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 第四節「小竜公の婚約者」

SCENE-066 色仕掛けではある

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 なんの装具もつけていない状態でも、問題なく双子を乗せて飛んでみせた実績のあるキリエ
 その体に固定された鞍は、伊月の乗り心地を良くするため。ただそれだけのものだった。

「外に連れ出せば君が喜ぶかと思ったんだよ」
 騎乗帯はおろか手綱もなく、純然たる乗客おきゃくさまとしてキリエの背に乗せられて。手綱の代わりに、鞍の前方へ取り付けられた持ち手を掴んでいた伊月は、最初から二人乗りを想定して作られた鞍の後ろに跨がって、伊月の背中を支えるよう腕を回してきている鏡夜が、沖の浜がすっかり見えなくなるほど飛んでから、ようやく、バツの悪そうな声でそんなことを言ってきて、やっと、緊張混じりに強張っていた体からふっ……と力を抜いた。

「ティル・ナ・ノーグの外に出たって面白いことなんてなんにもないのに、喜ぶわけないでしょ」
「ごめん……」
「謝るなら私の弟きょうやじゃなくて、ドラクレアがちゃんと謝って。謝られたって許さないけど。私の機嫌を取るくらいしか取り柄がないんだから」
「ん」

 徒人ひとの気持ちがわからない人外ひとでなしにもわかりやすくむくれてみせた伊月から、回していた手を放した鏡夜が奈月と入れ替わる。

 羽ばたきを抑え、空を滑るように飛ぶキリエに〔イチイバル〕を近付けて。奈月はまず伊月の後ろに跨がっていた鏡夜を〔イチイバル〕に引っ張り上げると、ハンドルを渡し、自分は機体からひらりと飛び降りて、伊月の後ろにストンと収まった。



 嫋やかな女の細腕がするりと巻きついて。伊月の背中に、痩せっぽっちな少年のものとは明らかに違う、柔らかな膨らみが押し付けられる。

「ごめんね……」
 ドラクレアに対して、伊月も本気で腹を立てているわけではなかった。
 そのせいか、しおらしく謝ってきた奈月の声さえ、妙に甘ったるく聞こえてしまって。

 伊月は思わずふふっ……と、吹き出すように笑ってしまう。

「マキナ……?」
 こわごわと伊月の様子を窺ってくる奈月に、そういうつもりはまったくなさそうなことが、余計にだめだった。

「い、色仕掛けにもほどがある……!」

 真面目に伊月の機嫌を取ろうとしてやったことがそれ・・なのかと。ツボにハマった伊月がケラケラと笑い出す。

 その後ろで、伊月の機嫌が直ったのなら、まぁいいかと。沖の浜へ連れ出した時とは違う意味で震える体に、奈月は頬をすり寄せた。


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