魔女の歌は意外と美しい

olria

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2.商人の話

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彼女の声はとても澄んでいて美しいと感じた。それと普通にうまい。どことなく暗い雰囲気もして、同時に懐かしい感じがした曲調だった。
「これが魔女の間に伝わる冥王の歌なのじゃ。どうじゃったかの?」
「声がその、綺麗だなと。」そう言うとミスティはおほほと、見た目とはそぐわない笑い方で笑った。
道のりはそれなりに順調に進んだ。途中で狼の群れと遭遇したけどミスティが追い払ったこと以外には盗賊にあうこともなく。
十日ほどの陸路での旅が終わり、ネイーラの鉱山街の入り口に到着した。長く続いた戦乱の半ば城塞化していた街は思ったより物々しいこともなく平和だった。山のふもとに建設されており、山を構成している岩盤の半分ほどがネブリルを作るための金属で出来ているという。その金属のある鉱脈にたどり着くまで石をたくさん掘り出すんだけど、そうやって掘り出した石を積み重ねて建てた建物が多いのである。と言ってもその石は青いのだ。だから街に入るとまるで海に入ったかのように青で満ちている。
街の人口はほとんどが鉱山で働く労働者で出来ている。ネブリルはネイーラ全域で広く使われるから、それなりの数が必要なのだろう。ただネブリルの材料となる金属はどれも結構硬くて、採掘に時間がかかるという。それで値段がかなり高いのもある。この山の規模、高さは三千歩前後(※一歩の長さは40センチほど)でそこまでじゃないが、山脈とも繋がってて結構広い。山脈全体に鉱脈があるとも言われているので、かなりの量が眠っているとみていいだろう。
街の検問は結構早く進んだ。ついたのは夕暮れ時だったけど、まだ街には入れた。
労働者の出入りが多いこともあっていちいち調べるには時間がかかるということなのだろう。別にそのままで価値になる金鉱山のようなものではないからか。
ミスティとはそこで一旦お別れして。魔女は山に広がる森に入ってそこで魔族でも見つけては殺すつもりなのかもしれないが、それは僕がどうこう出来ることじゃない。魔女は普段は商人一人の護衛などはしないのだ。イザドラを雇う時に彼女が提示した条件のように一般人が提示出来るようなことなんてほぼないと見て言い。別に彼女たちが権力者たちじゃないと動いてくれないとかじゃない。僕は多少は融通が利くだけだ。それと竜魔戦争からの古き魔女であるミスティを怖がらない商人は僕くらいなものだ。これもよそ者だから子供のころに親や周りの大人からミスティに関する伝説などを聴きながら育ったわけではないこともあると思うが。
『子供を虐殺したことのある魔女なんて怖がらないほうがどうかしているんじゃないのか。』なんて、あの城塞都市に住む取引先の商人たちからはそう言われたこともあった。だが彼女を初めて街の中で見かけた時はただの町娘にしか見えなかった。僕が魔法学院を卒業したら魔力を感知することが出来て彼女の膨大過ぎる魔力に充てられてその場で卒倒したかもしれないが。実際に何人かの魔法学院の制服を着た若い子が気絶しているのを見たことあるので間違いない。
そんな魔女を護衛として使う商人なんて、それこそ大商人か砂漠越えのようなことをする数十人の商人の集まりに限るだろうが。
彼女たちを雇えるほどの対価が支払えないからなんだろう。当時は塩の価格が暴落した時期があって大損をする羽目になった。少し遠くにある島国から長らく止まっていた交易が再開したのが原因だった。その国では塩の生産量がとても多く、よく輸出をしていたが王の死後に後継者問題で内戦が勃発。貿易は徐々に減って、大陸との行き来が止まるまでになった。
海軍が主力が勢力と陸軍が主力な勢力同士での戦いだったので、陸軍が主力なところでは海軍を削ぐために港に停泊した船を無差別に焼いたりしたんだとか。なんてことをするのだと思わずにはいられない。
情報屋の話によるとそれが原因でどこの国からもその国に船を出さなくなったらしい。だがその作戦があっても海軍が主力だった側の勝利で内戦は終結。だがその余波でいきなり貿易が再開。僕はそれも知らずに港町からせっせと塩を買って平原の城塞都市にまでいろんな街を巡りながら到着。最も多くの量をここで消費させるのでかなりの量を残していた。そして行きつけの商家を尋ねたところ、塩の価格が暴落したのを見て絶句。危うく娘に殺されるところだった。学費が足りないと卒業が出来ないので。彼女は士官学校に通っていたのだ。ちなみに彼女の母は行きつけの酒屋の主人で、まだ若かった僕は運よく商売で稼いでは雰囲気に乗って酒屋の若い未亡人を口説いたのだ。彼女の旦那は兵士をやっていたが、ある夜、街で豪遊をしている見かけない若者を見つけたので尋問したら殺された。そしてその若者は領主の隠し子で、今まで別の町で住んでいたのを妻が病でなくなったので連れ戻したらしい。
なぜそれを知っているかって、その若者と領主を裸にひん剥いては魔法で去勢までして城塞都市の城門前に吊るしあげた魔女がいたからだ。それがミスティの仕業であることを知ったのは大分先のことだったが。
とにかく、その時僕はカウンター席に座りあの未亡人を慰めていた。あなたはまだ美しい、あなたのようにきれいな女性はきっと放っておけないだろう、なんて、甘い言葉をずっと言っていた。
それからほかの地方にも行きたくなったのでしばらく城塞都市を離れていた。その城塞都市は位置的に遊牧民たちとの戦争が起きたら真っ先に狙われるから、遊牧民との間で何か険悪な雰囲気だったことをこと付で聞いてはそれを鵜吞みにし、しばらくは近づかないようにしようとした。あの酒屋の未亡人との情熱的な一晩は楽しかったが、それでも僕は自分の命の方が大事だった。彼女にも一応言ってはいた。こんなうわさがあると。だが彼女は鼻で笑った。それが日常なんだと。
この時もしも僕がもう少しぐらいは離れる時期をを延期していたなら、僕は行商人ではなく酒屋を経営していたのかもしれない。人の人生なんてどう転ぶかわからないものなんだから。だが僕は彼女の膨らんだお腹が目立たなくなる前に離れ、しばらく南方の砂漠との交易団に商人の一人として入っては数年を南方で過ごした。それなりに充実していて、数学や哲学などの学問を勉強したのはいい思い出である。
年を重ねた僕は噂ではなく情報屋にお金を支払って大事な情報を手に入れることを心掛けるようになった。そして城塞都市に戦争なんてなく、少し小競り合いはあったようだが、それも都市の外での出来事で死傷者は数十人ほどだったらしい。僕はあの美しい未亡人が恋しくなった。生まれ育った国の辺境にある街だったけど、街並みも綺麗だったし、東側は平原でも西側には森が広がっていて、そこには古い魔女も暮らしているということで趣を感じていたことを思い出し、懐かしい気持ちに浸るだけではなく、丁度一通り財産も築き上げたのでビジネスの規模を拡大するのもいいかもしれないと思っていたところだった。
それで戻って酒屋にいたらまだまだ美しい未亡人の主人と、見慣れない小さな子供がいた。彼女が僕の娘であることは、僕がまだ営業を始まってない昼前の酒屋に扉を叩いてから開いていたので入って、三人で無言で視線を何回も交差していた時に何となく察した。
そして僕は二人にボコボコに殴られ、数年の間に稼いだお金の半分を渡すことになったわけだ。
「魔女とはどうやって知り合ったのかを聞いたんだが。」カイルが文句を言ってるが、僕の話はままだ続く。僕たちは酒場のテーブルの前に二人向かい合って座っていた。
城壁の門を問題なく通った僕たちは最初に大きな商家がどこにあるのか尋ね、そこで塩の価格交渉。結構高値で売れてホクホクである。だが傭兵共はニヤニヤしながらそれを見ていた。お酒をおごらせる気満々だったのだろう。僕も普段より長旅で疲れたこともあって、酒場に入っては傭兵たちの士気のためにもおごることにしたわけである。そしてカイルがどうやって魔女と出会ったのか気になるという質問を僕にして、僕の話が続いたわけである。僕が時々お酒を飲みながら話すとカイルは出された肉料理を黙々と食べながら聞くような形だ。
何が気になったのかは知らんが、急いでいるわけでもあるまい、年を取ったあせいかもしれないが、話はのんびりするほうが好きなのだ。
「そんな家族の感動の再会から八年経ってからだ。」
「お前俺の話聞いてないだろう。」
それでも塩を買値の半分以下だとしても処分しないわけには行けない。遊牧民に売りに行くのは自殺行為に等しい。彼らは野蛮、ではないけど、遊牧民は遊牧民同士でしか取引をしない。僕が行ったら持ってる全部を奪われてから殺されるのが落ちだろう。
だが持ってるお金は少なく、ここで鉄を仕入れることは何とか出来る金額は残ってあるが、それも娘に一年分の学費を僕が何とか今まで培ってきた信用で知り合いの商人から借りたお金で何とか工面したのを考えればとてもいい状態とは言えない。ここで北の方から流れてくる鉄を入手し、西の港街で売る。港町で鉄はそれなりに高く売れるのだ。需要は継続的にあるが、そこら一帯には鉱脈がない。
だがそこまで行くには北西の街道を通る必要があって、そこには渓谷があるので盗賊がよく出没する。傭兵を雇うには金がない。
魔女の住む森を突っ切るルートもあるが、魔女の森は聖域。ただ商人ごときが交易路のような扱いで通ったらどんな目に合うか。
なら傭兵を雇うか。
それは出来ない。お金がない。僕は酒屋の二階にある一室でどうするか悩んでいた。森に住む魔女たちの話も知っていたが、怖さはさておき対価を支払えるには何も持っちゃいない。
『ここで働ければいいじゃん。』なんて僕の妻が言っていて…。
「お前、彼女と結婚してたのか。」
「ああ、してたさ。だから彼女はもう未亡人じゃない。僕の妻だ。」またお金を使って結婚式をした。今も美しい。
「あんな強面な女性とか。」
「今なんといった?」
「いや、何も。」
とにかく、彼女は美しい。僕がそう思っているからそれは間違いない。
それで彼女と部屋でだらだらと過ごしてたら働けばいい、定住したらどうって言われたが、僕は商売をしていくことに決めてここまで来た。今更変える気にはならないと言った。
『じゃあ一度持ってるの全部持っていけば?一つぐらいは気に入っているものがあるかもしれない。』そう彼女は言っていた。確かに一つぐらいは気に入るものがあるのかもしれない。僕はロバの背中に雑多なものを詰め込んだカバンを乗せ、魔女たちの住む森に向かった。
一つ目の魔女からは門前払いにされた。二つ目は興味津々な目で見ていたけど、量が足りないから護衛の依頼は受けられないけど、魔法の薬をもらった。効果は一度飲んだら一晩寝るだけでどんな疲労でも簡単に取れる。胡散臭いと思ったけど僕が飲んでみて効果を確認してたので妻と娘にも飲ませた。それで僕たち家族はめちゃくちゃ元気に過ごしているのである。この時彼女に渡したのは砂漠で手に入れた宝石の一種で、光の角度によって色が変わるだけ、と言うことはなく、魔法の触媒として使われると聞くものだった。
結構自身があったし売ったらかなりの金額になるはずだったものを、烏が頭上から飛んできては奪って、代わりに薬をくれたのである。
そう、彼女がイザドラだ。
三つ目の魔女からは気に入ってもらったものがあったけど今別件で忙しいので後で来てくれたら護衛の一回はしてくれると言ってくれた。彼女に渡したのは港で手に入れた干からびた何かしらの生物の死骸。大きさは成人男性の腕ほどの長さで、横幅はその半分。
粉にして薬剤として使われると聞いたが、聞いたこともなかったので一応持っていたものだった。
後で聞いた話だと呪いの道具に使われるものらしい。その魔女とは関わらないことにした。あの不気味な死骸も勝手に処分したら呪われそうだったので持っていたものに過ぎない。港の酒屋でカードゲームをしていた連中の一人が僕の知り合いで、彼が僕にお金を貸してくれと言ったので少し多く稼いだこともあるし別にいいかと、そのまま忘れてもいいとお金を渡したら負けたけど今お金がないからと強制的に持たされたのだ。
次の魔女は不在中で、霧の中から声がしたのだ。
『ミスティ様はいません。後で来てください。』それで最後。もっと深いところに行けばもう何人かいると聞いたけど、さすがに一日で行ける距離でもなければ森の中は危険なのだ。魔獣は魔獣除けの呪符を持っているので何とかなるが、トロールは怒らせたら殺された後食べられるんだと。その怒らせる原因が意味不明で、大事にしていた枝を踏んだからとか、咳の音がうるさいからだとかの理由で怒る連中である。人間が集団なら怒ってもその場で殺し合いにはならないようだが、今は僕一人である。変に見つかっては意図せずお殺せた挙句食べられるなんて御免である。
「会ってないだろう。今の話だと。」カイルがまたも文句を言うが。
「話には筋道ってものがあるだろう。」
「知らない言葉でも吟遊詩人の歌を聞いたほうがマシだ。」まあ、この国は当たり前だけど違う言葉を話す。僕の父がネイーラ出身の難民だったので僕はネイーラ語が話せるが、カイルは離せないようであった。傭兵の中では一人だけが話せるようで、さっきから従業員の女の子を口説いている。笑っているのを見るにうまく行っているようだが…、口説いてどうする気だ。子供でも出来たら責任とれるのか。
最近は魔道具を使えばいいと言ってるので問題ないかもしれないが。僕の時もあったら娘は…。いや、それを考えるのはやめよう。
と言うか吟遊詩人がつい先から何か歌っている。その前はただリュートを弾いていただけだった。
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