30 / 52
第五章
第五章 第五話
しおりを挟む
流は女を探るように見た。
女の方も怪訝そうな表情で流を見返している。
話し方は馴れ馴れしいが警戒している素振りが見え隠れしている。
水緒はもちろん、桐崎や小川もこういう態度は取らなかった。
つまりこの女は流を身方だと思っていないのだ。
この女は鬼だ。
それも最可族とやらの。
まだ水緒の話を全て聞いたわけではないが、今までに聞いたことを考え合わせると流は鬼の中でも特に最可族に狙われているらしい。
だとしたら物忘れのことは知られない方が賢明だろう。
流が歩き始めても女はそこに突っ立ったまま様子を窺っていた。
水緒と人通りの多いところ――盛り場と言うらしい――を歩いていると男とすれ違った。
その瞬間、男が水緒の懐から何かを抜き取る。
流が即座に腕を掴んで捻り上げた。
「いででで……」
男の手から小さな袋が落ちて鈴の音がした。
地面に目を落とすと袋には小さな青い鳥のようなものと鈴が付いている。
あれは……。
「あ、私のお財布」
水緒が自分の懐に手をやって無くなっているのを確認すると財布を拾い上げる。
「こいつはどうすればいいんだ?」
流の質問に水緒が答える前に別の男が駆け寄ってきた。
「あんちゃん、お手柄だったな」
男がそう言って財布を盗ろうとした男のもう一方の腕を掴む。
流が訊ねるように水緒に視線を向けると、水緒が頷いたので手を放した。
男が男を連れていく。
「流ちゃん、ありがと」
「今のは?」
「え、ああ」
流が捕まえたのが掏摸、それを連行したのは御用聞きという罪を犯した人間を取り締まる役目の者だと教えてくれた。
掏摸は人の財布を盗むという罪を犯したから御用聞きに掴まったと言う事らしい。
家に戻ると台所に行く前に自分の部屋に戻った。
机の上の財布を手に取る。
中に入っているのは以前、水緒が教えてくれた金というものだが持ち歩く必要はないと思っていたので置きっぱなしにしてあったのだ。
金が無いと買い物が出来ないと言われたが飯は食わせてくれるし、着物が破れるような目にも遭わないのに何枚もある。
何故何枚もあるのか聞いたら、洗ったり、解れたりしているのを繕っている時の替えだという。
そう言われてみればどれも綺麗で汚れが付いていない。
記憶を失う前に流が着ていた着物は破れたり布と布のつなぎ目の糸が解けたりしていたがここにはそんな状態の物はない。
良く見ると裂け目のあるものもあるが、裏に布を当てて目立たないように縫ってある。
だから金は必要ないと思って部屋に置いていた。
その財布にはさっき水緒の財布にあったのと同じ青い鳥が付いている。
互いに同じ物を持ち歩いていたのだ。
夕餉の席で桐崎が、
「流、明日の夕方は出掛けるなよ」
と告げた。
「なんで?」
「お仕事だよ、流ちゃんの」
水緒が言った。
「仕事?」
「化物退治が流ちゃんのお仕事なの。流ちゃんはそれでお金を稼いでるんだよ」
「水緒が水茶屋で働いてるようなものか?」
「うん、私は水茶屋。流ちゃんは化物退治がお仕事」
と水緒が教えてくれた。
つまり台の下にあった金はそれで貰った金だったということか……。
水緒の話を聞くのが楽しみになっていたのだが仕方ない。
「流、お前、水緒の送り迎えをしておるようだが……」
討伐先に向かっている途中で桐崎が言った。
「午前中は稽古だし、午後は水緒は働きに行ってていないんだから話を聞きたかったら一緒に行くしかないだろ」
「話?」
「俺の記憶が無くなってからのだ。師匠と会う前のことは水緒に聞かないと分からないだろ。それとも水緒から聞いてるか?」
「いや、詳しいことは……」
桐崎が知らないなら水緒に聞くしかない。
家にいる時間が合わないのだから話を聞くためには水茶屋への往き来を一緒にするくらいしかない。
桐崎では教えられないことだから辞めろとは言えなかったようだ。
広い庭のある屋敷で流と桐崎、小川は依頼人と一緒にいた。
「ど、どうしても儂はここにいなければならないのか?」
依頼人が震える声で言った。
それはさっきから流も疑問に思っていた。
「化物はあなた様のところに来ます。離れたら襲われても助けられませぬがよろしいですかな」
小川がそう言うと依頼人は小声で何やら呟いていた。
流が首を傾げる。
屋敷には結界が張ってあると言っていた。
それなら屋敷の中では襲われないのではないだろうか。
討伐をしなければならない流達は中に入ってしまうわけにはいかないだろうが。
不意に気配を感じて流は柄に手を掛けた。
次の瞬間、怨念の塊が依頼人目掛けて突進してくる。
依頼人の周囲に張った結界にぶつかる寸前、流は抜刀と同時に剣を一閃させた。
怨霊が塵となって消える。
「流! 何をしておる!」
「何って、これが仕事なんだろ」
「そうなんだが……」
桐崎は迂闊だったという表情で溜息を吐いた。
「よくやった。家の者から金を受け取ってくれ。もう帰って良いぞ」
依頼人はそう言うと上機嫌で屋敷に戻っていった。
「何がマズかったんだ?」
「あれは依頼人に死に追いやられた者達の怨念の塊だ」
「きちんと懲りさせないと何度でも同じ事をやってもっと被害者が増えるだろう」
「今のは被害者の怨念なんだろ。なら被害者がいなくなったら仕事が無くなるだろ」
「物忘れをしてもやはり鬼は鬼か……」
小川が呆れ顔で言った。
「わざわざ怨霊など生み出さずとも化物はいくらでもおる。仕事には困らん」
「依頼人が他の者を苦しめるのを止められるならその方が良い。次からはそれがしが良いと言うまで手を出すなよ」
「分かった」
「嫌な仕事であったな」
「今日は飲んで帰ろう」
「流、行くぞ」
桐崎と小川の言葉に流は素直に随いていった。
女の方も怪訝そうな表情で流を見返している。
話し方は馴れ馴れしいが警戒している素振りが見え隠れしている。
水緒はもちろん、桐崎や小川もこういう態度は取らなかった。
つまりこの女は流を身方だと思っていないのだ。
この女は鬼だ。
それも最可族とやらの。
まだ水緒の話を全て聞いたわけではないが、今までに聞いたことを考え合わせると流は鬼の中でも特に最可族に狙われているらしい。
だとしたら物忘れのことは知られない方が賢明だろう。
流が歩き始めても女はそこに突っ立ったまま様子を窺っていた。
水緒と人通りの多いところ――盛り場と言うらしい――を歩いていると男とすれ違った。
その瞬間、男が水緒の懐から何かを抜き取る。
流が即座に腕を掴んで捻り上げた。
「いででで……」
男の手から小さな袋が落ちて鈴の音がした。
地面に目を落とすと袋には小さな青い鳥のようなものと鈴が付いている。
あれは……。
「あ、私のお財布」
水緒が自分の懐に手をやって無くなっているのを確認すると財布を拾い上げる。
「こいつはどうすればいいんだ?」
流の質問に水緒が答える前に別の男が駆け寄ってきた。
「あんちゃん、お手柄だったな」
男がそう言って財布を盗ろうとした男のもう一方の腕を掴む。
流が訊ねるように水緒に視線を向けると、水緒が頷いたので手を放した。
男が男を連れていく。
「流ちゃん、ありがと」
「今のは?」
「え、ああ」
流が捕まえたのが掏摸、それを連行したのは御用聞きという罪を犯した人間を取り締まる役目の者だと教えてくれた。
掏摸は人の財布を盗むという罪を犯したから御用聞きに掴まったと言う事らしい。
家に戻ると台所に行く前に自分の部屋に戻った。
机の上の財布を手に取る。
中に入っているのは以前、水緒が教えてくれた金というものだが持ち歩く必要はないと思っていたので置きっぱなしにしてあったのだ。
金が無いと買い物が出来ないと言われたが飯は食わせてくれるし、着物が破れるような目にも遭わないのに何枚もある。
何故何枚もあるのか聞いたら、洗ったり、解れたりしているのを繕っている時の替えだという。
そう言われてみればどれも綺麗で汚れが付いていない。
記憶を失う前に流が着ていた着物は破れたり布と布のつなぎ目の糸が解けたりしていたがここにはそんな状態の物はない。
良く見ると裂け目のあるものもあるが、裏に布を当てて目立たないように縫ってある。
だから金は必要ないと思って部屋に置いていた。
その財布にはさっき水緒の財布にあったのと同じ青い鳥が付いている。
互いに同じ物を持ち歩いていたのだ。
夕餉の席で桐崎が、
「流、明日の夕方は出掛けるなよ」
と告げた。
「なんで?」
「お仕事だよ、流ちゃんの」
水緒が言った。
「仕事?」
「化物退治が流ちゃんのお仕事なの。流ちゃんはそれでお金を稼いでるんだよ」
「水緒が水茶屋で働いてるようなものか?」
「うん、私は水茶屋。流ちゃんは化物退治がお仕事」
と水緒が教えてくれた。
つまり台の下にあった金はそれで貰った金だったということか……。
水緒の話を聞くのが楽しみになっていたのだが仕方ない。
「流、お前、水緒の送り迎えをしておるようだが……」
討伐先に向かっている途中で桐崎が言った。
「午前中は稽古だし、午後は水緒は働きに行ってていないんだから話を聞きたかったら一緒に行くしかないだろ」
「話?」
「俺の記憶が無くなってからのだ。師匠と会う前のことは水緒に聞かないと分からないだろ。それとも水緒から聞いてるか?」
「いや、詳しいことは……」
桐崎が知らないなら水緒に聞くしかない。
家にいる時間が合わないのだから話を聞くためには水茶屋への往き来を一緒にするくらいしかない。
桐崎では教えられないことだから辞めろとは言えなかったようだ。
広い庭のある屋敷で流と桐崎、小川は依頼人と一緒にいた。
「ど、どうしても儂はここにいなければならないのか?」
依頼人が震える声で言った。
それはさっきから流も疑問に思っていた。
「化物はあなた様のところに来ます。離れたら襲われても助けられませぬがよろしいですかな」
小川がそう言うと依頼人は小声で何やら呟いていた。
流が首を傾げる。
屋敷には結界が張ってあると言っていた。
それなら屋敷の中では襲われないのではないだろうか。
討伐をしなければならない流達は中に入ってしまうわけにはいかないだろうが。
不意に気配を感じて流は柄に手を掛けた。
次の瞬間、怨念の塊が依頼人目掛けて突進してくる。
依頼人の周囲に張った結界にぶつかる寸前、流は抜刀と同時に剣を一閃させた。
怨霊が塵となって消える。
「流! 何をしておる!」
「何って、これが仕事なんだろ」
「そうなんだが……」
桐崎は迂闊だったという表情で溜息を吐いた。
「よくやった。家の者から金を受け取ってくれ。もう帰って良いぞ」
依頼人はそう言うと上機嫌で屋敷に戻っていった。
「何がマズかったんだ?」
「あれは依頼人に死に追いやられた者達の怨念の塊だ」
「きちんと懲りさせないと何度でも同じ事をやってもっと被害者が増えるだろう」
「今のは被害者の怨念なんだろ。なら被害者がいなくなったら仕事が無くなるだろ」
「物忘れをしてもやはり鬼は鬼か……」
小川が呆れ顔で言った。
「わざわざ怨霊など生み出さずとも化物はいくらでもおる。仕事には困らん」
「依頼人が他の者を苦しめるのを止められるならその方が良い。次からはそれがしが良いと言うまで手を出すなよ」
「分かった」
「嫌な仕事であったな」
「今日は飲んで帰ろう」
「流、行くぞ」
桐崎と小川の言葉に流は素直に随いていった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜
葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー
あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。
見ると幸せになれるという
珍しい月 ブルームーン。
月の光に照らされた、たったひと晩の
それは奇跡みたいな恋だった。
‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆
藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト
来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター
想のファンにケガをさせられた小夜は、
責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。
それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。
ひと晩だけの思い出のはずだったが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる