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 第四節「小竜公の婚約者」

SCENE-064 粘り勝ち、あるいは根負け

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 左手の薬指に通されたサイズの合わない指環を、伊月がくるくる回していると。そんな伊月の様子を窺いながら、おそるおそるといった具合に手を伸ばしてきた奈月が、一度はその手で嵌めた指環をするりと抜き取っていく。



 竜牙のナイフの紛いもの。
 その鞘として作られた魔力結晶マテリア製の指環リングを、あるべき指へと戻して。

 もう一度伊月の左手を引き寄せた奈月は、伊月と目を合わせながら、おもむろに口を開け――

「いっ――」
 ガリッ、と歯を立てられた指の途中から、真っ赤な鮮血が滲み出す。



 伊月が流す血と魔力にドラクレアの魔力が混ぜ合わされて。出来上がったのは、伊月の右手に嵌まっている指環の、薔薇の花を模した部分と同じ、全体が薔薇柘榴石を思わせる赤みを帯びた魔力結晶マテリア製の、飾り気もなくシンプルな指環リングだった。

「なんで痛くしたの……!」
「痛くないようにしたらお前が酔う・・から……」

 ごめんね、とできたてほやほやの指環にくちづけてみせた奈月が、伊月の手を握ったままカウチの上へと戻ってくる。

 新たに作り出された指環は当然のことながら、伊月の指にぴったりで。それどころか、指から引き抜くことはおろか皮膚に張りついたような感触がして、ろくに動かすこともできない。立派な装備状態解除不能呪いのアイテムと化していた。

「やらせたかっただけだから、指環はこれでよかったのに」
 そう言って伊月がひらつかせた右手にも、奈月はちゅ、とくちづけた。

「この〝鞘〟とは違ってつけていることに意味のあるものだから、外れない方がいいかと思って」
「そういう認識はちゃんとあるんだ?」

 徒人式のプロポーズには思い至らなかったくせに、と。奈月のことを揶揄うでもなく、伊月が首を傾げると。奈月がまた、伊月へとその顔色を窺うような目を向けてくる。

 人によっては卑屈な振る舞いに見えそうなものなのに。奈月の場合は、まったくそんなことはなく。主人に悪戯がバレた飼い犬のようでもある、その風情には、伊月の低俗な優越感を満たし、寛大な気分にさせる効果があった。

「ヴラドが読んだ娯楽小説からの受け売りだけど……そういう認識・・・・・・で合ってるんだよね?」

 今のドラクレアと伊月の間には太く強固な術理パスが通じているので。ドラクレアが伊月の機嫌を探るのに、直接顔色を窺う必要は、さしてない。

 徒人の感情の機微など理解できない人外ひとでなしのくせに。ドラクレアは昔から、伊月のことが何より大切で、尊重しようとしています、という振る舞いポーズが上手かった。

 わからないけど、わかりたい。
 わかろうと努力はしています、とその態度で示されてしまえば、伊月も頑なではいられない。

 ドラクレアがもっと、他の、黒姫奈として生きていた頃の伊月がごまんと見てきたようなろくでもない人外と同じ穴の狢であれば、話は簡単で。
 〝牙〟を押し付けられていようが知ったことかと、嫌うか憎むかすることだってできたのに。

「やらせたかっただけ、って言ってるでしょ」

 ドラクレアにやるだけやらせておいて、ろくに返事もしない。
 そんな伊月に不満の一つももらすことなく、平然と寄り添っている。人の感情の機微に鈍感なドラクレアでさえ理解できているように。

 なんのかんの言ったところで、伊月はとっくにドラクレアのものだった。


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