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第五章
第五章 第四話
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その五年間に何があったのか気になる。
屋敷の外に見える山は遥か彼方だ。
流がいたのがここから見えている山だとしても相当離れている。
あの山の更に向こうの山だとすれば何日も掛けてここまでやってきたと言う事だ。
江戸という名前など聞いたことすらない街まで何日も掛けて旅してくることになったのは何故なのか知りたかった。
何から聞こうか考えあぐねていると、
「それじゃ、私は出掛けるね」
水緒がそう言って立ち上がった。
「そうか」
流が頷くと一瞬、悲しげな表情を浮かべた。
水緒はすぐに顔を逸らすと部屋から出て言った。
水緒が帰ってきたのは夕方だった。
それから夕餉の仕度を始めた。
次の日の朝、桐崎が流の世話をするという人間を連れてきたが知らない者を近付けたくないし、今のところ特に困ってはいないから断った。
昼頃、水緒はどこかへ出掛けていった。
その次の日もやはり午後はいなかった。
聞きたいことがあるのだが毎日行き違いになってしまって話をする時間がない。
「水緒」
家を出ようとしていた水緒に流が声を掛けた。
「どうしたの?」
「いや、いつもどこへ行ってるんだ?」
「水茶屋だよ。私はそこで働いてるの」
「働く?」
「お仕事をしてお金をもらうことだよ」
「なら行かないといけないって事か?」
「うん」
「じゃあ、随いていっていいか?」
「私は構わないけど……」
桐崎が良い顔をしないから躊躇っているのだろう。
「聞きたいことがあるんだ。行かないといけないなら歩きながら話すしかないだろ」
「そう言うことなら」
水緒がそう答えると二人は並んで歩き出した。
水緒は後ろに下がろうとするから流が隣に並ぼうとすると、女は後ろに随いていないといけないからと言われてしまった。
一々振り返って話すのは面倒なのだが人間の決まりは守れと言われているから仕方が無い。
流と水緒が知り合った頃の話を聞いているうちに水茶屋に着いてしまった。
仕事中は話が出来ないと言われた。
働くとはどんな事をするのかと思って外から眺めていたら客に茶を入れた茶碗や食い物を載せた皿を持っていき、客が帰るとそれらを片付けている。
周りには他にも似たような店があるのに水緒が働いている店だけやけに客が多かった。
満席で入れない者達が外で待っている状態だ。
他の店ならすぐに茶を飲めるのに何故皆水緒の働いている店に入りたがるのか不思議だった。
仕事が終わると水緒は急ぎ足で出てきて流のところに来た。
「流ちゃん、どうして待って……あっ!?」
言い掛けた水緒が声を上げた。
「なんだ」
「あ、その……てっきり言わなくても帰ると思ってたから……もし、お店が終わった後も話があるなら帰る頃に来てって言えば良かったって……」
「ああ、けど家にいてもすることがないし」
流の言葉に水緒が黙り込んだ。
「俺は何かしてたのか?」
そう訊ねると水緒は首を振った。
「私が家にいない間、何をしていたのかは知らないから、おじ様かお加代さんに聞かないと……」
それはそうだ。
流だって今日まで水緒が出掛けている間、何をしていたのか知らないのだ。
「でも、多分、素振りとか、書見とかしてたんじゃないかと思うけど」
「しょけん?」
「あ、読書。つまり本を読むこと。おじ様から学問を習ってるでしょ」
「習ってるが……まだ難しい本は読めないから。一緒に習ってたって言うからお前に教わろうかと思ったんだが」
「教わってたのはそんなに長い期間じゃないから私が教えてあげられることはあんまりないと思うけど……」
水緒はちょっと考えてから、
「じゃあ、剣術の稽古が終わってから出掛けるまでの間だけ。おじ様にも教わってるなら多分そんなにないと思うし」
と言った。
流は頷くと、水緒の話の続きを聞き始めた。
水緒と出会ってから桐崎と知り合うまではそれほど長い期間ではなかったと言っていたが、それでも桐崎が出てくる前に家に着いてしまった。
帰ると水緒はすぐに台所で夕餉の仕度を始めた。
桐崎は台所に入るなとは言わなかったから行ってみたら水緒は一人で仕度をしている。
「水緒」
「流ちゃん、どうしたの?」
「いや、話が出来そうなら続きを聞こうと思って」
水緒は頷くと話し始めた。
といっても長くはなかった。
仕度はすぐに終わってしまったからだ。
夕餉の後は流は学問を教わる必要があるから話は出来ない。
まぁ、明日聞けば良いか……。
翌日、剣術の稽古が終わって母屋に戻ると水緒が待っていて勉強を教えてくれた。
内容が簡単だからなのか、水緒の教え方が上手いからなのか分かりやすかった。
これなら最後まで水緒に教わりたいのだが流が桐崎に教わっていたような難しい内容は分からないと言う。
水茶屋へ行く時間になると水緒と一緒に屋敷を出た。
水緒は昨日の続きを話してくれた。
水茶屋に着くと水緒は昨日と同じくらいに仕事が終わると言った。
一度帰って出直した方がいいということだろう。
日が傾いてきたので水緒の働いている水茶屋に向かっていると路地から女が出てきた。
こいつ鬼か……。
女が一瞬顔を強張らせる。
首に字が見えた。
最可族とか言う鬼か……。
女は流を警戒しているようだが襲ってくる様子はないのでそのまま通り過ぎた。
「ここしばらく見なかったけど、どうしたのさ」
その言葉に流は足を止めて振り返った。
この鬼は知り合いなのか?
屋敷の外に見える山は遥か彼方だ。
流がいたのがここから見えている山だとしても相当離れている。
あの山の更に向こうの山だとすれば何日も掛けてここまでやってきたと言う事だ。
江戸という名前など聞いたことすらない街まで何日も掛けて旅してくることになったのは何故なのか知りたかった。
何から聞こうか考えあぐねていると、
「それじゃ、私は出掛けるね」
水緒がそう言って立ち上がった。
「そうか」
流が頷くと一瞬、悲しげな表情を浮かべた。
水緒はすぐに顔を逸らすと部屋から出て言った。
水緒が帰ってきたのは夕方だった。
それから夕餉の仕度を始めた。
次の日の朝、桐崎が流の世話をするという人間を連れてきたが知らない者を近付けたくないし、今のところ特に困ってはいないから断った。
昼頃、水緒はどこかへ出掛けていった。
その次の日もやはり午後はいなかった。
聞きたいことがあるのだが毎日行き違いになってしまって話をする時間がない。
「水緒」
家を出ようとしていた水緒に流が声を掛けた。
「どうしたの?」
「いや、いつもどこへ行ってるんだ?」
「水茶屋だよ。私はそこで働いてるの」
「働く?」
「お仕事をしてお金をもらうことだよ」
「なら行かないといけないって事か?」
「うん」
「じゃあ、随いていっていいか?」
「私は構わないけど……」
桐崎が良い顔をしないから躊躇っているのだろう。
「聞きたいことがあるんだ。行かないといけないなら歩きながら話すしかないだろ」
「そう言うことなら」
水緒がそう答えると二人は並んで歩き出した。
水緒は後ろに下がろうとするから流が隣に並ぼうとすると、女は後ろに随いていないといけないからと言われてしまった。
一々振り返って話すのは面倒なのだが人間の決まりは守れと言われているから仕方が無い。
流と水緒が知り合った頃の話を聞いているうちに水茶屋に着いてしまった。
仕事中は話が出来ないと言われた。
働くとはどんな事をするのかと思って外から眺めていたら客に茶を入れた茶碗や食い物を載せた皿を持っていき、客が帰るとそれらを片付けている。
周りには他にも似たような店があるのに水緒が働いている店だけやけに客が多かった。
満席で入れない者達が外で待っている状態だ。
他の店ならすぐに茶を飲めるのに何故皆水緒の働いている店に入りたがるのか不思議だった。
仕事が終わると水緒は急ぎ足で出てきて流のところに来た。
「流ちゃん、どうして待って……あっ!?」
言い掛けた水緒が声を上げた。
「なんだ」
「あ、その……てっきり言わなくても帰ると思ってたから……もし、お店が終わった後も話があるなら帰る頃に来てって言えば良かったって……」
「ああ、けど家にいてもすることがないし」
流の言葉に水緒が黙り込んだ。
「俺は何かしてたのか?」
そう訊ねると水緒は首を振った。
「私が家にいない間、何をしていたのかは知らないから、おじ様かお加代さんに聞かないと……」
それはそうだ。
流だって今日まで水緒が出掛けている間、何をしていたのか知らないのだ。
「でも、多分、素振りとか、書見とかしてたんじゃないかと思うけど」
「しょけん?」
「あ、読書。つまり本を読むこと。おじ様から学問を習ってるでしょ」
「習ってるが……まだ難しい本は読めないから。一緒に習ってたって言うからお前に教わろうかと思ったんだが」
「教わってたのはそんなに長い期間じゃないから私が教えてあげられることはあんまりないと思うけど……」
水緒はちょっと考えてから、
「じゃあ、剣術の稽古が終わってから出掛けるまでの間だけ。おじ様にも教わってるなら多分そんなにないと思うし」
と言った。
流は頷くと、水緒の話の続きを聞き始めた。
水緒と出会ってから桐崎と知り合うまではそれほど長い期間ではなかったと言っていたが、それでも桐崎が出てくる前に家に着いてしまった。
帰ると水緒はすぐに台所で夕餉の仕度を始めた。
桐崎は台所に入るなとは言わなかったから行ってみたら水緒は一人で仕度をしている。
「水緒」
「流ちゃん、どうしたの?」
「いや、話が出来そうなら続きを聞こうと思って」
水緒は頷くと話し始めた。
といっても長くはなかった。
仕度はすぐに終わってしまったからだ。
夕餉の後は流は学問を教わる必要があるから話は出来ない。
まぁ、明日聞けば良いか……。
翌日、剣術の稽古が終わって母屋に戻ると水緒が待っていて勉強を教えてくれた。
内容が簡単だからなのか、水緒の教え方が上手いからなのか分かりやすかった。
これなら最後まで水緒に教わりたいのだが流が桐崎に教わっていたような難しい内容は分からないと言う。
水茶屋へ行く時間になると水緒と一緒に屋敷を出た。
水緒は昨日の続きを話してくれた。
水茶屋に着くと水緒は昨日と同じくらいに仕事が終わると言った。
一度帰って出直した方がいいということだろう。
日が傾いてきたので水緒の働いている水茶屋に向かっていると路地から女が出てきた。
こいつ鬼か……。
女が一瞬顔を強張らせる。
首に字が見えた。
最可族とか言う鬼か……。
女は流を警戒しているようだが襲ってくる様子はないのでそのまま通り過ぎた。
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その言葉に流は足を止めて振り返った。
この鬼は知り合いなのか?
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