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第五章 土蜘蛛と計略と

第六話

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 連絡先の交換を終えると、
あんま頻繁ひんぱんに連絡しても迷惑ですよね」
 五馬が言った。

「そんな事ないよ! 季武並みにしつこく連絡くれていから!」
 綱が勢い込んで言うと五馬が再度笑った。
「卜部君ってしつこいんですか?」
季武あいつ完全にストーカー。GPSで六花ちゃんの居場所確認してたって貞光がドン引きしてたもん。俺も引いたけど……」
「あ! しかして、の時……」
 五馬が思い出したように言った。
「何か有った?」
 綱が訊ねた。

「六花ちゃんと放課後お茶してたら『そろそろ帰れ』って連絡来た事が……。のとき卜部君、近くにないのに如何どうして分かったんだろうって思ったんです」
「他の時もってるかもしれないけど、の時は間違いなくGPSだよ」
 綱が呆れたように言った。
あれられて平然としてる六花ちゃんもすごいよなぁ」
 綱は信じられないと言うように頭を振った。
「じゃあ、こまめに報告しますね。卜部君並は無理ですけど」
 五馬の言葉に綱が笑った。

 帰宅した六花は母に頼まれて買い物に出た。
 季武はそれほど遠くに行ってないはずだから連絡するか迷ったが、店はすぐ近くなのにわざわざ引き替えしてきてもらうのも申し訳ない。
 六花は一人で店に行く事にした。

 買い物を終えた六花は十二社じゅうにそう通りを足早にマンションに向かっていた。
 真上の空の色を見ると日は沈んだばかりのようだ。
 紺色と言えるほど深い青ではない。
 西の空はだ明るい橙色だいだいいろをしているはずだが西側の高いビルが残照ざんしょうを遮ってしまって地上はすっかり暗くなってしまっていた。

 ただでさえがれどきなのに、その上こんなに暗いなんて……。

 道路の反対側は中央公園だ。
 マンションまであと少しの所まで来た時、鳥の声が聞こえてきた。

 こんな時間に鳥の声?

 普段はこれだけ暗くなったら鳥の声はしない。
 都内には大きな公園が多い為か意外と鳥の種類は多いがフクロウのような夜行性のものはないはずだ。
 少なくとも新宿にると言う話は聞いた事が無い。

 声が徐々に近付いている気がして振り返ると、巨大な翼が生えた大きな四つ足の生き物が六花に向かってくる所だった。
 黒い翼は暗くなった空ににじんで形がはっきりしないが鳥の羽に似ている。
 羽ばたきの音が聞こえる距離まで来た時、その生き物の姿が見えた。
 猿のような顔に、虎に似た太い四つ足、尾は翼と同じく夕闇の空に同化してしてしまい形は良く分からなかった。

 だが巨体だ!

 トラか、それより大きな身体をしていた。

 まさか……ぬえ!?

 大型の異様な生き物が近付いてくるのを見て六花は慄然りつぜんとして立ちすくんでいた。
 生き物の前足が両肩に掛かり六花の身体が持ち上げられた。
 かかとが地面から離れる。

 さらわれる!?

 そのとき黒い影が鵺に飛び付いた。
 影が鵺の首をひねった。

 ゴキッ!

 と言う音と共に鵺の首がおかしな方向にじ曲がったかと思うと六花を掴んでいた力が抜けた。

 六花が道路に落ちる。
 尻餅しりもちを付いたが大した高さではなかったので怪我ケガはしなかった。
 鵺の死骸も六花の横に落ちた。
 鵺を倒したのは見た事もない動物だった。
 中型犬くらいの大きさの四つ足の動物だが犬でも猫でもない。
 いて言えば猫に近い。
 と言ってもイエネコよりはずっと大きかった。焦げ茶色の短い毛が生えている。
 この辺でタヌキを見かけたと言う話を聞いた事は有るが、タヌキはもっと小さいはずだ。

 動物に詳しい訳ではないが人間界こちらの生き物ではないだろう。
 鵺は異界の者だ。
 季武が基本的に異界の者は異界の者にしか倒せないと言っていた。
 だとすれば鵺を倒したこの動物も異界の者だろう。
 だが鬼を見た時のような恐怖は感じない。
 むしろ親しみを感じる。

 助けてくれたからそう感じるだけかな?
 季武君と初めて会った時も怖いって思わなかったし、怖くないなら大丈夫だって思っていのかな。

 動物は倒したぬえい始めた。
 六花は動物のそばに膝を付いた。
 動物は脇目も振らず鵺を喰らっていた。

「ありがとう」
 六花は動物の背をそっと撫でた。
 動物は六花の方を見向きもせずに鵺を喰っている。
「ね、これ、鵺?」
 返事は無かった。

 動物は六花を無視して喰い続けていた。
 どうやら言葉は話せないか、話す気がないらしい。
 六花はスマホを取り出すと生き物にカメラを向けた。
 動物が喰いくしてしまう前に写真に撮っておこうと思ったのだ。
 しかし画面には何も写らない。
 鵺を喰っている動物も含めて。
 予想通りこの動物も異界の者だ。

 やっぱり無理か。

 小さい頃、写真をって見せれば鬼の存在を信じてもらえるかもしれないと思って何度か親のスマホやデジカメを持ち出してレンズを向けた事は有るのだが一度も写らなかった。
 家から勝手に持ち出す度に叱られたし写真には写らないので撮るのは諦めた。
 季武は写真など無くても鵺の事を信じてくれるだろう。
 頼政(の振りをした討伐員)が鵺退治をしたと言っていたから存在しているのは確かなのだ。

 不意に動物が空を見上げた。
 六花もられて見たが目に映ったのはビルと星がまたたき始めた深い紺色の空だけだった。
 そのときうなり声が聞こえた。
 動物が六花に向かって牙をき、威嚇いかくしていた。
 突如とつじょ敵意を向けられて戸惑っていると、動物は六花に対して唸りながら一瞬、視線だけさっきの場所に向けた。

 まだ他にも危険な何かがいるって事?

 だから早く帰れと言う警告だと解釈した六花はマンションに向かって駆け出した。
 走りながら後方に目を向けた。
 動物は自分より遙かに大きな鵺をくわえると一飛ひとっとびで大通りを渡り、次の跳躍ちょうやくで中央公園の木々の向こうに消えた。

 六花はもう一度、動物が目を向けた辺りを見上げてみた。
 やはり何も見えない。

 だがあの動物が食べるのを中断して六花を追い払ったのはきっと何かがたからだ。
 六花は急いでマンションに入った。
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