハルトは330歳。劇的な変化が起きた。
それは、ヴォルフガングが職務に携わった、新たに獲得したガラテアの領内での『未知の遺跡の発掘調査のことだった』。
――謎の古代文字。極めて稀少な鉱石。神秘的な文様・装飾。
そんな摩訶不思議な遺跡の奥へ進むと、『謎のエネルギー発光体』があった。
「――――何だ。この光は…………温かで、なんと懐かしい。この感触は――――」
――光に触れると、激しい風を伴いながら光はアメーバのように変身《トランスフォーム》し――――
「――お、お前は…………ッ!! これは夢か!? いや、夢ではない!! 現実であってくれ――――私の妻、アイシャよ――――!!」
――謎の光は、サイボーグ化して三百年以上が経った今でも一瞬たりとも忘れたことの無い亡き妻。アイシャ=ヴァン=ゴエティアと瓜二つの姿へと変貌したのだ。
――その亡き妻・アイシャの姿を模した謎の生命は、記憶というものをほとんど持ち合わせていなかったが、ヴォルフガングが多くを学ばせ、教え…………結果として、その謎の光だった存在は妻の代わりにはならなかったが、ヴォルフガングの養子となり、父娘のような関係性を築き上げた。
本来の実の息子…………リオンハルトの孤独を受け入れる余裕もなく――――
<<
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「――――まさか、そんな…………それでアルスリア中将補佐は、リオンハルト。貴方の義兄弟ということに? サイボーグ化していたのは知っていたけれど、何てこと…………」
「――――一体何故、アルスリアが私の亡き母と瓜二つの姿をしていたのか。人間でなければ一体何者なのか。未だにさっぱりわからない…………だが、あの女は、断じて母などではない! 何かもっと得体の知れない――――」
「そんな――――ぐっ!? く、く、苦しいッ――――!!」
「!? ライザ!?」
――一頻り語れたかと思えば、突然ライザの首に圧がかかり、身体が徐々に宙に浮く――――念力のような謎の力を使っているのは――――
「――――アルスリアッ!! 貴様ああああーーーッッッ!!」
「――ふふふっ……」
――向こうの廊下に、何やら手で念じているアルスリアの姿。表情は美しくも禍々しい笑みを浮かべている。
その姿を見るや、リオンハルトは遂に激昂し、ライザを手に掛けられた怒りでサーベルを抜き、一気に目の前の妖女へと駆け出した――――
「――――斬るッ!!」
「――――ふふん……」
怒りの剣は、過たず目の前の『かつての母の姿をした』妖女に肉を切り裂き、骨を砕いた!! 袈裟懸けに斬り捨てた――――
「――――!?」
――――はずだった。確かに手応えがあったはずなのに、妖女――――アルスリアはいつの間にかリオンハルトの背後2メートルほどの場所に立っている。
「――――どんなにその身と心が年月を重ねても、その若さと青臭さは無くしてはならない宝だよ――――坊や。」
「――何故――――ぐあッ!!」
リオンハルトが『何故』と問う前に、片手で軽く構え直したアルスリアに再び念力で、遠く弾き飛ばされた! 元の、ライザと立っていた位置まで吹き飛ばされる。
「――――それが、君から親の愛を独り占めしちゃった私のせめてもの償いだからね――――私の玩具として扱われる幸いを光栄に思い給えよ。未来永劫――――」
「――ぐっ……貴様!!」
すぐに起き上がり、激昂しながらもリオンハルトは自らの練気を練って集中する――――!
「――その辺にしておけ。アルスリアにリオンハルト。これ以上は私闘や内部粛清と裁かれかねん。」
――刹那に、虚無の中にも困り顔を僅かに浮かべるヴォルフガングの重低音の声が廊下に響き渡った。
「――おや。心配要りませんよ、お父様! ちょっとふざけただけですって!」
その声を聴きすぐに殺気を解いたアルスリア。後ろを歩いているヴォルフガングに愛想よく微笑み、傍につく。
「――くそっ!! かかってこい、臆病者ッ!! ライザを離せ!!」
「おや。人聞きの悪い。君が激昂して剣を抜いたと同時に私のサイコキネシスは解いたよ。気遣ってあげなさい。恋人は大事にしなきゃ。」
「――何っ!? ――――ライザ!! 大丈夫か!!」
ラインハルトが振り返ると、蹲り、激しく咳をしているが、ライザは無事だ。すぐに剣を納め、ライザの背をさする。
「――リオンハルト……准将。貴官がそれほど憤るのも理解出来ないとまでは言わん。責任も感じてはいる。だが、軍人ならば控えるべき場は控えよ。全ては我が崇高なるガラテア帝国の未来の為。これは命令である――――行くぞ。アルスリア中将補佐。」
「ふふふ……では次の作戦の時まで…………じゃあね~!」
取ってつけたような愛想の手を振って、そのままヴォルフガングとアルスリアは行ってしまった。
「――ゲホッ、ケホッ……ど、どうやら行ってしまわれたようですね…………」
「無事か、ライザ! ――――くそっ…………あの女――――化け物め!!」
「――リオン、ハルト…………コホッ、ゴホッ…………あの人にからかわれたからといって…………そんなに怒りに身を任せては……なりません…………だい、じょうぶ…………私は……私くらいは貴方の傍にいて、支えるから――――」
「……ライザ…………済まない。帝国の汚点を雪ぐ日は…………まだ遠そうだ――――」
<<
――一方、リオンハルトにけしかけたアルスリアはその笑顔とは裏腹に、とても大きな感情をその胸に秘めていた。
(――例の冒険者たちに紛れている、不思議な異能力を使うとかいう少年…………きっとそうだ。早く会いたい、一緒になりたいよ――――私の愛しきダーリンよ――――。)
突如、何の気配も感じさせずに陽炎のように現れた女性士官の存在に、ライザのように驚きもだが…………リオンハルト個人はそれだけに留まらない強い蟠りをその女には抱いていた。自ずと身体も顔も強張る。
「――私には解るよ。その冒険者一派は油断ならない。単なる戦力としてもだが…………特に、その『回復法術の亜種』とか銘打った力を使う少年には、気を使いたいもんだねえ……」
軍人らしい緊張感のある遣り取りをしていたリオンハルトたちだったが……この黒い長髪に赤いメッシュを入れ、特徴的な禍々しい光をたたえた金色の瞳を持つ女性士官は、随分と砕けた喋り方で場にいる者たちに、何か濡れ羽のような気を漂わせて絡んでくる。
人間の姿をしているが、断じてただの人間ではない――――そう思うのに充分な異様さを感じさせる。
「――今はヴォルフガング中将閣下に報告中なのです。何のつもりですか、アルスリア中将補佐!! 任務を妨害するおつもりか!?」
――平生冷静なはずのリオンハルトは、どうしても目の前のアルスリアという軍人に心を掻き乱されるらしい。露骨に怒り、噛みついてしまう。
「――おいおい。そう烈火のように怒るなよ。みっともない。『冷厳なる獅子』の異名を持つ君自身の名声が泣くぞ?」
アルスリア中将補佐と呼ばれるこの女は、リオンハルトからの怒り――否。もはや憎悪に等しい殺伐とした感情を向けられつつも、まるで掌で転がすように緩やかに窘める。
「――私は、今……父上――――ええい! ヴォルフガング中将閣下に報告しているのです! 邪魔をしないで頂きたい!! そんなにお暇なのか!?」
「ははははは! 君はやはり面白いなあ。ガラテアの軍人としての務めよりも…………自らの実の父親との、親子の交流がそんなに恋しいのかい? …………遊び相手なら、私にだって務まるとも。養子とは言え、私は君の兄弟じゃあないか――――戯れるのはプライベートだけにしなよ。『坊や』。」
「――――ッこの――――!!」
「リオンハルト准将! おやめください!! そんな安い挑発に乗っては思う壺です!!」
「…………そのくらいにしてやってくれ、アルスリア。今は任務中だ。」
ライザとヴォルフガング中将閣下――――リオンハルト=ヴァン=ゴエティアの実の父親でもあるヴォルフガング=ヴァン=ゴエティアは、それぞれの仕える上官と世話する部下を諫めた。
「――くっ…………!」
「はあい。ヴォルフガングお父様。ふくくくく……」
リオンハルトは、今にも激昂し腰元の銃かサーベルを抜き放ちたい衝動を必死に抑え、対するアルスリアという女は、猫のように気まぐれにひと鳴きし、ヴォルフガングの数歩後ろに下がって控えた。
「――ライザ=トラスティ准将補佐。報告は以上か?」
「え、あ……はっ! 以上であります!!」
乱された場を張り直す為か、ヴォルフガングはビジネスライクに訊き、ライザも気を取り直して規律の取れた軍人らしく敬礼する。
「――よろしい。報告は以上。そういうことにしておく。2人共下がってよろしい。命令があるまでは自由時間だ。適度に休息を取り給え。私も食事に行く」
「あっ、私もご一緒するよ、父上! うふふ……」
「了解です!」
「……くっ。了解…………」
リオンハルトとライザは改めて敬礼し、ヴォルフガングとアルスリアも一礼を返して、お互いに席を外して自由時間となった。その場の何とも言えない険悪なムードに、公務室の端々で作業をしていた情報士官や整備兵は大きく溜め息を吐くのだった。
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「閣下……大丈夫ですか?」
「――すまない……ライザ。どうも、あの2人を前にすると感情的になっていけない…………」
ライザは心から心配そうにリオンハルトに寄り添う。リオンハルトも痛そうに頭を手で覆う。
「……だとしても、リオンハルト閣下らしくありません。いつもの毅然とした態度は何処へ…………以前から気になっていましたが、ヴォルフガング中将閣下が、その、父親というのももっともですが…………あのアルスリア中将補佐とは、どういったご関係なのです…………?」
廊下を歩き、食堂へと向かいながら、リオンハルトは訥々と語る。
「――君にはまだ話していなかったか…………アルスリアのことを。あんな女。何が養子だ。あれと私が血の繋がらぬとは言え兄弟などと断じて認めん…………!」
「……閣下――――いえ、リオンハルト。貴方の女として聞くわ。何があったの…………?」
――前後の遣り取りで察せるかもしれないが、ライザはリオンハルトへ恋慕の情も向けている。それも、単なる恋慕ではなく、支え合う伴侶としての強い気持ちを持って慕っている。事実、答弁に詰まったリオンハルトを助け、怒りを鎮めるよう諭した。彼女の存在はリオンハルトにとって大きいものであった。
「……アルスリア。あの女はな…………比喩でも何でもなく人間じゃあないんだ。あれはもう、25年も前のことだったか――――」
リオンハルトの脳裏に、遠い過去の出来事が浮かび上がる――――
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――――先に記した通り、ヴォルフガングとリオンハルトは父子である。
では、母親はどうしたかと言えば――――当時のガラテア軍の研究に被験体としてその身を捧げ…………呆気なく帰らぬ人となってしまった。ヴォルフガング30歳。リオンハルト5歳の頃であった。
ヴォルフガングも母親も、元々は優しいながらもガラテア軍の理念に傾倒し、任務に忠実な軍人であった。ヴォルフガングにとって、愛する妻が自ら被験体となって文字通り身命を捧げてガラテア軍の糧となっても、止めることすら出来なかった。
ヴォルフガングはしばし、妻を喪った虚無を生きていた。それは、まだ幼年の息子の存在すら目の端に入らぬほどの虚無であった。
ヴォルフガングは虚無に沈み、リオンハルトは親の愛を知らぬ孤独に生きた。
だが――――ガラテアの『力』への妄信がここでもヴォルフガングを突き動かし、妻が受けた実験成果によって、肉体も脳もサイボーグ化し、何百年も生き長らえる仮初めの身体を手に入れた。
ヴォルフガングは…………喪った妻すらも、更なる『力』を見出すことで補おうとしたのだ。長く生き続けば妻を生き返らせる術が見つかるかもしれない。或いは、これもまた仮初めの肉体と精神を持った妻を、例えば遺髪1本から遺伝子工学で作り出せるかもしれない。
常人にとっては想像もつかない長き時の流れ…………ヴォルフガングはその費やす時間に何もかもを懸けているのだ。
そして、父の真意を知り、息子である自分自身も父について行きたかったリオンハルトは、自らもサイボーグ化し、父と同様長き時を生き続けている。
そして、25年前。ヴォルフガング355歳。リオンハルトは330歳。劇的な変化が起きた。
それは、ヴォルフガングが職務に携わった、新たに獲得したガラテアの領内での『未知の遺跡の発掘調査のことだった』。
――謎の古代文字。極めて稀少な鉱石。神秘的な文様・装飾。
そんな摩訶不思議な遺跡の奥へ進むと、『謎のエネルギー発光体』があった。
「――――何だ。この光は…………温かで、なんと懐かしい。この感触は――――」
――光に触れると、激しい風を伴いながら光はアメーバのように変身《トランスフォーム》し――――
「――お、お前は…………ッ!! これは夢か!? いや、夢ではない!! 現実であってくれ――――私の妻、アイシャよ――――!!」
――謎の光は、サイボーグ化して三百年以上が経った今でも一瞬たりとも忘れたことの無い亡き妻。アイシャ=ヴァン=ゴエティアと瓜二つの姿へと変貌したのだ。
――その亡き妻・アイシャの姿を模した謎の生命は、記憶というものをほとんど持ち合わせていなかったが、ヴォルフガングが多くを学ばせ、教え…………結果として、その謎の光だった存在は妻の代わりにはならなかったが、ヴォルフガングの養子となり、父娘のような関係性を築き上げた。
本来の実の息子…………リオンハルトの孤独を受け入れる余裕もなく――――
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「――――まさか、そんな…………それでアルスリア中将補佐は、リオンハルト。貴方の義兄弟ということに? サイボーグ化していたのは知っていたけれど、何てこと…………」
「――――一体何故、アルスリアが私の亡き母と瓜二つの姿をしていたのか。人間でなければ一体何者なのか。未だにさっぱりわからない…………だが、あの女は、断じて母などではない! 何かもっと得体の知れない――――」
「そんな――――ぐっ!? く、く、苦しいッ――――!!」
「!? ライザ!?」
――一頻り語れたかと思えば、突然ライザの首に圧がかかり、身体が徐々に宙に浮く――――念力のような謎の力を使っているのは――――
「――――アルスリアッ!! 貴様ああああーーーッッッ!!」
「――ふふふっ……」
――向こうの廊下に、何やら手で念じているアルスリアの姿。表情は美しくも禍々しい笑みを浮かべている。
その姿を見るや、リオンハルトは遂に激昂し、ライザを手に掛けられた怒りでサーベルを抜き、一気に目の前の妖女へと駆け出した――――
「――――斬るッ!!」
「――――ふふん……」
怒りの剣は、過たず目の前の『かつての母の姿をした』妖女に肉を切り裂き、骨を砕いた!! 袈裟懸けに斬り捨てた――――
「――――!?」
――――はずだった。確かに手応えがあったはずなのに、妖女――――アルスリアはいつの間にかリオンハルトの背後2メートルほどの場所に立っている。
「――――どんなにその身と心が年月を重ねても、その若さと青臭さは無くしてはならない宝だよ――――坊や。」
「――何故――――ぐあッ!!」
リオンハルトが『何故』と問う前に、片手で軽く構え直したアルスリアに再び念力で、遠く弾き飛ばされた! 元の、ライザと立っていた位置まで吹き飛ばされる。
「――――それが、君から親の愛を独り占めしちゃった私のせめてもの償いだからね――――私の玩具として扱われる幸いを光栄に思い給えよ。未来永劫――――」
「――ぐっ……貴様!!」
すぐに起き上がり、激昂しながらもリオンハルトは自らの練気を練って集中する――――!
「――その辺にしておけ。アルスリアにリオンハルト。これ以上は私闘や内部粛清と裁かれかねん。」
――刹那に、虚無の中にも困り顔を僅かに浮かべるヴォルフガングの重低音の声が廊下に響き渡った。
「――おや。心配要りませんよ、お父様! ちょっとふざけただけですって!」
その声を聴きすぐに殺気を解いたアルスリア。後ろを歩いているヴォルフガングに愛想よく微笑み、傍につく。
「――くそっ!! かかってこい、臆病者ッ!! ライザを離せ!!」
「おや。人聞きの悪い。君が激昂して剣を抜いたと同時に私のサイコキネシスは解いたよ。気遣ってあげなさい。恋人は大事にしなきゃ。」
「――何っ!? ――――ライザ!! 大丈夫か!!」
ラインハルトが振り返ると、蹲り、激しく咳をしているが、ライザは無事だ。すぐに剣を納め、ライザの背をさする。
「――リオンハルト……准将。貴官がそれほど憤るのも理解出来ないとまでは言わん。責任も感じてはいる。だが、軍人ならば控えるべき場は控えよ。全ては我が崇高なるガラテア帝国の未来の為。これは命令である――――行くぞ。アルスリア中将補佐。」
「ふふふ……では次の作戦の時まで…………じゃあね~!」
取ってつけたような愛想の手を振って、そのままヴォルフガングとアルスリアは行ってしまった。
「――ゲホッ、ケホッ……ど、どうやら行ってしまわれたようですね…………」
「無事か、ライザ! ――――くそっ…………あの女――――化け物め!!」
「――リオン、ハルト…………コホッ、ゴホッ…………あの人にからかわれたからといって…………そんなに怒りに身を任せては……なりません…………だい、じょうぶ…………私は……私くらいは貴方の傍にいて、支えるから――――」
「……ライザ…………済まない。帝国の汚点を雪ぐ日は…………まだ遠そうだ――――」
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――一方、リオンハルトにけしかけたアルスリアはその笑顔とは裏腹に、とても大きな感情をその胸に秘めていた。
(――例の冒険者たちに紛れている、不思議な異能力を使うとかいう少年…………きっとそうだ。早く会いたい、一緒になりたいよ――――私の愛しきダーリンよ――――。)
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今、未曾有の伝説が始まろうとしている――
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