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第五章 土蜘蛛と計略と
第七話
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貞光が刀を一閃すると鬼が消えた。
弓を構えていた季武は辺りを見回して他に気配が無いのを確認すると街灯から飛び降りた。
着地した瞬間、目の前に何かが落ちてきた。
翼?
異界の者の身体の一部だ。
見上げると二階の窓の庇の上から見下ろしている金色の瞳と視線が合った。
「ミケ!」
ミケは季武が追おうとするより早く姿を消してしまった。
季武はもう一度翼に目を落とした。
形状からして鵺のものだろう。
以前、貞光達がミケを見たのは中央公園――つまり六花のマンションの近くだ。
彼の辺で鵺が出たのか?
出たとして教えに来る理由は――――六花か!?
季武は急いでスマホを取り出すと六花に掛けた。
「はい」
画面に六花の顔が写った。
「六花! 無事か!」
「うん。どうしたの?」
六花の戸惑った様子で答えた。
「済まん、無事なら良いんだ」
季武はそう言って通話を切った。
「季武、お前ぇ、余り執拗ぇと本当に六花ちゃんに嫌われんぞ」
貞光の言葉に季武は黙って地面に目を向けたがそこには何も無かった。
異界の者の身体の一部が残るような倒し方が出来る者は居ない。
少なくとも普通の討伐員には無理だ。
頼光のような上位の者なら可能かもしれないが遣っても意味が無いので出来るか訊ねた事は無い。
他にミケが知らせに来る理由が有るとしたら其は何だ?
ミケは見付かったら捕まって異界に連れ戻されるから討伐員の前に自ら姿を現す事はしない。
当然反ぐれ者が出た事を知らせに来たりしない。
少なくとも今までは一度も無かった。
何か理由が有るのか?
有るとしたら其は何だ?
ミケの知性や能力がどの程度なのか分からないから意図も理解し辛かった。
季武は内心で首を傾げながら貞光と共に歩き出した。
サチが土蜘蛛の集まっている部屋に入って来た。
「彼の娘は」
ギイの問いに、
「鵺が異界の獣に遣られた」
サチが答えた。
「何?」
「人質が本物の彼の娘なら連中も手出し出来ないと思ったんだが」
「いっそエガが遣ったように彼の娘を……」
「殺すだけが復讐じゃない」
メナがギイの言葉を遮った。
「え?」
「卜部は討伐員だ。鬼は討伐しなければならない。若し彼の娘が鬼に成ったら……」
「季武は彼の娘を殺すか、守る為に反ぐれ者になるしかなくなる」
サチが後を引き取って続けた。
土蜘蛛達は顔を見合わせた。
翌朝、校門前で登校してきた石川の前に女子生徒が立ち塞がった。
「何よ、あんた……」
言い掛けた石川に、生徒は手を翳すと何か呟いた。
生徒が立ち去ると石川は何事も無かったように歩き始めた。
昼休み、季武と六花はいつものように屋上に居た。
「ね、競馬に出たのはどっちの金時さん?」
六花が訊ねた。
「金時は出た事ないから下毛野の方だろ」
「下毛野さんの方が乗馬が得意だったの?」
お祭りに行く為に牛車に乗ったのも、馬で行くのは見苦しい、と言う理由だったくらいだから乗れなかった訳ではないはずだ。
「金時は頼光様の郎党で御堂様に仕えてた訳じゃないから。そう言う行事は御堂様の随身だった下毛野の方が遣ってた」
坂田金時は頼光の郎党(部下)である。
御堂様こと藤原道長は頼光の上司(のようなもの)だったと言うだけで道長と金時の間に雇用関係は無いと言う事らしい。
「基本的に俺達が土御門第へ行くのは頼光様に随行する時だけだったから」
土御門第とは道長の邸である。
「そうなんだ」
ちょっと残念な気がした。
数少ない四天王のまともな話だと思ってたのに……。
四天王が無条件で褒められている話は数が少ないし金時一人の話も殆ど無い。
どちらにしろ競馬の話は『今昔物語集』ではなく『古事談』だが。
そう考えると『今昔物語集』で味噌が付いてない話は頼光が狐を射貫いた話だけだ。
後は牛車に酔って気絶したり、妖怪の子供を攫ったり、失礼な口を利いた男にムカついて殺してしまったり、死体に怯えたと笑いものにされたり。
頼光様だけ悪く言われてないのは摂津源氏の祖だからかな。
「何より大江山の時、下毛野は何処かに派遣されてて居なかったしな。討伐から帰ってきたら派遣先で死んだって聞かされた」
そう言えば下毛野公時は十八歳で亡くなってると鈴木が言っていた。
だから金時一人の話が少ないのだろう、と。
「今は頼光四天王なんて古典が好きな人間くらいしか知らないし、俺達四人が人前で集まる事は無いから。下手に名前を変えると混乱するしな」
季武や貞光という武士が使いそうな名前を付けたのは都へ行く時でそれまでは違う名前だった。
都で貴族に仕える武士の振りをするのに庶民のような名前と言う訳にはいかないので名前を変えた。
そのため都に行ったばかりの頃は良く名前を呼び間違えた。
季武達が頼光を「あの人」と呼んでるのも、頼光も満仲の息子の振りをする時に付けた名前だが都では諱で呼ぶ機会が無く、官職も何度も変わってその度に呼び方も変わった上に、そのとき以外は人間界には殆ど住んでないから頼光という名前に馴染みが薄いからだそうだ。
酒呑童子討伐で名を揚げてからはイナが「頼光様」を連呼するので嫌でも覚える羽目になったと聞いて六花は赤面した。
季武によると都で名乗っていた名字は息子の振りをする為に暗示を掛けた親のものだそうだ。
東国へ戻ってきてからは武士の振りをする時だけ息子だと思わせた人の名字を使っていた。
明治に入ると政府が平民苗字必称義務令を出した。
そのとき偶々季武達が名乗っていた名字が渡辺、卜部、坂田、碓井だった。
届け出れば苗字を変更する事も可能だったのだが変えたら混乱するのは目に見えていた。
頼光四天王の勇名は廃れていたし四人揃って誰かと会う事もまず無い。
頼光四天王と同じ名前だと気付いた所で本人だと考える人間は居ない。
それで伝説と同じ名前を使っているそうだ。
弓を構えていた季武は辺りを見回して他に気配が無いのを確認すると街灯から飛び降りた。
着地した瞬間、目の前に何かが落ちてきた。
翼?
異界の者の身体の一部だ。
見上げると二階の窓の庇の上から見下ろしている金色の瞳と視線が合った。
「ミケ!」
ミケは季武が追おうとするより早く姿を消してしまった。
季武はもう一度翼に目を落とした。
形状からして鵺のものだろう。
以前、貞光達がミケを見たのは中央公園――つまり六花のマンションの近くだ。
彼の辺で鵺が出たのか?
出たとして教えに来る理由は――――六花か!?
季武は急いでスマホを取り出すと六花に掛けた。
「はい」
画面に六花の顔が写った。
「六花! 無事か!」
「うん。どうしたの?」
六花の戸惑った様子で答えた。
「済まん、無事なら良いんだ」
季武はそう言って通話を切った。
「季武、お前ぇ、余り執拗ぇと本当に六花ちゃんに嫌われんぞ」
貞光の言葉に季武は黙って地面に目を向けたがそこには何も無かった。
異界の者の身体の一部が残るような倒し方が出来る者は居ない。
少なくとも普通の討伐員には無理だ。
頼光のような上位の者なら可能かもしれないが遣っても意味が無いので出来るか訊ねた事は無い。
他にミケが知らせに来る理由が有るとしたら其は何だ?
ミケは見付かったら捕まって異界に連れ戻されるから討伐員の前に自ら姿を現す事はしない。
当然反ぐれ者が出た事を知らせに来たりしない。
少なくとも今までは一度も無かった。
何か理由が有るのか?
有るとしたら其は何だ?
ミケの知性や能力がどの程度なのか分からないから意図も理解し辛かった。
季武は内心で首を傾げながら貞光と共に歩き出した。
サチが土蜘蛛の集まっている部屋に入って来た。
「彼の娘は」
ギイの問いに、
「鵺が異界の獣に遣られた」
サチが答えた。
「何?」
「人質が本物の彼の娘なら連中も手出し出来ないと思ったんだが」
「いっそエガが遣ったように彼の娘を……」
「殺すだけが復讐じゃない」
メナがギイの言葉を遮った。
「え?」
「卜部は討伐員だ。鬼は討伐しなければならない。若し彼の娘が鬼に成ったら……」
「季武は彼の娘を殺すか、守る為に反ぐれ者になるしかなくなる」
サチが後を引き取って続けた。
土蜘蛛達は顔を見合わせた。
翌朝、校門前で登校してきた石川の前に女子生徒が立ち塞がった。
「何よ、あんた……」
言い掛けた石川に、生徒は手を翳すと何か呟いた。
生徒が立ち去ると石川は何事も無かったように歩き始めた。
昼休み、季武と六花はいつものように屋上に居た。
「ね、競馬に出たのはどっちの金時さん?」
六花が訊ねた。
「金時は出た事ないから下毛野の方だろ」
「下毛野さんの方が乗馬が得意だったの?」
お祭りに行く為に牛車に乗ったのも、馬で行くのは見苦しい、と言う理由だったくらいだから乗れなかった訳ではないはずだ。
「金時は頼光様の郎党で御堂様に仕えてた訳じゃないから。そう言う行事は御堂様の随身だった下毛野の方が遣ってた」
坂田金時は頼光の郎党(部下)である。
御堂様こと藤原道長は頼光の上司(のようなもの)だったと言うだけで道長と金時の間に雇用関係は無いと言う事らしい。
「基本的に俺達が土御門第へ行くのは頼光様に随行する時だけだったから」
土御門第とは道長の邸である。
「そうなんだ」
ちょっと残念な気がした。
数少ない四天王のまともな話だと思ってたのに……。
四天王が無条件で褒められている話は数が少ないし金時一人の話も殆ど無い。
どちらにしろ競馬の話は『今昔物語集』ではなく『古事談』だが。
そう考えると『今昔物語集』で味噌が付いてない話は頼光が狐を射貫いた話だけだ。
後は牛車に酔って気絶したり、妖怪の子供を攫ったり、失礼な口を利いた男にムカついて殺してしまったり、死体に怯えたと笑いものにされたり。
頼光様だけ悪く言われてないのは摂津源氏の祖だからかな。
「何より大江山の時、下毛野は何処かに派遣されてて居なかったしな。討伐から帰ってきたら派遣先で死んだって聞かされた」
そう言えば下毛野公時は十八歳で亡くなってると鈴木が言っていた。
だから金時一人の話が少ないのだろう、と。
「今は頼光四天王なんて古典が好きな人間くらいしか知らないし、俺達四人が人前で集まる事は無いから。下手に名前を変えると混乱するしな」
季武や貞光という武士が使いそうな名前を付けたのは都へ行く時でそれまでは違う名前だった。
都で貴族に仕える武士の振りをするのに庶民のような名前と言う訳にはいかないので名前を変えた。
そのため都に行ったばかりの頃は良く名前を呼び間違えた。
季武達が頼光を「あの人」と呼んでるのも、頼光も満仲の息子の振りをする時に付けた名前だが都では諱で呼ぶ機会が無く、官職も何度も変わってその度に呼び方も変わった上に、そのとき以外は人間界には殆ど住んでないから頼光という名前に馴染みが薄いからだそうだ。
酒呑童子討伐で名を揚げてからはイナが「頼光様」を連呼するので嫌でも覚える羽目になったと聞いて六花は赤面した。
季武によると都で名乗っていた名字は息子の振りをする為に暗示を掛けた親のものだそうだ。
東国へ戻ってきてからは武士の振りをする時だけ息子だと思わせた人の名字を使っていた。
明治に入ると政府が平民苗字必称義務令を出した。
そのとき偶々季武達が名乗っていた名字が渡辺、卜部、坂田、碓井だった。
届け出れば苗字を変更する事も可能だったのだが変えたら混乱するのは目に見えていた。
頼光四天王の勇名は廃れていたし四人揃って誰かと会う事もまず無い。
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