魔女の歌は意外と美しい

olria

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1.魔女の歌

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僕はしがない行商人。今日も町から町へとものを運ぶ。運んだものが人々の生活のためになりますようにと商品を運ぶ。
主に塩と鉄だけど、小さな工芸品や干物も扱う。二匹のロバでは塩を運び、二匹の魔牛は鉄を運ぶ。普段は海と山を往復するだけ。そうだったものを、今回は遠くへ行くことになった。山を越えたら広がる北方の雪国。極光が見え幻想的だが、部外者が入って生きるにはそれなりに覚悟が必要だと聞く。
それもその雪国が人が生きるに適してないからなどではなく、圧政を強いる魔王がつい最近までその場所を支配していたからだ。
魔王が支配していた時期は数千年に及んでおり、魔王が死んだのは十年ほど前のこと。魔王が死んだ結果は権力の空白。それに多くの力が集まって、ぶつかる。多くの人々が死に、今は多少は安定しているものの、まだ情勢は不安定な状態だと聞く。大分マシにはなったようだが。
そんな場所に行くことになったのはそこではほかの地方では液体状態であるとある金属が個体のままで、それを混ぜて作った合金がとても質がよく頑丈で、それで武器を作れば滅多に刃こぼれをしないらしい。魔王の死によって統率されていた一部の魔族の戦士たちが南方の国々まで降りてきて略奪を繰り返しているんだとかの話で、手練れの彼らを相手にするにはより頑丈な武器が必要なんだとか。
僕と懇意にしている城西町の騎士団がその合金を使って頑丈な武器を作るらしい。合金の名前はネブリル。その雪国の名はネイーラで、そこからつけられたのだろう。
「今回はネイーラに行くことになった。」もう今年で三十も半ばとなる僕より大分若い青年たちに言う。ざっと六人ぐらい。彼らは雇いの傭兵だが、定期的に護衛を任せている。南の地方で戦争があった時に一個小隊として戦場を駆けていた彼らだが、誰一人死ぬことなく生き残ってはこの住み心地のいい街で小さな傭兵団を作っている。彼らが普段たむろっている酒場に来ていた。
その小隊で小隊長をやっていた青年、カイルが前に進んで僕に言う。
「危険な場所に行くからにはお金も十分に支払われるだろうな。」
「それはもちろんさ。騎士団からの依頼だからね。」
「道案内は誰がする?」
「魔女を雇うさ。」魔女は山の道に詳しい。それも彼女たちは烏や鼠、フクロウなどを複数使い魔にしていて、それらと視界を共有出来るからだ。
「俺たちが知っている人物だろうな?」
「イザドラかミスティ。」
「彼女たちなら問題ない。」
イザドラは烏の魔女と呼ばれており、数百匹の烏の群れを使いまとして森の中に住んでいる。烏たちと共に。ミスティは霧の魔女と呼ばれていて、自分の工房のある森の全域に深い霧を作っては侵入してくる人たちを永遠に迷わせるというが…。二人とも悪い人たちではない。イザドラは魔女にしては若い方で、まだ百歳にもなってないと聞くが、その分最近になって開発された魔法などにも詳しいと聞く。ミスティはこの国より長く生きていて、遥か昔にはどこぞの軍隊を全滅させたのだの途轍もない逸話があったりするが、商人にはなぜか優しいので僕以外の商人も彼女に護衛を頼んだりするのだ。
だが魔女を雇うにはお金ではない、その魔女が好むものを提供しないといけない。魔女が自分の魔法では作れない何かを。
「出来れば二人とも雇いたいが、それは無理だ。」魔女は規則として一人しか雇ってはいけない。そうしないと魔女の協会とやらから規則違反として捕まる。魔女ではなく雇った側が。
これは魔女たちが昔は戦略兵器みたいな扱いをされて、たくさん雇っては魔女同士で殺し合いをしていた時代があったからだ。それで魔女の数は激減し、一時期はその魔女の力を恐れ魔女狩りが行われたこともあったが、魔女たちが団結してその国々の権力者たちを残虐な形で皆殺しに。それにより国がいくつも滅び、新たな国々が生まれ、魔女たちは森にこもるようになったと。
二千年も前の話しなのでどこまでが本当の子とかは定かではない。
その時代は普通に空に竜が飛び交っていて、その竜と共に空を飛び舞う竜騎士もたくさんいたと聞く。今は魔女も一般的な魔法使いが魔法学院を卒業したらなれる職業の一つとして扱われていて、森を領地して住む貴族の一種として見ている人もいる。領民は人じゃなく森に住むケンタウロスやトロールのような様々な種族になるが。
魔女になるには才能だけではなく魔女ならではの死生観を受け入れる必要があるらしいので、そう多くの人が魔女になるわけではない。一般的に人は死んだら月世界と呼ばれる場所に行っては記憶を失うまで生きていたころに求めていたものを手にする夢が見られる深い眠りに落ちて、記憶をすべて失ったらまた地上に送られ生まれると言うが、魔女はそうではない。魔女は死んだら冥界と言う常闇の世界へ行くという。
その代わりに寿命がなくなり、外部の要因ではない限り死ねなくなって、永遠の若さを手に入れるんだと。詳しいことは魔女じゃないのでわからないが、商人として各地を回って本を読んだりしていたら自然とこのようなことを知るようになった。
実際の魔女と話したこともあるから、間違ってはないだろう。
だが寿命をなくし月世界に行けなくなるのは魔女だけではない。生まれながら人より強い力を持つ魔族もそれに値するという。だが彼らは遠い昔に生まれなくなったと聞く。神々の一つに挑戦しては負け、子孫を残せない呪いを受けたんだとか。
それで危機感を感じていた魔族は人々を虐殺した。数を増やすだけの人間がいずれ自分たちの種族を皆殺しにすると思ったからだろう。魔族は長生きしてきたのもあって人より膨大な魔力を持っている。そして魔力は戦闘能力に直結するのである。
「そこでとある森に囲まれた国の女王が森にある世界樹の魔力を借りて冥界に行く扉を開き、冥界へ行っては冥界の支配者と契約を結んだのじゃ。彼女こそが我々の魔女の始祖たる女王イシャンドラ。彼女は竜を従わせる魔法を作り出し、竜騎士の部隊を作り魔族との戦争に挑んだ。竜魔戦争の始まりじゃ。結果は知っての通り。魔族は北方に追いやられた。魔族の大半が竜騎士たちにより虐殺されたのじゃ。子供であろうと容赦はなかった。我もそれに参加し、数多くの子をこの手で葬った。我々の希望だったイシャンドラが奴らが送り込んだ刺客に暗殺されたことを思い出すと未だに怒りでどうにかなりそうじゃ。じゃから我はあ奴らを残さず殺すことにしたのじゃ。」
イザドラを雇うには対価を支払えなかった。近くの穀倉地帯で一か月だけ烏を放牧する権利なんて、権力者ではない僕に決められるわけがない。いくら彼女が烏は穀物に被害をあたえる害虫を食べつしてあげるから大丈夫と説得しても、僕の権限を越えたことを決めるなんて出来るはずがないのだ。
それで結局ミスティを、彼女が好む南方地方から来る珍しい植物の種の一袋を渡して雇うことに。
そして御者をする僕の隣には彼女が座っていた。背は平均的な女性よりは低い方か。赤い髪と銀色の瞳。単なる町娘と違うところなんて、瞳が銀色なことくらい。服装も農民が着るようなラフな普段着。見た目は若い。そばかすのある、やんちゃな小娘のような見た目をしている。
去年商家の長男と婚姻を結んだ僕の娘と同い年くらいと言っても納得するだ折る。
だが雰囲気が違う。とても落ち着いている。それでいて瞳を見ると不安感を誘う。きっと僕なんかが考えることはお見通しなんだろう。かつての竜魔戦争まで経験した最も古き魔女の一人にとっては。ちなみに傭兵たちは全員馬に乗っている。彼らが住む着いた城塞都市は平原と近いこともあって馬の値段が安いのである。そして僕たちの後ろと前方にいるので声はほぼ届かない。それなりに距離を置いているのは真ん中の付近はミスティが守っているからだ。
「後悔しているんですか?」僕は自分が子供を殺したことを淡々というミスティに何となく聞いてみた。そんな気はしなかったが、彼女がどう答えるのかが気になったので。
「そうはいかぬものでの。我もいずれ死んだら冥界で我が殺した子らと出会うじゃろう。」
「冥界でも死んだり痛みを感じたりするんですか。」
「冥界はとても平和で静かな場所じゃよ。この騒がしい地上と違い、皆が己の分に満足するらしいのじゃ。なぜだかわかるかの?」
「僕なんかにはとても考えが付きそうにありません。」
「それはじゃの。地上では皆が捨てられておる。自分がしないといけないことを決めないとあかん。じゃが冥界では冥王がすべてを決めてくれるというのじゃ。足りないものもない。冥界は無限と続いていて、足りないことがあればどこかにはそれがおる。平和になるしかないじゃろう。」
資源に限界がないからそれを巡って争う必要がないということに聞こえるけどそう言う単純なことじゃないだろうきっと。
「欲は恐怖によるもの。恐怖は失うことを思うてのことなのじゃ。冥界ですべての物は冥界の所有物にすぎぬ。冥界に住むすべての死者までもが冥王の所有物となるのじゃ。」
「それだけ聞くと暴君みたいな気もしますけど。」
「そうでもないのじゃ。こんな歌がおる。聞いておれ。」ミスティはそう言ってどこからかリュートを取り出した。きっと魔女の魔法か何かなんだろう。そして歌いだしたのである。
──冥王は一つの精神にあらず
冥王は冥界の住民の心の臓となり虚無となりて
汝らの心を虚無に埋めよう
なれど虚無はその心を己で用い
意志となりて汝らの支配者となろう
汝らの悲しみを埋めるであろう
汝らの憎しみを埋めるであろう
汝らの怒りを埋めるであろう
汝らが失ったものこそ冥王の心
故に恐れ泣かれ
冥界の因果は冥王により決まり
冥界のすべてが冥王の所有物となろう──
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